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Chapter.2 シスコン、旅に出る。

2-1:シスコン、護衛を引き受ける。

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「これからの事を話そうと思う」

 金貨50枚をつぎ込んだ大宴会から、すでに三日ほどが経とうとしていた。
 身体に蓄積された酒気が完全に抜け、二日酔いも治り身体の調子が戻った俺は、【疾風の穴熊亭】の部屋の中で、七つの大罪たちとこれからの事を相談しようとしていた。

『これからの事ですか? マイマスター』
「ああ。俺たちはようやく、神聖ウルノキア皇国に神の手がかりを見つけた。この街を離れるのは寂しいが、俺は一刻も早く姉さんを見つけなければならない」
『……なるほど。それで、護衛依頼ってわけだ』
「そうなる」

 冒険者ギルドではCランク以上の冒険者にのみ、護衛依頼と呼ばれる依頼を受けることが出来る。
 依頼者が他の街や国に移動する間、依頼者をあらゆる外敵から守るのがこの依頼の内容だ。

 もちろん依頼なので依頼者から報酬が貰えるし、道中のご飯も向こうが用意してくれることがほとんどだ。
 稀にとんでもない依頼者もいるみたいだが、基本的にはしっかりした人が依頼者なことが多い。
 先日の事件でCランクへと上がった俺は、この護衛依頼を受けることが出来るようになったというわけだ。

「ギルドで神聖ウルノキア皇国の方面に向かう護衛依頼を受けて、その先の街のギルドで同じような依頼を受けて……そうやって移動していけば、時間はかかるが安全に神聖ウルノキア皇国まで辿りつけるだろう。お金も貯まるしな」
『それは、そうだけどさ』
『マスター。あの二人はどうするつもりなんですの?』
「っ、それは……」

 インウィディアの言うあの二人。先日の事件の被害者であり、神聖ウルノキア皇国から追われる立場となっているピオスとヒーリの事だ。
 彼らは、現在の俺たちの目的地である神聖ウルノキア皇国から逃げて来た身だ。そんな彼らを、俺の至上命題ワガママに付き合わせるわけにはいかないだろう。
 だから。

「……彼らとは、この街で別れようと思っている」
『なんで!? ヒーリちゃんといる時のマスター、とっても楽しそうだったよ!』
『そうですわ。まるで最愛の家族でも見ているような視線でしたもの』
『あれだけの熱視線、向こうが気付いていないとも思えないけどね』

 え? そうなのか? 自分ではそんなつもりはなかったのだが……常日頃から共にいる大罪たちが言うのなら、そうなのだろう。

「俺は、これ以上彼らを危険な目に合わせたくないんだ。俺たちの尽力で、クルーエルという最大の障害は無くなった。次の追っ手が来るまでは時間がかかるだろう。その間にもっと遠くに逃げてくれれば……」
『マスター。それは悪手だとわたくしは思いますわ』

 俺の言葉に対して間髪入れずにインウィディアが返してくる。

「悪手?」
『ええ。まず一つ目に、クルーエルがウルノキア教の最大戦力ではないかもしれないということ』

 その可能性については俺も考えていた。クルーエルは行き過ぎた信仰心と、身勝手な欲望を持っていた危険な男だ。
 さらに振るう力も強く、かなり高い熟練度の重力魔法と、ある特殊な能力を持っていた。

 最終的にアワリティアで殺したわけではないのだが、どうやら自爆魔法が発動した時点で死亡扱いとなっており、やつの能力も得ることが出来たことでその能力が判明した。

 やつが持っていた能力は【テイム】。モンスターや魔に連なる存在を仲間にできる能力らしい。どうやらこちらの知識に合わせてアップデートされたとアワリティアは言っていたが。

 元々は無理やりモンスターたちを支配する能力だったのが、俺の認識の違いで類似能力になった……とかなんとか。そこら辺のことは俺にもよく分からない。
 地球で、テイマーものの小説を読んでいたことが原因なのだろうか。まさかな。

『二つ目に。彼らは逃げて逃げ続けて……それで、最後はどこに行きますの?』
「それは、神聖ウルノキア皇国の手の届かないところに...…」
『それはどこですの? そしてそれは、本当にウルノキアの手が届かないところだと言えますの? 相手は仮にも実在する神様かも知れませんのよ?』
「うぐ……」

 インウィディアの正論に心が痛む。
 も、もう少し手加減してくれてもいいんじゃないだろうか?

『お優しいのは結構ですが、もう少し自分の欲望に忠実に……ええ、忠実ではありますが、もう少しお姉さん以外のものにも目を向けてみるべきだと思いますわ』
「姉さん、以外……?」
『確かに今この時も、連れ去られたお姉さんが何かをされているかもしれない。その心配と、お姉さんと一緒にいられて羨ましいという嫉妬は感じていますわ』
「ぐぐ……っ」

 あの、無意識に思っていることをバラされると、すごい辛いのだが。最近代償が大きくなってきたのか、無意識に感情を表に出している場合があるからな……気を引き締めていかないといけないか。
 インウィディアは、小さくため息をついて(多分)続ける。

『わたくしたちは、この世界のことを知らなさ過ぎなのですわ。まずは、知ることから始めてもいいと思いますの。あの二人と共に歩みながら』
「しかし……」
『……おい、インウィディアのやつがまともだぞ。どうなってんだ?』
『マスターの元に来てからは、インウィディアが一番真面目かもしれないね!』
『おいおいグラ。それは僕たちが、真面目じゃないって言ってるようなものじゃないかい?』
『意義を申し立てます』
『ああもう皆さま少し黙ってくださいますか!? こちらは真剣に話していますのよ!』

 と、やいのやいの騒いでいるとコンコンと部屋の扉がノックされる。同時にピタッと黙る大罪たち。いやまぁ、あれだけ騒いでいたのたらあんまり変わらない気はするけどな。

「どちら様だ?」
「ピオスです。ヒーリお嬢様もこちらに」
「分かった。入ってくれ」

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、執事服着こなす若い男と、艶やかな金髪に宝石のような碧眼、美しい肌を持った町娘の服を着た少女だった。彼女が着ると、どんな服でも輝いて見えるな。
 俺はピオスたちに椅子に座るように言って、ベッドの縁に腰をかけた。流石にお客様をベッドに座らせるわけにはいかないからな。

「それで、急にどうしたんだ?」
「ええ。まずは、私とお嬢様を助けてくださったことに、最大の感謝を。あなたのおかげで、私たちはまた街を失わずに済みました」
「ルトさん。本当に、ありがとうございます」

 そう言って頭を下げてくる二人。
 しかし、お礼の言葉はもう何度も聞いている。これ以上お礼を言われても困るだけなんだがな。
 俺は苦笑いを浮かべながら、二人に頭を上げるように言う。

「そして、ごめんなさい。私たちはまた、ルトさんに迷惑をかけてしまいます」
「それはどういう?」
「ルトさん。神聖ウルノキア皇国までの道中の、護衛依頼を受けてくれませんか?」

 ヒーリの告げた言葉。俺はそれに驚き、言葉を失った。
 彼らは、その神聖ウルノキア皇国の追っ手から逃げるために遥々このプラキア王国まで来たのだ。
 それがどうしてまた、逆走するような真似をするのか。

「何か理由が……あるのか?」
「今回の事件で、いえ、これまでのもそうですが……私は、私たちがこのまま逃げ続けることは不可能だと、判断しました。例え西の果てへ向かったとしても、ウルノキア教の追っ手は確実に襲ってくるだろう、と」

 耳に澄み渡り、心が浄化されそうになるほどの声。ずっと聞いていたくなるほどの心地よい音色だが、今は真面目な話の最中だ。

「そこまでは分かった。それで、どうして神聖ウルノキア皇国に?」
「終わらせようと思っています。この逃避行を」
「……つまり、ウルノキア教の……ヒーリたちを追っている奴らを倒して、ってことか?」
「はい。それと、奴らという言葉は正しくありません。私たちを殺したいと思ってる人物は、一人しかいませんから」
「それは?」

 俺が促すと、ヒーリは強い決意を滲ませた瞳で、俺の目を見る。

「神聖ウルノキア皇国のトップにして、ウルノキア教のトップ。アルメヒティヒ・オルドヌング……教皇アルです」
「アルメヒティヒ・オルドヌング……」

 そいつが、ウルノキア教のトップ。つまり、ウルノキア神に一番近しい存在ということか。
 その教皇アルならば、もしかしたら姉さんの行方を知っているかもしれない。これは是が非でも会って話をしないとな。

「そいつを、殺しに行くってことでいいのか? その道中の護衛を、俺に?」
「ええ。あなたたちに」
「……」

 そりゃ、バレてるよな。むしろ、バレてない方がおかしいか。

「別に私は、あなたの力を吹聴しようなどという気はありません。ですが、ビオスから聞いた通りなら、とても珍しい力をお持ちだとか。先ほど部屋の中で聞こえていた女性の声も、その力とやらに関係があるのでしょう?」

 ああ、これは全部バレてるな。
 ここでしらを切ることも出来るが……そうするメリットはない、か。
 俺はその場に立ち上がると、まだ目覚めていない怠惰アケディア色欲ルクスリア以外の全員を装着した。

「それが……」
「俺の大切な仲間たちです。ほら、もう喋ってもいいぞ」
『ほんと!? やったー! まずは私! 私はグラ! よろしくね!』
『私はアワリティアです。ヒーリさんとピオスさんですね。以後、よろしくお願いします』
『僕はスペルビア。ふん。仕方ないから、よろしくしてやってもいいよ』
『本当にあなたは素直ではありませんわね……わたくしはインウィディアですわ』
『んで、このアタシがイラだ! 血湧き肉躍る戦いが好きだ!』
「あ、えっと、籠手がグラさん、剣がアワリティアさんで……鎧がスペルビアさん、翼がインウィディアさん。右足のグリーブがイラさんですね。よろしくお願いします」

 大罪たちにも丁寧に頭を下げてくれるヒーリ。きちんと個人として扱ってくれるんだな。そのことに、少しばかり嬉しくなってしまった。
 俺は全員を紋章に戻し、再びベッドの縁に腰をかける。

「とりあえず、依頼の件なら冒険者ギルドに話を通してくれれば受ける。どっちみち、神聖ウルノキア皇国には向かおうと思っていたところだからな」
「……! ありがとうございます!」
「だが、俺はそちらの事情を何も知らない。少しでもいいから、話してもらえると助かるんだが」
「それは……」
「お嬢様。そこから先は私が」

 何かを言い淀むようにしたヒーリを遮って、ピオスが俺の正面に座る。

「ルトさまには、お嬢様がウルノキア教から追われる理由を話していませんでしたが……性格には、話せないのです。何も」
「何も? どういうことだ?」
「ええ。端的に申し上げますと、お嬢様には記憶がありません」
「記憶が……ない?」
「端的に言えば、ですが。失っているのは、ある特定の時期の記憶だけなのです」

 俺は思わずヒーリの顔を見る。その表情は、どこか申し訳なさそうにしているように見えた。

「教皇に追われるようになってしまうほどの何かを見てしまったお嬢様は、そのショックが原因でその時の記憶がありません。ですので、話したくても話せないというのが、正解でしょうか」
「記憶を失っているって言うのは、教皇は知らないのか?」
「もちろん知っているでしょう」
「なら何で、未だに追っ手を放ってくるんだ?」
「思い出してしまう可能性があるからでしょう。今は記憶を失っていますが、その記憶がいつ戻るか分からない。もし自分の手の届かないところでその記憶が戻ってしまえば……」
「なるほど。そういうことか」

 だからこそ、執拗にヒーリを追っているわけか。それほどの秘密を、ヒーリは知ってしまったと。
 本当は交渉材料にその秘密とやらも知っておきたいところだが……こればかりは、仕方がないか。

「私たちにも準備がありますので、ここら辺で。出発は四日後の早朝、集合場所は中央広場としましょうか。ギルドの方に指名依頼を出しておくので、後ほど確認してください」
「ああ、分かった」
「では行きましょう、お嬢様」
「……ええ」

 ピオスに連れられるようにして、少しだけ暗い顔をしたヒーリが部屋を出ていく。
 二人がいなくなったのを確認した後、俺はベッドに寝転がった。

「姉さん……」

 ヒーリを見ていると、どうしても姉さんの顔がチラつく。そんなヒーリの暗い顔は、あまり見たくないな。
 だが、やるべきことは決まった。
 ヒーリたちの依頼を受け、神聖ウルノキア皇国に向かう。

 そして、教皇アルメヒティヒ・オルドヌングを捕まえる。ヒーリたちは殺したがっているが、俺としては最優先で情報を抜かないといけない。
 待っててくれ、姉さん。必ず、俺が助けに行くから。
 そう改めて誓った俺は、ぐぐぅと鳴ったお腹の虫を落ち着かせるために、リカルドのご飯を食べに行くのだった。
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