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第14話 図書館からのお客さま
しおりを挟む『エルフの生態と習性大百科事典』
僕はぶあつくて重い本を運び、図書館の座席についた。
いっしょに暮らす以上、エルフについてもっと知りたいと思った僕は、店をふたりに任せて図書館に来ていた。
もしかして、本を読めばエルフをうまく扱う方法がわかるかもしれないという期待もあった。
(なにかジェシカさんが苦手なものとかないかな?)
この世界の本は高価で、図書館は有料だった。僕は安くはない料金を払って借りた本を開いた。
いきなり僕の目にとびこんできたのは、一糸まとわぬ姿のエルフのイラストだった。
「ハナヤさま、調べものですか?」
「うわわっ!?」
声をかけられて、僕は慌てて本をとじた。
すぐそばに、黒縁の眼鏡をかけたおさげ髪の人が立っていた。
「ハナヤさまはエルフにご興味があるのですか?」
図書館司書のオペラさんだった。
彼女とは僕が図書館に観葉植物をおさめている時に知り合って、年齢が近いこともあってか、たまに話したりするようになっていた。
「え、ええ。まあ。」
「そういえば、エルフの店員さんがいるお花屋さんがあるという噂を聞きました。ひょっとして、ハナヤさまのお店のことですか?」
「は、はい。」
僕はもうそんな噂が広まっていることに驚いた。
「では、ハナヤさまはエルフといっしょに暮らしているという噂も本当なのですか?」
「住みこみの店員さんですから。」
オペラさんはぶあつい眼鏡に手をやり、レンズがキラリと光った。
「では、そのエルフといっしょにお風呂に入ったり、いっしょに寝たりしているというのは本当ですか?」
「はあ!? 誰がそんな噂を!?」
僕の大声にまわりの来館者たちが一斉に僕に注目して、僕は頭を下げて謝った。
「ハナヤさま、お静かに。今のは単なるわたくしの空想です。」
「はあ。」
「ハナヤさま。ひとつ確認ですが、そのエルフは本物ですか?」
「え? エルフに偽者ってあるの?」
「その可能性はあります。ハナヤさまは騙されているのかもしれません。」
オペラさんの眼鏡がまたキラリと光り、彼女はどこかへ歩き去ってしまった。ヨロヨロと戻ってくると、彼女は山のように本を抱えていた。
「オペラさん、大丈夫?」
「ハナヤさま、これらは全てエルフに関する貴重な文献です。」
「ええっ!? でも、料金が…。」
「司書権限で特別サービスです!」
僕は本を受け取り、あまりの重さによろめいてしまい、オペラさんが僕を抱きとめてくれた。
「いけませんね、ハナヤさま。これだけの書物はここでは読みきれませんので、後でわたくしがあなたのお店にお届けしましょう!」
なぜかオペラさんは熱っぽい様子で、有無を言わさない感じだった。
「それは申し訳ないですよ、自分で持ち帰りま…」
「そしてよろしければ! ハナヤさまのお部屋でわたくしとご一緒に、これらの文献をじっくりと調査して、そのエルフが本物か吟味するというのはいかがでしょうか!」
またまわりの来館者が一斉に僕たちに注目した。
「オペラさん、声が大きいですよ。」
「失礼をいたしました。では後ほど!」
オペラさんは本を抱えて小走りでいなくなってしまった。僕はあっけにとられてつぶやいた。
「まだ返事をしていないのに…。」
「客? しかも人間の女だと?」
店番をしていたジェシカさんはたちまち殺気だった。同じくユリさんも頬をふくらませた。
「ユリたちが働いている間に、店長さんは図書館デートですか?」
「そんなわけないでしょう。すぐに帰ってもらいますから。」
「そんなに大事な書物なのか? 何が書いてあるのだ?」
(まさかジェシカさんが偽エルフかもしれないだなんて…。)
腕組みをしてこわい顔で迫ってくるジェシカさんが恐ろしくて、僕は嘘をつくことにした。
「け、経営についての本です。」
「本当か? 嘘だったら承知しないぞ。」
「ちょっと、ジェシカさん。店長さんが震えあがってますよ。やめてあげてください。」
ユリさんが救いの手をさしのべてくれたけど、ジェシカさんは怒り顔のまま、間近まで僕に顔を近づけてきた。
そして、いきなり僕の頬にかるくチュッと口づけをした。
「うわわわわっ!? な、なにをするんですか!?」
僕は頭から足まで全身に火がついたみたいな感覚に襲われた。
「あーっ!? ジェシカさん、ずるい!」
「ぷふっ。だって、おびえまくってる店主殿がかわいすぎて、つい。」
ジェシカさんは吹きだして、笑いころげて楽しくって仕方がない様子だった。僕は腰が抜けてヘナヘナとしゃがみこんだ。
「そういうのはやめてください…。」
「ふふ。まあいい。そんな客は私がすぐに追い返してやろう!」
「なんだか疲れていませんか?」
台車に本を積んだオペラさんがやってきて、僕を心配してくれた。僕は部屋にオペラさんを招き入れた。
「最近忙しくて…。わざわざありがとうございます。」
「では早速はじめましょう! この文献ですが…」
オペラさんは熱心に解説してくれて、気がつくと彼女は僕にかなり近づいて座っていた。
(近くでよく見ると、オペラさんもけっこうかわいいかも。)
「どうされました? ハナヤさま?」
「あ、いや、その…。」
眼鏡の奥のつぶらな黒い瞳に僕は慌てた。
「ユリです! お茶をお持ちしました!」
ユリさんがお盆を持って部屋に入ってきて、僕はオペラさんからスッと離れた。
「むむむ? わたくしには完全に人間の女性に見えますが?」
「キャッ! なんなんですかこのひと!?」
オペラさんは、虫メガネでユリさんを観察しようとしていた。
「ユリさんは人間ですってば。」
「では、エルフ氏はどこですか?」
ユリさんは僕を部屋の隅にひっぱった。
(店長さん、あんな感じの方が趣味なんですか?)
(そうじゃないけど…。それより、ジェシカさんがどこか知りませんか?)
(ユリは知りません。さっきからいないんです。)
ユリさんは不機嫌な顔で階下におりていった。
「ハナヤさま、エルフ氏をここに呼んでください!」
「私ならここにおるぞ!」
僕のベッドの毛布がモゾモゾと動き、中からジェシカさんが出てきた。
「うわーっ!?」
僕の悲鳴の理由は、毛布にくるまったジェシカさんが何も衣服を身につけていない様子だったからだ。
「まったく、私の目の前で仲むつまじくしおって! 私と店主殿はこういう間柄だ。わかったらさっさと帰るがよい!」
ジェシカさんは毛布の中で得意げだった。
(そうか。追い払うって、このことだったんだ…。)
ところが…。
オペラさんは虫メガネを両手に構えると、ベッドに向かって突撃してとびこんだ。
これには僕もびっくりしたけど、もっと驚いたのはジェシカさんだったに違いなかった。
「わ、わ、わたくし、本物の、生エルフの標本なんてはじめてなんです! ぜひぜひ論文を書かせてください!!」
「な、なんだこの人間の女は!? やめろ、放せ! そんなところを見るな!」
僕はそーっと部屋から出ていこうとした。
「て、店主殿! 助けてくれ! こいつはおかしいぞ!」
「そうおっしゃらず! わたくし、実はエルフが好きで好きでたまらなくて、研究しているんです!」
「ジェシカさん、僕の気持ちがわかりました?」
「やめろーっ! やめてくれ!」
僕はうしろ手で扉をしめた。背後からはジェシカさんの絶叫がきこえてきた。
本にはたいしたことは書いてなかったけど、結果的にはジェシカさんの最も苦手なものは図書館にいたのだった。
それからしばらく、ジェシカさんが言うことを聞かないときには、僕はこう言う事にした。
「いいんですか? オペラさんを呼びますよ?」
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