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Chapter.1 シスコン、異世界へ。

1-4:シスコン、街に行く。

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『全く。マスターを狙うなんて馬鹿な連中だね』
『マイマスター、お怪我はありませんか?』
「大丈夫。グラとスペルビアのおかげでピンピンしてるよ」

 森で水と食料を確保した後、俺は街道を探して森をさまよい歩いていた。
 そしてその道中、スペルビアを脱いでいた俺をカモだと思ったのか、コワモテなお兄さんばかりの山賊団が現れたのだ。
 そして今は、その山賊団の金と情報と命を奪い、一息ついているところだった。
 金は、彼らが所持していた分と、彼らのアジトに残っていた分。

 情報は、アワリティアが殺した相手の記憶も奪えるとのことで、この世界の常識的な情報から、アジトの場所などを優先的に吸い上げてもらった。今すぐ行くようなことはしないが、後で余裕があったら向かうとしよう。幸いにも、連れ去られた人はいないみたいだからな。
 命はまぁ……仕方の無いことだ。そもそも山賊なんて行為がいけないことなのだから、彼らが俺を恨むのはお門違いというものだろう。

 まぁ、彼らが俺を襲ってくれたおかげでこの世界の貨幣制度やレートなども分かったのだから、山賊さまさまと言うべきだろうか。
 身なりのいい少年が、高価そうな剣と籠手だけを持って森を歩いている……ここだけ聞けば、確かにカモになるかもしれない。実際は、巨大なモンスターの命すら狩り取れるわけなのだが。

「じゃあ休憩も終わったし、死体を片付けてさっさと街道に向かおうか」
『おっけー!』

 グラに山賊の死体を収納してもらおうか悩んだが、収納したところで使い道が無さそうだ。
 街の衛兵などに渡せる可能性はあるが、グラの権能だと時間経過が起こらないからな。死にたてほやほやの山賊の死体をいくつも取り出す見慣れない身なりの男……うーん、怪しい。
 この世界にアンデッドの概念があるか分からないけど、死体をこのまま放置するというのも気分的によろしくない。
 なので、グラの権能で土を収納し穴を掘り、そこに山賊たちを投入。上からその土を被せることで擬似的な土葬にした。

「こんなものでいいだろう。じゃ、出発だ」
『あいあいさー!』

 手早く山賊の死体を片付けた俺たちは、山賊たちからいただいた情報に従って森を抜けていく。
 二時間ほどかけて慣れない森を歩き、足がそろそろ棒になりそうだと思いかけた時、念願の街道へとたどり着いた。

「……もう二度と、森の中は歩きたくないな」
『しかしマイマスター。山賊のアジトに向かうなら、再び森の中に入らねばなりません』
『お金は欲しい。しかし、そのために辛い森歩きをするのもね。僕らはマスターの選択について行くだけだけど』
「はは……まぁ、俺の体力が足りないってだけだ。こつこつとでも、身体を鍛えていかないとな」

 乾いた笑いを浮かべ、よっこらせと森を抜け出す。
 一日風呂に入ってないから臭いが心配だし、何より好き放題伸びた枝葉で服が破れて、結構ボロボロの格好だ。
 ああ、早く宿に行って風呂を浴びたい。

『……あるといいね、お風呂』
「えっ」

 スペルビアからボソッと言われたその一言に、俺は思わず聞き返していた。
 ……お風呂が、ない? HAHAHA、そんなまさか。
 ほら、ネット小説とかのファンタジー作品だと、大体お風呂とかあるじゃないか。仮に宿にはなくても、公衆浴場とか、身体を清める場所はあるだろう。
 ……あるよね?

『私たちはこの世界について何も知らないので、街にお風呂があるかも分からないのです!』
『希望的観測は捨てた方がいいかもしれません、マイマスター』
『僕らはマスターがどれだけ不潔になっても嫌わないからさ。綺麗であって欲しいとは思うけど』
「ま、まぁ、何とかするさ。さすがに日本人としては、シャワーくらい浴びないとベタベタして気持ち悪いからな」

 前途多難だなと思いながら、俺は山賊たちからいただいた情報を確認する。えっと、街道に出たら、右手側が交易都市、左手側が村か。
 ここは右手側の交易都市に行くべきか。言葉の問題は、山賊で検証済みだからな。
 どうやらこの世界の言語は都合のいいことに、日本語と同じような感じらしい。普通に言葉も通じたし、文字も読めたからな。これも、神様の粋な計らいってものだろうか。

 そして、そこからまた二時間ほどかけてようやく、異世界初めての街にたどり着いた。
 ……本格的に、何か馬のような足を調達した方がいいかもしれない。さすがに疲れた。

「おぉ……」

 通行料として衛兵に10ゴル銅貨(日本円換算で大体1000円くらい。入場料だと思えば安いか?)を渡し、交易都市の門をくぐり抜けた俺に待っていたのは、異国情緒溢れる――そもそも世界が違うのだが――街並みだった。
 よくファンタジー世界の街並みは中世ヨーロッパ風だと言われているが、まさにその通りなのだろう。
 中世ヨーロッパという語感だけで街を作ったらこんな風になるのではないだろうか……などと思ってしまう俺は、ひねくれているのだろうか。

 ともかく、景色が素晴らしいことは確かだ。背の高い建物がほとんどなく、あっても三階建てくらいの大きさだろう。日本の都会では見ることの出来ない街並みに、俺は感動していた。
 ちなみに、アワリティアたちには街中や、誰かがいる前では喋らないように言ってある。この感動を彼女たちと共有出来ないのは悲しいが、これも悪目立ちしないためだ。

 そろそろ日も落ちてくる。先に宿だけでも確保しておきたいところだが。
 そう思い、お上りさんに思われない程度に周囲を見回す。どうやら店には看板のようなものが軒先にぶら下げてあり、そこに名前と、どんな店かが分かる絵を描いているようだ。
 しかし、どの店の評判がいいだの悪いだのは分からないからな……宿を見つけ次第、店主に聞くのがいいだろうか。

 そして十五分ほど慣れない街を歩き回り、一つの宿にたどり着いた。
 ベッドとステーキ肉が描かれた看板には、【疾風の穴熊亭】と書かれている。まぁ、店名は深く考えないようにしよう。もしかしたらこちらの世界の穴熊は、疾風の如く走れるのかもしれないのだから。

 カランカランと、喫茶店で聞くようなベルが鳴る。扉を開けた俺を出迎えてくれたのは、見上げるほどに大きなムッキムキの巨漢だった。

「おうらっしゃい。飯か? 泊まりか?」
「あー、えっと……泊まりで」

 そのガタイに見合うドスの効いた声。地球なら間違いなくカタギには見られないだろう迫力がある。
 俺はその迫力に押されながらも、泊まりの意思があることを告げた。

「飯はいるか? うちは夜と朝の二食だ。昼は夜の仕込みやらなんやらがあるから出せねぇが、どうする」
「付ける時と付けない時の値段の差は?」
「飯無し……素泊まりなら、一泊2ゴル銀貨。飯有りなら一泊3ゴル銀貨だ」

 店主(多分)の提示した金額を頭の中で計算する。
 えっと、この世界には1ゴル銅貨、銀貨、金貨があって、1ゴル銅貨が日本円換算で大体100円。1ゴル銀貨は100ゴル銅貨と同じ価値だから、日本円換算で大体1万円だったかな。
 つまり、素泊まりで2万円、飯有りで3万円ってところか。日本にいた頃なら高いなと思っただろうが、ここは異世界だ。金額換算出来るとはいえ、お金の価値まで同じだと思わない方がいいだろう。

「あ、そうそう言い忘れてたぜ。うちにはお湯の出るシャワーがあるからな。その分の値段もあって高ぇんだ」
「シャワーがあるのか!?」
「お、おう。うちは清潔さが売りの宿だからな」

 今姉さんに次いで最も欲しかったものの名前を聞かされて、気が動転していたようだ。思わず掴みかかってしまったのを謝り、飯有りの3ゴル銀貨をグラから取り出し、店主に手渡す。
 どうせ山賊から奪った金だし、それにまだお金には余裕がある。アジトも漁ればしばらくの生活費にはなるだろう。
 姉さんや神の行方も探さなきゃいけないが、まずは自分が飢えないことの方を優先しないとな。
 俺から金を受け取った店主は、板に乗せられたあまり質の良くなさそうな紙を取り出した。宿帳だろう。

「おう。確かに受け取ったぜ。それで、お前さんの名前は?」
「名前か、俺は……」

 そこで俺は、この世界でどんな名前で生きていくかを考える。星河ほしかわルト……は、この世界に合ってないな。それに苗字があるというのは、ファンタジー世界では貴族や王族、大商人などと、相場が決まっている。
 ここは、無難に名前だけでいいだろう。そもそもルト自体、異世界にありそうな名前だしな。
 少しの逡巡の後、俺は自分の名前を告げる。

「ルトだ」
「ルトだな。よし、お前さんの部屋は二階の突き当たりの205号室だ。飯はそこの食堂になっている所で食べられる。時間は、宵の鐘が鳴ってから、三回目の鐘が鳴るまでだ。それより前にも出せないし、それより後にも出せないから注意してくれ。シャワーは一階の突き当たりに共同シャワー室があるから、そこで使ってくれ。これが鍵だ」

 どうやらこの街……というより、この世界では時間を鐘を鳴らすことで知らせているらしい。
 宵の鐘と呼ばれる鐘が鳴り始めるのが、大体夕方六時くらい。宵の鐘はそこから一時間おきに鐘が鳴らされるので、三回目の宵の鐘は八時ということになる。五回目の宵の鐘が鳴らされたら、一日は終わりだそうだ。
 ちなみに暁の鐘が鳴るのが朝五時で、一時間おきの三回鳴らされる。昼には鐘は鳴らないのだとか

「ありがとう。ちなみに、石鹸とかはあるか?」
「お貴族様が使うようなお高い石鹸はないが、安物でよければあるぞ。新しいものの方がいいなら、シャワー室に入る前に言ってくれ。一つ50ゴル銅貨だ」

 やった。石鹸もあるのか。この際だ、石鹸の質に関しては気にしなくてもいいだろう。暖かいお湯で、石鹸を使って洗えるというのが大事だ。
 俺は店主に50ゴル銅貨を手渡す。

「それでいい。じゃあ早速シャワーを浴びさせてもらうよ。シャワーを浴びてる時は、鍵を預けた方がいいか?」
「それに関しては大丈夫だ。脱衣所にダイヤル錠のついたロッカーがあるからな。そこに服と鍵を入れてくれ。タオルは綺麗なものを置いてある。ほれ、石鹸だ」

 俺は店主から石鹸を受け取り、シャワー室に向かおうとして……店主に向き直る。

「ん、どうしたルト。何か忘れ物か?」
「ああ、忘れ物だ。店主、あなたの名前を聞いていなかったよ」
「俺の名前ぇ? そんなの気にするやつなんていなかったんだがなぁ」
「悪いな。俺が気になるんだ。それで、教えてくれるか?」
「まぁ、名前くらい減るもんでもねぇしいいけどよ。俺は、リカルド。しがない宿屋の店主だ」
「改めて、俺はルト。大切なものを探して旅をしている。しばらくの間、よろしく頼む」
「おう、よろしく」

 俺はリカルドに向けて手を差し出す。リカルドはそれに面食らったような表情を浮かべるものの、直ぐに獰猛な肉食獣のような笑顔に戻り、俺の手を取った。
 ……素敵な笑顔だと思うが、ちょっと怖いな。
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