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第二章 

22.もう遅い

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 次の休み、私は王宮に向かって歩いていた。
 オルヒと、もちろん護衛も一緒だ。

 王宮近くの貴族街までは馬車で来たのだが、そこからは散歩がてら歩くことにしたのだ。もう一人の侍女であるテレサに最近お気に入りのお茶菓子の買い出しをお願いして、馬車の前で別れる。

 王宮に来たのは、ライル様に会うためだ。

 以前からライル様には「学園にはなかなか来れないと思うけど、アンナならいつでも王宮に訪ねて来てくれていいからね」と言ってもらってはいた。

 しかし、何も用事がないのに会いに行くのは、少々ハードルが高かった。公務もかなりお忙しいようだったから、邪魔するのも悪いと思ったのだ。

 ライル様のことは心配だったし、会えないことを寂しく思ってはいたが…なんだかんだでどうしても勇気が出なかった。

 でも今日は違う。

 ジョシュア様にライル様にも一連のことを報告しておいた方が良いと言われたし、ライル様の好きな差し入れのジンジャークッキーも用意した。

 これだけの理由があれば、堂々とライル様に会いに行ける。勿論忙しいようだったら、侍従の方にクッキーだけ渡して、顔は見ずに帰ろうと思っている。

 ライル様は、一年生もほとんど終わりだというのに、公務が忙しく学園に来れていなかった。あと少しで後期試験も始まるが、大丈夫なのだろうか。もしかしたら王宮で試験を受けるのかもしれない。それか、こういう事態だし、免除されるのかも。

 そうだ。今日、授業のノートが必要か聞いてみよう。必要だと言ったら、綺麗に書き写してお渡ししよう。そうしたら、私の勉強にもなるもの。
 ……私も何かライル様のお役に立てたらいいな。

 そんなことを思いながら、王宮へ向かう私の足取りは軽い。歩道沿いに植えられた街路樹はサラサラと揺れ、まるで枝に止まる小鳥と共に歌っているようだった。

 オルヒと話しながら、暫く歩くと、王宮の門が見えてきた。もう何度も見慣れた場所なのに、なんだかドキドキしてくる。

 思った以上に私、寂しかったのかもしれないな…。
 ふふっ、ライル様はびっくりするかな。クッキーも喜んでくれるかしら…。

 笑顔で私に腕を広げるライル様が想像できて、つい頬が緩む。

 その時、私の横を馬車が通り過ぎて行き、門の前で止まった。

 王家の紋の入った馬車……あれに乗っていると言うことは王家の誰かが招いた客人だ。陛下がどこかの貴族でも夕食に招待したのか、と私は首を捻った。

 ……こんなに忙しい時期なのに。…でも、招くと言うことはそれほど大事な客人なのかしら。

 すると、王宮の門が開いた。

 そして、門から出て来たのは、ライル様だった。
 馬車の前で姿勢良く立っている。その横顔は凛々しい。

 久しぶりに見るライル様は、どこか元気がないように見えた。風に吹かれる金髪は相変わらず美しく、瞳も宝石のように透き通っているー
 しかし、いつも私の横で微笑んでくれていたライル様とは随分と違かった。やっぱり公務が立て込んでいて、ほとんど寝れていないのかもしれない。

 客人をエスコートするために迎えに出たのだろう。それだけ重要な客人だと言うことだ。これは日を改めた方が良さそうだ。ライル様と客人を見送ったら、侍従にクッキーだけ渡して、帰ることにしようと思う。

 ライル様が馬車の前に来たのを確認して、御者が恭しく馬車の扉を開く。

 馬車から細く白い手が伸びて、ライル様の手のひらと重なる。

 ……何故か胸がザワザワとする。

 そして、私は馬車から出て来たその人物を見て、言葉を失くした。

 彼女はシンプルな若草色のドレスを身につけ、フワッと馬車から降り立つ。柔らかく長いピンク色の髪の毛が風と遊ぶように靡く。その姿は、まるで花の妖精のようだ。

 彼女はバランスを崩したのか、ライル様にもたれかかるようになる。

 私からはライル様の表情は見えない。しかし、彼女は照れたように上目遣いでライル様を見て、何か言葉を掛けて微笑んだ。

 二人はそのまま王宮へ向かって歩き出し、私からは見えなくなった。

 「……なんで、リィナが……。」

 呆然と立ち尽くす私にオルヒから声がかかる。

 「お嬢様?」

 「え、あ……うん…。」

 オルヒが首を捻る。

 「今のはどちらの姫君ですかねぇ。
 ライル様が直接エスコートに上がるとは珍しいこともあるのですね。」

 そう…私は初めてライル様が私以外の令嬢の手を取っているのを初めて見た。二人の重なったあの手が脳裏に浮かぶ。白くてシミひとつなく…木刀を振り回している私なんかよりずっと細い指だった。

 私は隠すようにギュッと指先を握りしめる。

 「そ、そうだね……。」

 私の反応が悪いことを不思議に思ったのか、オルヒが目を細めてこちらを見る。

 「あら…お嬢様、もしかして焼きもちですか?」

 「へっ?!」

 オルヒはなんだか嬉しそうだ。

 「うふふっ!大丈夫ですよ、ライル様は間違いなくお嬢様にメロメロですから。助けて下さったことを忘れてしまったんですか?あれは愛ですよ、愛♪」

 「う、うん……。」

 ライル様が私を助けてくれたのは確かだ。あの瞬間、きっとライル様は私を好いてくれていた。けれど、もうー

 「お嬢様?」

 胸が苦しい。吐き気までする。一刻も早く帰りたい。

 「オルヒ、今日はもう帰るわ……。
 大切なお客様が来ているのを邪魔しても悪いし。」

 「え?では、クッキーだけでもー」

 「いいの。邪魔したくないから。クッキーはお父様にプレゼントするわ。お父様も食べたいって言ってたし。」

 戸惑うオルヒを早口で捲し立てる。

 「そうですか…?お嬢様がそれで良いのでしたら、私は構いませんが……。」

 「いいの。戻るわ。」

 私はクルッと向きを変え、テレサが待つ馬車へと歩き出した。

 オルヒに情けない顔を見られたくなくて、つい早足になる。こんなの令嬢らしくない。
 分かってるけど、優雅になんて歩いていられなかった。

 頭の中はごちゃごちゃだ。

 なんで、リィナがライル様に会いに来るの?
 ライル様は公務で忙しいんじゃなかったの?
 なんで、リィナは招待を受けるほど歓迎されてるの?
 いつから二人は会っているの?

 ……ライル様は私を好きなんじゃなかったの?

 そこまで考えて、私は足を止めた。

 私は最低だ。
 今までライル様は散々好きだって…愛してるって…私に伝えてくれていたのに、ずっと気持ちをスルーして、自分の気持ちは何一つ返していないくせにー

 ライル様の気持ちが他の人に向いたら、それを許せないと感じるなんて。

 自分の中で初めて感じるおぞましいものがグルグルと回る。……きっとこれは嫉妬、だ。

 ライル様の気持ちを蔑ろにして来た私になんて、嫉妬する権利なんて私は持ってないのにー。

 でも、気付いてしまった。

 「好き、なんだ……。」

 ホロホロと瞳から涙が溢れる。

 それに気付いたオルヒが隣で慌てて、何かを言っているが、その声さえ入ってこない。

 自覚してしまえば、次から次に想いが溢れ出して来てしまう。ライル様が私を見つめる優しい瞳や、柔らかな笑み、手を繋いだ感触や、抱きしめられた温かさ、たった一度重ねた唇の柔らかさまで……全てがありありと思い出せる。

 きっとずっと好きだったんだ…。
 怖くて認められなかった。認めたくなかった。

 でも、何もかも…もう遅い。

 ライル様は…きっとリィナと恋に落ちたんだ。私がいないところで、こっそりと愛を育んでいたんだろう。ライル様はお優しいから、私が傷付かないようにリィナと隠れて会っていたんだろう。

 私は道の端でしゃがみ込んだ。
 すぐには足が震えて歩けそうにない。

 「お嬢様?!大丈夫ですか?!」

 「……うん…ごめん。
 あ、足が攣っちゃったみたいで……
 少しだけ休ませて……。」

 私は膝を抱えて、顔を隠して、嘘をついた。

 それにも関わらず、オルヒは私を心配してくれる。
 その優しさに涙が出る。

 「まぁ、それは大変ですわ!!すぐに馬車を連れて来ますので、お嬢様はこちらでお待ち下さい!!」

 そう言ってオルヒは駆けて行った。
 私は顔を上げることも出来なかった。
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