無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます！ ーヘイズ留学 過去から未来編ー

第２章 解けない謎解き

第８話 鼠壁を忘る壁鼠を忘れず

　渋い顔をしていたプリムローズが、琥珀色した紅茶が入ったカップの中を覗のぞいていた。
マーシャル伯爵夫人ヘレンは、右手を握り締めて胸元に置いて力強く言葉を放はなつ。
この声に反応して、うつ向いた顔がヘレンに向けられた。

「プリムローズ様。
どの貴族たちも皆さま、公爵夫人のお味方でした」

「浮気発覚した例のパーティーで、一部始終いちぶしじゅうを拝見はいけんしておられましたらね」

「私でも、公爵夫人の肩を持ちますもの。
王族が出席するほどの夜会で、イチャイチャしなくてもね～」

３人の女性たちは、ネェ～って顔を向け合って同意した表情をする。
それに、声のタイミングをピッタリと揃えていた。

最初の頃より砕けてきている彼女らに、プリムローズも同じ考えだと首を縦に振ってみせる。

家のため正式に夫婦になった２人の間には、すこしでも愛が存在したのだろうか。
周りがどんなに想像しても、当人同士の間でしか分からない。
前ベルナドッテ公爵が、正妻と側室に同じくらい愛情を分け与えていたらー。

『ここまでは、しなかっただろう。
どうして、正妻に冷たくしてしまったのか。
案外、本人すら分からなかったかもしれない
側室、いや愛人が正妻を気にかけて夫との仲を橋渡ししていたら違っていたのではー』

「そ、それで…。
その先はどうなりましたか？」

震え声で質問を繰り返すしかない彼女は、女の嫉妬しっとと執念しゅうねんを聞くことになるのだ。

「正式な側室だと、本人はずっと思っておりました。
ここきて、自分になんの保証もない。
タダ愛人だったのを知り、その場で立ちすくんだそうよ。
新たな遺言の内容を、正妻からここで知らされたのです。
生前に公爵から、遺言を伝えられていたのでしょう。
愛人は生前の約束が違うと、顔色が変えて大声で訴えました」

「フフっ、このときのお顔を見てみたかったですわ。
さんざん、正妻を馬鹿にするからです。
一番可愛がり愛した女性が、死後に不幸になるとはー。
あの世にいる公爵も、まさか思わなかったのでしょう」

軽く鼻にかけた笑いに、ヘレンは自分を感じ悪くさせた気がした。
すぐに失礼をお侘わびすると、パーレン伯爵夫人も一緒に笑ってあげていた。

「まさに、【鼠壁ねずみかべを忘わする壁鼠かべねずみを忘わすれず】です。
例えが悪いですけど、公爵夫人を壁とはご無礼ぶれいですが…」

「なんか、早口言葉みたいです。
えーっと？！
ネズミさんが壁をかじって忘れても、壁はネズミさんを忘れないという意味かしら？」

「ええ、苦しめられた恨うらみは長く消えないという例えですわ」

パーレン伯爵夫人に追随ついずいして、ヘレンは名ばかりの公爵夫人の心を代弁だいべんしてきた。

「すっかり、形勢逆転けいせいぎゃくになりました。
これをするために、夫人は長年耐たえ忍しのんでいたのです。
復讐ふくしゅうをするために、本宅で夫のかいがいしく看病をした。
あの世に行く時を、今か今かと待っていたのかしらね」

「ここまでしたら、執念よりも怨念おんねんの文字が浮かびますわ。
パーレン伯爵夫人……。
私たちは、旦那様に浮気されなくて良かったですわね」

「マーシャル伯爵夫人。
私たちは大事にされております。
妻として、旦那様には感謝しなくてはいけないわ。
クラレンス公爵令嬢も、お相手はよくよく調査されてから選んだ方がいいですよ」

「お二人は、愛されお幸せでございますね。
私も、そんな旦那様と縁を結びたいものです」

自分達の夫婦円満を、こうして自慢したかった様に思えた。

『自慢して亡き公爵夫人をバカにしている様に思えた。
公爵夫人が怒って、あの世から出てきても知らないぞ』

こんな余計なことを言わずに、パーレン伯爵夫人にプリムローズは礼を述べるだけにした。

若くして亡くなった前公爵。

『そんなに都合つごうよく、人って亡くなるものかなぁ！？
毒殺、もしや薬で盛られて病やまいになった可能性はないだろうか！？
流石さすが、これは考えすぎか…』

気をよくしたパーレン伯爵夫人は、愛人扱いにされた女の今後を話しを続ける。

「公爵から買い与えられた宝石、ドレス。
住んでいた屋敷まで全て没収ぼっしゅうして、身に着けている宝石まで外はずし着ているドレスだけで放り出したのです」

裸では追い出せないから、ドレスは与えて差し上げたのか。
着の身着のままとはこれを言うわね。

「そこまで徹底てっていしてやったら、本人も気分いいでしょうね。
なにもかもなくなり、餓死がしして夫の後を追えましてよ」

プリムローズの高笑いに、いち早く反応して続きを話した。

「実は、それを止めした方が現れます。
当時１３歳の現ベルナドッテ公爵が、母上様に苦言申し上げたのでございます」

胸に手を組みお祈り姿で、マーシャル伯爵夫人ヘレンは天井を見上げて話しだす。

血が半分繋つがる者を、成人するまでは面倒を見てあげて欲しい。こう諭して息子は、母である公爵夫人に願い出たのであった。

「立派な発言をする息子に、公爵夫人は未来の公爵の器量に感動したと言われております。
息子に免じて、小さな家と成人するまでの養育費。
そして、最低限の生活費をお支払する約束されました」

「そんなに手厚くされたの。
父親から無視されている母親を見ていたら、そんな事を言いませんわ。
愛情を独占どくせんした母違いの弟なんか、どうなろうが知っちゃいない。
人なんて、いざとなればどうにか生きていけます」

パーレン伯爵夫人はその無慈悲むじひな意見に驚くが、縦に上下に首を振って同意見だと意思表示いしひょうじした。

「あの～、弟さんしかおりませんでしたの？
娘さんとか！？」

プリムローズの疑問発言に、素早くパーレン伯爵夫人は彼女に鋭するどい目を向ける。　

「弟君、お一人ですよ。
男子でよろしかったです。
娘なら夫人は、どうされていたかしらね。
憎い女の娘ですもの」

マーシャル伯爵夫人の発言に、２人はもうひとりの子供の存在を頭から忘れるように持っていくのである。

『危なかった！
娘は、世間には知られてなかったのね。
ついつい、ボロが出そうになりましたわ』

パーレン伯爵夫人に謝るように見つめ、全てが重なり合って今回の事件が起こったのだと結論けつろんに至いたる。
プリムローズとマーシャル伯爵夫人は、それぞれここでの目的を達成したのであった。

微笑ほほえんで別れを惜おしむ二人の夫人たちを見ては、彼女は夕焼けの光を眩まぶしげに目を細めていた。