17 / 42
第17話 ジェシカさんと狼(後編)
しおりを挟む僕は大狼エリゾンドに声をかけられるまで、ボーっとしていたようだった。
「なあ、店主さんよ、なんでバケツに水をかけてんだ?」
「え…。」
僕はじょうろで水やりをしていたつもりだった。エリゾンドは牙をむいて恐ろしい顔になったけど、ニヤニヤしているつもりのようだった。
「なあ、おまえまさか、ボスにほれてんのか?」
「ま、まさか! 冗談はやめてください! 僕なんかがジェシカさんにつりあわないですよ。」
「だよな。もしそうなら、食い殺すとこだぜ。」
本気なのか狼流の冗談なのかよくわからなくて、僕はエリゾンドから離れようとしたけど彼は僕につきまとってきた。
お客さんに見られやしないかと僕はひやひやした。
「店主さん、俺にもなにか仕事をさせてくれよ。タダ飯は落ちつかないぜ。」
僕は、リーダー狼の意外な律儀さに驚いた。
「お気持ちはありがたいけど…。」
「ユリにいい考えがあります!」
会話を聞いていたユリさんが寄ってきて、エリゾンドにしがみついた。
「う~ん、フッカフカ!」
「ユリのあねさん、俺の仕事は?」
「子連れのお客さんがけっこう多いんです。お花を選んでいる間、子どもを見ていてほしいの。」
「がってんだ!」
エリゾンドは尻尾を振って喜びを表現した。
「大丈夫かなあ。」
「食べないから心配すんな。ちょっと賢い犬を演じてやるぜ。」
エリゾンドの体がみるみる縮んで小さくなり、すこし大きい犬くらいのサイズになったので僕は腰を抜かした。
「そ、そんなことができるんだ!?」
「へへへ。でかくもなれるぜ?」
「それはやめてください…。」
何日間かの間、狼たちの食事と、全員を洗うのとで僕とユリさんは大忙しだったけど、なんとか周辺住民にはバレずにのりきることができそうだった。
夜、僕は事務室で書類仕事をしていた。
気がつくと、目の前にユリさんが座っていた。
「あ、ユリさん。いまお茶をいれますね。」
「店長さん、やっとユリとふたりっきりになれましたね。」
ユリさんはほおづえをついて、ニコニコしながら僕を見ていた。僕は苦笑して、帳簿をとじた。
「狼たちがいますけどね。」
「ねえ店長さん。店長さんはユリのこと、どう思います?」
「本当に有能な店員さんだし、いつも助かっていますよ。」
ユリさんは途端に頬をふくらませて上目遣いになった。
「そうじゃなくって。ジェシカさんのいない間に、ユリははっきりさせておきたいんです。」
「え? 給料のこと?」
「ちがいます! ユリは、このお店の共同経営者になりたいんです。」
ユリさんは言ってから顔を真っ赤にして手で顔を隠してしまった。
(か、かわいい…。)
「そ、それってつまり…?」
「もう、ユリに言わせるんですか?」
僕はもう舞いあがってしまって、自分で自分に決めたルールを忘れそうになった。
(僕はこの世界では絶対に…誰かを…。)
僕は慌てて帳簿を開いて、仕事をするふりをした。ユリさんは立ちあがると、テーブルをまわって僕の肩にうしろから手をまわしてきた。
「だから、ユリには教えてほしいんです。店長さんが、いったいどこから珍しいお花を仕入れているのかを…。」
「ぼ、僕は…。」
僕は胸の高鳴りを抑えることができなくなってしまって、目がクラクラしてきた。
「ユリは店長さんのお部屋でお話をしたいです。」
「え…。」
意味を聞きなおそうとした僕に、目を閉じたユリさんの顔が眼前に迫ってきていた。
「いま戻ったぞ!!」
革鎧を着たジェシカさんが事務室にとびこんできて、テーブルの上に大きなカゴをドカッと置いた。
「みやげの果物だ! ユリ殿、うけとれ!」
「えっ? あら、あら?」
ジェシカさんはみかんみたいな果物をユリさんに次々に放り投げて、受け取ったユリさんはお手玉をしながら炊事場に消えていった。
「まったく、油断のならないやつめ。店主殿、大事ないか?」
「ジェシカさん…!」
ジェシカさんの不在はたいして長くなかったのに、僕は久しぶりに彼女の笑みを見たように感じた。
その上、それを限りなく嬉しいと思っている自分がいた。
「店主殿、また会えて嬉しいぞ。」
ジェシカさんはあちこち土やほこりでよごれていたけど、僕は彼女の抱擁を受け入れて、いい香りを胸いっぱいにすいこんだ。
「…と、言いたいところだがな。」
ジェシカさんが僕にまわした腕にメキメキと力を入れだして、僕はその痛みに焦った。
「ど、どうしたの? ジェシカさん、痛いよ。」
「浮気したら承知しないと私は申したな?」
「まだなにもしてないってば! あ、あいたたたた!」
「まだ、だと?」
僕の反論は聞きいれられず、ジェシカさんは力をゆるめてくれなかった。
「じゃ、エリゾンドさんたちは移住できるんだね!」
「ああ。だがな、条件つきだ。」
「なんだよボス、条件って。」
帰ってきたジェシカさんを囲んで話しあいが始まった。彼女の話によると…。
近場の森狼のリーダーが、決闘で自分に勝てば移住を認めてやると言ったそうだ。
「決闘だなんて、ユリは反対です。」
「あねさん。このエリゾンド、ケンカに負けたことは一度もねえぜ。」
「うむ。だがな…。」
ジェシカさんはうかない顔だった。
「どうしたんですか?」
「いや、会えばわかるが…。」
「まさか、連れてきたんですか!?」
僕はびっくりしたけど、エリゾンドさんはやる気満々だった。
「相手が誰だろうと関係ないぜ! おまえ、立会人をやってくれ。」
「僕が!? ジェシカさんじゃダメなの?」
「すまぬな、店主殿。私は関係者だから立会人にはなれぬのだ。」
僕たちが裏庭にでると、そこには黒い大きな狼がいた。
「きれい…。」
その気品と美しさに僕は声も出せず、ユリさんが呆然としながらつぶやくのだけが聞こえた。黒い大狼が口を開いた。
「あたしはアリシア。おまえがエリゾンドか。」
「ああ、そうだ。立会人!」
「は、始めてください。」
(決闘相手は雌狼だったんだ!?)
2匹の狼は激しくにらみあった。まわりの狼たちがいっせいにうなり、声援を送りはじめた。
「リーダー! 負けるな!」
「やっちまえ!」
エリゾンドとアリシアはうなり合いながら円を描くように歩き、にらみ合いを続けた。僕はもう、ハラハラしてジェシカさんにとりすがった。
「これって大丈夫なんですか?」
「黙って見るしかない。これが狼たちの流儀だ。」
大狼の迫力満点のにらみあいに、狼たちの興奮は最高潮に達したようだった。
その瞬間、2匹の決闘者は目にもとまらない速さでお互いにとびかかった!
そして…。
2匹は庭の中央にスタッと並ぶと、たからかに宣言をした。
『わたしたち、結婚します!』
狼たちをふくめて、ユリさん以外の全員がこけて地面につっこんだ。
「ひとめぼれなんて、ロマンチック! ユリはうらやましいです!」
「達者でな。エリゾンド。」
「はい、ボス。世話になりやした。」
街道からの枝道で、テクテクと続く狼の列の先頭を歩いていたエリゾンドが急に戻ってきて、僕に鋭い牙を見せながらささやいた。
(おい。ボスのことをくれぐれもたのんだぞ。もしもあの人を泣かせたら…わかるな。)
(は、はい…。)
狼たちは去り、残ったのは平穏な日常、のはずだったけど…。
「お肉屋さんからの請求書の束も残ったなあ。」
僕がため息をついていると、ユリさんが手をあげた。
「はーい! ユリはジェシカさんの給料からさしひくことを提案しまーす!」
「そんなことをされたら、服も下着も買えなくなるではないか。」
「ユリのを貸してあげますよ。あ、サイズがあわないか。」
「…斬る。」
「ふたりとも、やめてください!」
僕はこの時、こんな平穏がずっと続くと思いこんでいた…。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
異世界で美少女『攻略』スキルでハーレム目指します。嫁のために命懸けてたらいつの間にか最強に!?雷撃魔法と聖剣で俺TUEEEもできて最高です。
真心糸
ファンタジー
☆カクヨムにて、200万PV、ブクマ6500達成!☆
【あらすじ】
どこにでもいるサラリーマンの主人公は、突如光り出した自宅のPCから異世界に転生することになる。
神様は言った。
「あなたはこれから別の世界に転生します。キャラクター設定を行ってください」
現世になんの未練もない主人公は、その状況をすんなり受け入れ、神様らしき人物の指示に従うことにした。
神様曰く、好きな外見を設定して、有効なポイントの範囲内でチートスキルを授けてくれるとのことだ。
それはいい。じゃあ、理想のイケメンになって、美少女ハーレムが作れるようなスキルを取得しよう。
あと、できれば俺TUEEEもしたいなぁ。
そう考えた主人公は、欲望のままにキャラ設定を行った。
そして彼は、剣と魔法がある異世界に「ライ・ミカヅチ」として転生することになる。
ライが取得したチートスキルのうち、最も興味深いのは『攻略』というスキルだ。
この攻略スキルは、好みの美少女を全世界から検索できるのはもちろんのこと、その子の好感度が上がるようなイベントを予見してアドバイスまでしてくれるという優れモノらしい。
さっそく攻略スキルを使ってみると、前世では見たことないような美少女に出会うことができ、このタイミングでこんなセリフを囁くと好感度が上がるよ、なんてアドバイスまでしてくれた。
そして、その通りに行動すると、めちゃくちゃモテたのだ。
チートスキルの効果を実感したライは、冒険者となって俺TUEEEを楽しみながら、理想のハーレムを作ることを人生の目標に決める。
しかし、出会う美少女たちは皆、なにかしらの逆境に苦しんでいて、ライはそんな彼女たちに全力で救いの手を差し伸べる。
もちろん、攻略スキルを使って。
もちろん、救ったあとはハーレムに入ってもらう。
下心全開なのに、正義感があって、熱い心を持つ男ライ・ミカヅチ。
これは、そんな主人公が、異世界を全力で生き抜き、たくさんの美少女を助ける物語。
【他サイトでの掲載状況】
本作は、カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです
珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。
そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。
日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる