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第30話 貸し金庫の中身は

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「やめなさーい!」

 ジェシカさんと自警団員との間ではげしい戦いになってしまうかと思ったけど、誰かの号令でみんなが動きをとめた。

「団長!」

 自警団員たちの群れがふたつにわれて、真ん中から青いロングコートで茶色い髪の小柄な人が進みでてきて、ジェシカさんは剣を鞘にもどした。

「そなたが頭目か。」

「あたしはマリーン。自警団の団長よ。ま、中にはいって。お茶でも飲みながら話そ。」


 僕は、ワナじゃないかとヒヤヒヤしながらジェシカさんのうしろにくっついていったけど、応接室では本当にお茶とマドレーヌみたいな焼き菓子がでてきた。

「茶はいらん。姉をかえせ。」

「あなたはコナの妹さんね。そっくりだから、すぐにわかったわ。」

 マリーンさんは僕たちに微笑むと、ティーカップを持ちあげた。

「そう言われてもね、あたしたちにはこの件では権限はないの。」

 マリーンさんは困りきった表情でお茶を飲み、カップをおくとため息をついた。

「だいいち、あたしがいちばんびっくりしてるんだから。なんでコナが捕まるのってね。」

「とらえておいてなにを言う!」

 ジェシカさんが腰を浮かせかけたので、僕は慌てて彼女をひっぱってとめた。
 僕はジェシカさんの代わりに疑問をぶつけることにした。

「権限がないってどういう事ですか?」

「その前に、あなたは誰?」

「あ、花屋のハナヤです。こちらはジェシカさんで、うちの店員さんなんです。」

「へえ。この町にエルフは数名だけいるけど、お花屋さんの店員だなんて珍しいね。」

 マリーンさんは感心した様子で、焼き菓子に手をのばした。茶はいらないと言ったくせに、ジェシカさんもお菓子を食べだした。

「あたしにとって、コナは部下じゃなくって大切な友だちなの。でも、金融商会はすごい力を持っているし、それに…」

「いいわけはいらん。はやく姉をかえさないと、町を灰にするぞ。」

「ジェシカさん、まずは話をききましょうよ。」

 僕はジェシカさんの腕をつついて口を閉じてもらった。

「ハナヤさん、ありがとう。今から話すことは内緒だからそのつもりでね。実は、王国からコナの身柄ひきわたしを要求されているの。商会代表会議は王国には逆らえないから、応じる意向よ。」
 
 商会代表会議って、この町の最高意思決定機関だった。

「なんだと。」

「聞いて。理由はね、貸し金庫室から盗まれたのはね、お花の種なのよ。」

 僕は意表をつかれて意味がわからず、ジェシカさんと顔を見あわせた。

「花の種、ですか?」

「それも、ただの花じゃないの。平和の花なの。」

「ひょっとして、デイジーですか?」

 マリーンさんは、室内なのにあたりを見まわすそぶりをして口に指をあてた。

「シーッ! さすがお花屋さんね! でも今は、その花の名は禁句なの。」


 デイジーは冬から春にかけて、5センチくらいのかわいい花をつけるヒナギク科の多年草だ。
 僕にとってはごく普通の花だけど、この世界では非常に珍しい花で、その花言葉は「平和」だった。


 マリーンさんの話によると…。


 その昔、王国と新帝国は長きにわたる戦争でつかれきっていた。ようやく和平が成立したとき、中立地帯だったエルフの森で平和の式典がおこなわれて、一角にお花畑が作られてデイジーの種がまかれたという。
 その後、毎年咲きみだれるデイジーの花は両国の和平の象徴であったらしい。

 ところが。

「つい最近、どうやらそのお花畑が何者かに焼かれちゃったらしいの。」

「えっ!?」

 僕は森の大狼エリゾンドの話を思いだした。ジェシカさんも同じ様子だった。

「で、両国の戦争派の貴族たちが勢いづいちゃってね、平和派の貴族たちはもう一度、花の種をまくことにしたらしいの。デイジーの種は超貴重品だから、王国側の反戦派貴族リーダーのワサビンカ家が貸し金庫に保管していたんだけど…。」

「まさか、盗まれたのはその種ですか!?」

 マリーンさんは苦しげな顔でうなずいて、ソファにもたれてしまった。

「ワサビンカ家はもう激怒しちゃって、コナは新帝国戦争派のスパイじゃないかと疑って、身柄を王国へひきわたせってきかないの。」

「で、貴様らはそれを認めるのか。コナお姉さまが盗んだわけがなかろう。」

「そんなこと、わかってるけど金融商会のアネモネ部長が被害届を出しているの。ぶが悪いわ。」

 話が長くなって、ジェシカさんはイライラし始めている感じだった。僕は焼き菓子をひとつとって、彼女の口にほうりこんだ。

「むぐっ!?」

「それにね、これはただの窃盗事件じゃなくてもはや国際問題なの。永世中立だったはずの森エルフが関わっているとなると、最悪の場合、3国間で戦争になりかねないんだから。」

「せ、戦争!?」


 あまりの厳しい現実にうちのめされて、僕もソファに沈みこんでしまった。僕の脳裏には桐庭さんのことばがよみがえってきた。


『…この世界にとっても楽しいことが起こる…』


「店主殿。どうやらキリニワカリンの狙いが読めてきたぞ。あの人間の女は戦争をひきおこすつもりだな。」

「はい。でも、なんでそんなことを?」

「だから、決まっておるではないか。」

『え?』

 思わずマリーンさんと僕の声がハモってしまった。ジェシカさんはソファからたちあがり、テーブルの上にのっかった。

「おのれキリニワカリンめ! 姑息なたくらみをしおって! ゆるさん! 八つ裂きにしてくれるわ!」

「あの、さっきからキリニワカリンって誰のこと?」


 僕はどこまでをマリーンさんにうちあけるべきか迷ってしまった。僕がジェシカさんをひっぱりおろそうとしていると、ドアが勢いよく開いた。


「団長! 王国からの移送隊が到着しました! はやくコナ支部長を渡せって騒いでます!」

「え? もう来たの?」

「コナさんはどうなるんですか?」

 僕の質問にマリーンさんは答えたくなさそうだったけど、ジェシカさんがテーブルの上から彼女にとびかかった。

「きゃっ!?」

「かくなる上は、貴様を人質にして交渉してやろう。」

「ジェシカさん、やめてください!」

 僕はうしろからジェシカさんに組みついて、マリーンさんからひきはがそうとした。

「て、店主殿! どこをさわっているのだ! はなせ! …いや…あん。」
 
 ジェシカさんの力が弱まった瞬間、僕と彼女はうしろに倒れこんだ。マリーンさんはよろめきながら立ちあがると、ドアを指さした。

「もう、今日は帰って! コナが死刑にだけはならないように手を尽くすから。あたしを信じて!」


 結局、なんの成果もなく僕とジェシカさんは自警団本部を出た。港が見える岸壁に僕たちは座りこんだ。

「金融商会になぐりこむか。」

 ジェシカさんが物騒なことを言いだしたけど、僕は首をふった。
 桐庭さんは金融商会の幹部にまでのぼりつめていた。きっと、かなり前からこの異世界で綿密に活動をしていたにちがいなかった。

「きっと、つかまるだけですよ。」

「おのれ、キリニワカリンめ。」

 港には無数の大小の帆船が行き来していた。その光景は今は平和そのものだった。
 しばらくの沈黙のあと、ジェシカさんが核心をついてきた。

「店主殿とキリニワカリンは、この世界の者ではないのだな?」

「…バレバレですよね。ごめんなさい…。」

「謝る必要などない。だったら、花の種など、手に入れるのはたやすいのではないのか?」

 僕は動転していて、そんな簡単なことにも気づいていなかった。

「はい! はやく種を持ってきます!」

「うむ。ん?」

 ジェシカさんは不思議そうな顔でなにか小さな紙をとりだした。

「なんですか、それ?」

「しらぬ間に私の懐にはいっておった。」

 それは小さな地図みたいで、矢印が手書きで描かれていた。

「あ! これは、コナ姉さまの移送経路ではないか!?」

「きっとそうですよ! さっき、マリーンさんがこっそりいれてくれたんですね!」

「うむ! 店主殿、まずは種を手に入れて、それからコナ姉さまのあとを追うぞ!」

「わかりました!」



 希望が出てきた僕は、ジェシカさんといっしょに力いっぱい店まで走った。

 
「ユリさん?」

 なぜか店は無人だった。
 僕は自室にはいり、立ちどまってしまった。

「僕のクローゼットがなくなってる!?」
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