RiCE CAkE ODySSEy

心絵マシテ

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天上へ続く箱庭

拳闘士の矜持

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騒然となる兵士一団。
予期せぬ敵の登場に皆が皆、慌ておののいている。
だが、仮にも彼らは訓練を受けたその道のプロだ……その程度で、ここまで取り乱すのはいささか都合が良過ぎる。
きっと、彼らも私と同じ苦痛にむしばまれている。
状況ではなく人物による恐怖や危機感、ディングリングという魔女がもたらす精神的な暴力には誰しも抗えないのだから。
戦意を失った者が取る行動は一つ。
なりふり構わずに敵前逃亡をする、それだけしかすがるすべはない。

「アハッ? 逃げるのはナシだよ~。エクリプス!」

ディングリングの指が弾かれると、彼女の影が一気に広がりフロア全体の床を浸食した。
塔内に動揺の嘆き、怒り混じりの悲鳴がこだまする。
床の影に足下を固められたカシュウの兵達はフロアから脱出するどころか、一切の動きが封じられてその場に留まることしかできずにいた。
それだけなら、まだマシだった。
彼女の唱えたエクリプスは闇魔法、これだけで終わりのはずがない。
闇魔法その特性はペナルティー付与……術によって効果は様々だが、術を受けた者に回避する術はない。
どれも危険極まりないモノだ、場合によっては……。

「お、おい! 助けてくれぇえええ!!」

兵士達の叫びとともにエクリプスの第2フェイズが始まった。
ゆっくりと床に沈んでいく彼らの身体、まるで捕食した獲物を影が飲み込んでいるようだ。
エクリプスのペナルティー自体、アーカイブスにも記述されていないが、これは行き過ぎている。

「ディングリング!?」

「萌知君、どうしたの? 血相変えて~。まさか、ヤメテ! なんてツマラナイこと言わないよね? ね?」

「その、まさかだよ! そこまでして苦しめる必要があるの? この人たちはビーンズ家に雇われただけ……だとしたら」

「だとしたら? 間違っているとでも? 分からないなぁ~、ボクにとってもオマエにしてもコレらは敵だよ。情けをかける道理もないはずだ。オマエには言ってなかったけど、ビーンズの三馬鹿どもはボク達を消そうと色々と暗躍して準備を進めていた。だから、制裁しに来たんだよ」

「情けじゃない! 同じ魔導士としてあなたの加虐を放置するわけにはいかない」

「魔導士として、魔導士の責任、魔導士であるが為。何なんだよ? その鎖、その不自由さは! むしろ、魔導士であることを免罪符にして害成す者を排除すべきだろ? 魔法をどう扱おうが、それはボクたち魔法使いの特権であり自由だ」

「ディングリング、あなたは目先の欲求で、その先が見えていない! 自由にも、それなりの責任がある。何をしても自由だから許させるなんて、それこそ私利私欲に塗れた妄言でしかない。それすら無視して外法に堕ちるのは勝手だけど、その先に何があるというの?」

「気に入らないなー、何か、アイツと会話しているみたいだ。気に入らないが……オマエには貸しがある。一度だけだ、一度だけコイツらを見逃してやる。ただし、条件としてコイツら全員の身柄はオマエが引き取りなよ。ボクらに反抗する奴が出てこないように全員しっかりと調教しておいてよ、魔導士として!」

皮肉交じりの言葉に、少々ムッときた。
「なんで私が彼らの面倒を」と一言愚痴りたい……が、ここは辛抱。
善悪の基準すら狂い狂っているディングリング相手に、ここまで説得できたんだ。
兵士たちの命が救えただけでも上出来だ。

「貸しも返したことだし、ボクが手伝うのはここまでだ。残りのゾイちゃんとナック君は約束通り、オマエが何とかしなよ」

「制裁はともかく、私に一任していいの?」

「はぁ~。人の目的を奪っておいて、それを言うのかい? もしオマエがしくじったら、その時がボクの出番だよ」

不貞腐れてはいるが、ちゃんと約束は守ってくれるようだ。
床に沈みこんでいた兵士たちの身体は少しずつ浮き上がって元に戻ろうとしている。
とはいえ、影の束縛まで解除するつもりはまったく無いらしい。
足止めしてくれるという事なのだろうか?

「さあ、先に進みなよ。ボクは、カシュウ君の相手で忙しいんだ」

「くそったれがぁああ――!! 放せ、俺を解放しろ!! そいつをナックの所に行かせるわけにはいかない! ディングリングぅぅっ――――」

影に捕縛されたまま、大きく項垂れるカシュウを見て、いたたまれなくなった私は次の階層を目指して駆け出した。
弟を守ろうとする兄、その心意気は立派だがカシュウのそれは常軌を逸しているような気がする。
ディングリングに従うのは納得いかないけれど、彼女の機嫌を損なわず問題を解決する為には、こうするしか方法はない。
私だって、好き好んで魔法を争いの道具として使用しているわけでもないし、可能なら話し合いで解決するに越したことはない。
ただ、次の相手がナックだとしたら?
そうなると、考えるよりも先に手を出してくるに違いない。

階段は壁伝うように螺旋を描きながら続いていた。
幅広なのは助かるが手すりなど気の利いたものはなく、目線をそらせばすぐ真下が見える。
高所への恐怖で足下がふらついたら大変だ。
私はなるべく正面に顔を向けながら階段を駆け上がることにした。

上の階に着いた。
それまで、塔の内部はレンガが剥き出しになった単調な造りをした大広間だった。
武骨なイメージだったソレが、この階から床のカーペットや壁にかけられた絵画など、妙に生活感があるもので溢れている。
くわえて階層の構造自体も変化している。
個室のドアが両脇にずらりと並び列を成す正面の長廊下を中心に、縦横無尽に何本かの通路が伸びている光景は、さながら碁盤ようである。
進路が入り組んでいる上に、この部屋数の多さ……。
さながら、大貴族の屋敷か、寄宿舎にでも迷い込んだ気分だ。

「おわっ!?」

「あっ!」

歩き出して早々、通路脇の部屋から出てきたナックと鉢合わせした。
思いがけない出来事に戸惑い、互いに無言になってしまったが、これはこれで気まずい。
どうする? 相手が無防備なうちにロッドで牽制けんせいして間合いを確保しておくべきか……。

「そこの女魔導士、聞きたいことがある。タンゾウの野郎がどこに行ったかしらねぇか?」

「??? はあっ? 要領を得ないんだけど、馬鹿にしているの? むしろ、私の方が居場所を教えて欲しいんだけど?」

「なんだよ!? 初対面でずいぶんな言い草じゃないか? まずは自己紹介といこうぜ、挨拶は大事だ」

そういえば、私たちはこうして直接、会話するのは初めてだ。
ナックの言う通り、ついつい言葉に棘が出てしまったが何故だろう?
彼に正論を説かれると微妙にイラつくのは。

「俺はナック・ビーンズ、拳闘士だ! てか、お前マジでやるな! 大樹の門を正面突破したヤツなんて今までいなかったじゃねぇの? せっかく、手下に門番を任せたのに一本取られたわ」

「モチよ、ご存じの通り魔導士。どうして、あなたがタンゾウさんを躍起になって探しているのか? 知らないけど、目の前に不法侵入した賊がいるのに捕まえなくてもいいの?」

「モチヨ? お前、賊なのか? 別に構いやしねぇよ、好きにうろついていろ。どうせ先には進めやしないんだ……それよりもタンゾウだ。あの野郎、牢から脱獄しやがって……しかも、どういう理由か足取りが掴めねぇし。ぜってぇー、見つけ出してやる」

うん。色々とツッコミたいけど、かったるいからヤメテおこう……。
言ったところで、今のナックの頭の中はタンゾウさんで一杯、怒りマックスだ。
少なくとも彼にとって私は、敵に値しないぞんざいな存在だ。
それでも、やることは決まっている。
私はロッドを強く握り、身構えた。

「私は、タンゾウさんを助けにきたの。さあ、かかって来なさい!」

「悪いな。さすがにソレは聞けないわ、モチヨ。俺様の拳は女子供を傷つける為にあるわけじゃねぇ。お前はさっさと帰んな」

「ナック……本当にソレで合っている? 紳士的だとは思うけど、ここで私を見逃すのは悪手よ。もし、あなたが一人でこの階層を捜索している内に、タンゾウさんが此処、階層入口に来たらどうするの? きっと、彼を逃がしちゃうわよ」

「……なら、どうしろってんだ!?」

「大丈夫よ、解決策ならもう考えてあるから!!」
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