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52、ラウレオルンの懸念
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「で、使者に来たエルフにゃ聞いてねえで済まされたんだが。谷のエルフがもう来ねえなら、そのためにあの場所に砦を築いた俺らはどうなる? 用済みか?」
口の利き方というものを、と、喉まで出掛かるが、ひとまずは唇を結んだままで、ため息は腹に隠し。
「否や。元より、そなたらに任せたのは“境の森の守備”であり、ベスシャッテテスタル軍の斥候を退けることは、その務めの内のひとつだ。気がついたことかと思うが、元より、国境の守備には魔物や獣などの害の方が恐ろしく、また頻繁でもある。引き続き、国と民とを守る役目に励んでもらいたい」
わかった、と応じるアギレオから目線を外し、己も改めて気を引き締める心持ちで、王へと礼を捧げた。
「時に、そなたらにわざわざ足を運ばせたのは、引き続き国境の守護を頼むためではないのだ」
穏やかだった王の声が僅かに色を変え、続きは思い及ばず顔を上げて待ち、隣ではアギレオとレビが顔を見合わせているのも窺い知れる。
「砦に姿を現すという、鉱人に会わせてもらえるか」
「…コウに? …そりゃ呼ぶのは構わねえが。あいつに何の用だ?」
思いがけぬ王の言葉に、一拍おいてからアギレオが首を傾げる。だが、己の方では、思い当たることがなくもない。
唇を結んだまま、二人のやりとりに耳を傾け。
「コウと呼ばれているのだな。エルフの力を封じるという赤鉄について、話しておきたいのだ」
なるほどな、と、アギレオが頷く。だが、ラウレオルンはアギレオの返答は待たず、玉座から立ち上がると、そのままひな壇から下り、数歩進み出た。
「ヒトによって名付けられし稀なる鉱人、コウよ。余はクリッペンヴァルトの王、ラウレオルンという。ここで相まみえ、話をさせてはもらえぬだろうか」
凜と、玉座の間に鳴り響くような声に、アギレオは元より、ハルカレンディアもレビも目を剥き。思わず息を飲んで見守る。
「おっ…おお…、…構わねえが、呼んだからっていつもすぐ現れるってわけじゃ…」
圧倒された様のアギレオが言うそばから、目を疑うような光景が現れ、その場にいる全員が声を失う。
間違いなく地上から離れた高さにある玉座の間の、石造りの床。中央に敷かれ玉座への道をなす絨毯を避けたよう、その脇に、バキリと音を立てて大きなひびが入る。
バキバキバキッと、石を割るというよりは樹を折り裂いたような音がして、ひびが広がり石が砕け、瞬く間に人の肩が入るほどの大きさに穴が空く。
この砕けた石が盛り上がったかと目を丸くして見守る内に、石のつぶてがパラパラとこぼれて、よっこいしょとでも言いそうな仕草で、ヒトの形をしたものが穴から立ち上がって出てくる。
毛髪のない頭部、灰色がかった肌、瑠璃紺の瞳を忙しなくまばたき、おろおろと辺りを見回してから、知古の顔を見つけてのたのたとアギレオに駆け寄る一人の鉱人。
「アギレオ、アギレオ、」
「コウ、おま、おま、」
「アギレオ、どうした、どうしたこれ、声だ、すごい声、すごい声した。すごい声、金の道なった。アギレオなにしてる?」
「鉱人よ、乱暴な術を用い、失礼した。そなたの名を呼んだのは、余だ」
さきほどの声が嘘のように穏やかに呼びかけられ、コウがくるりと振り返る。アギレオを背に踵を返すが、一歩、エルフの王へと足を向けただけで、進みはせず。
うん、うん、と大きく頷いてみせる。
「エルフの王様のエルフ。森の精霊、道あけた。道あける、珍しい見た」
左様、と、ラウレオルンが頷いて返す。
「森の精霊とエルフとの間には、互いを守る誓いがあるゆえ。本来であればこちらから出向くべきところ、姿を見せてくれたこと、感謝する」
胸に手を置き礼を取るラウレオルンを、うん、うん、と更に頷き、言葉は次がずコウが見上げ。
「招いたのは他でもない。この、アギレオとハルカレンディアにそなたが使わせた、赤鉄というものの話だ」
「うん、赤鉄、アギレオに貸した。黒い髪のエルフにも貸した。ほとんどもう、返してもらった」
ラウレオルンとコウに目を向けられ、ハルカレンディアがはいと短く肯き、前の砦にまだあんだっけ…?と、アギレオが首を傾げ。
「この赤鉄について知る者が、他にもあるであろうか?」
あの矢か、と、レビが声を潜めて尋ねるのに、ハルカレンディアが音も無く頷くやりとりは小さく。
「うーん、見たもの、いる。ドワーフ山掘る、山の下、深いと見るものある」
きょとんと目を瞬きながら見上げられ、ラウレオルンが身を下げ、片膝をついてコウに目を合わせる。
跪いた王の姿に、玉座の間のあちこちに控える近衛兵たちが小さくざわつき。
「左様か……。鉱人よ、そなたに頼みたい。赤鉄なる石、選んで用いる者は現在おらぬと聞いている。誰の暮らしも妨げぬならば、この赤鉄、再びヒトや魔物の目に触れることなきよう、なお地中深くへ隠してしまえぬだろうか」
うん、とひとつ頷いてから、だがコウは首を傾げ。
「もっと深く、できる。かくすできる。王様のエルフ、赤鉄いやか。森の精霊、赤鉄きらい。王様のエルフも赤鉄きらいか」
否、と、ラウレオルンが首を横に振る。
「そうではないのだ。森の精霊の加護を封じる赤鉄は、使いようによっては、エルフ達をひどく苦しめることができる。それも、ごく容易く、無制限に長くすら」
オオ、と息を吸い込みおののくコウに、ラウレオルンは深く頷いた。
「力あるエルフを、そのように深く苦しめるものがあること、世に災いを招きかねぬ。エルフが滅びるまで、あるいは余が肉の身体を失うまで、コウが心変わりするまででも構わぬ。これを誰の手にも触れぬようしてもらえぬだろうか」
うん、うん、と間を置きながら、ラウレオルンの言葉に頷き。コウが、最後にもうひとつ、大きく頷く。
「王様のエルフ、みんなのこと心配だな。王様のエルフ、いいやつ」
これはかたじけない、と笑うラウレオルンに、改め、コウが再び頷いた。
「赤鉄かくす。鉱人、石のこと、うまくできる。赤鉄見るもの、いなくなる」
は、と、短い息を大きくついて、ラウレオルンがその顔をいっそう輝かせ。
「コウよ、心より礼を言う…! これは、エルフにとって大きな助けになるのだ。そなたの名をクリッペンヴァルトの歴史に刻み、必ず語り継ごう」
「鉱人、名ない。言葉うまくない。かたり? なくてもいい」
何のことか分からない、とでもいう様子のコウに、左様か…、と顎に手をやって、ラウレオルンは少し首を傾げ。
「では“砦の鉱人”として、この恩を記すのは構わぬだろうか」
オオ、と、今度は明るく声を上げて、うん、うん、と鉱人はまた頷いた。
「とりでの鉱人、いいな。鉱人、とりで好きだ。とりでの船長、恩ある。とりでの鉱人、いい」
「左様か。では、そのようにさせてくれ」
「うん、うん。赤鉄かくす。鉱人、とりでの鉱人、書かれる。王様のエルフ、やくそくしよう」
「ああ。約束しよう」
改めて立ち上がり、恩に着る、と胸に手を置いて額を下げるラウレオルンに、うんうんとコウが頷き。
ひび割れ丸く空いた穴に、鉱人が、よっこいしょとばかり足を踏み込むと、みるみる内にその姿が石の床に飲み込まれ。ゴリゴリという奇妙な音と共に、穴も、割れ目も、ひびすらも何事もなかったように消え失せた。
「アギレオ、そなたにも礼を言おう。心煩いがひとつ晴れた」
おう…と、短い声を返すばかりのアギレオだけでなく、しばしの間、その場にいるものがそれぞれ呆気にとられ、玉座へと戻るラウレオルンや、傷一つの痕跡も残らぬ石の床をまじまじと見つめる。
「さて、ではコウとの約束通り、“砦の鉱人”に受けた恩を記しておこう。ハルカレンディア、」
名を呼びかけられ、ハルカレンディアの上げる顔に、ラウレオルンは隣のレビを目で示し。
「記録のため積史館を開く。ケレブシアを案内してやっては如何だ」
ハッと短く応じるハルカレンディアの隣で、レビが、えっと小さく声を上げる。
「積史館…!? ほんとに!? 入っていいのか…!?」
「記録を留める間の短い時であるが、見学してゆくがよい」
すごい!やった!と、小声で盛り上がるレビをよそに、ハルカレンディアがアギレオを振り返り。肩を竦めるアギレオに、少し笑いながら頷いて。
「積史館というのは、図書館に収められていないような、ありとあらゆる歴史的記録が保存されている施設だ。国の機密に関わるようなことも多く、普段は開かれてすらいない。…魔術師にとっては、宝物庫も同然というわけだ」
「…ふゥン?」
「許されるだけの時ではあるが、ケレブシアは可能な限り滞在したいだろうから。……お前もゆっくりするといい」
「……へいへい。そうするしかなさそうだな」
諦めたように鼻で息をつくアギレオに、ハルカレンディアは苦笑する。悪いようにはなさらないだろう、と小さく笑って励ましてから、レビに声を掛け、玉座に向かって一礼すると、踵を返した。
興奮して何かしゃべっているレビと、私も数えるほどしか、と穏やかに応じているハルカレンディアの背も、玉座の間の扉から、向こうへと遮られて。
一人取り残されたアギレオが、腕組みしたまま、浅く肩を竦めた。
「…で? 俺なんぞに、どんな御用がおありなんだかな」
ごく体よく、だがあからさまに仲間を人払いにされ、やれやれといった風に大きく息などついてみせるアギレオに、ラウレオルンは笑みを浮かべる。
パチン、と指を弾いて鳴らせば、アギレオのすぐ横に、ありふれた、だが美しい曲線を持った椅子が現れた。
「なに、若き魔術師の研鑽に時間をやると思い、年寄りの昔話の相手でも願えぬだろうか。よければ掛けてくれ」
「走って逃げれる場所でもなし」
どうにでもしろよ、と、頭を振りながら椅子に腰を下ろすアギレオに、そう構えることもあるまい、と、ラウレオルンの表情は楽しげで。
「先の、鉱人のコウ…。彼に語った話、頼んだことには、理由があるのだ」
口の利き方というものを、と、喉まで出掛かるが、ひとまずは唇を結んだままで、ため息は腹に隠し。
「否や。元より、そなたらに任せたのは“境の森の守備”であり、ベスシャッテテスタル軍の斥候を退けることは、その務めの内のひとつだ。気がついたことかと思うが、元より、国境の守備には魔物や獣などの害の方が恐ろしく、また頻繁でもある。引き続き、国と民とを守る役目に励んでもらいたい」
わかった、と応じるアギレオから目線を外し、己も改めて気を引き締める心持ちで、王へと礼を捧げた。
「時に、そなたらにわざわざ足を運ばせたのは、引き続き国境の守護を頼むためではないのだ」
穏やかだった王の声が僅かに色を変え、続きは思い及ばず顔を上げて待ち、隣ではアギレオとレビが顔を見合わせているのも窺い知れる。
「砦に姿を現すという、鉱人に会わせてもらえるか」
「…コウに? …そりゃ呼ぶのは構わねえが。あいつに何の用だ?」
思いがけぬ王の言葉に、一拍おいてからアギレオが首を傾げる。だが、己の方では、思い当たることがなくもない。
唇を結んだまま、二人のやりとりに耳を傾け。
「コウと呼ばれているのだな。エルフの力を封じるという赤鉄について、話しておきたいのだ」
なるほどな、と、アギレオが頷く。だが、ラウレオルンはアギレオの返答は待たず、玉座から立ち上がると、そのままひな壇から下り、数歩進み出た。
「ヒトによって名付けられし稀なる鉱人、コウよ。余はクリッペンヴァルトの王、ラウレオルンという。ここで相まみえ、話をさせてはもらえぬだろうか」
凜と、玉座の間に鳴り響くような声に、アギレオは元より、ハルカレンディアもレビも目を剥き。思わず息を飲んで見守る。
「おっ…おお…、…構わねえが、呼んだからっていつもすぐ現れるってわけじゃ…」
圧倒された様のアギレオが言うそばから、目を疑うような光景が現れ、その場にいる全員が声を失う。
間違いなく地上から離れた高さにある玉座の間の、石造りの床。中央に敷かれ玉座への道をなす絨毯を避けたよう、その脇に、バキリと音を立てて大きなひびが入る。
バキバキバキッと、石を割るというよりは樹を折り裂いたような音がして、ひびが広がり石が砕け、瞬く間に人の肩が入るほどの大きさに穴が空く。
この砕けた石が盛り上がったかと目を丸くして見守る内に、石のつぶてがパラパラとこぼれて、よっこいしょとでも言いそうな仕草で、ヒトの形をしたものが穴から立ち上がって出てくる。
毛髪のない頭部、灰色がかった肌、瑠璃紺の瞳を忙しなくまばたき、おろおろと辺りを見回してから、知古の顔を見つけてのたのたとアギレオに駆け寄る一人の鉱人。
「アギレオ、アギレオ、」
「コウ、おま、おま、」
「アギレオ、どうした、どうしたこれ、声だ、すごい声、すごい声した。すごい声、金の道なった。アギレオなにしてる?」
「鉱人よ、乱暴な術を用い、失礼した。そなたの名を呼んだのは、余だ」
さきほどの声が嘘のように穏やかに呼びかけられ、コウがくるりと振り返る。アギレオを背に踵を返すが、一歩、エルフの王へと足を向けただけで、進みはせず。
うん、うん、と大きく頷いてみせる。
「エルフの王様のエルフ。森の精霊、道あけた。道あける、珍しい見た」
左様、と、ラウレオルンが頷いて返す。
「森の精霊とエルフとの間には、互いを守る誓いがあるゆえ。本来であればこちらから出向くべきところ、姿を見せてくれたこと、感謝する」
胸に手を置き礼を取るラウレオルンを、うん、うん、と更に頷き、言葉は次がずコウが見上げ。
「招いたのは他でもない。この、アギレオとハルカレンディアにそなたが使わせた、赤鉄というものの話だ」
「うん、赤鉄、アギレオに貸した。黒い髪のエルフにも貸した。ほとんどもう、返してもらった」
ラウレオルンとコウに目を向けられ、ハルカレンディアがはいと短く肯き、前の砦にまだあんだっけ…?と、アギレオが首を傾げ。
「この赤鉄について知る者が、他にもあるであろうか?」
あの矢か、と、レビが声を潜めて尋ねるのに、ハルカレンディアが音も無く頷くやりとりは小さく。
「うーん、見たもの、いる。ドワーフ山掘る、山の下、深いと見るものある」
きょとんと目を瞬きながら見上げられ、ラウレオルンが身を下げ、片膝をついてコウに目を合わせる。
跪いた王の姿に、玉座の間のあちこちに控える近衛兵たちが小さくざわつき。
「左様か……。鉱人よ、そなたに頼みたい。赤鉄なる石、選んで用いる者は現在おらぬと聞いている。誰の暮らしも妨げぬならば、この赤鉄、再びヒトや魔物の目に触れることなきよう、なお地中深くへ隠してしまえぬだろうか」
うん、とひとつ頷いてから、だがコウは首を傾げ。
「もっと深く、できる。かくすできる。王様のエルフ、赤鉄いやか。森の精霊、赤鉄きらい。王様のエルフも赤鉄きらいか」
否、と、ラウレオルンが首を横に振る。
「そうではないのだ。森の精霊の加護を封じる赤鉄は、使いようによっては、エルフ達をひどく苦しめることができる。それも、ごく容易く、無制限に長くすら」
オオ、と息を吸い込みおののくコウに、ラウレオルンは深く頷いた。
「力あるエルフを、そのように深く苦しめるものがあること、世に災いを招きかねぬ。エルフが滅びるまで、あるいは余が肉の身体を失うまで、コウが心変わりするまででも構わぬ。これを誰の手にも触れぬようしてもらえぬだろうか」
うん、うん、と間を置きながら、ラウレオルンの言葉に頷き。コウが、最後にもうひとつ、大きく頷く。
「王様のエルフ、みんなのこと心配だな。王様のエルフ、いいやつ」
これはかたじけない、と笑うラウレオルンに、改め、コウが再び頷いた。
「赤鉄かくす。鉱人、石のこと、うまくできる。赤鉄見るもの、いなくなる」
は、と、短い息を大きくついて、ラウレオルンがその顔をいっそう輝かせ。
「コウよ、心より礼を言う…! これは、エルフにとって大きな助けになるのだ。そなたの名をクリッペンヴァルトの歴史に刻み、必ず語り継ごう」
「鉱人、名ない。言葉うまくない。かたり? なくてもいい」
何のことか分からない、とでもいう様子のコウに、左様か…、と顎に手をやって、ラウレオルンは少し首を傾げ。
「では“砦の鉱人”として、この恩を記すのは構わぬだろうか」
オオ、と、今度は明るく声を上げて、うん、うん、と鉱人はまた頷いた。
「とりでの鉱人、いいな。鉱人、とりで好きだ。とりでの船長、恩ある。とりでの鉱人、いい」
「左様か。では、そのようにさせてくれ」
「うん、うん。赤鉄かくす。鉱人、とりでの鉱人、書かれる。王様のエルフ、やくそくしよう」
「ああ。約束しよう」
改めて立ち上がり、恩に着る、と胸に手を置いて額を下げるラウレオルンに、うんうんとコウが頷き。
ひび割れ丸く空いた穴に、鉱人が、よっこいしょとばかり足を踏み込むと、みるみる内にその姿が石の床に飲み込まれ。ゴリゴリという奇妙な音と共に、穴も、割れ目も、ひびすらも何事もなかったように消え失せた。
「アギレオ、そなたにも礼を言おう。心煩いがひとつ晴れた」
おう…と、短い声を返すばかりのアギレオだけでなく、しばしの間、その場にいるものがそれぞれ呆気にとられ、玉座へと戻るラウレオルンや、傷一つの痕跡も残らぬ石の床をまじまじと見つめる。
「さて、ではコウとの約束通り、“砦の鉱人”に受けた恩を記しておこう。ハルカレンディア、」
名を呼びかけられ、ハルカレンディアの上げる顔に、ラウレオルンは隣のレビを目で示し。
「記録のため積史館を開く。ケレブシアを案内してやっては如何だ」
ハッと短く応じるハルカレンディアの隣で、レビが、えっと小さく声を上げる。
「積史館…!? ほんとに!? 入っていいのか…!?」
「記録を留める間の短い時であるが、見学してゆくがよい」
すごい!やった!と、小声で盛り上がるレビをよそに、ハルカレンディアがアギレオを振り返り。肩を竦めるアギレオに、少し笑いながら頷いて。
「積史館というのは、図書館に収められていないような、ありとあらゆる歴史的記録が保存されている施設だ。国の機密に関わるようなことも多く、普段は開かれてすらいない。…魔術師にとっては、宝物庫も同然というわけだ」
「…ふゥン?」
「許されるだけの時ではあるが、ケレブシアは可能な限り滞在したいだろうから。……お前もゆっくりするといい」
「……へいへい。そうするしかなさそうだな」
諦めたように鼻で息をつくアギレオに、ハルカレンディアは苦笑する。悪いようにはなさらないだろう、と小さく笑って励ましてから、レビに声を掛け、玉座に向かって一礼すると、踵を返した。
興奮して何かしゃべっているレビと、私も数えるほどしか、と穏やかに応じているハルカレンディアの背も、玉座の間の扉から、向こうへと遮られて。
一人取り残されたアギレオが、腕組みしたまま、浅く肩を竦めた。
「…で? 俺なんぞに、どんな御用がおありなんだかな」
ごく体よく、だがあからさまに仲間を人払いにされ、やれやれといった風に大きく息などついてみせるアギレオに、ラウレオルンは笑みを浮かべる。
パチン、と指を弾いて鳴らせば、アギレオのすぐ横に、ありふれた、だが美しい曲線を持った椅子が現れた。
「なに、若き魔術師の研鑽に時間をやると思い、年寄りの昔話の相手でも願えぬだろうか。よければ掛けてくれ」
「走って逃げれる場所でもなし」
どうにでもしろよ、と、頭を振りながら椅子に腰を下ろすアギレオに、そう構えることもあるまい、と、ラウレオルンの表情は楽しげで。
「先の、鉱人のコウ…。彼に語った話、頼んだことには、理由があるのだ」
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