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第4話 爆発の怪異

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 物見櫓の鐘が鳴り響く中、マリーンたちはあわてふためく群衆をかきわけながら轟音がした方向へと通りを駆けた。

 飲食店街区を抜けて居住街区に入ると混乱の度合いが更に増していた。夕刻がせまり、徐々にうす暗くなりかける中をたくさんの人々が逃げまどっていた。

「みなさん、落ち着いてくださーい! 押し合わず、順番に避難してくださーい!

 既に到着していた何名かの青いハーフマントの自警団員たちが声を張り上げていたが、あまり効果はなかった。
 (自警団員は必ず青い色のものを身につける規則になっていた。)

「33支部のマリーンよ、状況は?」

 マリーンたちの姿を見て、疲れた表情の団員は元気を取り戻したかのようだった。

「41支部団員です。それが…民家がいきなり爆発して炎上、倒壊したらしく住民が生き埋めになっているとか…。」

「大変! コナ、支部に応援要請を。ジーンと避難誘導をお願い。あたしは現場を確認してくる!」

「おう、まかせろ。」

「もう呼びました。」

 コナはてのひらに小さな透明の玉を持っていた。団員間での交信用の水晶球だった。

 マリーンはうなずくと、黒煙が立ちのぼっているのが見える方へ走っていった。足の速いマチルダがあっという間にマリーンを追い抜かしたが、何かにぶつかった。


「あいたたニャ。誰にゃ!」

 鼻をさするマチルダの抗議を全く無視して立っていたのは黒服の魔女たちだった。それも、ひとりではなく爆発現場を取り囲むように多数の魔女たちが立っていた。

「あニャ~また魔女ニャ。」

「あなたたち、なに? そこをどいて! 早く救助をしないと!」

 マリーンはマチルダを助け起こしながら叫んだが、相手は全く無視してなにも言わなかった。よく見ると、魔女たちは赤いリボンを帽子に巻いていた。

(魔女商会の上級魔女隊? なんでここに?)

 マリーンは向こう側を見ようとぴょんぴょん飛び跳ねた。完全に倒壊した建物や散らばったレンガなどの残骸と、はげしい炎や黒煙が見えた。すぐそばでは同じく赤いリボンの魔女がほうきから放水して消火活動をしていた。

 ベストの内ポケットが振動したので、マリーンは小さな水晶玉をとりだし応答した。

「はい。33支部マリーンです。」

『マリーンか、私だ。』

 マリーンはあやうく水晶玉を落としそうになった。

「だ、団長! だ、団長があたしにどうして。な、何かご用ですか。今、爆発の現場でして…。」

『知ってる。もう現着か。はやいな。』

「い、いえ、それほどでも。えへへ。」

「ボクも! ボクも!」

 水晶玉に飛びつこうとするマチルダをかわしながら、マリーンは赤くなってもう片方の手でしきりに髪をくるくるといじった。

『今月に入ってもう3回目の爆発だな。』

「はい。通算で5回目です。」

『ところでマリーン、魔女商会員が現場にいるな?』

「はい、そうなんです。ひどいんですよ、現場に近づけなくて。団長からも…」

『いいか、マリーン。現場は魔女商会に任せて、自警団は避難誘導などの後方支援にまわれ。』

 マリーンは自分の耳を疑い、今度は怒りで赤くなった。

「団長! 街の治安はあたしたち自警団が誇りを持って…」

『すまない、私も納得はしていないが商会代表会議からも横やりがはいってな。こらえてくれ。』

 団長の声は努めて冷静だったが、何かに憤っているようにマリーンには聞こえた。

「そんな…商会代表会議がなんで?」

『わからない。それは私が調べてみる。あとマリーン、魔女商会のフロインドラ会長となにかもめてるのか?』

 こんどはマリーンは青くなり、マチルダがにゃはは、と笑った。

「まさか。あの魔女商会長とモメるなんてそんなこと。あははは。」

『明日、本部に報告に来てくれないか。』

 マリーンは力なくわかりました、と応じると肩を落とした。

(うう、団長に会うのは嬉しいけどなあ。こりゃ怒られるかなあ。)

 交信終了でマリーンは水晶玉をしまうと、マチルダを連れてしぶしぶ現場を離れた。



 結局、爆発はその1回限りだった。火事も鎮火し、集まった自警団員の懸命の誘導で人々は落ち着きを取り戻し、街は平静を取り戻した。
 負傷者は、数名がこけてすりむいたという程度で重傷者も死者もいなかった。



「おかしくない?」

 支部長室で団員からの報告書を読みながらマリーンが言うと、机の前のジーンとコナがうなずいた。

「生き埋めはデマだったんだな。ま、良いじゃねえか、不幸中の幸いでさ。」

「ですが、たしかに妙ですね。」

 コナは紙の束をめくり、考えながら意見を口にした。

「無人の民家で死傷者は無し、爆発の原因は不明。場所は違いますが、今までの4件の爆発事件の報告書でも同様ですね。」

 ジーンが何かを思いついたように手をうった。

「そういえば、誰の家だったんだ? 見舞金やら再建やらの手続きがあるはずだぜ?」

 マリーンは報告書をパラパラめくり、首をふると立ち上がり、壁に貼られた街の地図を指さした。

「それが、街区役所によると所有者不明だって。この家だけがピンポイントで爆発して炎上してる。」

「それも今までの報告書と同じです。」

「ほんとかよ? どれもけっこうな大きさの家だったんだろ?」

「毎回毎回、現場は上級魔女隊がおさえていて自警団は調べもろくにできないし。」

「そうですね…。」

「爆発の怪異…か。」

 3人はじっと考えこんだがなにも答えは思い浮かばなかった。マリーンが観念したように言った。

「ダメ、考えるのは苦手。当面は見まわりの強化くらいね。それはそうと…。」

 マリーンはさりげなくふたりに問いかけた。

「ヨウさんはどうしてる?」

 ジーンはうんざりした顔をした。

「さあ、知らないね。あんなやつ。」

「怪異騒ぎのあと、ふらりと支部に戻ってきたようです。空き部屋をあてがいましたが、せまいとかベッドがかたいとか不満たらたらだったそうです。さりげなくマチルダとケルンに見張らせています。」

「さすがコナ!」

 そのほかの細々としたことをコナが淡々と報告するのをマリーンは聞いていたが、ついにはあくびをしてのびをした。

「ふたりとも、今日は遅くまでゴメンね。もうあがっていいよ。シャワーと食事もまだでしょ?」

「ああ、マリーン、お前は?」

「あたしはもう少し書類仕事を片づけるわ。」

「わかりました! 失礼いたします。」

 コナはかかとを揃えて姿勢をただし、敬礼をすると部屋から出ていった。
 ジーンがその様子を見送りながら苦笑した。

「いつまでたってもあいつはかたいなあ。」

 マリーンもつられて笑った。

「そうだね。コナの良いとこでもあるけどね。」

 マリーンはふと真顔に戻ってつぶやいた。

「コナは妖精族の故郷の話とか、一切しないんだよね。どうしてなんだろ。」

「さあな。」

 ジーンもマリーンに向かってかるく敬礼すると扉に向かい、思い出したようにふりむいた。

「マリーン、おまえも無理すんなよ。ほどほどにな。」

「うん。ありがと。あなたとコナを副支部長にして、本当によかったわ。」

「そ、そうか。そりゃよかった! じゃ、な。」

 ジーンは赤くなると、慌てて出ていった。マリーンは腕まくりをした。

「さあ、もうひと頑張り!」



「できたー!」

 マリーンは書類を高らかに持ち上げた。団長に持っていく報告書が深夜に完成し、達成感で高揚していた。
 報告書を紙挟みにいれて抱くと、マリーンは団長の顔を思い浮かべた。

「団長、報告書ができました。」

『うむ、非常によく書けているな! さすがマリーンだ。』

「いえ、そんなあ。」

『君を支部長に抜擢した私も鼻が高いよ。』

「団長…。」

『マリーン…。実は以前から君のことを…。』



「なあんてね、いやあ~ん!」

 紙挟みを抱きながらじたばたしているマリーンは、目の前にいる人物に全く気がつかなかった。

「あ、あのう。支部長さま。」

「うわあッ!」

 机の前に、サービスワゴンに手をかけて、マリーンを何か珍しい生き物のように見つめているチグレがいた。

「チ、チグレさん!? い、いたんだ!」

 マリーンはあまりの恥ずかしさに書類の山の陰に隠れようとしたが、美味しそうなかおりに誘われてまた顔をだした。

「はい。ノックはしたのですが。お食事、まだでしたよね。お持ちしました。」

「そういえば…。でもこんな遅くに!? ありがとう!」

「私のお役目ですから。」

 チグレはニッコリ笑うと、机の上に次々と湯気のたつ料理を置きはじめた。

「うわあ、でも夜中にこんなたくさん、太っちゃうかも。」

「大丈夫です。支部長さまは激務ですし、きちんと私が必要な栄養を計算していますから。」

「んじゃ、いただきまーす!」

 夢中で夜食を食べ始めたマリーンを、チグレは夢見るような瞳で見つめていた。
 マリーンはチグレの視線に気づいて皿から顔をあげた。

「あれ? チグレさんってさ…。」

「は、はい?」

「前にどこかで会ったっけ?」

 チグレは驚きの表情で緊張に身を固めた。その手にはナイフを持っていた。
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