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第21話 公園の戦い
しおりを挟むマリーンが駆けつけると、ヨウとアズキの顔が輝いた。
「マリーンさん! 助けて! ヘンな人たちが僕たちを襲おうとしているんだ!」
「何をしているの! 自警団よ!」
マリーンはうなずくと、ヨウとアズキを取り囲んでいた四人の人影に叫んだ。ひとりはいきなり、細い剣をマリーンに突き出してきた。
(カキン!)
マリーンの小剣と細剣が交差し、火花が散った。
「なんなの、あなたたち!」
「マリーンさん、無駄だよ。この人たち、言葉が通じないよ!」
「異国の人かもよ!」
ヨウとアズキが口々に叫ぶと、敵のひとりが何か指示をした。ひとりがうなずき、地面に置いてあった箱に近づいた。ふたりの敵がマリーンに細剣を向けて間合いを詰めてきた。
「あいつがリーダーね。まずは2対1か。」
敵は全員、特徴のない衣服を身につけていた。マリーンは落ち着いて相手の動きを見極めようとした。
敵のふたりは連携してマリーンに突きを繰り出してきた。
なかなかの技と速さでマリーンはたちまち肩や腕に小さな傷を負った。
「マリーンさん!」
「大丈夫! はやくアズキさんと逃げて!」
マリーンが次々と迫る2本の細剣の突きをなんとか剣で打ち払い防戦している間に、敵のひとりは箱のふたを開けた。
昆虫の飛ぶ羽音のような音がして、箱の中から何か黒い物体が空中に浮かび上がってきた。
「な、なにあれ!?」
つい気をとられたマリーンめがけて、隙をつけると思ったのか敵がふたり同時に間合いを詰めた。
「なあんてね!」
動きを読んでいたマリーンは細身の剣を剣で弾くと、返す刀でひとりを袈裟斬りにし、ひるんだもう一方といれ違いざまに首に一撃をくわえた。
ドサリ。
ふたりの敵が地に倒れ、ヨウとアズキは歓声をあげた。
「すごーい! マルンが好きになるはずだわ。」
「本物の殺陣、はじめて見たよ!」
リーダーとおぼしき者が両手に細剣を持ち、マリーンに突撃した。
「ミタモノハ、ミナコロス!」
マリーンも剣を構えながら、敵のリーダーに突進した。ふたつの影がすれ違い、火花が散り血のにおいが漂った。
地面に倒れたのは、敵のリーダーだった。
最後のひとり、4人めの敵はいつのまにか姿を消していた。マリーンは剣をおさめると尻もちをつき、ヨウとアズキが血相を変えてかけよった。
「マリーンさん! 大丈夫!?」
「大丈夫よ。久々の斬り合いだったから、力が入りすぎちゃった。」
ヨウの差し出した手をとってマリーンは立ち上がった。マリーンの肩や腕には血が滲んでいるのを見て、ヨウが不安げな声を出した。
「マリーンさん、ケガしてるよ。早く治療しないと。」
「これくらい、平気だよ。それよりも、あれはいったいなに?」
昆虫のような羽音が遠ざかり、黒い物体は今は空中に静止していた。アズキが首をひねった。
「あたいもさっぱりわかんない。あれ、生き物なの? ヨウさんはわかる?」
かるい口調で聞いたアズキだったが、ヨウのただならぬ様子に気づいてマリーンに助けを求めるように視線を送った。
「ヨウさん?」
「そんな、なんでこの世界にあれが…? いったい誰が…。」
ヨウは青ざめて頭を抱えていたが、今度は叫び出した。
「そんな! まさか! そうか、そうだったんだ、大変だ!」
「ヨウさん、落ち着いて。どうしたの?」
マリーンはヨウを落ち着かせようと近づいたが、ヨウは真剣な表情でマリーンの肩をつかんだ。
「マリーンさん! 落ち着いている場合じゃない、早くあれを追いかけよう! 僕はあれが何かを知っているんだ!」
ヨウの様子に、マリーンはようやく事態の深刻さを感じ取った。空中の物体は更に上昇して、水平に移動し始めた。
「あ、あたし交信用水晶球を忘れてきちゃった。」
「あたいが自警団にしらせてくるよ! 任せて! ヨウさん、続きはまた今度ね!」
アズキは凄まじい速さで走り去っていった。マリーンとヨウは上を見ながら、空中の物体を追いかけ始めた。
「ヨウさん、あれはなんなの?」
「走りながら説明するから、絶対に見失わないで!」
「うん。あと、アズキさんの言ってた続きってなあに?」
「それも後で説明するよ!」
船首に立ち、どこまでも広がる美しい青い海を見てもコナの心は晴れなかった。立派な服を与えられても、豪勢な食事を出されても同じだった。
「いや、船上にしてはいい食事かも。」
そう思うと自分のいやしさを自覚させられたような気がして、コナは自分を恥じた。
(自警団の給料ではとても贅沢はできませんし、そもそも私は贅沢な暮らしにいや気がさして故郷を出たはずでした。)
(トマリカノートで自警団を知り、私は、見返りよりも使命感に生きられる場所が見つかったと思っていました…。)
「あいつに見透かされているのでしょうか…。」
コナを船上という檻に閉じ込めている相手は、コナはかなり苦手な人間だった。高貴で高慢で、しかもコナよりも強くて美しかった。
いまだに身分も本当の名前も名乗らない相手は、コナの自尊心を十分に打ち砕いてしまった。
「またここにいたのか。」
いつのまにかコナのすぐそばにその人物が立っていた。コナはあからさまに気持ちを表情に出した。
「そんな顔をされると悲しいな。」
相手は本当に悲しそうな顔をしてコナの隣に立った。
コナにはうすうす相手の正体はわかっていたが、あえて口にした。
「そろそろあなたの正体を教えて頂けませんか?」
「存外、君は策士だな。とっくに自分の正体はわかっているのであろう。」
相手は微笑みながら髪をかきあげ、サラリと言った。
「だが、呼び名がないと不便だな。自分はクロネと呼んでくれ。」
「クロネさん、どうせ偽名でしょう。私は生きてトマリカノートに帰ることはないのでしょう。ならば隠す必要はないはずですが。」
「安心しろ。君を殺すどころか、目的地では婚礼の儀式が待っている。」
「は? 誰と誰のですか?」
「君と自分に決まっているじゃないか。」
コナはさすがに意表を突かれ、間の抜けた表情になった。
「ふふ、そんな顔もするのだな。かわいいぞ。まあ、ゆっくりと船旅を楽しんでくれ。」
笑いながらクロネは去り、コナは呆然として残された。コナは生まれて始めて、他人に頼る発言をした。
「マリーン支部長、ジーン、助けてください…。」
上を見ながら走り続けていると、マリーンもヨウも首が痛くなってきた。
「結構早いし、見失いそう。もう公園から出てしまいそうよ。」
「わかってるけど、追わないとまずいよ。」
ヨウはそう言いつつも息があがりかけていた。マリーンは空中の物体を改めてよく観察した。
「羽音かと思ったけど、何かがすごい速さで回転しているの?」
「さすがマリーンさん! そう、ちいさいプロペラが水平にいくつもあって、それで揚力を得て推進を…。」
「わかるように言ってくれる?」
マリーンはヨウの言うことの半分も意味がわからず聞き返したが、ヨウはさらにひとりごとを続けた。
「自律型なのかな? でも、GPSがこの世界ではあるわけないし…。そっか、どこかで操縦している人がいるんだ!」
「だから、わかるように言ってってば。」
イライラし始めたマリーンに、ヨウは叫んだ。
「マリーンさん、さっき1人が逃げたよね、その人があれを操っているんだよ。」
「そうなの? ヨウさんはなんで詳しいの?」
「それは…僕も受け売りだけどね。見学した時に教えてもらったんだ。」
「見学? なんの話?」
ヨウはためらっていたが、走りながら叫んだ。
「あれはね、ドローンって言う機械なんだ!」
「どろ…? なにそれ?」
マリーンははてなマークを出し、どうやらさっぱり理解していない様子だった。今度はヨウがイライラし始めた。
「だから、空を飛ぶ機械なんだ。僕のいた世界では様々なことに使われているんだよ。配達とか、農作業とか…そして戦争にもね。」
「なんですって!?」
マリーンは思わず立ちどまり、ヨウを見つめた。その表情にはかくせない不信の念が浮かんでいた。
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