最後の魔女

砂鳥 ケイ

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最後の魔女01 魔女の使命

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「もうちょっとゆっくり歩いて欲しいにゃ」

 宿を出た私は、目的の場所を目指して歩いていた。
 私の後ろを文句を言いながらトボトボとついてくるのは、眷族でもある黒猫の”にゃも”だ。
 勿論ペットの類でも野良の類でもない。
 にゃもは、魔女である私が使役している猫なのだ。眷族とするべく魔法によって召喚された猫。

 そんな猫の事を魔女たちの間では、眷族《シャナリオーゼ》と呼ばれていた。

「遅いと置いていく」
「にゃ! 相変わらず冷たいご主人様だにゃ!」

 私とにゃもの日常は、大抵いつもこんな感じ。普段はグウタラで寝てばっかりいるにゃもだけど、こと戦闘においては、意外と頼りになる。
 でも、それ以外はてんで使えない、故に駄猫である。

「ご主人様! 今絶対変なこと考えていたにゃ!」

 意外と勘は鋭いらしい。
 私は、何十年も村や町、都市や国などを永遠と彷徨い歩いている。

 ある目的の為に⋯

「なんだ、お嬢ちゃん。一人かい?」

 曲がり角を曲がった薄暗い路地で私の前に立ち塞がったのは、ニヤニヤと薄気味悪い笑顔を発しているおじさん。
 何がそんなに可笑しいのか。一度自分の顔を鏡で見た方がいいよ。
 こういう輩は見ているだけで鬱陶しい。視界に入れたくもない。一生薄ら笑い出来ないようにしてあげてもいいんだけど?
 私は別の気配を感じて左右に視線をくべる。
 すると、左右から男たちが数人、ゾロゾロと現れ、あっという間に私を取り囲む形で集まってきた。

「怖がらないでいいからね、おじさんたちは悪い人じゃないからね。ちょっとお話がしたいだけだから」

 この状況で悪い人じゃないとか、この人頭おかしいんじゃないだろうか?
 周りの男たちもニタニタと下卑た笑いをしていた。

 あー鬱陶しい、燃やしたい。

「ああウザい⋯」

 ポツリと呟いた後、取り囲んでいた男たちが次々とその場に倒れていく。

 まぁ、私がこっそりと魔法を使ったからなんだけど。
 催眠と悪夢の複合魔法をお見舞いしてやった。
 残りは最初に話しかけてきた男ただ一人。

「ひぃぃ、一体何が起こった!?」

 倒れている男の形相は、まさにこの世の終わりが来たような絶望的な顔をしている。
 一体どんな悪夢を見ているのか。術者の私でもそれは分からない。対象者が一番怖いと思っている夢を見ることが出来る。
 以前、効果の程を確かめる為に自分に使用したことがあったけど、トラウマになりそうなレベルだったので、2度と使わない。自分にはね。
 この時点で、後ろをトボトボと歩いて来ていた駄猫こと黒猫のにゃもが追いついて来た。

「にゃにゃにゃ! なにがあったにゃ!」
「遅い。駄猫・・・
「にゃー!」

 目の前の起こっている状況が理解出来ずガクガクと震え上がりながら膝をついていた男の前を通り過ぎる。

 見逃してあげる?
 まさかね。

 にゃもも私についてくる。
 しかし、男と通り過ぎざまに、

「あ、お前ご主人様を怒らしたから罰を与えておくにゃ」

 にゃもがそう言うと、その両目が紫色に淡く光りだした。
 すると、膝をついていた男が、見る見るうちに小さく縮んでいく。
 私よりも⋯猫よりも⋯そして、なんとネズミの姿になってしまった。

 そのまま足早に私の元に戻るにゃも。別に振り返ってその様子を見ていた訳ではない。眷族が見ている光景を主人である私は見ることが出来る。

「また悪さをしたわね」
「一日だけネズミになってもらったにゃ」

 心の中では良くやったと褒めておく。

 魔女である私は当然のこと、眷族である駄猫もまた、魔法を行使することが出来る。
 その数は有に100を超える。
 私に至ってはその100倍・・・だけど。

 自分で言うのもあれだけど、私は天才だった。
 天才には2種類いる。
 生まれ持っての天性的な天才と絶え間ぬ努力によって成り上がった天才。私は後者の方だった。
 当時の魔女達は、使える魔法の数が20もあれば、立派な一人前の魔女と言われていた。
 魔女狩りによって身内、同族を殺されてから生き延びる為に死に物狂いで毎日魔法の鍛錬を行なってきた。

 私は淡々と歩んでいた足を止める。

「ここが目的の場所かにゃ?」

 小さく頷く。
 私には魔法とは違った特技をいくつか持っていた。
 それは、離れていても困っている人が分かる。
 匂いがすると言った方がいいかもしれない。私にしか分からない困った人の匂い。
 これは勿論魔法とは無関係。物心つく頃には何となく分かるようになっていた。

 扉を開けて家の中へズカズカと入っていく。
 初めて来たにも関わらず、迷う事なく家の中を進み一つの部屋の中に入った。

「だ、誰?」

 そこにいたのは、ベッドに横たわる、まだ年端もいかない少年と、その少年の左手を両手で握りしめている母親の姿だった。

 少年の息は荒く、辛そうにしている。

「⋯あなたは一体どなた?」

 見ず知らずの人が勝手に家の中に入り込んだら、こんな反応になるのは当然。むしろ怒鳴られなかっただけマシかもしれない。
 私は、少年の事を眺めて母親に目的を話す。

「この子の病気を治します」

 突然現れた私のその発言に少年の母親は困惑している。

「相変わらずご主人様は説明べたにゃ!」
「ひっ! ね、猫が喋った!?」

 普通の猫は喋らない。そんなのは当たり前のこと。
 しかし、この猫は普通の猫ではなく、魔女の魔法によって召喚された猫。故に喋ることが出来る。

「説明べたなご主人様に代わってにゃもが説明するにゃ。この子は、重たい病気にかかってるにゃ。恐らくご主人様じゃないと治せないにゃ。だから安心して欲しいにゃ」

 コミュニケーションが苦手な私に代わって、にゃもが説明するのは、毎度お馴染みの光景になってきている。
 にゃもが説明している最中も少年の身体を隅々まで触診していく。

「分かった」

 スゥーっと滑らせていた指を少年の右脚の第二関節のところで止めた。
 場所の特定が出来たら、いよいよ治療の開始。
 治療と言っても傷を癒すのとは少し違う。
 病気になる前まで時間を戻す。
 私は魔法を行使する為、呪文を唱える。
 本当は無詠唱で出来るんだけど、それだと簡単すぎてつまらないから。
 私の魔法に呼応して手を押し当てている部分から薄緑色の優しい光が溢れ出した。それは、見ているだけでも温かな気持ちにさせてくれる。部屋いっぱいに広がっていたその光が段々と収束し、やがて消えた。
 すると、苦しそうにしていた少年の顔が次第に穏やかになっていく。その様を見た少年の母親が両手の指を合わせて祈りのポーズを取っていた。

「ああ、神様⋯ありがとうございます」

 神様じゃなくて、魔女の力。

「終わり」

 それだけ告げると、立ち上がり母親に一礼だけして、部屋を出る。

 母親は既にこの場にいない、私の去った方向に向かってお辞儀をし、お礼を言っていた。何度も、何度も。

「次の街に行くのかにゃ?」
「もう一件」

(どうやらもう一つだけ、この村には困っている人がいるようにゃ。口数が少にゃいから、毎度毎度そこから推測するのが大変にゃ)

 などと、駄猫の心の声が聞こえてきた。
 視界だけではなく、心の声もまた時々ではあるが主人である私は聴くことが出来る。

 再び気配を探して村から飛び出し、暫く進んでいく。

 私は困っている人とは別に察知出来る気配がある。
 それは魔物や魔族の類だ。
 しかし、魔物は知能がないので気配を探ることは容易。だけと、魔族は自らの気配を隠していることが多いので事前に察知するのは難しい。
 村を出て少し歩き、湿地帯を抜けて私の背丈ほどある雑木林の前で止まった。

「何かの気配を感じるにゃ」

 この先に、何かが潜んでいた。ここは村から近いので駆除した方がいいかな。
 むむぅ、正確な位置が掴めない。面倒だけど、あれを使うしかない。
 自身の近くにいる邪悪なる者を誘き寄せる魔法。

 杖を正面に構えて呪文を唱える。
 足元に魔法陣が展開され、仄かな光を纏っていた。
 唱えながら、頭の中で術式を構築していく。

 《聖光《ホーリーライト》》

 杖先から発せられた薄い光のモヤのようなものが、目の前の雑木林をあっという間に覆っていく。
 反応はすぐにあった。

「何か来る」

 私は駄猫の方へ振り向き無言のアイコンタクトを送る。と言ってもただ睨むだけなんだけど。
 私の視線を感じて駄猫が警戒する。
 と、何かが雑木林から勢いよく飛び出した。

 この世のものとは思えない、形相をした4本足の魔物。恐らく元は人間なんだろうけど、その面影はない。
 駄猫が魔法を行使し、足元に魔法陣が出現する。バインド系統の魔法だ。その魔法陣から黒い触手のようなものが伸びていき魔物を縛り付け、動きを封じた。
 身動きの取れなくなった魔物に近付き、額にそっと口付けする。
 どうか、安らかに成仏して欲しいと願いを込めて⋯

 魔物だと思っていた正体は、彷徨える生霊だった。
 生前の頃の感情や成仏することが出来ない理由《わけ》が頭の中に流れ込んで来る。
 その全てを受け止め、生霊を在るべき場へと還す。
 人間に悪さをする面から言えば、魔物も生霊も大した差はない。
 今回は未然に防ぐ事が出来ただけまだ良かった。

「このまま次の街に行くよ」
「にゃ!? もう昼過ぎにゃ! 次の街に着く頃には真夜中にゃ!」

 駄猫が何か喋ってる。だけど無視。来ないなら置いて行くだけだ。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 予定よりも時間が掛かってしまった。
 それは、道中に野犬めいたものに絡まれてしまったから。
 次の街が視界に入った時は、既に夜明けになっていた。
 先程までの村とは違い、人口数千人規模の大きな街だった。
「宿に行こう」
「もうヘトヘトにゃ⋯」

 昨日の昼頃から今までノンストップで歩いてきたにゃもは、かなり限界を迎えていたらしい。
 部屋に入るなり、駄猫が迷う事なくベッドへダイブしようとしていたので、すんでのところでそれをキャッチし、阻止し、風呂場へと強制連行する。
 危なかった。
 そんな泥んこな体で私の使うベッドに上がってもいいと思ってるの?
 あえて口には出さずに、睨みつけそれを伝える。眷属への躾も主人の大切な役割なのだ。

「ご主人様は鬼にゃ! 悪魔にゃ! 魔女にゃ!」

 駄猫が何か喋っているが、私は魔女。当たり前のことを言われて応える道理はない。

 魔法でバスタブに一瞬で湯を張った。
 駄猫を洗うのは、私の役目。
 日頃ボロ雑巾のように酷使させている駄猫の労をこうして労っているつもりだった。言葉には決して出すつもりはないけど。そんなことをすればつけあがって調子に乗るから。

 そのまま、ベッドで睡眠。
 私も駄猫のにゃもも、人間や動物が必ず必要としている食事というものを必要としない。
 食事の代わりに、魔力を補給している。
 魔力は微弱ながら大気中にも含まれており、そこから少しずつ取り込み、補給している。
 体内の魔力がなくなれば、私は動けなくなる。
 だから、残存魔力には常に気を張っていなければならない。
 駄猫もそれは同様だった。
 魔力がなくなれば消滅してしまう。
 駄猫の場合は、主人である私から直接魔力を供給することが出来る。
 それに実のところ、私には睡眠は必要ない。余程のことがない限り疲れることを知らないから。
 だけど、昔からの名残で夜は寝なければならないという感覚に陥る為に寝ている。ただそれだけ。
 駄猫が必要だからという理由もある。

 目が覚めたら、また困っている人を助けるね、お姉ちゃん。
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