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禁反魂の法理
夜が来る
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「あん馬鹿! 逃げくさりおって……」
無情な逃亡劇にエビフライは恨めしそうに地団太を踏む。
気持ちは分からなくもない、けれど絵面としてはシュール極まりない。
遠くから風に乗って響く、男の悲鳴。
さっき男で間違いない、トルテに捕まったのは確定だろう。
「覚悟はできてんだろうな、エビフリャー。モチ、この戦い手出しは無用だ! 売られた喧嘩は俺が買う」
バーナードが相当なやる気を出していた。
武器がなくとも拳で応戦するつもりだ。
対するエビフライもまた同様、武器無しで身構える。
ひょっとして格闘主体の戦闘スタイルなのか? それなりに様になっている――と思ったのも束の間、衣の中から取り出した球体に火をつけ私達の方へ投げつけてきた。
視界を遮るほどの煙に思わず咳込む。
煙玉! 時代劇の忍者がよく姿をくらませる為に使用するアイテムだ。こうして私達が煙で怯んでいる隙に仲間のオイスタを助けに向かおうって算段なのだろう。
だが、その考えは甘すぎる。
バーナードの猫面は、他ならぬフルフェイスの兜なのだ。
煙があろうとも目に入ることも、煙を無闇に吸引することも初めからないに等しい。
バシッ! とバーナードの拳がエビフライの頭部にあたる尻尾を殴りつけていた。
そのまま、沈むように身をを低くしたエビフライは、彼の腕を掴むと反動を利用して背負い投げをかました。
受け身を取り損ない、背中から地面に叩きつけられたバーナードは「ぐはっ」と小さく苦痛の声をもらすも、即座に身体を半回転させ、追撃のスタンピングを回避する。
彼らに知略を用いるといった選択はない。
用いたところで小手先だけの形にしかならないのを二人とも先刻承知しているからだ。
ただ純粋に、交わる拳と拳でお互いのすべてをぶつけ合う。
エビフライのクロスカウンターが炸裂する。
バーナードの飛び膝蹴りが鳩尾に刺さる。
互いに頭突きをかまし、よろけながらも大きく振りかぶってパンチの応酬を続ける。
一進一退の攻防、気づけば双方、満身創痍の泥試合になっていた。
それでも、何故か? 両者ともども、この一戦を愉しんでいるようにも見える。
「そろそろ、夜が来るけ……名残惜しいが、ここいらで決めるけん」
「奇遇だな、次の一撃でお前を……沈めてやるぜ!」
どちらかともなく、走り出した。
相手よりも速く、より強力な最大技を繰り出す為に――
「ホゥ――ワァ! フライボンバー!!」
「秘技、猫だましぃぃいいい!!」
捨て身の特攻、ボディプレスがバーナードの頭上に迫る。
真下で両腕を伸ばし猫騙しの態勢に入る彼の方が不利なのは明確だ。
誰もが疑問に思うだろう……どうして、バーナードはそんな弱ちぃ技をチョイスしたのか? と。
そう、油断はならない。私やエビフライみたいに肝心な事を失念してしまうのがオチだ。
この薄汚い猫が、まんまその通りの事を実行するわけがない。
彼の猫騙しは敵を欺くという意味での騙しだ。
「うにゃあああぁぁ――」
強靭な脚力によるサマーソルトキックがエビフライの胴体を捉えた。
くの字に曲がたまま、空高く舞うと投げ捨てられたボストンバッグのようにドサッと地に落ちた。
エビフライは口元から汚物をまき散らしたまま、ピクリとも動く気配がない。
「うおっしゃやややあああ!! 俺の勝ちぃ~どうだ!? モチ、これが俺の実力だ!!」
「はいはい、子供じゃないんだから猛ないの。ぶっちゃけ、汚いわ……それまでの堂々としたぶつかり合いは何だったの? そこまでして勝ちたかったの?」
「お前! どっちの味方だよ!? そもそも、どうして俺がこの珍味に付き合わないといけないんだよ?」
「同類だから?」
「けっ……言ってろ」
「お二方――! そちらの方も片付いたようですね――!!」
時同じく、トルテが戻ってきた。
その手には首根っこを掴まれて引きずられている、逃走を計った男の姿がある。
ボコボコにされた、その顔は見るも無惨にアザだらけになっている。
「どうします? この二人」
「取り敢えず、拘束してから傷の治療をしよう。彼らが何者なのか? 訊き出したいからね。バーナード、お願いできる?」
二人の両手を身体ごと空糸・結束で拘束して暴れないように処置をほどこす。
渋りながらも、バーナードがキュアライトをかける。
すると、がっしりとした骨格の彼、オイスタがいち早く意識を取り戻した。
「み、身動きが取れんぜ。オマンらに負けたん……オイたち。ハーンの馬鹿垂れが……迂闊に手ぇー出さんと言ったたのに、調子に乗りおって」
「質問に答えて、あなた達は何者で、ここで何をしていたの?」
「許してくんろー。ハーンの奴もつい、はしゃいで悪戯をやらかしてしまったげっちょ。 なんせ、外から人なんて占い師以外、久々だったからに」
「占い師!?」
もしかして、占星術師のことかとバーナードの方に視線を送る。彼も、また「そうだ」と言わんばかりに頷き返す。
「んな、こた。どうでもよか! そいより、兄はんたち……今すぐ、此処から移動したほうがよかよ!」
「どういう事だ? つーか、占い師って言ったよな? ソイツの名はマキャートじゃないか?」
「おお、知っとるけ! 猫の言うとおりマキャートっていう奴だ。おーと、そげん事より! じきに夜が来る、早く住宅地から離れんと」
「だから、急ぐ理由をさっさと話せよ!」
「バーナードさん、ひとまず彼らと共に、そのマキャートさんに会いにいきませんか? この人の慌てぶりは尋常ではないと思われますし、説明は後ほどでも大差ないでしょう……モチさんも構いませんか?」
「異存ないわ。夜になると何かが起きるみたいだけど、今は占星術師の人と合流するのが最優先だから」
トルテの意見に賛同した私たちは、オイスタに案内役を任せ行動を再開した。
問題は、気絶したままのハーンをどう運ぶか。
話し合った結果、オイスタの拘束を解いて彼におぶって貰うことになった。
その事に対してバーナードが訝しげに眉をひそめているものの、ハーンを運ぶのを嫌がったのは彼自身だ。
一時はマジックバッグを奪われはした、といってもそこまで警戒したところで何ら変わらないのだが……。
「今から、港のほうに移動するけ。こっから先は、あのビュンビュンライナーに搭乗してもらうに」
「マジかよ……」
何の前触れなく、出現するミニSLに私達三人は言葉を失った。
懐かしい、よくテーマパークとかで目にするヤツだ。
こんな場所にあるのは不自然極まりないが、聞けばこれも魔道具の一種だという。
乗ってみたい気もあながち無くはない。
それでも、自分の年齢を考えるとこれに乗るのはかなりクルものがある。
私だけではない、他の皆も同様に感じていた。
「じ、じゃあ私はロッドで移動するから」
「モチさん! 私も乗せてもらっ――」
「諦めな! トルテ・タタン。俺達と共に物見遊山としゃれこもうじゃないか」
「だから、それが嫌なんですぅ~」
抵抗する余地も与えずトルテを連行していくバーナード。
ついでに、なかなか目覚めないハーンに平手打ちを食らわせる所業は、もはや鬼畜でしかない。
オイスタが運転席に座り、ビュンビュンライナーが出発の警笛を鳴らす。
いよいよ、出発進行なのだが……少女が顔を引きつらせながら、ゆるキャラたちとミニSLに跨る光景は、見ていて気の毒に思えてきた。
ロッドのおかげで私だけが難を逃れた。
しかし安易に安心してはいけない、猫がしきりにこちらを見ている。
次はお前の番だぞと、いわんばかりの薄ら笑いを浮かべる彼に背筋がゾクッとした。
無情な逃亡劇にエビフライは恨めしそうに地団太を踏む。
気持ちは分からなくもない、けれど絵面としてはシュール極まりない。
遠くから風に乗って響く、男の悲鳴。
さっき男で間違いない、トルテに捕まったのは確定だろう。
「覚悟はできてんだろうな、エビフリャー。モチ、この戦い手出しは無用だ! 売られた喧嘩は俺が買う」
バーナードが相当なやる気を出していた。
武器がなくとも拳で応戦するつもりだ。
対するエビフライもまた同様、武器無しで身構える。
ひょっとして格闘主体の戦闘スタイルなのか? それなりに様になっている――と思ったのも束の間、衣の中から取り出した球体に火をつけ私達の方へ投げつけてきた。
視界を遮るほどの煙に思わず咳込む。
煙玉! 時代劇の忍者がよく姿をくらませる為に使用するアイテムだ。こうして私達が煙で怯んでいる隙に仲間のオイスタを助けに向かおうって算段なのだろう。
だが、その考えは甘すぎる。
バーナードの猫面は、他ならぬフルフェイスの兜なのだ。
煙があろうとも目に入ることも、煙を無闇に吸引することも初めからないに等しい。
バシッ! とバーナードの拳がエビフライの頭部にあたる尻尾を殴りつけていた。
そのまま、沈むように身をを低くしたエビフライは、彼の腕を掴むと反動を利用して背負い投げをかました。
受け身を取り損ない、背中から地面に叩きつけられたバーナードは「ぐはっ」と小さく苦痛の声をもらすも、即座に身体を半回転させ、追撃のスタンピングを回避する。
彼らに知略を用いるといった選択はない。
用いたところで小手先だけの形にしかならないのを二人とも先刻承知しているからだ。
ただ純粋に、交わる拳と拳でお互いのすべてをぶつけ合う。
エビフライのクロスカウンターが炸裂する。
バーナードの飛び膝蹴りが鳩尾に刺さる。
互いに頭突きをかまし、よろけながらも大きく振りかぶってパンチの応酬を続ける。
一進一退の攻防、気づけば双方、満身創痍の泥試合になっていた。
それでも、何故か? 両者ともども、この一戦を愉しんでいるようにも見える。
「そろそろ、夜が来るけ……名残惜しいが、ここいらで決めるけん」
「奇遇だな、次の一撃でお前を……沈めてやるぜ!」
どちらかともなく、走り出した。
相手よりも速く、より強力な最大技を繰り出す為に――
「ホゥ――ワァ! フライボンバー!!」
「秘技、猫だましぃぃいいい!!」
捨て身の特攻、ボディプレスがバーナードの頭上に迫る。
真下で両腕を伸ばし猫騙しの態勢に入る彼の方が不利なのは明確だ。
誰もが疑問に思うだろう……どうして、バーナードはそんな弱ちぃ技をチョイスしたのか? と。
そう、油断はならない。私やエビフライみたいに肝心な事を失念してしまうのがオチだ。
この薄汚い猫が、まんまその通りの事を実行するわけがない。
彼の猫騙しは敵を欺くという意味での騙しだ。
「うにゃあああぁぁ――」
強靭な脚力によるサマーソルトキックがエビフライの胴体を捉えた。
くの字に曲がたまま、空高く舞うと投げ捨てられたボストンバッグのようにドサッと地に落ちた。
エビフライは口元から汚物をまき散らしたまま、ピクリとも動く気配がない。
「うおっしゃやややあああ!! 俺の勝ちぃ~どうだ!? モチ、これが俺の実力だ!!」
「はいはい、子供じゃないんだから猛ないの。ぶっちゃけ、汚いわ……それまでの堂々としたぶつかり合いは何だったの? そこまでして勝ちたかったの?」
「お前! どっちの味方だよ!? そもそも、どうして俺がこの珍味に付き合わないといけないんだよ?」
「同類だから?」
「けっ……言ってろ」
「お二方――! そちらの方も片付いたようですね――!!」
時同じく、トルテが戻ってきた。
その手には首根っこを掴まれて引きずられている、逃走を計った男の姿がある。
ボコボコにされた、その顔は見るも無惨にアザだらけになっている。
「どうします? この二人」
「取り敢えず、拘束してから傷の治療をしよう。彼らが何者なのか? 訊き出したいからね。バーナード、お願いできる?」
二人の両手を身体ごと空糸・結束で拘束して暴れないように処置をほどこす。
渋りながらも、バーナードがキュアライトをかける。
すると、がっしりとした骨格の彼、オイスタがいち早く意識を取り戻した。
「み、身動きが取れんぜ。オマンらに負けたん……オイたち。ハーンの馬鹿垂れが……迂闊に手ぇー出さんと言ったたのに、調子に乗りおって」
「質問に答えて、あなた達は何者で、ここで何をしていたの?」
「許してくんろー。ハーンの奴もつい、はしゃいで悪戯をやらかしてしまったげっちょ。 なんせ、外から人なんて占い師以外、久々だったからに」
「占い師!?」
もしかして、占星術師のことかとバーナードの方に視線を送る。彼も、また「そうだ」と言わんばかりに頷き返す。
「んな、こた。どうでもよか! そいより、兄はんたち……今すぐ、此処から移動したほうがよかよ!」
「どういう事だ? つーか、占い師って言ったよな? ソイツの名はマキャートじゃないか?」
「おお、知っとるけ! 猫の言うとおりマキャートっていう奴だ。おーと、そげん事より! じきに夜が来る、早く住宅地から離れんと」
「だから、急ぐ理由をさっさと話せよ!」
「バーナードさん、ひとまず彼らと共に、そのマキャートさんに会いにいきませんか? この人の慌てぶりは尋常ではないと思われますし、説明は後ほどでも大差ないでしょう……モチさんも構いませんか?」
「異存ないわ。夜になると何かが起きるみたいだけど、今は占星術師の人と合流するのが最優先だから」
トルテの意見に賛同した私たちは、オイスタに案内役を任せ行動を再開した。
問題は、気絶したままのハーンをどう運ぶか。
話し合った結果、オイスタの拘束を解いて彼におぶって貰うことになった。
その事に対してバーナードが訝しげに眉をひそめているものの、ハーンを運ぶのを嫌がったのは彼自身だ。
一時はマジックバッグを奪われはした、といってもそこまで警戒したところで何ら変わらないのだが……。
「今から、港のほうに移動するけ。こっから先は、あのビュンビュンライナーに搭乗してもらうに」
「マジかよ……」
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懐かしい、よくテーマパークとかで目にするヤツだ。
こんな場所にあるのは不自然極まりないが、聞けばこれも魔道具の一種だという。
乗ってみたい気もあながち無くはない。
それでも、自分の年齢を考えるとこれに乗るのはかなりクルものがある。
私だけではない、他の皆も同様に感じていた。
「じ、じゃあ私はロッドで移動するから」
「モチさん! 私も乗せてもらっ――」
「諦めな! トルテ・タタン。俺達と共に物見遊山としゃれこもうじゃないか」
「だから、それが嫌なんですぅ~」
抵抗する余地も与えずトルテを連行していくバーナード。
ついでに、なかなか目覚めないハーンに平手打ちを食らわせる所業は、もはや鬼畜でしかない。
オイスタが運転席に座り、ビュンビュンライナーが出発の警笛を鳴らす。
いよいよ、出発進行なのだが……少女が顔を引きつらせながら、ゆるキャラたちとミニSLに跨る光景は、見ていて気の毒に思えてきた。
ロッドのおかげで私だけが難を逃れた。
しかし安易に安心してはいけない、猫がしきりにこちらを見ている。
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