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第二章 

3.あの日の御礼

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 私はその日の昼休み、屋上に来ていた。

 入学試験でトップだったライル様と次席のソフィアは、学年の代表として、先生に呼び出されていた。ジュリー達はアリエスが月に一度の食堂限定メニューを食べたいと騒いだため、それに付き合っている。

 そのため、私は久しぶりに一人で過ごしていた。

 あまり人が多いところに行くと、公爵家という私の身分が目当ての令息たちに囲まれてしまうため、人が少ない屋上で過ごす。結構階段を登らないといけない為、屋上は人気がないのだ。今でも密かにトレーニングをしている私にとってはただの良い運動にしか過ぎないけど。

 屋上の扉を開けると、びゅうっと風が音を立てて、私の横をすり抜けた。

 「ふぅ…。風が気持ちいい…。」

 私はその風を受けて、大きく伸びをする。

 屋上の端のベンチに座り、屋上から学園に併設された庭園を見下げる。色とりどりの花が咲き、美しい。

 この学園は至る所に花が咲いていて、美しい学園として他国からも評判が高い。常に百種類以上の花が咲き乱れ、卒業式の日には思い思いの花をドレスやタキシードに挿し、卒業パーティーに参加する。そして、恋人同士は自分たちの花を交換するのだ。

 ゲームでも、リィナとライル様が互いの花を交換し互いの気持ちを確かめ合った後に悪役令嬢であるソフィアとの婚約破棄に向かっていた。

 「これからどうなっちゃうのかな…。」

 そう呟いた時、突然隣に誰かが座った。

 「よぉ!!」

 その聞き覚えのある声に隣を見ると、そこにはユーリが座っていた。

 「ユーリ!!!」

 「久しぶりだな、アンナ!!」

 ユーリは変わらずニカッと真っ白な歯を見せて、笑う。

 でも、体つきは二年前とだいぶ違う。背も高くなったし、全体的に筋肉が付いて、逞しくなった。顔つきもどこか精悍で子供らしさはもう無くなっていた。

 「ユーリ、なんだか……大きくなったわね。」

 「なんだ、その感想は?
 そこは格好良くなった、だろ?」

 ユーリは不満そうに顔を顰める。

 「ふふっ。そういうこと自分で言う?」

 「まぁな。これでも結構モテんだぞ。」

 分かる。ユーリはなんというか普通の貴族にはない野性味がある。好きな人は好きだろう。
 好きかどうかは別問題だが、私もキラキラしたライル様よりも親しみが持てる。もちろんそんなこと言わないが。

 「へぇ。そうなんだぁ。」

 「だから、その興味なさそうな返事やめろって。」

 がっくりと肩を落とすユーリが面白くて、私は吹き出した。

 「ぷっ……あははっ!冗談だよ!
 本当にかっこよくなった。」

 ユーリはポカンとした後に、はにかんだ。
 ……耳が赤い。照れてるみたい。

 「だ、だろ?

 ……あー…と、アンナは…綺麗になったな。」

 「あ、ありがと……。」

 「まだ、大人の女には随分とボリュームが足りねぇが。」

 ユーリがチラッと私の胸元を見た気がした。

 「うっ、煩い!!本当失礼なんだから!!」

 「俺はアンナくらいも好きだぜ?」

 ユーリは楽しそうにハハッと笑う。

 この分かりやすくて、明るい感じ…侑李を重ねているだけかもしれないけど、やっぱり一緒にいてなんだか安心する。

 私はずっと言いたかったことを伝えた。

 「……ユーリ、二年前に平民街で助けてくれて、本当にありがとう。ずっと直接御礼を言いたかったの。」

 「気にすんなって。アンナと歩けて、俺は楽しかったし。恋人に勘違いされるのも気分が良かったしな。」

 ユーリはそう言って、優しく微笑んでくれた。
 ……本当にいい人。

 「…もう。そんなことばっか言って。」

 すると、ユーリはポリポリと頬を搔く。

 「それに感謝しなきゃいけないのはこっちの方なんだ。」

 「どういうこと?」

 「実はあの日、俺が通る予定だった渓谷の橋で事故があったんだ。木が脆くなって崩れそうだったところに乗合の馬車が来て、橋が落ちたんだ…。俺はその馬車に乗る予定だった。」

 「馬車に乗っていた人は…?」

 ユーリは首を横に振る。

 「嘘…。」

 信じられない。そんな偶然があるの?

 「俺はあの日、アンナと会って、街に残ってなかったら、死んでたかもしれない。」

 「そ、そんなことー」

 「あぁ、死んでなかったかもしれない。
 でも、俺はアンナが俺を救ってくれたと思ってる。

 だから、ありがとう。」

 ユーリは珍しく真剣な顔をしている。

 「ううん……私は何も。
 亡くなった人達のことは残念だけど……
 でも、良かった。ユーリが無事で。」

 私もユーリも軽く微笑みあった。
 人が亡くなったのに良かったなんて不謹慎だけど、ユーリが無事で心から良かったと思えた。

 暫し二人で庭園を見下ろす。
 ユーリとなら沈黙さえも気にならなかった。

 ユーリが口を開く。

 「…で、あの後は大丈夫だったのか?
 ごめんな、あの子の働いてる場所を伝えるくらいしか出来なくて。」

 「ううん。すごく助かったの。本当にありがとう。
 ユーリがいてくれて良かった。」

 私が真っ直ぐユーリを見つめて、そう言って笑うと、また耳を赤く染める。意外と照れ屋さんなのね。

 「お、おう。

 そう言えば、さっき何か悩んでなかったか?」

 「え?!あ、あぁ。」

 私は自分の傍に置いたノートに思わず手をやる。
 一人で考えを整理しようと持ってきていたのだ。

 それにユーリは気付いたようだった。

 「なんだ?そのノート。」

 「あ、えっと。……メモ、かな?」

 「なんで疑問系なんだよ。」

 「えへへ…。」

 すると、屋上の扉が再び開いた。

 そこには、息を切らしたライル様がー

 ……なんか、前にもあったな、こんなこと。

 「アンナ。」

 「はい。」

 「こっちに来て。」

 私はタタタッとライル様の隣へ行く。

 「どうしたんですか?ライル様。」

 私がそう問うと、ライル様は私の手をぎゅっと握った。
 ククッと笑う声が聞こえる。

 「王子は随分と余裕がねぇんだな。」

 「アンナが大事なだけだ。」

 ライル様は厳しい視線をユーリに向ける。

 「へぇ。
 ……アンナはなんだか悩んでるようだったぜ?
 原因は、嫉妬深い王子のせいだったりしてー」

 「ユーリ…っ!」

 なんて余計なことを……!

 私が咎めるような視線を送ると、ユーリは拗ねたように顔を見て背ける。

 「俺は本当のことを言っただけだ。」

 「アンナに何か悩みがあるなら、俺が聞く。アンナがお前を頼るのは二年前が最初で最後だ。」

 睨みつけるライル様をものともせず、ニッとユーリが笑う。

 「ふーん。あの日のこと、知ってんだ。」

 「僕はアンナの婚約者だからね。」

 「今はな。」

 ユーリが神経を逆撫でするように言うと、今度はライル様が微笑む。

 「そうだね、三年後にはアンナの夫だ。」

 「ふっ、はははっ!たしかに。王子も言うもんだな。
 せいぜい愛想を尽かされないようにな。アンナを泣かしたら、容赦なくもらってくからな~。」

 全くこの二人はなんで顔を合わせる度に言い合いをするのか…。私は完全に置いてきぼりだ。

 「そんなことにはならない。余計な心配は無用だ。
 行くよ、アンナ。」

 ライル様は私の手を引いて、階段に向かう。

 「え、ちょっ……またね、ユーリ!」

 ユーリは扉が閉まるまで、笑顔で手を振ってくれた。
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