31 / 40
Chapter.2:黄昏の戦乙女と第一回イベント
26話:第一回イベント⑥
しおりを挟む
「相手は人型で目標は小さい! 遠距離攻撃持ちはタンクの後ろでアンドラス狙ってくれ! 中衛はアンドラスの動きを制限しつつ、攻撃できそうなら攻撃! 指示に従えないってやつは、もう好きに行動しろ! だが勝ちたいなら、周囲と息を合わせるくらいはしてほしい!」
兄さんの指示に、プレイヤーたちが動き出す。南門のプレイヤーたちも、文句一つ言わずに兄さんの指示に従い始めた。
『ふぅ。何とかあいつを地面に落とすことができたぜ』
『ん。ただいま』
『おかえり、二人とも』
このタイミングで、レンとアイちゃんの二人が帰ってきた。
二人ともそれなりに消耗はしているようで、十全に力を発揮するためには今しばらくの休息が必要そうだ。
アンドラスを地面に叩き落とすという大役を務めた二人には休んでほしいところだけど、本気になったアンドラスを相手に遊ばせておく戦力はない。二人には無理を言って戦闘に参加してもらう。
タンクが後衛アタッカーへの攻撃を受け持ち、後衛アタッカーは安全な位置から魔法や矢をぶっ放す。
近接アタッカーである中衛はヒットアンドアウェイでアンドラスの注意を引いたり、隙があれば攻撃を叩き込む。
私やレンのような既にENやMPを使い過ぎてるプレイヤーは、適度に休みつつ攻撃を加える。
アンドラスのHPはじわじわと削れており、こちら側に被害を出すことなく、そのHPバーを二本分削り切ることに成功した。
その間アンドラスは魔法で反撃を試みるものの、その発生をプレイヤーに潰されたり、後衛アタッカーを狙った魔法がタンクの持つ盾に吸い込まれるなど、効果的な攻撃ができないでいた。
だからだろうか。弛緩した雰囲気というか、「あれ? これ思ったより楽勝じゃね?」という雰囲気が漂った。東門から増援が来たことも、それに拍車をかけていたかもしれない。
ボス相手に油断するとは何事だって話だけど、私たちにそれを止める手立てはなかった。
そしてそれは、最後のHPバーが半分を切った時に起こってしまった。
攻撃を受け続けたアンドラスがグラりと揺れ、地面に膝をついた。その様子に歓喜の声を上げるプレイヤーたち。
私はその時、偶然にもマギアライフルのレティクルをアンドラスに向けていた。そのレティクルの向こうで、口元に笑みを浮かべる。
その笑みを見た瞬間、《直感》スキルが、一瞬にして視界を真っ赤に染めた。
どこを見ても逃げ場がない。それでも、何とかしないと。私以外にも《直感》スキルを持っていたプレイヤーたちが、一斉に顔色を変えるのが見える。
しかしアンドラスは、そんな私たちに向けてもう遅いと言うように凄絶な笑みを浮かべた。
「アハッ!」
アンドラスの笑い声が漏れた瞬間、アンドラスの全身をいくつもの魔法陣が覆っていく。アンドラスを覆った無数の魔法陣が光り輝き、そこから大量の闇の弾丸が放たれた。
【ダークバレット】。《闇魔法》スキルで覚えることのできる、初歩的な魔法。その魔法が何千何万と、魔法陣から周囲に放たれていく。あれだけの数、いくら魔法耐性をも持っていても耐え切れるわけが――
不意に、誰かに肩を引かれて地面に倒れ込む。
見れば目の前には、大剣を構えたレンと両手を広げたアイちゃんがいた。
なんで――
そう思う間もなく、視界の全てが闇に覆われていく。
周囲にはプレイヤーたちの悲鳴が響き渡る。まともに【ダークバレット】の嵐をくらったプレイヤーたちは、その身を粒子へと変えていく。
それは私を守ってくれた二人も例外ではなく、二人は私に向けて親指を立てて粒子と化していった。
分かってる。二人はHPを全損して、死に戻っただけ。少しの時間を置いて、複製された始まりの街で目覚めるはず。
それでも、私の目の前で仲間が倒されるという光景は、思った以上の衝撃を私に与えていた。
分かってる。三人まとめて倒されるよりも、二人で一人を守った方が得策だって。
そうだ。二人は私を生かしてくれた。なら、私のやるべきことは……。
フラフラと立ち上がった私を見て、アンドラスはヒュー、と口笛を吹いた。
「へぇ。よく生き残れたな。どうした? 仲間でも盾にしたか?」
『……似たようなもの、かな』
「なるほどな。まぁ、この俺の奥義をくらって、立ってるだけでもすげぇよ。見ろよ、お前以外は誰一人として――」
「――誰一人として、どうした」
「!?」
アンドラスが声のした方を向く。私も釣られてそちらの方を見ると、そこには見知った顔のプレイヤーがいた。
両手に持った大盾は、その耐久値の全てを使い切り、光の粒子に変わっていく。しかしその大盾に守られていたその人物だけは、無傷ではないにしても無事だった。
『兄さん!』
「ああ。ミオンちゃんも無事で何よりだ」
アンドラスの魔法飽和攻撃をくらい、残ったのは私の兄さんの二人だけ。しかも、お互いにHPもかなり持っていかれている。
しかし、相手のHPも残り少ない。六分の一のHPを削り切れれば、私たちの勝利だ。まだ、戦いは終わっていない。
「アハハッ、アハハハハ!」
しかしアンドラスは、残ったのが私たち二人と見ると、腹を抱えて笑い始めた。
「まさかとは思うがよ、てめぇら二人でこの大悪魔アンドラスを倒そうって言うのか?」
「まさかもまさか、そのまさかだ」
「アハハッ! 本当に笑わせてくれるぜ。切り札は切らされちまったが、虫の息のてめぇら二人を倒すことなんざ、容易すぎてあくびが出るぜ!」
『それなら、私たちの勝ちだね』
「……なんだ? 話聞いてなかったのかよ。てめぇら二人だけじゃ俺には勝てないって――」
「いいや、勝てるさ。そうだろ? ミオンちゃん」
『うん』
確かに、私はアンドラスの言う通りに虫の息、満身創痍だ。
HPだって二桁を切ってるし、全身の装甲はひび割れてボロボロ、左手に至ってはだらんと垂れ下がっていて、ものを掴むことすらできそうにない。
兄さんだって、装備していた鎧はボロボロだし、HPもとっくに危険域だろう。ポーションで回復したくても、アンドラスがその隙を見逃すわけもない。
絶体絶命のピンチ。この状況を端的に表すなら、そんな言葉がぴったりだ。
それでも――!
『一発逆転の切り札は、最後の最後まで取って置いた方が勝つってね!』
私は無事な右手で左肩のジョイントに接続されているマギアソードの柄を握りしめ、抜き放つ。
小さめの両刃斧のような形状のそれを、私は上段に構えた。
「ミオンちゃん!」
『兄さん!』
私は兄さんと視線を交わし、地面を蹴り出すのと同時にスラスターを噴かせ加速する。
その勢いは離れているはずのアンドラスとの距離を急激に縮めさせ、一瞬で近くに寄ってきた私を見たアンドラスは、驚愕の表情を浮かべた。
「まだそんな力を――」
「俺がここにいることも忘れるなよ!」
「っ!」
アンドラスの視線が私を捉え、自身から外れた瞬間、兄さんは両手に持っていた大槍の石突きと大剣の柄頭を繋ぎ合わせる。
両剣を思わせるその巨大な武器を、兄さんは切っ先の大剣をアンドラスへ向けながら突撃した。
両手剣に大槍。どちらも両手武器であり、本来片手では扱えない武器を合体させた、現状ではユージン兄さん以外には使えないであろう専用武装。
それにあえて名を付けるとするならば――
「大剣槍、こいつが俺の切り札だ!」
「ちぃっ! 大道芸人でももうちっとマシな武器を使うぞ!」
『おや? 正面ばっかり見てる暇はあるのかなっ!』
「くっ、この……!」
アンドラスの正面からは大剣槍を持った兄さんが突撃し、背後からはマギアソードを構えた私が接近する。
忙しなく前後に視線を動かしたアンドラスは、ニヤリと笑うと両手にそれぞれ闇の剣を作り出して、私たちの攻撃を受け止めた。
「こいつ……!」
「ハハハ! てめぇらの攻撃なんざ、俺にはもう届かねぇってことだよ!」
『それはどうかな!』
「なにっ……!」
私はマギアソードに限界以上のENを流し込んだ。《魔力収束》の説明文にもあったけど、そんなことをしたらマギアソードは確実に壊れてしまう。それでもここは、絶対に押し込まなきゃいけない盤面だ!
「ぐっ、これは……!」
『マギアソードにありったけのENを注ぎ込む! 《魔力収束》最大出力解放! いっけぇ!』
「ぐぅぅぅぅぅぅ!」
限界以上の輝きを宿したマギアソードが、アンドラスの胴体を両断。物理的に切れたわけじゃないけど、両手に生み出した闇の剣は消え去り、体勢も崩れた。
……まぁ、私のマギアソードも木っ端微塵にぶっ壊れたけどね! イベントが終わったら修理しないと。
そこにいるのは反撃もままならぬボスと、それを討伐せんとする一人のプレイヤーだけだ。
『兄さん!』
「任せろ! この連撃、耐えられるものなら耐えてみせろ!」
「がぁっ……!」
兄さんの握る大剣槍が輝く。これは、アーツの輝き。
目にも止まらぬ速さでアンドラスに一突き加えた兄さんは、全身を躍動させてアンドラスを切り刻んでいく。
「がっ! ごっ! ぐっ!」
様々な角度からの突きに、切り上げ、振り下ろし。大剣槍が振るわれる度に、目に見える範囲でアンドラスのHPバーが削れていく。
その一連の動きが終わったあと、流れるような動きで切っ先を大剣のそれから槍のそれに入れ替えた。そして発動する新たなアーツ。
「ぐぎっ!」
目にも止まらぬ連続突きが、呻き声をあげるだけのアンドラスを穿ち、貫いていく。
その動きが止まったかと思うと、瞬時に持ち手を入れ替え、再び大剣側による攻撃が行われる。
「ぐぁっ!」
《両手剣》スキルのアーツの使用後に《大槍》スキルのアーツを重ね、《大槍》スキルのアーツの使用後に《両手剣》スキルのアーツを重ねる。
本来であれば不可能なはずのそれを、兄さんは両方の武器の特性を持った大剣槍で実現させた。
アーツの消費コストを払える限り攻撃を加えることが可能なアーツコンボ。それにより、一人では到底出せないような火力でアンドラスのHPを削り取っていく。
「こいつでぇっ!」
「――舐めるなゴミが!」
兄さんによる渾身の最後の一撃を、アンドラスはその歯で受け止めた。
それが人間の歯であれば、すぐにでも折れて口内を槍で貫かれていることだろう。
しかしそれは大悪魔の歯であり、兄さんの一撃を受け止めるには十分な硬度を持っていた。
アンドラスは致命の一撃を受けきれたことに、ニヤリと笑いを浮かべる。そのまま目の前の兄さんを殺そうと、空いている両手で闇の剣を作り出した。
しかし、対する兄さんもアンドラスに向けて笑みを浮かべていた。
その笑みの意味を理解した瞬間、私は自動回復したENを全て消費して、一本のマギアサーベルを抜き放ち、全力で投擲のフォームを取った。
「へへぇ、はひを――」
「なに。俺には頼れる最愛の妹がいたと思ってな!」
「――!」
『うぉぉぉぉぉっ!』
全身全霊で投げられたマギアサーベルが、アンドラスの背中を貫通する。その光の一撃は致命のものとなり、アンドラスのHPバーが全て削り切られる。
「がっ……まさか……この、俺が……ゴミ共と、スクラップ……なんぞに……?」
光を失い虚ろな瞳を空へと向けたアンドラスは、他のモンスターと同じように光の粒子へと変わり、消滅していった。
そして、私たちの勝利を告げるアナウンスが聞こえてくる。
〈イベント特殊レイドボス【大悪魔アンドラス】を討伐しました〉
〈《魔機人》スキルのレベルが上がりました〉
〈《武装》スキルのレベルが上がりました〉
〈《自動修復》スキルのレベルが上がりました〉
〈《自動供給》スキルのレベルが上がりました〉
〈《片手剣》スキルのレベルが上がりました〉
〈《直感》スキルのレベルが上がりました〉
〈《敏捷強化》スキルのレベルが上がりました〉
〈アイテム、アンドラスの魂結晶を手に入れました〉
〈特殊レイドボスの一体が倒されました。これにより、該当プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈特殊レイドボスの一体が倒されました。これにより、該当プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈特殊レイドボスが全て倒されました。これにより、全プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈イベント終了前に全ての脅威が排除されました。これにより、全プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈イベントが終了します。十分後、イベントに参加した全プレイヤーが通常フィールドに戻ります〉
――こうして、FFOの第一回イベントは終わりを迎えた。
兄さんの指示に、プレイヤーたちが動き出す。南門のプレイヤーたちも、文句一つ言わずに兄さんの指示に従い始めた。
『ふぅ。何とかあいつを地面に落とすことができたぜ』
『ん。ただいま』
『おかえり、二人とも』
このタイミングで、レンとアイちゃんの二人が帰ってきた。
二人ともそれなりに消耗はしているようで、十全に力を発揮するためには今しばらくの休息が必要そうだ。
アンドラスを地面に叩き落とすという大役を務めた二人には休んでほしいところだけど、本気になったアンドラスを相手に遊ばせておく戦力はない。二人には無理を言って戦闘に参加してもらう。
タンクが後衛アタッカーへの攻撃を受け持ち、後衛アタッカーは安全な位置から魔法や矢をぶっ放す。
近接アタッカーである中衛はヒットアンドアウェイでアンドラスの注意を引いたり、隙があれば攻撃を叩き込む。
私やレンのような既にENやMPを使い過ぎてるプレイヤーは、適度に休みつつ攻撃を加える。
アンドラスのHPはじわじわと削れており、こちら側に被害を出すことなく、そのHPバーを二本分削り切ることに成功した。
その間アンドラスは魔法で反撃を試みるものの、その発生をプレイヤーに潰されたり、後衛アタッカーを狙った魔法がタンクの持つ盾に吸い込まれるなど、効果的な攻撃ができないでいた。
だからだろうか。弛緩した雰囲気というか、「あれ? これ思ったより楽勝じゃね?」という雰囲気が漂った。東門から増援が来たことも、それに拍車をかけていたかもしれない。
ボス相手に油断するとは何事だって話だけど、私たちにそれを止める手立てはなかった。
そしてそれは、最後のHPバーが半分を切った時に起こってしまった。
攻撃を受け続けたアンドラスがグラりと揺れ、地面に膝をついた。その様子に歓喜の声を上げるプレイヤーたち。
私はその時、偶然にもマギアライフルのレティクルをアンドラスに向けていた。そのレティクルの向こうで、口元に笑みを浮かべる。
その笑みを見た瞬間、《直感》スキルが、一瞬にして視界を真っ赤に染めた。
どこを見ても逃げ場がない。それでも、何とかしないと。私以外にも《直感》スキルを持っていたプレイヤーたちが、一斉に顔色を変えるのが見える。
しかしアンドラスは、そんな私たちに向けてもう遅いと言うように凄絶な笑みを浮かべた。
「アハッ!」
アンドラスの笑い声が漏れた瞬間、アンドラスの全身をいくつもの魔法陣が覆っていく。アンドラスを覆った無数の魔法陣が光り輝き、そこから大量の闇の弾丸が放たれた。
【ダークバレット】。《闇魔法》スキルで覚えることのできる、初歩的な魔法。その魔法が何千何万と、魔法陣から周囲に放たれていく。あれだけの数、いくら魔法耐性をも持っていても耐え切れるわけが――
不意に、誰かに肩を引かれて地面に倒れ込む。
見れば目の前には、大剣を構えたレンと両手を広げたアイちゃんがいた。
なんで――
そう思う間もなく、視界の全てが闇に覆われていく。
周囲にはプレイヤーたちの悲鳴が響き渡る。まともに【ダークバレット】の嵐をくらったプレイヤーたちは、その身を粒子へと変えていく。
それは私を守ってくれた二人も例外ではなく、二人は私に向けて親指を立てて粒子と化していった。
分かってる。二人はHPを全損して、死に戻っただけ。少しの時間を置いて、複製された始まりの街で目覚めるはず。
それでも、私の目の前で仲間が倒されるという光景は、思った以上の衝撃を私に与えていた。
分かってる。三人まとめて倒されるよりも、二人で一人を守った方が得策だって。
そうだ。二人は私を生かしてくれた。なら、私のやるべきことは……。
フラフラと立ち上がった私を見て、アンドラスはヒュー、と口笛を吹いた。
「へぇ。よく生き残れたな。どうした? 仲間でも盾にしたか?」
『……似たようなもの、かな』
「なるほどな。まぁ、この俺の奥義をくらって、立ってるだけでもすげぇよ。見ろよ、お前以外は誰一人として――」
「――誰一人として、どうした」
「!?」
アンドラスが声のした方を向く。私も釣られてそちらの方を見ると、そこには見知った顔のプレイヤーがいた。
両手に持った大盾は、その耐久値の全てを使い切り、光の粒子に変わっていく。しかしその大盾に守られていたその人物だけは、無傷ではないにしても無事だった。
『兄さん!』
「ああ。ミオンちゃんも無事で何よりだ」
アンドラスの魔法飽和攻撃をくらい、残ったのは私の兄さんの二人だけ。しかも、お互いにHPもかなり持っていかれている。
しかし、相手のHPも残り少ない。六分の一のHPを削り切れれば、私たちの勝利だ。まだ、戦いは終わっていない。
「アハハッ、アハハハハ!」
しかしアンドラスは、残ったのが私たち二人と見ると、腹を抱えて笑い始めた。
「まさかとは思うがよ、てめぇら二人でこの大悪魔アンドラスを倒そうって言うのか?」
「まさかもまさか、そのまさかだ」
「アハハッ! 本当に笑わせてくれるぜ。切り札は切らされちまったが、虫の息のてめぇら二人を倒すことなんざ、容易すぎてあくびが出るぜ!」
『それなら、私たちの勝ちだね』
「……なんだ? 話聞いてなかったのかよ。てめぇら二人だけじゃ俺には勝てないって――」
「いいや、勝てるさ。そうだろ? ミオンちゃん」
『うん』
確かに、私はアンドラスの言う通りに虫の息、満身創痍だ。
HPだって二桁を切ってるし、全身の装甲はひび割れてボロボロ、左手に至ってはだらんと垂れ下がっていて、ものを掴むことすらできそうにない。
兄さんだって、装備していた鎧はボロボロだし、HPもとっくに危険域だろう。ポーションで回復したくても、アンドラスがその隙を見逃すわけもない。
絶体絶命のピンチ。この状況を端的に表すなら、そんな言葉がぴったりだ。
それでも――!
『一発逆転の切り札は、最後の最後まで取って置いた方が勝つってね!』
私は無事な右手で左肩のジョイントに接続されているマギアソードの柄を握りしめ、抜き放つ。
小さめの両刃斧のような形状のそれを、私は上段に構えた。
「ミオンちゃん!」
『兄さん!』
私は兄さんと視線を交わし、地面を蹴り出すのと同時にスラスターを噴かせ加速する。
その勢いは離れているはずのアンドラスとの距離を急激に縮めさせ、一瞬で近くに寄ってきた私を見たアンドラスは、驚愕の表情を浮かべた。
「まだそんな力を――」
「俺がここにいることも忘れるなよ!」
「っ!」
アンドラスの視線が私を捉え、自身から外れた瞬間、兄さんは両手に持っていた大槍の石突きと大剣の柄頭を繋ぎ合わせる。
両剣を思わせるその巨大な武器を、兄さんは切っ先の大剣をアンドラスへ向けながら突撃した。
両手剣に大槍。どちらも両手武器であり、本来片手では扱えない武器を合体させた、現状ではユージン兄さん以外には使えないであろう専用武装。
それにあえて名を付けるとするならば――
「大剣槍、こいつが俺の切り札だ!」
「ちぃっ! 大道芸人でももうちっとマシな武器を使うぞ!」
『おや? 正面ばっかり見てる暇はあるのかなっ!』
「くっ、この……!」
アンドラスの正面からは大剣槍を持った兄さんが突撃し、背後からはマギアソードを構えた私が接近する。
忙しなく前後に視線を動かしたアンドラスは、ニヤリと笑うと両手にそれぞれ闇の剣を作り出して、私たちの攻撃を受け止めた。
「こいつ……!」
「ハハハ! てめぇらの攻撃なんざ、俺にはもう届かねぇってことだよ!」
『それはどうかな!』
「なにっ……!」
私はマギアソードに限界以上のENを流し込んだ。《魔力収束》の説明文にもあったけど、そんなことをしたらマギアソードは確実に壊れてしまう。それでもここは、絶対に押し込まなきゃいけない盤面だ!
「ぐっ、これは……!」
『マギアソードにありったけのENを注ぎ込む! 《魔力収束》最大出力解放! いっけぇ!』
「ぐぅぅぅぅぅぅ!」
限界以上の輝きを宿したマギアソードが、アンドラスの胴体を両断。物理的に切れたわけじゃないけど、両手に生み出した闇の剣は消え去り、体勢も崩れた。
……まぁ、私のマギアソードも木っ端微塵にぶっ壊れたけどね! イベントが終わったら修理しないと。
そこにいるのは反撃もままならぬボスと、それを討伐せんとする一人のプレイヤーだけだ。
『兄さん!』
「任せろ! この連撃、耐えられるものなら耐えてみせろ!」
「がぁっ……!」
兄さんの握る大剣槍が輝く。これは、アーツの輝き。
目にも止まらぬ速さでアンドラスに一突き加えた兄さんは、全身を躍動させてアンドラスを切り刻んでいく。
「がっ! ごっ! ぐっ!」
様々な角度からの突きに、切り上げ、振り下ろし。大剣槍が振るわれる度に、目に見える範囲でアンドラスのHPバーが削れていく。
その一連の動きが終わったあと、流れるような動きで切っ先を大剣のそれから槍のそれに入れ替えた。そして発動する新たなアーツ。
「ぐぎっ!」
目にも止まらぬ連続突きが、呻き声をあげるだけのアンドラスを穿ち、貫いていく。
その動きが止まったかと思うと、瞬時に持ち手を入れ替え、再び大剣側による攻撃が行われる。
「ぐぁっ!」
《両手剣》スキルのアーツの使用後に《大槍》スキルのアーツを重ね、《大槍》スキルのアーツの使用後に《両手剣》スキルのアーツを重ねる。
本来であれば不可能なはずのそれを、兄さんは両方の武器の特性を持った大剣槍で実現させた。
アーツの消費コストを払える限り攻撃を加えることが可能なアーツコンボ。それにより、一人では到底出せないような火力でアンドラスのHPを削り取っていく。
「こいつでぇっ!」
「――舐めるなゴミが!」
兄さんによる渾身の最後の一撃を、アンドラスはその歯で受け止めた。
それが人間の歯であれば、すぐにでも折れて口内を槍で貫かれていることだろう。
しかしそれは大悪魔の歯であり、兄さんの一撃を受け止めるには十分な硬度を持っていた。
アンドラスは致命の一撃を受けきれたことに、ニヤリと笑いを浮かべる。そのまま目の前の兄さんを殺そうと、空いている両手で闇の剣を作り出した。
しかし、対する兄さんもアンドラスに向けて笑みを浮かべていた。
その笑みの意味を理解した瞬間、私は自動回復したENを全て消費して、一本のマギアサーベルを抜き放ち、全力で投擲のフォームを取った。
「へへぇ、はひを――」
「なに。俺には頼れる最愛の妹がいたと思ってな!」
「――!」
『うぉぉぉぉぉっ!』
全身全霊で投げられたマギアサーベルが、アンドラスの背中を貫通する。その光の一撃は致命のものとなり、アンドラスのHPバーが全て削り切られる。
「がっ……まさか……この、俺が……ゴミ共と、スクラップ……なんぞに……?」
光を失い虚ろな瞳を空へと向けたアンドラスは、他のモンスターと同じように光の粒子へと変わり、消滅していった。
そして、私たちの勝利を告げるアナウンスが聞こえてくる。
〈イベント特殊レイドボス【大悪魔アンドラス】を討伐しました〉
〈《魔機人》スキルのレベルが上がりました〉
〈《武装》スキルのレベルが上がりました〉
〈《自動修復》スキルのレベルが上がりました〉
〈《自動供給》スキルのレベルが上がりました〉
〈《片手剣》スキルのレベルが上がりました〉
〈《直感》スキルのレベルが上がりました〉
〈《敏捷強化》スキルのレベルが上がりました〉
〈アイテム、アンドラスの魂結晶を手に入れました〉
〈特殊レイドボスの一体が倒されました。これにより、該当プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈特殊レイドボスの一体が倒されました。これにより、該当プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈特殊レイドボスが全て倒されました。これにより、全プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈イベント終了前に全ての脅威が排除されました。これにより、全プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈イベントが終了します。十分後、イベントに参加した全プレイヤーが通常フィールドに戻ります〉
――こうして、FFOの第一回イベントは終わりを迎えた。
13
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説
Free Emblem On-line
ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。
VRMMO『Free Emblem Online』
通称『F.E.O』
自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。
ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。
そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。
なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
【第1章完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。
鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。
鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。
まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。
最悪のゴミスキルと断言されたジョブとスキルばかり山盛りから始めるVRMMO
無謀突撃娘
ファンタジー
始めまして、僕は西園寺薫。
名前は凄く女の子なんだけど男です。とある私立の学校に通っています。容姿や行動がすごく女の子でよく間違えられるんだけどさほど気にしてないかな。
小説を読むことと手芸が得意です。あとは料理を少々出来るぐらい。
特徴?う~ん、生まれた日にちがものすごい運気の良い星ってぐらいかな。
姉二人が最新のVRMMOとか言うのを話題に出してきたんだ。
ゲームなんてしたこともなく説明書もチンプンカンプンで何も分からなかったけど「何でも出来る、何でもなれる」という宣伝文句とゲーム実況を見て始めることにしたんだ。
スキルなどはβ版の時に最悪スキルゴミスキルと認知されているスキルばかりです、今のゲームでは普通ぐらいの認知はされていると思いますがこの小説の中ではゴミにしかならない無用スキルとして認知されいます。
そのあたりのことを理解して読んでいただけると幸いです。
Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組
瑞多美音
SF
福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……
「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。
「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。
「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。
リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。
そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。
出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。
○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○
※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。
※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる