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冒険者が統べる村
野外教室/無罪の罪
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タンゾウさんにリシリちゃんの治療を託されて、はや五日目。
新鮮な空気を目一杯、身体に吸い込み、朝日の光を全身に浴びる。
今日も今日とて、素敵な畑仕事の始まりだ!
この五日間、よく脱走しなかったと思う……ホントに辛かった……ホントにホント。
三日目あたりで腰が悪くなったふりをして仕事をサボろうとする輩がいたから、それに習い「右目が疼く。畑仕事は無理だぁ!」とか騒いでみたら、周囲から仮病だと即バレし監視の視線が余計に厳しくなった。
おかげで、鍬を担ぐのもずいぶんとさまになってきた。
「おはようございます、グレイデさん」
「ちぃーす、モチ子。つーかさぁ、いい加減、敬語ってありえなくない? 私ら、タメみたいなもんだし、エフエフだしぃ」
毎日、顔を合わせるグレイデさん。
自慢のブロンド髪が地毛ではない時点でギャルにカテゴライズされる彼女の言葉は未だに理解できない部分が多い。
「やあ、モチさん。今日も宜しく」
宜しくする覚えもないのに結構な率で私のフォローしてくれるゲイル君。
訊けば彼は、冒険者ギルドから派遣された監視役だそうだ。
対象は農作業に勤しむ村人たち。
聖域にある農地すべてがビーンズ家の所有するもので、どんなに畑が数多く耕されようとも、どれほど収穫量がふえようが村人が自分の畑を持つことは叶わない。
ただ、低賃金で畑の手入れを任されているにすぎない。
いわゆる、ディストピアって奴だ。
だからこそ村人たちがビーンズ家に不満を抱き反発したり、蛮行に手を染めないよう、しっかりと視る必要があるそうだ。
親しくなった人たちと共に、作業をこなすこと数時間。
昼ごろになって、私たちはようやく仕事から解放される。
このまま帰ってベッドに飛び込みたい気持ちがあるが、そうも言っていられない。
午後からは例の薬草園近くにおもむいて、リシリちゃんを診なければならない。
「リシリちゃん、お待たせ。じゃあ、続きをやろっか」
コクコクと頷くリシリちゃん。
言葉こそ発せられないが精霊を介して彼女が伝えようとしている想いが私の頭の中に直接流れ込んでくる。
アーカイブスに記録されていたテレパスという能力の一種に類似している。
タンゾウさんは日中、串焼き屋の仕事で忙しく、ここには薬草採取する日以外、来ることはない。
というわけでリシリちゃんと二人、魔法のお勉強中。
今日は、水属性の魔力操作を彼女に教えている。
私なりにアーカイブスを通じて調べてみたところ、魔法障害も病と同じく治療以前に原因を特定しなければならないそうだ。
魔法障害の元になる大半は適性のない魔法を無理に使用したことに起因する。
なので、まずはリシリちゃんの各属性に対する適正を見極めることにした。
もっとも八つある属性のうち、上位三属性は私も使えないので教えることはできないけれど。
彼女は精霊魔導士として高い素質を持っている、風と水の属性なら割とすぐに操作できた。
それ以外の属性は術の発動すらままならないが、大抵の魔術師、魔導士は単一属性を習得する。
単一と複合、どちらが優れているのか? 一概には言えないが、複合属性を扱える者は稀である。
「そうそう、そこで風の魔力をゆっくり、ウォーターバブルに注ぎ込んで内側から空気を飛ばすイメージで」
クルクルと回転する水玉。群生する草花に水のシャワーが虹を描き降り注ぐ。
やはり才能がある! 水と風の初級複合魔法、ウォータースプリンクラーをリシリちゃんは難なく習得してしまった。
これで基本五属性を一通りこなした、結果として異常を感じるところは見受けられなかった。
なら疑うべきは、あの言霊の精霊だ。
五属性に属さないアレの正体を暴かなければいけない。
「ったく、アンタって娘は! ったく、しょうがないねぇー」
時間を持て余したのでアリシアお婆ちゃんの物真似をして見せたりもした。
リシリちゃんは、相変わらずキョトンとした表情を崩さないが、特にウケが悪いというわけでもなさそうだ。
「大分、時間も経ったし、そろそろ戻ろうっか。あんまり遅くなるとタンゾウさんも心配するだろうから」
西日が強く輝き出す中、私はリシリちゃんの手を取り竹林の中へと入った。
タンゾウさんからこっそり教えてもらったのだが、この聖域にはいくつかの出入り口が存在していて、うち一つが竹林に隠されているらしい。
どこにつながっているのかは転移陣ごとに異なり、全てを把握している人間は村でも数人程度だそうだ。
薬草園が存在しているという事実をおおやけにはしたくないタンゾウさんは、ギルドの管理する転移陣は使用せず、竹林側から聖域に出入りしている。
他にも、ここから転移すると出店通りの路地裏に出るから移動するのに楽だという利便性もある。
聖域を抜けて、路地裏を二人で横並びになって歩いていると向かい側から走ってくる人影が見えた。
軽鎧でキッチリ身を固め、息を切らせながら私たちの事を呼び止めるのは青年、ゲイル君だ。
「んはっ……はあ……モチさん、今すぐリシリちゃんを誰にも知られない場所に隠して」
「どういう意味? この子、誰かに狙われているの?」
「ギルドの連中が彼女を探している。どうやら、ここ数日オツトメを果たしていなかったらしい、それだけじゃない――――」
ゲイル君の言葉を聞いたリシリちゃんが私の腕にギュッと抱きついてきた。
ギルドがよほど怖いらしく全身を震わせている。
「君もギルドの一員でしょ。助けてくれるのは、ありがたいけど私たちにそんな話をして君自身は大丈夫なの?」
「モチさん誤解しないで欲しい。自分はこの村のギルド、ダイインスレイブのメンバーじゃない。他所のギルドに所属している。この村にはギルド間での応援要請を受け、派遣という形で滞在しているんだ」
「訊きたいことはいくつかあるけど、状況的にそんな悠長なことも言ってられないわ。ひとまずはゲイル君の話を信じるよ、それで続きを話してくれないかな」
「ああ。タンゾウさんが反逆罪でギルド連中に捕えられた。奴ら、証拠にもなくタンゾウさんが秘密裏に反ビーンズ派の人間を集め、武装蜂起を画策していたと触れ回っているんだ」
隣でリシリちゃんがしきりに首を横に振っている。
「タンゾウお兄さんは、そんなことしない」と訴える彼女の気持ちが精霊の力により、私の意識へ直に押し寄せてくる。
分かっている、リシリちゃんを大切に想う彼がこの子を独り置き去りにするような真似をするはずがない。
「ゲイル君、この子を安全な場所に連れてって、お願い! 私はギルドにいかなきゃ」
「ギルドの奴らは君が想像してしているよりも危険だ」
そうかもしれないけど大丈夫。
「まさか、タンゾウさんを助けようと君一人で交渉するつもりか?」
心配してくれてありがとう、それでも見て見ぬふりはできない。
「君が背負う問題ではないはずだ。まずは村の皆を集めてどうするべきか話し合う必要がある」
「ゲイル君……どこの? 誰が助けにきてくれるの?」
その一言で彼の表情が固まってゆく。
私たちが怯えないよう、怖がらないよう、精一杯つくろった希望という名の虚飾はあまりにも脆く傷つきやすい。
本当はもうゲイル君だって気づいている。
村に数日だけしか滞在していない私だって分かっているんだ、当然だ。
ビーンズ一家に歯向かえる村人は既にいない、助けを求めても一人として応じてはくれない。
村の人たちは上面だけの平穏を装い自分たちすら騙し続けてきた。
この村の恐ろしいところだ。
何が起きても無関心で変化することを嫌っている。
今の今までずっとそうだった、彼らは必要以上にビーンズ一家を恐れている。
そうなるように枷をつけさせられて支配され続けてきたのだろう。
なのに今更恐怖を押し殺して立ち向かえだなんて酷な話ではないか。
皆、失うことを恐れているだから。
「モチさん、君は――――」
新鮮な空気を目一杯、身体に吸い込み、朝日の光を全身に浴びる。
今日も今日とて、素敵な畑仕事の始まりだ!
この五日間、よく脱走しなかったと思う……ホントに辛かった……ホントにホント。
三日目あたりで腰が悪くなったふりをして仕事をサボろうとする輩がいたから、それに習い「右目が疼く。畑仕事は無理だぁ!」とか騒いでみたら、周囲から仮病だと即バレし監視の視線が余計に厳しくなった。
おかげで、鍬を担ぐのもずいぶんとさまになってきた。
「おはようございます、グレイデさん」
「ちぃーす、モチ子。つーかさぁ、いい加減、敬語ってありえなくない? 私ら、タメみたいなもんだし、エフエフだしぃ」
毎日、顔を合わせるグレイデさん。
自慢のブロンド髪が地毛ではない時点でギャルにカテゴライズされる彼女の言葉は未だに理解できない部分が多い。
「やあ、モチさん。今日も宜しく」
宜しくする覚えもないのに結構な率で私のフォローしてくれるゲイル君。
訊けば彼は、冒険者ギルドから派遣された監視役だそうだ。
対象は農作業に勤しむ村人たち。
聖域にある農地すべてがビーンズ家の所有するもので、どんなに畑が数多く耕されようとも、どれほど収穫量がふえようが村人が自分の畑を持つことは叶わない。
ただ、低賃金で畑の手入れを任されているにすぎない。
いわゆる、ディストピアって奴だ。
だからこそ村人たちがビーンズ家に不満を抱き反発したり、蛮行に手を染めないよう、しっかりと視る必要があるそうだ。
親しくなった人たちと共に、作業をこなすこと数時間。
昼ごろになって、私たちはようやく仕事から解放される。
このまま帰ってベッドに飛び込みたい気持ちがあるが、そうも言っていられない。
午後からは例の薬草園近くにおもむいて、リシリちゃんを診なければならない。
「リシリちゃん、お待たせ。じゃあ、続きをやろっか」
コクコクと頷くリシリちゃん。
言葉こそ発せられないが精霊を介して彼女が伝えようとしている想いが私の頭の中に直接流れ込んでくる。
アーカイブスに記録されていたテレパスという能力の一種に類似している。
タンゾウさんは日中、串焼き屋の仕事で忙しく、ここには薬草採取する日以外、来ることはない。
というわけでリシリちゃんと二人、魔法のお勉強中。
今日は、水属性の魔力操作を彼女に教えている。
私なりにアーカイブスを通じて調べてみたところ、魔法障害も病と同じく治療以前に原因を特定しなければならないそうだ。
魔法障害の元になる大半は適性のない魔法を無理に使用したことに起因する。
なので、まずはリシリちゃんの各属性に対する適正を見極めることにした。
もっとも八つある属性のうち、上位三属性は私も使えないので教えることはできないけれど。
彼女は精霊魔導士として高い素質を持っている、風と水の属性なら割とすぐに操作できた。
それ以外の属性は術の発動すらままならないが、大抵の魔術師、魔導士は単一属性を習得する。
単一と複合、どちらが優れているのか? 一概には言えないが、複合属性を扱える者は稀である。
「そうそう、そこで風の魔力をゆっくり、ウォーターバブルに注ぎ込んで内側から空気を飛ばすイメージで」
クルクルと回転する水玉。群生する草花に水のシャワーが虹を描き降り注ぐ。
やはり才能がある! 水と風の初級複合魔法、ウォータースプリンクラーをリシリちゃんは難なく習得してしまった。
これで基本五属性を一通りこなした、結果として異常を感じるところは見受けられなかった。
なら疑うべきは、あの言霊の精霊だ。
五属性に属さないアレの正体を暴かなければいけない。
「ったく、アンタって娘は! ったく、しょうがないねぇー」
時間を持て余したのでアリシアお婆ちゃんの物真似をして見せたりもした。
リシリちゃんは、相変わらずキョトンとした表情を崩さないが、特にウケが悪いというわけでもなさそうだ。
「大分、時間も経ったし、そろそろ戻ろうっか。あんまり遅くなるとタンゾウさんも心配するだろうから」
西日が強く輝き出す中、私はリシリちゃんの手を取り竹林の中へと入った。
タンゾウさんからこっそり教えてもらったのだが、この聖域にはいくつかの出入り口が存在していて、うち一つが竹林に隠されているらしい。
どこにつながっているのかは転移陣ごとに異なり、全てを把握している人間は村でも数人程度だそうだ。
薬草園が存在しているという事実をおおやけにはしたくないタンゾウさんは、ギルドの管理する転移陣は使用せず、竹林側から聖域に出入りしている。
他にも、ここから転移すると出店通りの路地裏に出るから移動するのに楽だという利便性もある。
聖域を抜けて、路地裏を二人で横並びになって歩いていると向かい側から走ってくる人影が見えた。
軽鎧でキッチリ身を固め、息を切らせながら私たちの事を呼び止めるのは青年、ゲイル君だ。
「んはっ……はあ……モチさん、今すぐリシリちゃんを誰にも知られない場所に隠して」
「どういう意味? この子、誰かに狙われているの?」
「ギルドの連中が彼女を探している。どうやら、ここ数日オツトメを果たしていなかったらしい、それだけじゃない――――」
ゲイル君の言葉を聞いたリシリちゃんが私の腕にギュッと抱きついてきた。
ギルドがよほど怖いらしく全身を震わせている。
「君もギルドの一員でしょ。助けてくれるのは、ありがたいけど私たちにそんな話をして君自身は大丈夫なの?」
「モチさん誤解しないで欲しい。自分はこの村のギルド、ダイインスレイブのメンバーじゃない。他所のギルドに所属している。この村にはギルド間での応援要請を受け、派遣という形で滞在しているんだ」
「訊きたいことはいくつかあるけど、状況的にそんな悠長なことも言ってられないわ。ひとまずはゲイル君の話を信じるよ、それで続きを話してくれないかな」
「ああ。タンゾウさんが反逆罪でギルド連中に捕えられた。奴ら、証拠にもなくタンゾウさんが秘密裏に反ビーンズ派の人間を集め、武装蜂起を画策していたと触れ回っているんだ」
隣でリシリちゃんがしきりに首を横に振っている。
「タンゾウお兄さんは、そんなことしない」と訴える彼女の気持ちが精霊の力により、私の意識へ直に押し寄せてくる。
分かっている、リシリちゃんを大切に想う彼がこの子を独り置き去りにするような真似をするはずがない。
「ゲイル君、この子を安全な場所に連れてって、お願い! 私はギルドにいかなきゃ」
「ギルドの奴らは君が想像してしているよりも危険だ」
そうかもしれないけど大丈夫。
「まさか、タンゾウさんを助けようと君一人で交渉するつもりか?」
心配してくれてありがとう、それでも見て見ぬふりはできない。
「君が背負う問題ではないはずだ。まずは村の皆を集めてどうするべきか話し合う必要がある」
「ゲイル君……どこの? 誰が助けにきてくれるの?」
その一言で彼の表情が固まってゆく。
私たちが怯えないよう、怖がらないよう、精一杯つくろった希望という名の虚飾はあまりにも脆く傷つきやすい。
本当はもうゲイル君だって気づいている。
村に数日だけしか滞在していない私だって分かっているんだ、当然だ。
ビーンズ一家に歯向かえる村人は既にいない、助けを求めても一人として応じてはくれない。
村の人たちは上面だけの平穏を装い自分たちすら騙し続けてきた。
この村の恐ろしいところだ。
何が起きても無関心で変化することを嫌っている。
今の今までずっとそうだった、彼らは必要以上にビーンズ一家を恐れている。
そうなるように枷をつけさせられて支配され続けてきたのだろう。
なのに今更恐怖を押し殺して立ち向かえだなんて酷な話ではないか。
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