上 下
30 / 39

第28話 クロネの屈辱

しおりを挟む

 ティーポットの破片と熱い紅茶が飛び散り、湯気が天井に立ち昇った。チグレは頭部から出血しながらもクロネにつかみかかっていたが、フラフラと倒れてしまった。

「マリーンさん…マリーンさんだけは…。」

 動かなくなったチグレを、クロネは気味悪そうに見おろした。

「船医を呼べ! ここで死なれてはたまらないからな。」

 クロネは髪を気にしながらソファに座り直した。

「今後はドラン君、お前が戦争商会の代表として窓口になれ。」

 ドランは手についたポットの破片を払うと、ニヤリとして無言で頷いた。

 腰を浮かせかけていたコナは、手で口を押さえながら扉に向かった。

「すみません、気分が悪いので夜風にあたってきます。」

「ああ。すぐもどれよ。」


 部屋から出たコナが廊下に出て階段をあがり甲板に出た途端、強烈な斬撃がコナを襲った。身を翻してかわし、身構えたコナの目に映ったのは見慣れた仲間たちだった。

「コナ!?」

「支部長! ジーン!」

 コナは思わずふたりにかけより、抱きつこうとしてふと立ち止まった。

「なんですか、ふたりともその恥ずかしい格好は。しかもびしょぬれじゃないですか。」

 マリーンとジーンは顔を見合わせて、すこしムッとした表情になった。
 ふたりは濃紺のワンピースの水着姿で、武器だけを携行していた。

「だって、時期ずれでこれしか売ってなかったんだもん。あたしだってもっとオシャレなのがよかったのに。」

「助けに来てやったのにいきなりダメだしか?」

「いえ、感謝はしています。ですがせめてサイズくらい…。」

 まだ文句を言い続けそうなコナに、マリーンはいきなり強く抱きついた。

「し、支部長!?」

「コナ! 無事でよかった! 本当に心配したんだから。もしもあなたに何かあったら、あたしは…あたしは…。」

 コナはたじろいで、真っ赤になり固まってしまった。ジーンも近寄り、マリーンごとコナを抱きしめた。

「支部長…ジーン…すみませんでした。」

「無事ならいいぜ! それよか、中はどうなってんだ?」

 コナはぼうっとした顔から仕事の顔に戻り、早口に会合の顛末を説明した。マリーンも、自警団の苦境をコナに説明した。


「なんだって!? チグレが!?」

「なんでマルンさんが!? しかも新帝国の幹部がここにいるの!?」

「落ち着いてください。とにかく、いっしょに部屋に戻りますから話をあわせてください。」

 ジーンが剣を突きあげて興奮しはじめた。

「なんでだよ!? 全員拘束すりゃ話は早いだろ?」

「ダメなんです、それでは。どろーんとかいう異世界の兵器の出所をつきとめないと。全員をつかまえるのはそれからです。」

 コナとジーンは指示を仰ぐようにマリーンを見た。マリーンは気圧されてすこし後ずさった。

「あ、あたしが決めるの? ど、どうしよう、あたし、大手柄たてちゃうかも。そうすればミサキ団長は…。」

「その妄想はあとだ! いくぜ!」

 焦れたジーンはマリーンとコナを押しながら船内に突入した。



 クロネは紅茶が飲めなくなり不機嫌だった。その上、高価なソファを水濡れで台無しにされて更に不機嫌になった。
 だが、水着姿の主を見て気が変わったようだった。

「想像していた人物像とかけ離れているのだが…。君が本当にマリーン・イアーハート支部長なのか?」

 マリーンはクロネの視線を必死で手で隠した。

「はい。あまり見ないでください…。」

 マリーンはクロネを逮捕したくてうずうずしていたが、はやる気持ちを抑えつけた。

 部屋からはチグレとマルン、ドランの姿は消えていた。クロネはジーンには見向きもせずにまだマリーンを見ていたが、本題を切り出した。

「単刀直入に言おう。いくらほしい?」

「は?」

 マリーンは間の抜けた返事をしたが、コナが脇からつっついた。

「あ、じゃ、一生遊んで暮らせるくらいの金額で…。」

「よかろう。他に条件はあるか?」

「…戦争商会長とマルンさんは引き渡してほしい。」

「いいだろう。そっちで始末してくれ。」

 クロネは立ち上がり、棚からワインボトルとグラスを取り出した。

「じゃ、交渉成立だな。マリーン、私の隣に座れ。」

 マリーンはあたふたしてジーンとコナの顔色をうかがった。ジーンは怒りに震えている様子だったが、コナは申し訳なさそうにうなずいた。
 マリーンが渋々クロネの隣に座ると、クロネは赤ワインで満たされたグラスをマリーンに押しつけた。

「コナより君のほうが物わかりが良さそうだな。どうだ、マリーン。このあと私の部屋に来ないか。」

「あ、あははは、ええっ!?」

 コナは立ちあがろうとしたジーンの手を抑えつけて、マリーンに目で合図をした。

「あ、あのね。あたしももう、仲間だから教えてほしいんだけど。作戦のこととか、兵器のこととか。」

 クロネはワインをあおるとマリーンの肩に手をまわした。


「王国と新帝国の戦いの歴史は知っているか?」

「はい?」

 話題がとんでマリーンは戸惑ったが、クロネは酔いに身を任せたのか上気して話し出した。

「もう何年も、憎き王国と我が新帝国の戦いは続いているが、強大なはずの我が帝国はいまだに王国を滅ぼせていない。なぜかわかるか?」

 何か言いかけたマリーンの唇をクロネは人差し指で押さえた。

「むぐ。」

「そう、大商都トマリカノートがあるからだ! 商都からの莫大な税収で王国は武器も兵員もそろえ放題だ。忌々しい消耗戦だよ。トマリカノートのせいで王国は持ち堪えているのだ。」

「そ、それで?」

 クロネはまたワイングラスにワインを満たして手にとった。

「君も飲まないか? …私はもう何年もトマリカノート攻略の検討をしたがどうやっても無理だった。トマリカノートは強力な魔法結界で防御されている。いくら魔法や攻城兵器で外から攻撃してもびくともしないのだ。」

「なるほど…。」

 マリーンはフロインドラの自信たっぷりな顔を思い出してしまい、首をふった。

「そんな時だ。大商都の戦争商会から秘密裏に提案を受けたのだ。街の内側で結界点を破壊できる兵器があるから買わないかと。結界点の位置情報も売ると言ってきたのだ。」

「な、なんですって!?」

 クロネはまたワインを飲み干して更に上機嫌になった。

「なあ、部屋でいっしょに飲まないか。 …私はその話にとびついた。大商都を破壊できれば、王国への痛恨の痛手となり、私は大出世間違いなしだ。」

「そ、その兵器って…。」

「どろーんとか言うものだ。私は武器の専門家だが、あのような精巧で便利なものは見たことがない。」

 クロネはマリーンにさらに密着すると、肩に顔をのせた。

「私は少数の精鋭部隊を大商都に潜入させて、戦争商会と取引をさせた。そうして入手したどろーんで結界点をひとつずつ破壊していったのだ。あと数ヶ所破壊すれば、大商都の結界は崩壊する。」

「その…どろーんって、戦争商会はどこから手に入れてるの?」

 クロネはマリーンの太ももに手を置き、肩を荒っぽく抱き寄せた。

「知らんな。だが、奴らは入手先をいつもこう呼んでいた。『先生』とな。」

「先生…。」

 マリーンはクロネの手をとり、ニッコリと微笑みかけた。

「知っていることはそれだけ?」

「ああ。さあ、マリーン。はやく私の部屋に…。」

「いつまでもひとの体を触ってんじゃないの!!」

 マリーンは立ち上がり、ワインボトルをつかみとると思いきりクロネの頭に振り下ろした。
 血なのか赤ワインなのかわからないものを流しながら、クロネはパッタリと床に崩れ落ちた。


「あー気持ちわるかった!」

「支部長、大丈夫でしたか?」

「お前が殴らなきゃ俺がやってたぜ。マリーン、やったな。」

 ふたりがマリーンにかけより労ったが、マリーンはベソをかきだした。

「コナ、よく平気だったね。あたし、あちこち触られて汚されたかも…。」

 落ち込んで床にへたり込んだマリーンの頭をコナが撫でた。

「支部長…つらい役をさせてしまいました。でも、人間どうしのそういう行いを観察できて、私は少し楽しかったです。」

「あなたねえ…。」

「とにかく! 早くこいつを連行しようぜ。そうすりゃ自警団への疑いも晴れるってもんだ。」


(カチリ)

 何かの機械音がして、マリーンたちは一斉にクロネの方を見た。クロネは、倒れたまま壁の一部に触れていた。

「そうはいかない。既に我が前衛部隊は街中に潜伏している。私がいなくても作戦は継続する。」

 コナは鼻腔に何かを感じとり、慌て出した。

「煙…? …火が! 火の手がどこかであがっています!」

「なんですって!? は、はやくマルンさんとチグレさんを探さないと!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

マッシヴ様のいうとおり

縁代まと
ファンタジー
「――僕も母さんみたいな救世主になりたい。  選ばれた人間って意味じゃなくて、人を救える人間って意味で」 病弱な母、静夏(しずか)が危篤と聞き、急いでバイクを走らせていた伊織(いおり)は途中で事故により死んでしまう。奇しくもそれは母親が亡くなったのとほぼ同時刻だった。 異なる世界からの侵略を阻止する『救世主』になることを条件に転生した二人。 しかし訳あって14年間眠っていた伊織が目覚めると――転生した母親は、筋骨隆々のムキムキマッシヴになっていた! ※つまみ食い読み(通しじゃなくて好きなとこだけ読む)大歓迎です! 【★】→イラスト有り ▼Attention ・シリアス7:ギャグ3くらいの割合 ・ヨルシャミが脳移植TS(脳だけ男性)のためBLタグを付けています  他にも同性同士の所謂『クソデカ感情』が含まれます ・筋肉百合要素有り(男性キャラも絡みます) ・描写は三人称中心+時折一人称 ・小説家になろう、カクヨム、pixiv、ノベプラにも投稿中!(なろう先行) Copyright(C)2019-縁代まと

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...