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第6章 黒い森の戦い
第8話 牛に経文
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別れを告げたギルは、ヴァンブランにまたがって走っていた。
この馬は、お嬢の居場所を野生の勘で察知しているに違いない。
このまま、何も考えないで馬に任せて乗ってよう。
主人の何かを感じてるのか、ヴァンブランは猛スピードで黒い森ミュルクヴィズへ向かう。
今日で3日目、ロープを伝って森の中に入るのも慣れてきたので早く奧へ進む。
「お祖父様、今日はマーシャルと剣で戦いそうですね。
チューダー将軍、彼は剣の腕前はどうなのですか?」
「言いにくいのですが、実力が検討もつかない。
代々世襲制でしてな。
ヴェントはどうもうまく画策して、前の西の将軍から譲り受けたようです」
「えーっ!
お祖父様は前に1番お強い方が、東の将軍になるとそう仰っていましたわよね!」
北の将軍チューダーの話に、プリムローズは敏感に反応した。
「すまん、儂はずーっとそう思っておったんじゃあ。
将軍職をそんな風に決めてとはなぁ」
「では、4大将軍は皆様手合わせしていないのですね。
実力も分からず実戦あるのみ、相手をよく見て戦うしかありませんわ」
存じ上げなかったお祖父様も、まさかの展開よね。
「親父様、少し遠くですが助けを呼ぶ声がします」
新規子分1号が、不思議な報告してきた。
「そうかのう?
耳が遠くなったようで、儂には聞こえんが?」
耳に集中して1号の言う通りなのか、プリムローズは目を瞑りその声を聞く。
「こ、この声の主はー!
お、お祖父様~!!」
「プリムよ!
どうした?
お前らしくなく狼狽えて。
誰の声だと言うんじゃあ?」
自分の聴力を疑いたくなるが、どう聞いても彼の声だった。
正夢は当たってしまったと、これから祖父に伝える言葉に声が詰まりそうになる。
「この声の主はー」
「うむっ、主は誰じゃあ?」
黙って事の成り行きを見守る、チューダーは我らにとって良くないのだと思っていた。
『何やら、またまた面倒ごとが起きそうだなぁ』
心の奥底で呟く将軍は、一人で周りの気配に気を配っていた。
「何度言っても理解できない。
鳥頭の我が兄、ブライアンでございます」
「な、なんじゃと?!
王宮へ送ったのではないか?
脱走したと申すのか」
「そうみたいですわ。
もう嫌になりました」
そう力なく答えると、部下にあの声の主を捕まえて連れてくるように頼む。
「【牛に経文】だ。
いくら説き聞かせても効き目がないのう。
もう、コヤツはダメだ」
どうやらクラレンス嬢の兄上が、妹を心配して森まで追いかけて来たのか。
よっぽど心配だったのだろう。
だが、彼女より男性でもある兄の方が戦力になりそうだとチューダーは考えていた。
それがすぐに、幻想に終わるのだ。
5分もしないうちに、ブライアンこと王子ルシアンが彼女たちの前に縄で捕われて姿を現す。
紫の瞳がワインレッドに変化し、髪が逆だって見えるような気がした。
「お前は、何度言えば理解できるのだ?!
力量も計れずに、好き勝手に動きやがってバカもん」
とても令嬢の言葉遣いではないが、髪が短くなったせいか似合っている。
「これこれ、プリム。
おい、ブライアンよ。
ここが、どんな場所か分かっておるな。
自分の身は自分で守れよ、わかっておるな」
そう冷たく引き離す戦の神は、彼女より冷徹でないかと将軍は一瞬思うのである。
「わ、私はプリムローズが心配で…。
ここに来たのです。
どうして、お分かりにならないのですか?!」
ルシアンは、彼女が自分のことを思ってくれて喜ぶと考えていた。
拒絶されても、最後は理解され感動してくれるものだとー。
「アンタに心配されるほど、私は落ちぶれてないわ。
私は、戦の神に育てられたのよ。
かえってこの場に現れて、足を引っ張っているじゃない!
お祖父様、コイツを一発殴らせて下さい」
とうとう我慢ができなくなり、とんでもないお願いをしてきた。
チューダーも周りの兵たちや子分たちも、グレゴリーに注目する。
「やるがよい!
じゃが、一発だぞ!
それ以降は、遺恨を残すな。
良いな、プリムローズ」
『おーい、承諾したよー!』
戦の神の意外な返答に、驚く周りの者たち。
「ありがとうございます!
では、ブライアン兄様。
歯を食いしばりなさいな。
一発しか打ち込めないから、覚悟しなさいよ」
怯える目を閉じて、ルシアンは歯を食いしばり顔を彼女に向ける。
「矜持は山より高く、根性だけはあるな。
だがな、それだけでは世の中は生きていけないのよー!!」
左腕を大きく振り上げて顔面めがけて伸ばしたが寸前で止めて、代わりに右足を男性の大事な場所を蹴り上げた。
「うっ、ウォー!!
あっ、ああー~!」
しゃがみ込み悶絶する姿を高笑いして見下げる姿は、鬼や悪魔の化身のようにしか見えない。
「まったくもって卑怯な。
やはり、育て方を誤ったか…」
雄叫びと高笑いの間で、戦の神が低い声で何やら囁くのだった。
この馬は、お嬢の居場所を野生の勘で察知しているに違いない。
このまま、何も考えないで馬に任せて乗ってよう。
主人の何かを感じてるのか、ヴァンブランは猛スピードで黒い森ミュルクヴィズへ向かう。
今日で3日目、ロープを伝って森の中に入るのも慣れてきたので早く奧へ進む。
「お祖父様、今日はマーシャルと剣で戦いそうですね。
チューダー将軍、彼は剣の腕前はどうなのですか?」
「言いにくいのですが、実力が検討もつかない。
代々世襲制でしてな。
ヴェントはどうもうまく画策して、前の西の将軍から譲り受けたようです」
「えーっ!
お祖父様は前に1番お強い方が、東の将軍になるとそう仰っていましたわよね!」
北の将軍チューダーの話に、プリムローズは敏感に反応した。
「すまん、儂はずーっとそう思っておったんじゃあ。
将軍職をそんな風に決めてとはなぁ」
「では、4大将軍は皆様手合わせしていないのですね。
実力も分からず実戦あるのみ、相手をよく見て戦うしかありませんわ」
存じ上げなかったお祖父様も、まさかの展開よね。
「親父様、少し遠くですが助けを呼ぶ声がします」
新規子分1号が、不思議な報告してきた。
「そうかのう?
耳が遠くなったようで、儂には聞こえんが?」
耳に集中して1号の言う通りなのか、プリムローズは目を瞑りその声を聞く。
「こ、この声の主はー!
お、お祖父様~!!」
「プリムよ!
どうした?
お前らしくなく狼狽えて。
誰の声だと言うんじゃあ?」
自分の聴力を疑いたくなるが、どう聞いても彼の声だった。
正夢は当たってしまったと、これから祖父に伝える言葉に声が詰まりそうになる。
「この声の主はー」
「うむっ、主は誰じゃあ?」
黙って事の成り行きを見守る、チューダーは我らにとって良くないのだと思っていた。
『何やら、またまた面倒ごとが起きそうだなぁ』
心の奥底で呟く将軍は、一人で周りの気配に気を配っていた。
「何度言っても理解できない。
鳥頭の我が兄、ブライアンでございます」
「な、なんじゃと?!
王宮へ送ったのではないか?
脱走したと申すのか」
「そうみたいですわ。
もう嫌になりました」
そう力なく答えると、部下にあの声の主を捕まえて連れてくるように頼む。
「【牛に経文】だ。
いくら説き聞かせても効き目がないのう。
もう、コヤツはダメだ」
どうやらクラレンス嬢の兄上が、妹を心配して森まで追いかけて来たのか。
よっぽど心配だったのだろう。
だが、彼女より男性でもある兄の方が戦力になりそうだとチューダーは考えていた。
それがすぐに、幻想に終わるのだ。
5分もしないうちに、ブライアンこと王子ルシアンが彼女たちの前に縄で捕われて姿を現す。
紫の瞳がワインレッドに変化し、髪が逆だって見えるような気がした。
「お前は、何度言えば理解できるのだ?!
力量も計れずに、好き勝手に動きやがってバカもん」
とても令嬢の言葉遣いではないが、髪が短くなったせいか似合っている。
「これこれ、プリム。
おい、ブライアンよ。
ここが、どんな場所か分かっておるな。
自分の身は自分で守れよ、わかっておるな」
そう冷たく引き離す戦の神は、彼女より冷徹でないかと将軍は一瞬思うのである。
「わ、私はプリムローズが心配で…。
ここに来たのです。
どうして、お分かりにならないのですか?!」
ルシアンは、彼女が自分のことを思ってくれて喜ぶと考えていた。
拒絶されても、最後は理解され感動してくれるものだとー。
「アンタに心配されるほど、私は落ちぶれてないわ。
私は、戦の神に育てられたのよ。
かえってこの場に現れて、足を引っ張っているじゃない!
お祖父様、コイツを一発殴らせて下さい」
とうとう我慢ができなくなり、とんでもないお願いをしてきた。
チューダーも周りの兵たちや子分たちも、グレゴリーに注目する。
「やるがよい!
じゃが、一発だぞ!
それ以降は、遺恨を残すな。
良いな、プリムローズ」
『おーい、承諾したよー!』
戦の神の意外な返答に、驚く周りの者たち。
「ありがとうございます!
では、ブライアン兄様。
歯を食いしばりなさいな。
一発しか打ち込めないから、覚悟しなさいよ」
怯える目を閉じて、ルシアンは歯を食いしばり顔を彼女に向ける。
「矜持は山より高く、根性だけはあるな。
だがな、それだけでは世の中は生きていけないのよー!!」
左腕を大きく振り上げて顔面めがけて伸ばしたが寸前で止めて、代わりに右足を男性の大事な場所を蹴り上げた。
「うっ、ウォー!!
あっ、ああー~!」
しゃがみ込み悶絶する姿を高笑いして見下げる姿は、鬼や悪魔の化身のようにしか見えない。
「まったくもって卑怯な。
やはり、育て方を誤ったか…」
雄叫びと高笑いの間で、戦の神が低い声で何やら囁くのだった。
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