31 / 39
第29話 大脱出、そして。
しおりを挟むヨウは街の中を歩き続けて、寂れた旧市街の一角にやってきた。朽ちかけた建物や雑草の生えた空き地の前を通り過ぎて、とある石造りの古い建物の前にヨウは立った。
「ここか。」
ヨウは手にしていたメモを確認すると中に入り、壁に立てかけられた板をどけた。
板の後ろには地下へと続く暗い階段が続いていた。ヨウはポケットから小さなライトを出すと、ゆっくりと階段を降りていった。
地階にたどり着いたヨウは、扉についたボタンをメモを見ながら押した。解錠される音がして、ヨウは更に前に進んだ。
ヨウが入った部屋には無数の棚があり、様々な機械や部品が置かれていた。中にはヨウが見知っているドローンのフレームやプロペラがあったが、何かよくわからない装置も混ざっていた。
「なぜあの人は僕をここへ呼んだんだろう。」
ヨウは来たことを後悔しはじめていたが、好奇心が足を部屋の奥へと進めさせた。奥には机と椅子が置いてあり、ゴーグルをした誰かが一心不乱に機械をいじっていた。
その人影はヨウに気づくと作業の手をとめて顔をあげた。
「やあ、ヨウくん。来てくれたかね。」
その手には拳銃が握られていた。
部屋から転がり出たマリーンたちは廊下を見回した。どこからか焦げくさいにおいが漂い、マリーンには気温が上がっているように感じられた。
「こんな広い船をどうやって探すよ?」
「あいつに聞こう!」
振り返ったマリーンだったが、クロネの姿はどこにもなかった。
「あれ? 消えちゃった!?」
「クロネは放っておいて、早くふたりを探しましょう! おそらく、医務室でしょう。」
廊下の向こうから剣やナイフを構えた濃紺色の制服姿の兵士が殺到してきていた。
コナは先頭の兵士を体術で倒し、武器を奪った。
焦げ臭さが濃くなる中、3人は敵兵と切り結びながら廊下を移動した。ジーンはパンチやキックもおり混ぜて次々と敵兵を斬り伏せた。
「俺の水着姿、誰も見てくれないなあ。」
「あたしは見てるから!」
「私は見ていません。」
マリーンはナイフをくりだしてきた敵兵を剣で貫くと、剣を抜きざまにそのナイフを奪いとり、コナを狙撃しようとしていた弓兵に投げつけた。
コナはその弓を奪いとり、めったやたらに狙撃し始めた。
「キリがないぜ! 医務室はどこだ!?」
「だめだわ、煙が…。」
更に煙が濃くなり、前に進むどころか引き返すのも困難になり始めていた。黒煙の中から時折現れる敵兵を刺し退けつつ、3人は固まって移動した。
「下層にはもういけねえぞ! 俺たちも早く出なきゃ危ないぜ。」
「でも、マルンさんとチグレさんが!」
「チグレさんは自業自得だと思われますが。」
進むか退くか。
3人が決断に迷っていると、煙を割って巨体が躍り出てきた。ジーンが剣を振りかぶったが、コナが大声を出した。
「待ってください! あなたは!?」
「やあ妖精さん。」
何かを両脇に抱えて笑みを浮かべている顔に、コナは見覚えがあった。
「部屋に食事を運んでくれていた方ですか!」
「名も無き給仕です。」
ニッと微笑んだ給仕が抱えていたのはぐったりとしたマルンとチグレだった。
「さあ早く! こっちから脱出です!」
マリーンたちは給仕に率いられて、通路を駆け抜けた。
港で炎上する巨大な帆船に、あたりは騒然となった。自警団が機能していないので消化の手際も悪く、港湾は大混乱に陥った。
よくも悪しくも、そのおかげでマリーンたちはその場を離れることができたのだった。だが、ヨウの姿はどこにも見当たらなかった。
「うわあ、マリーンおねえちゃん! ジーンおねえちゃんだー!」
子供たちがかけより、マリーンとジーンにしがみついた。すぐに院長も走り出てきた。
「すみません、ここしか思いつかなくて。」
「とんでもない! 大変だっただろう。さあ、早く入って!」
マリーンは、自分たちがかつて育った孤児院にやってきていた。院長はマリーンたちに食事に湯浴み、着替えを用意してケガを手当てしてくれた。
マルンとチグレはベッドに寝かされて、院長が様子を見守った。
ひと息ついたコナは給仕に話しかけた。
「あなたはいったい…?」
「実は、私も自警団員なんです。」
「えええっ!?」
給仕は自警団第2支部のジニタと名乗った。
「新帝国の船が燃えたから、もうお役御免ですねえ。私は団長命令で新帝国に密偵として潜入していたのです。」
「ミサキ団長が!?」
「はい。かなり前からね。すごいお方ですよ、あのお人は。皆、結界があるからと安心しきって新帝国の脅威を見過ごす中で先手を打たれていたのですから。」
マリーンはようやく、カオカルド騒動の時にミサキに言われていた事の意味を理解した。ジニタは、なんとかミサキ団長と接触すると言い、足早に立ち去った。
マリーンは横になっているマルンとチグレの様子を見に行った。察した院長はそっと席を外した。
俺がチグレをしめあげてやる、と息まくジーンをなだめてマリーンはひとりで来ていた。
「なんらかの邪な意図をもって支部長に近づいてきたのは明白ですよ。」
コナにもそう言われたが、マリーンはどうしても自分の口からチグレに聞きたかった。マリーンがベッドに近づくと、先にマルンが目を覚ました。
「マリーンさま…。ご無事でしたか…。」
「マルンさん、ごめんね。心配かけたし、あなたもあぶない目に遭わせてしまったね。」
「いえ、そんな。それよりも…。」
マルンは隣で寝ているチグレを見て、体を起こした。
「寝てなきゃダメだよ、マルンさん。」
「いえ、わたしは席を外します。チグレさんのお話を聞いてあげて下さい。きっと何か、深い事情があると思うんです。」
マルンはフラフラと部屋を出ていった。残されたマリーンは、端正なチグレの寝顔をじっと観察した。
この部屋、このベッド、
マリーンには全てが懐かしく思えた。
(貧しかったけど、院長先生は優しく皆を育ててくれた。)
チグレを見ていると、マリーンは何かを思い出しかけた。それがなんなのかをマリーンが考えこんでいると、チグレが眩しそうにまぶたをゆっくりと開けた。
「ここは…孤児院?」
「チグレさん、気がついた!? でも、なぜすぐにわかったの?」
チグレはぼうっとした表情のまま首をマリーンの方に向けた。
「マリーンさん…。私は…いったい…。」
「無理しなくていいよ、大けがだったからね。お水を飲む?」
チグレはうなずき、マリーンは水差しでチグレに水を飲ませた。勢いよく飲みすぎて、むせるチグレの背中をマリーンはさすった。
「大丈夫? 慌てないで、ゆっくりね。」
「それよりも! マリーンさん、この街は…この街はもうすぐなくなるんです。私と…私といっしょに逃げましょう!」
チグレはマリーンの手をとり熱っぽく語りかけたが、マリーンは首をふりながらその手を押し戻した。
「ごめんなさい。それはできない。あたしはこの街を守らなければならないの。」
「どうして! どうしてあなたが! あなたみたいな人がこんな街を…。」
チグレは包帯の上から頭を抱えてベッドに突っ伏してしまった。マリーンは泣き崩れるチグレを前にどうしていいかわからなかった。
「チグレさん、聞いて。この街を滅ぼすなんて恐ろしい提案を、あなたが考えだしたなんて思いたくないわ。誰かにそそのかされたの? 異世界の兵器なんかどうやって手に入れたの? 話して。話してくれないと、あたし、あなたを助けられない。」
「マリーンさんが私を助けるんじゃない! 私がマリーンさんを助けるんだ! そうじゃないと、そうじゃないと意味がないんだ。」
チグレは涙に濡れた顔をあげて悲壮な顔でマリーンを見つめた。
「そうでしょう? マリーンおねえちゃん…。」
そう言われたマリーンの体に電撃が走ったかのように、マリーンは突如思い出した。
「まさか、まさかあなた…ニータちゃん!? ニータちゃんなの!? なんてこと、変わりすぎてて全然気づかなかった!」
チグレは涙を落としながら、深く何度もうなずいた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
マッシヴ様のいうとおり
縁代まと
ファンタジー
「――僕も母さんみたいな救世主になりたい。
選ばれた人間って意味じゃなくて、人を救える人間って意味で」
病弱な母、静夏(しずか)が危篤と聞き、急いでバイクを走らせていた伊織(いおり)は途中で事故により死んでしまう。奇しくもそれは母親が亡くなったのとほぼ同時刻だった。
異なる世界からの侵略を阻止する『救世主』になることを条件に転生した二人。
しかし訳あって14年間眠っていた伊織が目覚めると――転生した母親は、筋骨隆々のムキムキマッシヴになっていた!
※つまみ食い読み(通しじゃなくて好きなとこだけ読む)大歓迎です!
【★】→イラスト有り
▼Attention
・シリアス7:ギャグ3くらいの割合
・ヨルシャミが脳移植TS(脳だけ男性)のためBLタグを付けています
他にも同性同士の所謂『クソデカ感情』が含まれます
・筋肉百合要素有り(男性キャラも絡みます)
・描写は三人称中心+時折一人称
・小説家になろう、カクヨム、pixiv、ノベプラにも投稿中!(なろう先行)
Copyright(C)2019-縁代まと
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる