「きたる!!」

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「きたる!!」 

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 くろぐろとした夜がひろがる――。のたりのたりとした闇が、五位鷺の羽音と叫びによって引き裂かれかき回された。千年の都、京の王城の夜は意外と早い。喧しい酒食をもって色を接待する場所はこうこうと明りをともし華やぐのに、終電車はするりと往来をやめて静かにたたずむのだ。そう、とてもあっさりと――。

観光施設は日暮れとともに扉を閉ざし、とても静か。

闇が濃い土地、京

濃いがゆえに昔の遺物が眠りいまだひそかに畳紙の間から這い出ようと、ひそかにこちらをうかがっている。いにしえの古きものがいまだ「在る」場所……そう言う土地である。






声が重々しく告げた。むせかえるほどの抹香の煙がしみこんだ空間、昏く深く無限回廊めいた不思議な広さを持つ場所。

『我らが弟子よ……妙嵐(みようらん)よ』

無限に続くかと見える板張りの床は、顔が映るほどに磨きぬかれ延々と長く長く奥へとつながっている。とある寺院の奥、限られたものしか立ち入ることの出来ないその場所はあくまでも静か。ゆらゆらと朧に揺れるろうそくがぼぅと照らしている。
ぬかずいてかしこまる若き僧は、黒衣をさやさやと鳴らし、よりいっそう深く頭を下げた。

「是(はい)」

 『そなたも知りおるように、今世間をかつてないほどの疫病が横行しておる』

奥間よりいんいんと響く声は、幾重にも反響しながら明確で年を経たものだけがもつ重みがあった。ややしわがれているが、残音は甲高く男のものとも女のもとも判別できぬ。巷を騒がす疫病は、ひとつの国をひたし大勢の民草を死にいたらしめた。それでも勢いはおさまらず、人の往来に乗って世界中にひろがりいたずらに範囲をひろげ世界中が病んでいる。いまや万を超す無辜のものたちがその病によって倒れ死んでいったという。国同士のいくさよりも無残な死者数を出し、さらに膨れ上がり効果のある薬石すら発見されておらず対処法しか打つ手が無い。まさに死の病であった。

『我らも歴史を紐解き、対処法が無いか調べたのだ』

 千年を超える歴史の、記録者たちは些末事すら詳細に、こつこつと記録をとり現在に至るまで積み重ねた。星の動きから天候、世間の流行雑多すべてをあますことなく。その量は膨大。それらを分類し系統だて、後世につたえ世の平穏を守るのが≪彼ら≫の責務であった。大抵の出来事は予測可能であり、対処できる。

『前例があった、千年の昔に時代に流行った疫病に酷似していることが確認された』

その疫病は伝染力が強く、肺腑にとりつきひとをたやすく死に至らせる。

『これはタダの疫病ではない、とある≪モノ≫が引き起こした怪異である。
遥か昔開祖が封じた≪モノ≫が令和の今の世に封を破り這い出てきたと思われる』

 闇が震えた、吐息のような嘆きが滲んでいる。

『妙嵐よ――我らが最後の弟子よ……。開祖に匹敵する法力をもつ最強の仔よ――』

声には、あきらめとと嘆息と出したくない札をきる苦悩が滲んでいた。

『汝が<力>をもって怪異を調伏せよ――よいな?』

青年僧は、ゆるると身を起こし悪童めいた笑みで答えた。

「是(はい)、お師匠様がた」

  にこりと笑んで放った氣がぶわりと青年僧のからだから立ち上り、ろうそくの炎がシボボボボとゆらいで燃え盛りひときわ強く輝く。青年僧は額に張り付けられた玉とくろぐろと書かれた梵字をつるりと撫でた。目鼻立ちは整いながらも、異形の相であった。

「喜んで」

どこから入り込んだのであろうか波乱めいた風が、焚きしめられた抹香の香りを凌駕して運び去っていったのだった。







  網代笠に墨染の僧衣、ほぼ禿頭まで刈り上げた短い短い髪、きっちりとわせた前には頭陀袋、袈裟が風をはらんでばたばたとはためく。
腕は手甲に包まれ、ざりっと草鞋が鳴って足指に力がはいり地を踏みしめた。都大路をその足で歩き実際に、おかしなところがないか目と全身の感覚で確かめていく。京のまちを行く人々は皆々、白いますくで口元を覆い蒸し暑い初夏の日差しにあぶられながらも律儀に防疫につとめている。妙嵐は口元を手ぬぐいで覆い。ひとびとの奇異の眼を避けた。
右手には錫杖(通称でちゃりん棒と呼ぶ)橋の真ん中で般若心経を唱えつつ布施を求める行脚をしつつ、氣を網のようにひろげ探っていく。京ではありふれた光景である、たまに僧を装う不埒ものがいるが、足元を注目すれば一発で露見する。――修行僧は靴を履かない。―― 運動靴は反するのだありえない。大抵はどの派閥でも草鞋である。近場なら下駄や草履もあるかもしれない。そしてきちんと行の一環でなされた行動なら、本山から相応の書類というか鑑札のようなものが発行されている。きちんとしていれば携行しているので確認することは容易である。

 四条の祇園の素戔嗚尊の抑えはきちんとなされていた、遥かな昔「清水の舞台から飛び降りる」の語源ともなった疫病があった。隣接した清水寺の舞台から遺体を投げ落として処分せなばならぬほどの猛威を振るった疫病を鎮めている祇園の八坂の矛、祇園祭を祭祀として八坂神社がつつがなく管理し、犠牲になった人々を慰撫し病を封じる祈りをこんにちまで続けているのだ、それが京の夏の華、祇園祭である。

 京は古い町だ、どこかの蔵を整理すれば歴史的人物の知られざる遺物がひょっこり発見されたり、軒先をかりた雨宿りの門が応仁の乱の鏃が埋まったままの重要文化財だったりする今と昔が入り混じる他にはない町。青年僧=妙嵐は京の街をめぐりながら要所要所の要を確認していく。おちこちにある寺院仏閣や遺構にそれこそほかの場所(いこく)なら、集落ひとつ国ひとつをあっさり滅ぼせるクラスの様々なものが、慰撫されて祀り上げられて昇神し、ひとびとと共存する土地でもあった。






「灯台下暗し――」
道を下り四条河原町から烏丸を経由して大宮へ、大宮からはまっすぐに東を目指せば。東の要の寺、東寺はすぐそこだ。結構距離があるように思えるが、健脚なものなら散策がてら歩けぬ距離ではない。時間は少々かかるが――。妙にものものしく、外交プレートをつけ走る角ばったラインの車があわただしく行きかうのを見ながら妙嵐は軽快に脚を進める。京のまちに僧形は溶け込む。京は基本碁盤の目状の町。めったに迷うことはない。東寺は青年僧にとって古巣でもあった、たんに学徒ととして暫くの間通学でいただけであるが――。

東寺の東門は一番メインで一番人通りが多い。たいがいの人々はこの門を通り東寺に参拝する。丹塗りの古びた門は大きく高く立派で正門にふさわしい。だが違うのだ。この寺で一番重要な門は東門ではない。千年の昔、平城京から平安京に移るときにおおきく敷かれた霊的防御 四神相応 鬼門への守り基礎のシステム。――の要の一つ……
 東寺自身は、伽藍に立体曼荼羅を配して本尊に大日如来を配して力を高めた他に類を見ない往時のせい最先端の技術。いにしえの京の守りを高めるため、今はもうないが西には西寺が在り対となきやんごとなきおん方の御座所を守り、この国の守りを支える一つの柱であったのだ。時は流れ忘れ去られて、廃仏毀釈がすすんでいくつかの守りが廃されて残った場所で不安定に支えて、いまその歪みが出てきてしまっている。青年僧妙海は、東からぐるり回り込んで北に向かい懸念事項をたしかめた。

 そこかしこに残る異国の言葉による落書きに、表情が曇る。観光で潤うことは京に再び活気をもたらしたけれども、弊害はないわけではなかった。海を越えてのまれびとたちは、良きものもしたたかなものもいる。古きものを大切に守ってきたこの国この土地。まれ人たちはその保存性に驚き希少であることに目をつけて金銭で贖おうとしたり、よくないことをしたり自国由来のものだと主張してこっそりと運んで持ち帰り利する事象すらあると風のうわさに聞いた。

問題の場所。  何故か工事中の足場に覆われ鋭いあきらかに日本語ではない言語が飛び交っている。群がる工事の作業服の群れ、指揮するのは若い鋭い目つきの男。飛び交い工事をしている。少し離れた場所で経をそらんじながら眼ではない感覚でさぐっていく。
妙嵐氣の感覚を長く伸ばしては何度も何度もなぞり確かめて、確信した。

「封印の額縁が違う。これは本来のものではない」

すりかえられている、古びた処理をしてそれらしくつくられてはいるが北の門の上に掲げられた古い額縁に墨書された書には<力>が全く感じられない。

 北は死出の門、かのい東寺をひらいた弘法大師=空海が高野山に旅だっていらい開かれたことのない開かずの門である。ブッダの故事でも北は悲しみを知る門であった。それ以来とざされた扉には、「と、あるもの」が封じ込められていた。おそらくソレが今回の病を引き起こした封じられた「何か」に違いない。本来の場所から移送され、違う環境に置かれたため封が破れて、異国の地で噴き出したに違いない。見た目は古い木の板切れなのだ。歴史的価値と見事な手跡の墨書

 門の上にある額縁の文字は空海がしたためたものであり点をひとつ付け忘れ、後になり墨をつけた筆を投げつけて最後の一点を打ったといういわくつきの書。つまりは北門は開かずの扉で、空海ですらミスをするという事実を示す。

持っていかれることはないだろうとタカをくくってしまい。そちら方面の防犯がおろそかであった。痛恨のミス

「つまり、ウッカリさんってこと?」

と、自分でボケて自分ツッコミを入れる。関西人のサガであった。

「うっかりですむかよ!」

開かずの扉に封じられた平安の世を苦しめた疫病は今世の令和になってさ迷い出てひとを苦しめている。善意により希少であっても大切に保存されていたものが、価値観の違いにより無くなってしまったのだ悲しむべきことである。

「オイ!何ヲしている?」

 すいかにおよんだのは仕立ての良い濃グレーのスーツの青年だった。体格は良く、身なりも良いが漂う雰囲気が研いだ刃のようにピンとしている。足運びといい目線の配り方といい只者ではない。彼の背後には気迫のかなり劣るサラリーマン風の男達がいたが、あくまでも「風」であって髪形や仕草が大陸風である。証左として足の靴が甲低で幅狭、日本人(しまぐに)の骨格的特徴である甲高幅広ではない。異邦からの客人であった。


 妙嵐は背後から投げかけられた声に目をしばたたかせた。先ほどまで、結んだ手印で人払いの術を行使したせいで周囲には誰もおらず、用心にかさねた結界すらも張っていたのに――忽然とあらわれて憤懣やるかたなしという様相でこちらを睨みつけている。

 妙嵐はとぼけてシャンと錫杖を地をついて鳴らし、ゆったりとした動作で錫杖を脇に挟むと合掌して膝を曲げた、礼をとった。この礼のとりかたは同門のものなら理解できる挨拶をかねた合図である。

「怪シイヤツ!」

(どっちが)

「南無大師遍照金剛――。」
「黙レ、オ前ナニモノ!」

グレーのスーツの男は懐に手を突っ込むと鮮やかな黄色い札を取り出すと、ヒュンと投げつけた。符はバリバチと雷光を帯びて展開されるが妙嵐がくるりと回転させた錫杖に散らされ、ぼうっと燃え尽きて地面に落ちた。

「何ってこの寺に所縁のあるタダの坊主でござる」

ぎり、と両者はにらみ合った、ひょうおぉと梅雨どきの生臭い風が周囲のヌルイ空気をかき回す。

「其方様こそこの東寺(てら)に何の御用でござるか?工事車両など持ち出してまさか観光ってわけではござらぬよなぁ?」

「チ!」

男たちの答えはごくシンプルであった。黒光りする金属塊=拳銃が内懐から取り出され、壁をつくるようにわらわらとそこかしこから、押し寄せ取り囲んでいく。

「動クナ!!」
数で圧倒する。散歩をしていたふうのものも、さらには観光バスが乗りつけらればらばらとひとの波が押し寄せて取り囲み圧倒していく。男も女も老若男女問わずいたが、子供だけはいなかった。

「捕ラエロ!」

わっと人海戦術で押し寄せ押しつぶさんばかりに、迫りくる人並み。

「臨兵闘者 皆陣列在前」

 結ぶ手印は刀印、じゃんけんの鋏を作る形にし、立てた二本の指をそろえて伸ばす。『臨む兵、闘う者、皆 陣を列(ならべて)前を行く』という意味。九字護身法にのっとり発生音が少なくドーマン(道満)井桁型の軌跡をなぞりながら唱えることにより、より強固な守りと化す。攻撃力が欲しければセーマン、星型をなぞる。ただ氣を飛ばした威嚇ですらも、簡単な障害物くらい吹き飛ばす威力を持つ。

妙嵐はドーマンを描いた。つまり防御をとったのである。圧殺せんばかりに押し寄せた人波が、まるで濡れたせっけんを力ずくでつかむようににゅりぬるりと、滑るように逸れていく。

「!!」

捕らえようとする腕も、怒気も薄い膜に隔てられて届くことが無い。投げつけられた黄色紙に朱書きされた札がぼぅぼぅと燃え上がった。

「金剛<こんごう>結界でござる」

差し上げた刀印がふぁっと兜印に組み替えられ、相対するリーダー格の青年と僧が二人きりが淡く青白く光る光のドームのなかに取り残される。拳銃が発射されるが光にぬるりとはじかれころころと銃弾がアスファルトに転がった。

「拙僧が解かぬかぎりいかなる物理も霊的干渉も通さぬ」

網代笠の下涼やかな黒い瞳が、するどいまなざしをひたととらえる。

「再び問うでござるよ、其方はナニをしに東寺(このてら)に参ったでござる?」

問答無用で蹴撃が僧を襲う。僧は印をくずさず巧みに身をよじり猛攻を捌いていく。網代笠が吹飛び、僧のほぼ禿頭に近い地肌がつるりと光をはじく。

「チ――」

「オ前……本物か」

映画や漫画に焦がれての真似事ではなく、タダビトには見えぬ不思議の力を行使するモノなのかと――。

「如何にも、拙僧 法名を妙嵐ともうす。この古き都のあやかしきことに関わるモノでござる」

「ソウカ。ではこれを何とかしロ!」

指さしたのは工事車両のバタンと開け放たれた後部コンテナに厳重に梱包された四角い板切れ。鎖で巻かれ鏡と黄色い札をベタベタとはりつけられていた。

「ありゃま、これは、大変」

妙嵐はふっと印を解きぺちりと額を叩いた。問題の板書がそこにあった。今まで認識できなかったのは、車両の扉が≪閉じて≫いたから。中に在る≪モノ≫を封じ込めるためにだ。
「何とかしろと言われても、そちらが勝手に持って行ったのではござらぬか?」

千年前の書だ、好事家がほしがろうとすり替え、持って行ったのは広き大陸から来た客人だ。
「今の今まで気がつかずに、ボケていたこちらも間抜けでござるが」

なにせこの都は、その手の怪異が盛りだくさん。辻ごとに橋ごとに怪異や伝説がある。千年安定していたものをわざわざつつきにいく愚は冒す今が無い。

板書はカタカタと小刻みに震え、じゃりんじゃりんと巻かれた鎖を引きちぎらんと封じられた「何か」がボコボコと包みを押し上げて暴れる。

「クっ」

「千年昔、マズは印度で、ソシテ唐で猛威を振るっタ悪行の化身」

「まさか、まだ活動してこんな鄙びた寺の門扉の上に封じらているとは?でござるか」

 無断で持ち出し、悦にいっていたとりあげてやったと快哉をあげていたら、封じられたモノは懐かしい大陸の空気を吸って活性化して、往時の力を取り戻した。まき散ららされる瘴気と毒は疫病というカタチを取って、全土に世界に広がった。まさか科学万世のこの時代に呪いだ妖怪だのの言い訳は聞かぬ。盗んできたモノ故そのせいにも出来ぬし、取り扱いもわからない。

「九尾の狐でござるな?に、しては気配が薄い」

「本体ハ!全土に飛び散っタ!!」

「せめてもの対抗手段に、根の残る板書を元あった場所にもどそうと?おぬしらそれは無責任が過ぎるでござるなぁ」

「責任をトレ!病気をケセ!!」

「ははっは!物凄い言いようだ」

妙嵐は目を細め、唇だけ曲げてうっそりと笑った。

「愚の骨頂」

炯々と光る僧の眼に射すくめられてまれびとたちは、すくみ上った。

「覆水盆に返らずでござる。せめて連絡のひとつなりもしていたなら、早期ならば手の打ちようもあったでござるが――もう遅い。」

九尾の狐の分体は。目に見えないこまかな粒となって変質し別の名を得た。もう、すでに違う≪モノ≫ 名前もカタチも違えばそれは違う対処法が必要なのである。

「グ、」

板書がカタカタとなる音がクライマックスのように大きく震え、ぴぃぃぃんと澄んだ音を立って封印の鎖が外れた。千年昔の時をへて、内から卵の殻を雛鳥が割るように這い出して来るソレ。封じられたモノ――。ぞわりぞわわと小刻みにふるえむせび泣きながらこの令和の世にふたたび産声をあげた。

甘やかな香りがぶわりと音を立てそうな勢いで周囲に撒き散らされた。ねっとりと鼻孔の奥に絡みつくような芳香は、夜に匂い立つ山梔子(くちなし)に酷似していた。すすり泣くような女の声がかぼそく地に這う。濡れたような黒髪は長くざんばら、病みやつれた腕がノレンのような髪を割ってぬらりとこちらに向けられた。貌があきらかになった、しろく輝く獣のドクロのかたちをし背後には長く引きずる狐の尾。過去に妲己と呼ばれた美姫の再臨であった。

くちびるを失った口腔のおくそこから、獣の恨みの唸りが怨嗟のおとが鳴き声となって漏れていく。

怪は爛れた腕をひとふりすると、生臭い風がもうもうと沸き起こる。吸引すれば病になるであろうその瘴気に満ちた風、甘ったるくまといつき衣服にしみこんでいつまでも鼻の奥に残る。瘴気の化身妲己こと九尾の狐の残心体であった。

「なうまくさんまんだ、ぼだなん、ばく」

鳴らす五鈷鈴の音に真言が気合とともに放たれる。放たれた法力が氣をまとって、輪の形となって怪物を縛る。続いて結界で括ってしまおうとしたが妲己は一ツのこった骨の尾をひとふりして気の輪を破砕してのけた。

SHAAAAAAAAA!

言葉巧みに、美貌とともに時の権力者を瀧落してきた理性と、知性は影形もなく目の前にいる敵意をもつものを闇に染め病に浸そうと吠える知恵なき獣、それがこの敵だった。

GAAAAgaHA!!!

獣が吠える。

 悲しみが喘鳴が、うらぶれた竿先に百年飾られた錦の旗を引き裂いたような悲鳴が周囲にひりつもるように落ちた。感じた違和感はこれ、この怪にはもう知恵がない。ただたただ人を恨み滅ぼそうという破壊衝動だけ。

怪は暴れに暴れ、瘴気をまき散らす、霊的防御の無い観光客を装ったものたちがばたばたと倒れ、ゼイゼイと喉を鳴らし息を詰まらせ倒れ伏し弱弱しく転がる。

  「!!」

部下たちを気に掛ける様子の青年リーダーに妙嵐は叫んだ。

「今は倒すことに集中だ!ここで逃せば其方らの国に散った怪らが増大するぞ!!」

gaaaaaaaaaa!!!

怪が吠え滅茶苦茶に赤黒い粘液玉を飛ばした。

「おんあぼきゃべいろしゃのう!!」

かっと妙嵐の禿頭にちかい頭部が輝きを増し、粘液玉を灼きおとす。本来なら噴飯ものの光景だが立ってるものは親でも使え、使えるのならなんでも利用する戦術は正しい。手足は印を踏み陣をなぞり化生を封じるための準備をしている。

  「まんまきゃろばぞろしゅにしゃばさらばとばくうんこく」

妙嵐のとなえた真言は愛善明王のもの、必中の効果を持つ。赤いひかりがリーダーの異国の青年の投げる符に絡み、化生にはじかれることなく張り付いて、動きを封じた。その隙をついて妙嵐は、流れるように、まるで意にも介さず猛攻を受けて流し、瘴気の塊をきらめく氣のオーラを放って霧散させてこともなげに歩みを進める。

「【憤】!」

無造作に放った膝蹴りが絡まるおぞましい白い骨を爆散させて、白い清浄な灰に変換してさらさらと風に飛ばした。

「闘!」

 
間隙を入れず打ち据えられる錫杖、しゃらりしゃらしゃらと鳴る金輪の音すら楽し気に触れるものは避けて砕け割れて散り、光の粒となって霧散する。恐ろしいまでの法力の顕現だった。

「???!! 」

怪は蠢いた、オカシイ、ひとはこんなに強くない、
 ずそりと鈍った動きに青年僧は唇を歪め自嘲した。遥かな異国の精鋭のものですら動くのがやっとの濃い瘴気の中で自在に動き法力を駆使する、不可思議な存在。怪は強く疑問符をを発した。奇妙!奇妙!奇妙!

「さぁ?拙僧も自分がナニなのかなど存ぜぬよ。知っていればぜひおしえてもらいたいものだぜ」

 大概の変異怪すら楽々と屠るこの<力>はどこから来たのか、なぜなのか誰も知らぬし教えてくれぬ。人の胎介して、おなごの股を通過して産まれたようだが産みの親にすら疎まれ憚られ「なかったこと」にされた異端の身はいったいなんだ?それを問うために今ここに立つようなものだと昏く笑う。額の玉と書き込まれた梵字をつるりと撫でて昏く笑った。


鬼神怪異にすら畏れられる身はなんなのであろうか?

さてはて、それは別の講釈である。

怪はほろほろと光の粒となって崩れ去った。

「おーん、しゃんてぃしゃんてぃひ、ぶっだんさらなんがちゃみ」

 摩訶不思議な声明の声は大陸から来たまれ人にはすこしなつかしく、それでいながら知らない旋律だった。古(いにしえ)より一師一弟子で、口伝により伝えられた旋律は古代の響きを持って場を清める。

「だんまんさらなん、がちゃみ。おんころころ せんだりまとうぎそわか」

 しゃらん、と 錫杖が鳴った。地に石附がつきたてられ奏でられる金属音と共鳴しあって、地に落ちた穢れし疫を光の粒に変えて浄化した。きらきらと光の粒をまといながら天を見上げる様は、神秘的ないっぷくの絵画のようであった。青年僧は背を向け丑寅の方角にむけて足を踏み出した。

「待テ、何処ニ――」

しゃらりと錫杖鳴らして、背を向け去りゆく僧形の背に問えば、落ちた網代笠をひょいと頭にのせて、からりと笑い答える。

「呼ばれているから其処へ――」

「ナニ?」

「呼ばれれば其処に、ここに来到って(きたつて)、怪を封じるそれが拙僧がお役目――」

   鬼来れ(き いたれ)ば、来到り(きたり)て魔を封じる。厄災あればはせ参じ鎮めれば去り行くのみ、この大厄災も、根幹の霊的障りは粉砕した。後々の変質した病魔とを鎮めるのはひとの手であるべきだし、荒れた街を慰撫するのは為政者の役目であろう。わけのわからぬオカルトは闇にまぎれ歴史の隙間に忍ぶるがよかろう。

「また、必要になれば呼べば拙僧は招きに応じてきたるでござろう」

世の中はそんあこんなでも動いているのだから――。

きたる!!闇到れば来たる。ただそれだけの事。

                                                               終


 
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