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第5話 ミサキ団長への報告

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 港の朝。

 カモメがとびかう中を、朝の光が無数の漁船や交易船を照らしていた。桟橋に横づけされた船からは荷が次々と降ろされ、逆に作業員たちが荷を積み込んでいる船もあった。

 商船にまじり、客船からは様々な種族の数えきれない乗客が下船し無事の到着を喜び、また一方では乗船する者は長い船旅への期待と不安で胸を膨らませていた。


 マリーンは港の光景が好きだった。海の香りも、朝陽を反射する海面の輝きも、カモメの鳴き声も大好きだった。

「あたしたちがこの街を、港を守っているんだよね。」

 自警団本部を目指して港湾区を歩くマリーンは誇らしげだった。マリーンは胸いっぱいに潮の香りを吸い込み伸びをすると、鞄を開けて中を確認した。
 中には報告書と、きれいに包装された小さな箱が入っていた。

(受け取ってくれるかな…。)

「さっきから何度めニャ? マリーンにゃんは鞄の中ばかり見てるニャ。」

 潮風が苦手なのか、マチルダが手でしきりに顔を洗いながらマリーンをからかった。マリーンは頬を膨らませた。

「マチルダはついてこなくていいのに。パトロールはどうしたの?」

「本部のカフェテリア、特別スイーツメニューがあるらしいニャ!」

「ほんと!?」


 自警団本部は港の近くの官庁街にあった。各商会の本館や代表会議棟、王国連絡出張所などがあり、トマリカノートの中枢を形成していた。

 自警団本部は支部と同じくレンガ作りの重厚な建物だったが、はるかに支部よりも大きかった。
 マリーンとマチルダが正面玄関に立つとひっきりなしに自警団員や、何かの手続きや届出に来た住民が出入りしていた。


 団長室に通されてソファに座って待つ間、マチルダは珍しげに部屋を見物しはじめ、マリーンは考えにふけっていた。

(昨夜のあれはなんだったんだろう…。』



「は、ははは、やだなあ、支部長さま。会ったことなんかありませんよ。あ、お魚切りますね。」

 チグレはマリーンの横に立ち、ナイフで丁寧にマグロステーキを切りはじめた。

「そうかなあ。なんだか初対面とは思えなくて。」

「さ、さっきカフェテリアで会いましたよ。」

 マリーンはチグレの顔を見上げて注視した。チグレは手元に集中するフリをしたが、すぐにめまいを感じて床がかたむいた。

「それにしても…チグレさんって、めちゃくちゃかわいいね。」
 
 チグレの手がピタリととまった。

「わ、私が…か、かわいいって、そ、そんな…なんてことを…」

「うらやましいなあ。あたしもチグレさんみたいにもっとかわいかったらなあ。あの人だって…。」

 マリーンはチグレが気を失いそうになっていることに気がつかず、一方的に話し続けた。

「自警団支部のお手伝いさんなんてさ、きつくて安い時給なのに来てくれて、本当にチグレさんには感謝してるの。しかも完璧な料理に家事。長く働いてほしいから、困ったことがあったらなんでも言ってね!」

「あ、ありがとうございます…。」

 チグレは目元を袖口でおさえて涙を隠した。マリーンが何かを探しながら机の引き出しをかきまわした。

「志望動機はなんだっけ? あれ? 履歴書が…。」

「…きだからです。」

 チグレが蚊の鳴くような声で言い、マリーンは顔をあげた。

「え?」

「…だいすき…だからです…」

 マリーンはポカンとした顔をしてしばらくの間のあと、満面の笑みをうかべた。

「そうなんだ! チグレさんもこの街がだいすきなんだね! そうなの、あたしもね、小さいころ…」

「ちがいます!」

 ことばを遮られたマリーンは、チグレの豹変した表情を見てこおりついた。いつものやわらかな笑顔は微塵もなく、憎悪が顔面にはりついていた。

 チグレは目の焦点があわないままに、ききとれないくらい小さな声で何かをつぶやきつづけた。

「…あなたみたいな素晴らしい方がこんな汚い街のために自分を犠牲にして…」

「チ、チグレ…さん?」

「こんな街…なくなってしまえば…そうすれば…私はあなたと…」

「チグレさんてば!」

 マリーンは心配になってチグレの袖を引っ張った。チグレはハッと我にかえり、夢からさめたような顔でマリーンを見た。

「どうしたの? 大丈夫?」

 チグレは慌てて後ずさりすると、ドアにとびついた。

「す、すみませんでした! ワゴンは廊下に出しておいてください!」

 あちこちにぶつなりながら、チグレは廊下を駆け抜けていった。
 マリーンは呆気にとられて椅子の背もたれに体重をあずけた。

「なんなの…いまの?」



 ドアが開き、広い歩幅で颯爽と誰かが団長室に入ってきた。長い髪を後ろでたばね、青いロングコートをはおり、片方の目には飾りがある眼帯をしていた。

「マリーン、すまない。またせたな。」

「団長!」

「ミサキにゃん!」

 マリーンはビシッと敬礼したが、体がガチガチになり変な敬礼になっていた。
 マチルダはピョ~ン、とジャンプして団長に抱きついた。

「おお、マチルダはいつも元気だな。いい子だねー。」

 団長はマチルダをだっこして猫耳頭をナデナデすると、コートの内ポケットを探り、ゴロゴロのどを鳴らしているマチルダに小袋をわたした。

「あニャ!? いいかおりニャ!」

「はるか東方のコトノハという国のカツオブシという珍しい食べ物らしい。乾物商会長にもらったんだが、マチルダにあげよう。」

「ありがとうニャ!」

 マリーンは唖然として口をぱくぱくしていたが、マチルダをにらみつけた。

「コラーッ! マチルダ! 団長にミサキにゃんって、なんて失礼な! しかもナデナデまで…。」

(そんなの、あたしもしてもらったことないのに!)

 自警団長ミサキ・フィッシュダンスは笑いながらマチルダをおろすと、反対側のソファにどっかりと腰をおろした。

「まあまあ、いいじゃないか。マリーン、忙しいのに手間をかけたな。まずは報告書を見せてくれ。」

「は、はいッ。」

 眼帯ではない方の目で射抜かれて、マリーンはあたふたと鞄から書類を出して団長に手渡した。


 しばらく真剣な表情で目を通していた団長だったが、口元をゆるめて顔をあげた。

「うん、よく書けてる。さすがマリーンだ。」

「いえ、そんなあ。」

(も、もしかしてこの展開は!?)

「君を支部長に抜擢してよかったよ。」

「団長…。」

 マリーンは目を閉じて両腕をひろげた。


「…なにしてるニャ?」

 マチルダがとなりでかつお節をモクモク食べながらマリーンを不思議そうな顔で見た。団長は再び真剣な顔つきで報告書に目を通していた。

 マリーンは頭をかきながらあはは、と笑うとおとなしく待つことにした。しばらくして、ようやく団長が顔をあげた。

「これで謎の爆発は5箇所目か。トマリカノートの街の全域で起こっている。どの現場も発生直後に魔女商会が封鎖か…。」

「そうなんです! ひどいですよね、絶対に何かを隠してますよね!」

 団長は報告書を座卓に置くと腕組みをして目を閉じた。

「いや、決めつけるのはよくないぞ。隠しているというよりもこれはむしろ…。」

 団長はしばらく考えこんでいたが、目を開けるとすこし険しい目をしていた。

「私も少し探りをいれてみる。当面は全支部にパトロールの強化を伝達する。」

「わかりました!」

「ところでマリーン、魔女商会のニラクエナ会長ともめたって話は?」

 マリーンはギクッとしたが、マチルダがペラペラとしゃべりだした。

「あニャ、なんで団長しってるニャ? でも、ヨウにゃんはすごくいい人ニャ!」

「ヨウ? ヨウとは誰だ?」


 観念したマリーンは、昨日起こったことを残らず話した。団長はさらに考え込む姿勢になった。

「魔女と乱闘にならなくてよかったな。本当にその新しいお手伝いさんに感謝だな。それにしても、わざわざニラクエナ会長自らが支部に? ヨウとは何者なのだろう。まさか爆発の怪異となにか関わりが…?」

「団長、あたしも最初はそう思ったんだけど、少し考えすぎかもしれないし。」

「いや、マリーン、近いうちにそのヨウとやらに会わせてくれないか。魔女商会への引き渡しは私がニラクエナ会長に話してなんとかひきのばしてみよう。」

 マリーンはなんとなく、ヨウを団長には会わせたくない気がしたが理由が自分でもわからなかった。
 話題がなくなり、マリーンはもうひとつの重要な目的を実行しようとして鞄から小箱をそっととりだした。

「あ、あの、団長。これを…」

 マリーンが小箱を団長に渡そうとしたちょうどその時、団長室の扉がいきおいよくバーン!と開いた。
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