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第三章
16.バルコニー
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あの日から数日して、お父様のところへ正式にルデンス公爵家から婚約の打診が来た。
お父様はそれをとても喜んでくれた。
しかし、私は「すぐにでも受けよう!」と張り切るお父様を宥めて、返事は保留としてもらった。もう少し気持ちを整理する時間が欲しかったのと、ソフィアとライル様の婚約を見届けてからにしたかった。
それを笑顔で祝福することさえ出来れば、私もライル様の恋心をその場に置いていけると思った。
でも、そんな私の思いとは裏腹に、二人の婚約はいつまで経っても発表されることはなかった。もうソフィアが聖女と呼ばれるようになってから四ヶ月が経っていた。
私は前期試験も終わり、久しぶりにゆっくりとした時間をジュリーと過ごしていた。
「もう二年生も半分かぁ…。」
「本当に早いですわよね。
結局、ソフィアは殆ど学園に来れませんでしたし。」
「仕方ないよ。
ソフィアの力を必要としてる人が沢山いるんだもん。」
「それはそうですが……。まだ魔力が安定していないというのに、大丈夫なんでしょうか…。」
「それはそうよね。ソフィアも頑張りすぎって言うか…
神殿もソフィアを頼りすぎって言うか……。」
「ですわね。……神殿も力を持ち始めて、少し国内情勢も不穏ですし。」
そう、ジュリーの言う通り、今、国内はソフィアの居場所を巡って、不穏な空気が漂っているのだ。
ソフィアは今、神殿で祈りを捧げているのだが、それに伴って、神殿への寄付額が格段に増している。神殿は多く寄付をすれば、それだけ聖女の施しが受けられると声高に叫んでいる。
一方で陛下はソフィアをライル様の婚約者として据えようとしているが、それが上手くいかず苛立っているらしい。上手くいかないのは、ソフィアが嫌がっているからなのか…。
まさか…ライル様が嫌がっている、なんてことはないよね。
まだ、そんなことを思ってしまう自分に内心呆れた。
◆ ◇ ◆
その夜、私はなかなか寝付くことが出来なかった。
仕方がないので、ベッドを出て、窓を開けた。
夜風がスゥーっと入ってきて、私の身体を冷やす。
それはとても心地よくて、私を外に誘っているようだった。
私はバルコニーへ出て、椅子に座った。夜にここへ座るのなんて初めてだが、なかなか気持ち良い。
「これから眠れない時は、ここで外を眺めようかしら…。」
「それはいいことを聞いたな。」
私の呟きに聴こえるはずもない返事が聞こえたと思ったら、バルコニーの柵をライル様がよじ登って来た。
「……な……なに、やってるんですか?」
「ごめん、流石に引いたかな?」
唖然とする私を見て、ライル様はバツが悪そうに頭を掻いた。
…いや、本当にこの人は…王子だというのに一体何をしているのか。こんな深夜に、人の屋敷に入ってきて…完全な不法侵入だ。
とは言え、ずっと話したかった。聞きたいことが沢山あった。
「えっと……とりあえず座ります?」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて。
…あ、その前に。」
ライル様は自らのジャケットを脱ぐと、私の肩にかけてくれた。
まるで抱きしめられた時のような暖かさと、ライル様の匂いに包まれて、恥ずかしい。
ライル様も椅子に座ると、姿勢を正し、私に向き直った。
「こんな真似して本当にごめん。でも、我慢できなかったんだ。アンナに会いたくて…本当のことを知って欲しかった。」
「本当のこと?」
「あぁ。僕とソフィアの婚約について。」
「……私はもう婚約破棄された身ですから…
関係ないと思います。」
ふい…と視線を逸らす。
本当は知りたくて堪らないのに、そんな可愛くないことを言ってしまう。ライル様は、私の言葉を聞いて、酷く傷ついた顔をした。
……傷ついたのはこっちなのに……。
「事前に説明をしなかったのは、申し訳なかった。
でも、こうなったのにはちゃんと理由があるんだ。
アンナにはちゃんと聞いて欲しい。」
私は、なんとか頷いた。
「ありがとう。
今回、陛下は王家の力を強めるために聖女との結婚を推し進めようとしている。しかし、僕もソフィアも、婚約も結婚もしたくない。
ソフィアは、王家に入れば自由に癒しの力が使えなくなることを恐れているんだ。どうしたって貴族優先、金を持った者が優先されるのを彼女は分かっている。それに加えて、王子妃ともなれば公務が発生するため、治療に充てられる時間も減ることになる。
そうなれば、癒しの力を本当に必要としている人に力が届かなくなることを彼女は危惧しているんだ。
だからと言って、このまま神殿で祈りを捧げることになれば、神官たちの私腹を肥やすことになるばかりか、神殿の力が強まり、国のバランスが崩れることになる。彼女は神殿にも入るべきじゃないと考えている。
それは私も同じで王家や神殿といった既存の組織に属するのではなく、彼女自身が判断して力を使うべきだと思っている。彼女は聡明な人だ。王家や神殿に御膳立てなどされなくとも、守ってくれる人さえいれば、完全に独立した形で平等に力を使うべきだと思っている。」
ソフィアもライル様も、そこまで考えていたなんて。
それなら、話してくれたらよかったのに……
ライル様はまるで私の心を読んだかのように話す。
「ソフィアとの婚約については僕だけの問題ではなかったから、彼女の意見を聞いてから、アンナに話したかった。そして、ようやく先日、ソフィアと二人で話をすることが出来たんだ。神殿が私との接触を快く思ってなくてね、なかなか面談が許されなかった。今、話した内容は、婚約者候補として会った時に二人きりで話した内容さ。
僕の手紙は全て検閲されているし、伝えるには直接話すしかなかった。」
「そう…なんですね。
でも、ソフィアと婚約しないなら、私との婚約は解消しなくても良かったんじゃー」
「世論が高まりすぎて、アンナに危険が及ぶ段階までいってしまったからだ。あのまま婚約を続けていたら、アンナの印象が悪くなるばかりか、聖女を王家に入れたいがためにアンナに危害を及ぼそうとする貴族も出てくると思った。
それに……」
「それに?」
「出来るだけゲームのシナリオに乗っ取らないほうがいいかと思ったんだ。卒業パーティーの時点で、私の婚約者が断罪されることになるのならば、リィナの件が解決するまで婚約者は持たない方が良いと思った。リィナの狙いが私なら私の婚約者が最も邪魔な存在だろうからな…危険だ。」
確かにライル様の言う通りだった。
ソフィアが仮にライル様の婚約者として決定すれば、構図は元のゲームと同じになってしまう。ソフィアが聖女となった今、ソフィアではなくリィナに味方する者は圧倒的に少ないけれど、リィナがどんな力を持っているか分からないうちは用心するべきだ。
……私は自分のことで精一杯でそこまで頭が回らなかった。
肩を落とした私にライル様は言う。
「アンナ。
僕は王族だ。この国に住まう民のために、この国を守る義務がある。僕は何を犠牲にしても、この国を守らなきゃいけない。」
「はい……分かっています。」
私も王子妃として、それを支えることができたらと思ってきたもの。長年一緒にいたから分かるが、ライル様も私もこの国が大好きだ。
視線を上げると、切なそうにライル様の瞳が揺れた。
「……けれど、僕にはたった一つだけ…
手放したくないものがある。それはー
…アンナ。…君だ。」
時が止まったように静寂が訪れる。
私の髪を撫でる夜風も今は大人しくしていた。
ライル様の熱っぽい眼差しに当てられ、私の顔は熱くなる。
「僕はこの国を守るためなら、何だってできる…。
でも、僕がこの国を守る意味はそこにアンナがいるからなんだ。」
「私が…いる、から…?」
「そうだよ。
……僕がこの国を守る意味はアンナ、君だ。
王族としてそんなの間違っているかもしれない。
でも、そこだけは譲れないんだ。」
「ライル、様……。」
ライル様は目を細めて、私を見つめる。
「アンナはこの国が好き?」
「えぇ…勿論です。豊かな自然があって、美味しいものもあって、大らかで優しい国民が多くて…私、この国が好きです。
それにこの国には大好きな人が沢山いますもの…
お父様にオルヒに、ソフィア…勿論ライル様も…。」
「ふふっ。僕もか……嬉しいな。
それに僕の選択肢は間違ってなかった。」
「え?」
ライル様は手元に目線を落とす。
「……本当は全て投げ出してしまおうかと思ったんだ。
この国を捨てて、アンナを拐って、たった二人で生きていこうかと思ったことがあった。魔法も剣も使えるし、出来ないことはないと。」
そんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。
「でも、ここにはアンナの好きなものや、好きな人が沢山いる。
それを見捨てることなんて出来ない。この国を守らなきゃ、って思った。
そんな理由で王族をやるなんて馬鹿げてると、先祖が知ったら笑うかもしれない。でも、僕の原動力は全てアンナなんだ。
ごめん……。アンナからしたら重いね。」
ライル様はどこか苦しそうだった。
……ライル様も怖いのかもしれない。
自惚れじゃなければ…私を失うことがー
「な、なんで…そこまで想って下さるんですか?」
「んー……。
それはアンナが本当に僕を選んでくれた時に話すよ。
ジョシュアに…求婚されたんでしょ?」
「…な、なんでそれをー」
「ジョシュアから言われた。
婚約解消をすると話した時に、『なら、遠慮しない』と。
嫌だった。でも、同時にジョシュアを止める権利なんて僕には無いと思った。アンナを側で守ってきたのはユーリとジョシュアだから……。それに、前に愛する人が出来たなら身を引くと言ってしまったしね。」
私はてっきりもうライル様は私への気持ちに区切りをつけたものだと思っていた。なのにこんなに熱く想ってくれていたなんて…。
「アンナ、もっと早く決着が着けられたらいいけど……
でも、半年後の卒業パーティーまでには、僕はリィナを排除する。」
「……どうやって…。」
「それはー」
その時、私の部屋のドアがノックされた。
「お嬢様?起きていらっしゃいますか?」
まずい、オルヒが入ってきちゃう…!!
もっと色んなことを話したいのに。
ライル様は立ち上がる。
「アンナ…国母になる心構え、しておいてね?」
「え……それってどういう?」
ライル様は腰をかがめて、私の肩に手を置き、耳元に唇を寄せた。
「今日の話は内緒だよ。
おやすみ、愛しのアンナ。」
そう言って、最後に耳元にキスを落とす。
ライル様は私の肩から上着を引き抜くと、そのままバルコニーの下へ消えていった。
お父様はそれをとても喜んでくれた。
しかし、私は「すぐにでも受けよう!」と張り切るお父様を宥めて、返事は保留としてもらった。もう少し気持ちを整理する時間が欲しかったのと、ソフィアとライル様の婚約を見届けてからにしたかった。
それを笑顔で祝福することさえ出来れば、私もライル様の恋心をその場に置いていけると思った。
でも、そんな私の思いとは裏腹に、二人の婚約はいつまで経っても発表されることはなかった。もうソフィアが聖女と呼ばれるようになってから四ヶ月が経っていた。
私は前期試験も終わり、久しぶりにゆっくりとした時間をジュリーと過ごしていた。
「もう二年生も半分かぁ…。」
「本当に早いですわよね。
結局、ソフィアは殆ど学園に来れませんでしたし。」
「仕方ないよ。
ソフィアの力を必要としてる人が沢山いるんだもん。」
「それはそうですが……。まだ魔力が安定していないというのに、大丈夫なんでしょうか…。」
「それはそうよね。ソフィアも頑張りすぎって言うか…
神殿もソフィアを頼りすぎって言うか……。」
「ですわね。……神殿も力を持ち始めて、少し国内情勢も不穏ですし。」
そう、ジュリーの言う通り、今、国内はソフィアの居場所を巡って、不穏な空気が漂っているのだ。
ソフィアは今、神殿で祈りを捧げているのだが、それに伴って、神殿への寄付額が格段に増している。神殿は多く寄付をすれば、それだけ聖女の施しが受けられると声高に叫んでいる。
一方で陛下はソフィアをライル様の婚約者として据えようとしているが、それが上手くいかず苛立っているらしい。上手くいかないのは、ソフィアが嫌がっているからなのか…。
まさか…ライル様が嫌がっている、なんてことはないよね。
まだ、そんなことを思ってしまう自分に内心呆れた。
◆ ◇ ◆
その夜、私はなかなか寝付くことが出来なかった。
仕方がないので、ベッドを出て、窓を開けた。
夜風がスゥーっと入ってきて、私の身体を冷やす。
それはとても心地よくて、私を外に誘っているようだった。
私はバルコニーへ出て、椅子に座った。夜にここへ座るのなんて初めてだが、なかなか気持ち良い。
「これから眠れない時は、ここで外を眺めようかしら…。」
「それはいいことを聞いたな。」
私の呟きに聴こえるはずもない返事が聞こえたと思ったら、バルコニーの柵をライル様がよじ登って来た。
「……な……なに、やってるんですか?」
「ごめん、流石に引いたかな?」
唖然とする私を見て、ライル様はバツが悪そうに頭を掻いた。
…いや、本当にこの人は…王子だというのに一体何をしているのか。こんな深夜に、人の屋敷に入ってきて…完全な不法侵入だ。
とは言え、ずっと話したかった。聞きたいことが沢山あった。
「えっと……とりあえず座ります?」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて。
…あ、その前に。」
ライル様は自らのジャケットを脱ぐと、私の肩にかけてくれた。
まるで抱きしめられた時のような暖かさと、ライル様の匂いに包まれて、恥ずかしい。
ライル様も椅子に座ると、姿勢を正し、私に向き直った。
「こんな真似して本当にごめん。でも、我慢できなかったんだ。アンナに会いたくて…本当のことを知って欲しかった。」
「本当のこと?」
「あぁ。僕とソフィアの婚約について。」
「……私はもう婚約破棄された身ですから…
関係ないと思います。」
ふい…と視線を逸らす。
本当は知りたくて堪らないのに、そんな可愛くないことを言ってしまう。ライル様は、私の言葉を聞いて、酷く傷ついた顔をした。
……傷ついたのはこっちなのに……。
「事前に説明をしなかったのは、申し訳なかった。
でも、こうなったのにはちゃんと理由があるんだ。
アンナにはちゃんと聞いて欲しい。」
私は、なんとか頷いた。
「ありがとう。
今回、陛下は王家の力を強めるために聖女との結婚を推し進めようとしている。しかし、僕もソフィアも、婚約も結婚もしたくない。
ソフィアは、王家に入れば自由に癒しの力が使えなくなることを恐れているんだ。どうしたって貴族優先、金を持った者が優先されるのを彼女は分かっている。それに加えて、王子妃ともなれば公務が発生するため、治療に充てられる時間も減ることになる。
そうなれば、癒しの力を本当に必要としている人に力が届かなくなることを彼女は危惧しているんだ。
だからと言って、このまま神殿で祈りを捧げることになれば、神官たちの私腹を肥やすことになるばかりか、神殿の力が強まり、国のバランスが崩れることになる。彼女は神殿にも入るべきじゃないと考えている。
それは私も同じで王家や神殿といった既存の組織に属するのではなく、彼女自身が判断して力を使うべきだと思っている。彼女は聡明な人だ。王家や神殿に御膳立てなどされなくとも、守ってくれる人さえいれば、完全に独立した形で平等に力を使うべきだと思っている。」
ソフィアもライル様も、そこまで考えていたなんて。
それなら、話してくれたらよかったのに……
ライル様はまるで私の心を読んだかのように話す。
「ソフィアとの婚約については僕だけの問題ではなかったから、彼女の意見を聞いてから、アンナに話したかった。そして、ようやく先日、ソフィアと二人で話をすることが出来たんだ。神殿が私との接触を快く思ってなくてね、なかなか面談が許されなかった。今、話した内容は、婚約者候補として会った時に二人きりで話した内容さ。
僕の手紙は全て検閲されているし、伝えるには直接話すしかなかった。」
「そう…なんですね。
でも、ソフィアと婚約しないなら、私との婚約は解消しなくても良かったんじゃー」
「世論が高まりすぎて、アンナに危険が及ぶ段階までいってしまったからだ。あのまま婚約を続けていたら、アンナの印象が悪くなるばかりか、聖女を王家に入れたいがためにアンナに危害を及ぼそうとする貴族も出てくると思った。
それに……」
「それに?」
「出来るだけゲームのシナリオに乗っ取らないほうがいいかと思ったんだ。卒業パーティーの時点で、私の婚約者が断罪されることになるのならば、リィナの件が解決するまで婚約者は持たない方が良いと思った。リィナの狙いが私なら私の婚約者が最も邪魔な存在だろうからな…危険だ。」
確かにライル様の言う通りだった。
ソフィアが仮にライル様の婚約者として決定すれば、構図は元のゲームと同じになってしまう。ソフィアが聖女となった今、ソフィアではなくリィナに味方する者は圧倒的に少ないけれど、リィナがどんな力を持っているか分からないうちは用心するべきだ。
……私は自分のことで精一杯でそこまで頭が回らなかった。
肩を落とした私にライル様は言う。
「アンナ。
僕は王族だ。この国に住まう民のために、この国を守る義務がある。僕は何を犠牲にしても、この国を守らなきゃいけない。」
「はい……分かっています。」
私も王子妃として、それを支えることができたらと思ってきたもの。長年一緒にいたから分かるが、ライル様も私もこの国が大好きだ。
視線を上げると、切なそうにライル様の瞳が揺れた。
「……けれど、僕にはたった一つだけ…
手放したくないものがある。それはー
…アンナ。…君だ。」
時が止まったように静寂が訪れる。
私の髪を撫でる夜風も今は大人しくしていた。
ライル様の熱っぽい眼差しに当てられ、私の顔は熱くなる。
「僕はこの国を守るためなら、何だってできる…。
でも、僕がこの国を守る意味はそこにアンナがいるからなんだ。」
「私が…いる、から…?」
「そうだよ。
……僕がこの国を守る意味はアンナ、君だ。
王族としてそんなの間違っているかもしれない。
でも、そこだけは譲れないんだ。」
「ライル、様……。」
ライル様は目を細めて、私を見つめる。
「アンナはこの国が好き?」
「えぇ…勿論です。豊かな自然があって、美味しいものもあって、大らかで優しい国民が多くて…私、この国が好きです。
それにこの国には大好きな人が沢山いますもの…
お父様にオルヒに、ソフィア…勿論ライル様も…。」
「ふふっ。僕もか……嬉しいな。
それに僕の選択肢は間違ってなかった。」
「え?」
ライル様は手元に目線を落とす。
「……本当は全て投げ出してしまおうかと思ったんだ。
この国を捨てて、アンナを拐って、たった二人で生きていこうかと思ったことがあった。魔法も剣も使えるし、出来ないことはないと。」
そんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。
「でも、ここにはアンナの好きなものや、好きな人が沢山いる。
それを見捨てることなんて出来ない。この国を守らなきゃ、って思った。
そんな理由で王族をやるなんて馬鹿げてると、先祖が知ったら笑うかもしれない。でも、僕の原動力は全てアンナなんだ。
ごめん……。アンナからしたら重いね。」
ライル様はどこか苦しそうだった。
……ライル様も怖いのかもしれない。
自惚れじゃなければ…私を失うことがー
「な、なんで…そこまで想って下さるんですか?」
「んー……。
それはアンナが本当に僕を選んでくれた時に話すよ。
ジョシュアに…求婚されたんでしょ?」
「…な、なんでそれをー」
「ジョシュアから言われた。
婚約解消をすると話した時に、『なら、遠慮しない』と。
嫌だった。でも、同時にジョシュアを止める権利なんて僕には無いと思った。アンナを側で守ってきたのはユーリとジョシュアだから……。それに、前に愛する人が出来たなら身を引くと言ってしまったしね。」
私はてっきりもうライル様は私への気持ちに区切りをつけたものだと思っていた。なのにこんなに熱く想ってくれていたなんて…。
「アンナ、もっと早く決着が着けられたらいいけど……
でも、半年後の卒業パーティーまでには、僕はリィナを排除する。」
「……どうやって…。」
「それはー」
その時、私の部屋のドアがノックされた。
「お嬢様?起きていらっしゃいますか?」
まずい、オルヒが入ってきちゃう…!!
もっと色んなことを話したいのに。
ライル様は立ち上がる。
「アンナ…国母になる心構え、しておいてね?」
「え……それってどういう?」
ライル様は腰をかがめて、私の肩に手を置き、耳元に唇を寄せた。
「今日の話は内緒だよ。
おやすみ、愛しのアンナ。」
そう言って、最後に耳元にキスを落とす。
ライル様は私の肩から上着を引き抜くと、そのままバルコニーの下へ消えていった。
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