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ぼっちの魔王

47話 ダークゾーン

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 リンには奇跡に見えたらしい。
 胸元で両手を合わせ顔を綻ばせる姿は冒険者ではない。
 あどけない十代の少女、等身大の彼女そのものだった。

 俺はというと……なまじ神が見えているので、幻滅していた。
 神が見えるなんて、非常に素晴らしいこと、名誉なことでもある。
 しかしながらだ。泉の真ん中で胡坐をかいて鼻くそをほじっているアレはノーカンだろう。
 指折り数えたら指が折れ曲がる。

『受け取ったな……受け取ってしまったな! ならば、その天命の宝剣で魔王の本体を討ち取るのだぁぁあ!!』

 クーリングオフって、いつまでだ?

『んん? 頑張ろうぜぃ、やる前から諦めるなよ! ソナタの時代は、すぐそこだ』

 つまり、受けつけないってことだな……ならば、俺も約束はできまい。
 さらばだ! 俺は颯爽と泉を離れた。
 しつこく、付きまとわれるかと予想していた。
 けれど、泉から距離を置くと奴の力は流れこない。地縛霊、ヨシユキの実体が明らかになった。

 泉の奥にある細長い瓦礫道を突き進む。
 幼年期のころ野山を駆け回った時の、あの感覚が甦ってくる。
 その頃の俺は無邪気だった。まだ、世界に蔓延まんえんした毒に穢されていなかった。
 未来は今よりも希望に満ちている。
 無自覚にも、世紀末論者のようなことを口走っていた。

 新たな力を手に入れたことで、俺は意気揚々としていた。
「もっと、慎重に歩くべきだ」というリンの忠告を聞かず、早く試し斬りがしたいなどと調子こいていた。

 そして、小便を漏らしそうになった。
 瓦礫の道を抜けると、空気が一遍いっぺんし淀んだモノとなる。
 僅かに吸っただけで気分が悪くなる……そこは瘴気濃度が高くなっていた。
 一つ誤算だったのは、祠の手前に障害物となるモノが何一つなかったことだ。
 よって細道を出た途端、見通しの良さに息が詰まった。
 すぐ傍には、黒くデカい球体が渦を巻きながら、俺たちの行く手を遮っていた。

「このドデカい……マリモは!? クソっ、マジかよ! あのジジイとおなんじ気配がする」

「不味いわ! マイト、下がりな!!」

 運が悪いとしか、言いようがない。こうも、早くエンカウントするなんて……。
 考えても見なかった俺は、まだ装備を整えていなかった。
 宝剣を抜くより先に、封印されている球体の方が俺たちに気づいた。
 近づく敵を排除するべく、自身の影をむちのように実体化させて、こちらへと飛ばしてきた。

 リンが素早くスキルブックを開き、スキルを発動させる。
 彼女の手元に疾風が集まり、無数のナイフとなる。
「シルフィード スワロー!!」振り下ろされる腕の動きに合わせ一斉に風のナイフが飛び交う。
 影で出来た触手を破砕し本体へと進行してゆく。
 その名の通り、燕のごとく低空を飛翔し敵を捕獲する。

「これなら、行ける!」そう言葉を発した直後、さらなるプレッシャーが俺たち圧し掛かっていた。
 新たなる影が出現した。
 それも一つではない、次から次へと制限なく実体を持っていく。
 新たに生まれた影たちは、表面積を伸ばしシャッターのごとく瞬時に空間を遮断した。
 燕群れが、一気に弾き飛ばされてゆく。
 見かけ倒しなどではない。影の一つ一つが高密度も魔力を有している。
 魔力を物体として固定するというのは、そういうことだ。

「っあああ――!!」近くにいるリンが悲鳴を上げた。
 見ると彼女の足首に影が巻きついている。

「こんっの、クソがぁぁ――――!!」
 即座に宝剣を抜き触手を切り離そうとするも、影の動きのほうが素早い。
 一部を鞭のようにしならせると、俺の顔面を狙ってきた。

 すかさず、刀身で防御するも、その隙をついて触手がリンの身体を引き寄せ出した。
 一瞬だった……一瞬でリンが宙に浮いたかと思うと、球体の方へ向かって加速していた。
 このままでは、魔王の本体に食われてしまう。
 腕を伸ばしている彼女を、懸命に追いかけるが俺の手は届かない。
 リンの手を掴もうとするも、虚しく空ばかり掴んでしまう。
 絶体絶命だった……非力な俺では、何もできないのか?

「ババンスラァ―――ッシュ!!」

 雷光が、目の前を駆けていった。
 鋭い雷刃が、リンを縛る触手を真っ二つに裂いた。
 予期せぬことに、俺は立ち止りながら、祠の方を凝視していた。
 まさか、ここで彼女たち再会するとは思ってもみなかった。

「セイクリッド ウォール」
 聖なる障壁が魔王の四方を囲う。
 邪悪なる者の動きを封じるこの魔法は……聖女のみが扱えるモノだ。

「お待たせして、すみません。どうやら間一髪でしたね、ロビー君」

「私もおるぞ。マイトちゃん!」

 祠の方から現れたのは、何と行方知れずのシャルターナだった。
 その隣には、聖殿の鍾乳洞で別れたはずのワカモトさんもいる。
 状況が飲めず、呆然とする俺に、シャルは目を細めながら微笑した。
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