アモル・エクス・マキナ

種田遠雷

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えび餃子、翡翠餃子(7)

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「選択基準が増えることで、選択の幅が狭まります。選択の自由度が失われるとも考えられますが、擬似的に個体ごとの性格を形成するとも考えられるため、これを疑似性格生成と名付けています」
「んんんん、」
 水を口に含んで火傷した舌を冷やしながら、絢人が繰り返し頷く。
「氷舐めとけよ」
 笑って言えば、それだと言わんばかりに指さされ、はいはいと相槌を打った。
「あー、それ。けっこうすごいと思う。疑似性格、生成?」
「ありがとうございます」
 笑顔を見せるイグニスに、絢人がひとつ目を丸くし。可愛い、とこちらに訴えてくるのに、可愛いなと頷いて返しておく。
「それはアレだ。幼児の性格形成にちょっと似てると思う。人間は生まれつき個性があるって言われてんだけど。けど、育つ環境とか、なによりやっぱり養育者が、自分の反応とか感情を説明することで、子供も感じ方を学習するんだよ」
「そうなんですね」
「うん。へえー面白いな。だから、イグニスは親と子を自分で同時にやることで性格を作ろうとしてんだな」
「なるほど。俺じゃ出ない発想だな」
「えー、面白いなイグニス」
 な。と同意を求められ、そうだなと思わず頬を緩め。
「で、そういうのが、疑似感情プログラムの組み立てに文化人類学が役立った理由ってとこかな」
「ああ、なるほど。いやそうだな。文化が性格や感情に影響すんのは確かに」

 絢人ひとり増えただけで、雑談は夜更けまで延々と続く。
 酒が入って次第に気怠く、ソファに半ばも沈んでいる人間ふたりをよそに、イグニスだけが忙しない。
 瞳孔の点滅も途切れさせないままで、顔の前に浮かんだ3Dのホログラフィを操作している。
 なんでロボットにジャージ? と笑う絢人に経緯を説明したところ、放熱素材の衣服はいくらでもあると、アレコレ教えてもらったからだ。
 早速アパレルショップの3Dカタログにアクセスして、何十着だろうと何百着だろうと、飽きることなく商品モデルを閲覧している。
「やけに熱心だな。好みはないって言ってたのに、選べるか?」
「はい。好みはありませんが、選定基準はあります」
「へえ、」
「なーなー、てかさあー。イグニスはここまで人型だったら一緒に飯食おうよ」
 グラスを舐めている絢人を振り返るのが、イグニスと同時になる。
「雰囲気の共有ですね。将来的には飲食機能の搭載を検討しています」
「お、できるようになんの。なったらまた餃子パーティしよ。雰囲気の共有ってか、一緒に飯食うと仲良くなれんだよ」
「そうなんですね。では、次回の換装時を目標に飲食機能を搭載します」
 えっ、と、声には出さず目を剥いてしまう。コミュ力の化け物が、人工知能までタラシ込むのに感心しながら、グラスを傾け。
「……俺の時は半信半疑だったのに、さすがだな絢人……」
「あっそうなんだ」
「はい。食卓を共にすれば親しさが増すのなら、万理の食事時には毎回ご一緒したいです」
 ぶほ、ブハッと、今度は絢人と同時にむせた。
 酔いのせいもあるのだろう、ゲラゲラ笑っている絢人に、イグニスが首を傾げ。放り出していたエプロンで、飛び散った酒を雑に拭った。
「ええーなになに、イグニスはバンが好きなんだ~?」
「人工知能にセクハラすんな酔っ払い」
好悪こうおの感情とは違いますが、万理と親しくなりたいです」
「ンッ、いいなあその言い方……。俺の方がドキドキしてくるぜ……」
「園内博士、質問してもいいですか?」
「ええ~、俺のことも絢人って呼んで欲しいなあ」
「わかりました。では、絢人、質問してもいいですか?」
 一度キッチンに布巾を取りに立ち、いいよーと間延びしながら答えている絢人の周りも簡単に拭いておく。
「僕のボディでは、摂った食事が無駄になるのが課題です。解決のアイディアはいくつかあるのですが、たとえば、食事をしているそばで氷水を飲むのはどうでしょう?」
「氷水? うん。同じものを一緒に食べる方が楽しいと思うけど、無理なのはわかるし、コップの水を飲んでるだけでも“一緒に食事”って言えると思う」
「なるほど。せっかくなら水冷すいれいやるってとこか」
「水冷?」
「はい。ミネラルウォーターであれば処理構造も簡単ですし、飲食している“ふり”だけでなく、冷却の利点が得られます」
「面白いアイディアだ」
 飲む? と、グラスを掲げる絢人に、近い内にご一緒しますと、イグニスが真面目に頷いていて、少し笑ってしまう。
「服もそうだけど、ロボットって暑がりなのか」
 機械って熱がダメとはいうよな、と、絢人が手を伸ばしてイグニスの頬に触れた。
「おっ、思ったよりあったかい」
「イグニスのサイズでこれだけの機能積むと、熱がすごいからな」
「はい。特にメインコンピューターのある基幹部分は大量の熱を発しますので、冷却液を全身に巡らせて熱を逃がしています」
「へえー。あっ、じゃあ人間と逆だな」
「はい。血液にも、温めるだけでなく体温を調整する役割がありますが、僕の場合は完全に放熱のためです。別に、放熱のための循環で、触れた時に体温があるように感じる効果もあります」
「副次的効果だが、抜かりがなくていいよな」
「おっ。じゃあ、頭が一番あったかい? 人間よりはちょっと冷たいかな、いや、こんなもんか……?」
 ぺたぺたと遠慮のない様子でイグニスの顔や頭に掌を当てる絢人を、面白く見守る。
「いえ、基幹部分がありますので、胸部がもっとも温度が高いです」
「胸か。あっ、確かにそうかも。……てか、……というか、さ」
「はい」
 早速あてがった掌で、今度はジャージの胸を揉み始めている絢人に、まったく、と苦笑いし。
「肌の感じがめちゃくちゃすごいのもすごいんだけど、イグニス、お前チンコがあるのでは……」
「はい」
「よくジャージの上から判るな……」
 ジャージの股間に釘付けの絢人につられて、ついつい視線を集め。
「見、たい……」
「断れよイグニス」
「はい。絢人、申し訳ありませんが、性器はお見せできません」
「そっか……」
「はい。現在、人型端末の研究者の間で、人間相手であれば権利の侵害にあたるような事項は、人型端末にも拒否させるといった主旨の議論があり、試みとして僕にもこの拒否が課せられています」
 パッと、上がる絢人の瞳から、気怠い酔いの色が失せた。
「なんかで聞いたな、それ。人工知能の研究界隈が、人工知能の人権を獲得したがってるとかなんとか。ちょっと批判的なニュアンスだった気がする」
 後半でこちらに水を向けられ、ン? と眉を上げた。
「ああ。実際、各国で法的に規制するよう働きかけてる。けど、人工知能の人権なんて、言い出すやついねえよ」
「そうなんだ?」
「そう。人間相手なら権利の侵害にあたるとか、暴力とかを禁じた方がいいって話が出てんのは、これからイグニスみたいな、人間と区別がつかないようなのがどんどん出てくるだろうから」
 うん? と先を促す絢人に頷き返し。イグニスを顎で示す。
「たとえば今までに暴力なんか振るったことがないやつでも、イグニスは機械だからって気安く殴ったり蹴ったりすることがあるかもしれない。痛くも痒くもないからってイグニスが何も言わなければ、殴ったやつの方が、暴力そのものに対する心理的ハードルが下がる可能性が高い」
「ああ。うわ……目に浮かぶな……」
 だろ、と肩をすくめて返し。
 ぬかるむような心地良い沈黙の合間に、イグニスから服選びにアドバイスを求められ、絢人と交互にどうだこうだと口を出す。
「こう、でもさあ、こういう風に、人間と同じものを人工知能に積んでいったら、いつか人間になりそうだよな」
 こう、と、何を表しているのかよくわからない動きで、空中を捏ねる絢人の指が酔っている。
「……まあ、結論から言うとならないな」
「人工知能は人間にはなり得ません」
「そんな同時に断言」
 ひとつ笑ってから、そっかなあ、と絢人が気怠く首を回した。
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