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第三章

21.ようこそ

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 空き教室でリィナの到着を待つ。

 ジョシュア様は隣教室にいる。風魔法を使役して、音だけを聞いている。映像は伝えられないが、助けを求めるために使うならば、これで十分だろう。

 緊張する。

 私が確認したいのは、オルヒに危害を加えるよう指示したのが、リィナかどうかだ。本当にリィナがやったことならば、しっかりと罪を償ってもらいたい。彼女はヒロインではなく、この世界に住む男爵令嬢リィナ・ターバルなのだから。

 教室のドアを開けて、リィナがニタニタ笑いながら入ってきた。

 「リィナ。」

 「お久しぶりね、アンナ様。お会いできて嬉しいわ。」

 やたらと機嫌が良さそうで、気味が悪い。
 最初は可愛らしいと思っていたこの微笑みも最近では微塵もそんな風に思えなくなってしまった。

 「……単刀直入に聞くわ。
 私の侍女に危害を加えるよう指示を出したのは貴女?」

 私がそう尋ねると、リィナは嬉しそうに語り出した。

 「ふふっ。そうよ。贈り物は気に入ってもらえたかしら?
 本当は腕を丸ごとプレゼントしようかと思ったんだけど、万が一あのクソ聖女の力でくっ付いたら困るでしょう?だから、指だけにしたの。」

 こんなにあっさりと認めたことに驚くと同時に、楽しそうにオルヒへの仕打ちを語るその姿に腹の底から怒りが沸き上がってくる。

 「貴女…っ!」

 「あの女にあんたを裏切らせても良かったんだけど、なんかあんたに似て、ニコニコしてるのがムカついたから、手っ取り早く腕を切ることにしたわ。殺しちゃっても良かったんだけど、あいつらが殺しは勘弁とか言うから。……それに残しといて奪った方が絶望を感じてくれると思ってね。」

 残しといて…奪う…?意味がわからない。

 「どうかしてるわ…。」

 「はっ、なんとでも言えばいいわ。私はあんたのことが許せないの…だからー
 これから不幸のどん底を味合わせてやるわよ。私が味わった屈辱の数々をね…!」

 リィナが憎らしく私を見つめる。

 「どうやって?みんなが貴女を軽蔑の目で見つめていることに気付いていないの?」

 「それでいいのよ…。」

 リィナは、微笑を浮かべ、フラフラとこちらに歩み寄る。

 ……その得体の知れない自信に胸がジリジリと不安で覆われていく。それでも、私は下がらなかった。どこかで負けたくない…という気持ちがあったのかもしれない。

 リィナは私の目の前まで来ると、ピタッと止まった。
 私の両手を握り、私の耳元に唇を寄せ、囁いた。

 「地獄へ…よ・う・こ・そ♪」

 「…何を言って……っきゃぁああっ!!!」

 リィナと繋がれた指先から痛みが走る。まるで胎内を全て押し出されるような…そんな感じ。あまりに不快で、吐き気までする。

 「アンナ、大丈夫かっ?!」

 教室のドアが勢いよく開かれる。
 私は慌てて繋がれた手を振り解き、ジョシュア様に駆け寄る。

 しかし、ジョシュア様は私を突き飛ばした。

 …え?

 「触るなっ!!」

 そう言ってジョシュア様が駆け寄った先にはー

 私がいた。

 「どう、いう……こと?」

 呆然とする。

 私の姿をした私じゃないものは、ジョシュア様に抱きしめられ、スンスン泣いている。ジョシュア様はそれを心配そうに見つめ、頭を撫でる。

 そして、ジョシュア様は私をキッと睨みつけた。

 「リィナ。もうアンナに関わるな。
 妙なことをしたら、俺がお前を殺してやる。」

 …リィ、ナ?

 「ジョシュア様…何を言ってー」

 口からはいつもより少し高い声が出た。
 同時に、ジョシュア様の顔が歪む。

 「俺の名を呼ぶな。吐き気がする。」

 蔑むような視線を私に向けるジョシュア様の腕の中で、私がほくそ笑んでいるのが見えた。

 ……まさか、と思い、窓ガラスに映る自分を見ると、私はリィナになっていた。
 ということは…私の身体の中にいるのはきっとリィナだ…!

 私はジョシュア様に状況を理解してもらおうとする。

 「ジョシュア様!!その腕の中にいるのが、リィナです!私がアンナなんです!!本当です!!」

 「そんなわけあるか!錯乱したという噂は本当だったんだな。自分が聖女だと騒ぎ立てた後には、自分がアンナだと?!ふざけるのも大概にしろ!!アンナの侍女に危害を加えるよう指示したのがお前だということもちゃんと聞いた。この件はきっちり罪に問うからな。王太子殿下の寵愛があるからと調子に乗るなよ…必ず罪を償わせてやる…っ!」

 な、何か私だと分かること…!!
 思い出したのはこの前、貰った求婚のガーベラだった。

 「ジョシュア様!私に水色のガーベラをプレゼントしてくれたではないですか!!」

 「はっ、それもゲームとやらで知った情報か?そろそろ現実を生きたらどうだ。俺はもう二度とお前の顔なんぞ見たくないがな。

 行こう、アンナ。」

 「はい…ジョシュア様。」

 リィナは私のふりをして、ジョシュア様の胸に寄り添い、出て行った。

 「嘘…。」

 私は一人残された教室で呆然と立ち尽くした。


   ◆ ◇ ◆


 リィナの姿のまま、人が少なくなった校内を歩く。

 ただ歩いているだけなのにクスクスと嘲るような笑いや、悪口が聴こえてくる。それはリィナに向けられたものであるはずなのに、酷く私の心を抉った。

 その時、ある男子生徒から声を掛けられる。

 「リィナ、きて。」

 なんだろうか?ポカンとしているうちに、人からは見えない死角に連れ込まれてしまう。

 すると、あろうことかその生徒は胸元に手を這わせ、スカートの裾から手を入れようとした。

 「いやっ!!!」

 私が咄嗟に突き飛ばすと、その男子生徒は目を三角にした。

 「はぁ?!いつでも声をかけろって言ったのはそっちだろ?最初だって嫌がる俺を無理矢理襲ったのはお前じゃねぇか!!」

 「な……なに、それ。」

 手足が、震える。

 「チッ。めんどくせぇ。今更、純情ぶりやがって。
 相手は俺だけじゃねぇの、知ってんだからな。」

 そう言ってその男子生徒は、私の足の間に自らの片足を割り入れて、首筋に舌を這わせようとした。

 「……いやっ…!」

 身を捩って、必死に逃げようとする。

 「はぁ、何だよ!?そういうプレイなのか?悪いがそこまで付き合いきれねぇ。もう萎えた。今日はいいわ。」

 そう言って男子生徒は歩き去って行った。

 その後も何人もの男子生徒に声を掛けられ、走って逃げることになった。誰にも見つからないように、なんとか学園を抜け出す。

 震える足に鞭を打って、走る。

 …お父様とオルヒなら信じてくれるはず……!!

 走りながら、涙が出て止まらない。
 このままリィナの姿から戻れなかったら、どうしよう。
 怖い…こわい…こわい……!

 私から全部奪うってこういうことだったんだ。
 私になって、私に向けられるみんなの愛情を奪ってやるってことだったんだ…!!

 必死に走り、何とか屋敷に到着する。

 呼び鈴を鳴らす。
 出て来たのは、執事長だった。

 「リィナ・ターバル様ですね?」

 「え、なんで名前……。」

 「先ほどお嬢様から聞きました。貴女様がお嬢様を虐めている、と。執拗に追っかけてくるはずだから、然るべき対処を…と涙ながらに語ってくださいました…。」

 執事長は恐ろしい顔をして話す。普段はこんなに感情を露わにする人じゃないのに。相当怒っているみたい…それほど私のことを大事に思ってくれているんだろう。

 それでも怯んでいる場合じゃない。
 すぐに何とかしないと!

 「お父様……いや、クウェス公爵に会わせて頂きたいの!!」

 「旦那様が得体の知らない貴女のような小娘に会うはずがないでしょう!即刻この敷地から出て行きなさい!
 然るべき処置は、ターバル家にさせていただきますので、お覚悟下さい!!」

 私は逃げるようにして、門をくぐった。

 門の前で振り返ると、オルヒのいる部屋から私の姿をしたリィナが嬉しそうにこちらを見下げていた。
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