意志をつぐ者

タクナ

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混沌の始まり

第四話 必殺技は魔球

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 命を削るような攻撃に対しては、並大抵のシールドでは有効には働かないので、踵を返して走り出すミツル。
 ミツルの魔法に対する知識や過去の経験則によると、シールドで防げなくはないが、ひどく効率が悪いのだ。確かに、威力はとてつもなく強力になるので、シールドを張るならば、こちらも相当な魔力を消費してシールドを張るしかない。
しかし、たとえ命を削るような攻撃とはいえ、その影響が及ぶ範囲は限られている。生け贄を大量に用意すれば、とてつもない範囲を破壊することもあるが、言ってしまえばたったの命一つ分である。
どこぞの大佐の言葉ではないが、いくら威力が強くとも当たらなければどうということはない、ということである。
 魔力とは、普通の人間の体力などといったものと似ている。当然、使えば疲れるし、限度を超えると死に至る。
厳密には、魔力とは世界の理に干渉する力である。そのため、何もない空間に炎や水、雷や風といったものを生み出せるのだ。その理に則れば、世界に干渉している存在の何かを対価として捧げれば法外な力を引き出せるということなのだ。いわゆる、等価交換と呼ばれるものだ。
 それゆえに、命を削る攻撃とは自らの生命力を魔力に変換して生み出すので、そもそもの魔力のケタが違うのだ。

 ミツルの実力なら、例えそれが全生命力をかけた攻撃でも防げるだろうが、もし、他にも襲撃者がいたりしたら、魔力切れで対応できなくなる可能性がある。

 なので、迷わずに逃げるという手を取った。
 それも立派な戦術の一つである。

 「じゃ、お先~」

 全速力で走っているミツルの横を、軽々しくミホが走り抜けがてら、二人に向かって言う。教室の端から端までなので、大した距離ではないのだから、後ろから大人しく追従すればいいのに、とミツルは思ったが、面倒なので言葉にはしない。
 それに、ミホは身体能力がコータ並みに高いので別に不思議ではない。もっとも、それに少し傲っている部分があるのがコータとの決定的な差であり、コータほど剣技は得意ではないので、戦力的にはコータの方が上なのだが。
 ミホが通り過ぎていったことにより、意識を前へと向けられたミツルはドアの向こう側にも誰かの気配があるのに気付く。

 だが、ミホは気付いていないらしく、ただ一直線に向かっているので、思わず声を張り上げた。

 「ミホ! 前だ!」

 ミツルらしくない、その焦りように目を驚愕で見開いて後ろを振り返り、止まろうとしたが、少し遅かった。

 教室のドアを勢いよく開け、向こうから走ってきた少年に正面衝突した。しかし、ミツルの心配は杞憂であり、その少年がまるで車とでもぶつかったかのように自分の来た道を真逆に吹き飛ばされ、廊下に背中からぶつかる。
 ドンッと盛大な音と共に、聞き覚えのある呻き声が廊下からする。

 「ぐはっ!!」

 「なっ!? オイ、大丈夫かワタル!!」

 廊下から聞き覚えのある呻き声と、誠二が驚いたように叫んでいる。
 もちろん、呻き声の主はワタルである。

 「アレ? ワタル、どうしたの?」

 驚きつつも、首をかしげてワタルに問うミホ。
 本人は正面からぶつかったというのに、よろめきもせず普通に立っている。そして、何事もなかったかのようにそのまま教室を出ていくので、ミツルとコータは渋い顔をしながら後を追う。

 ぶつかったときから。

しかも、ワタルは速度を出すために低姿勢で走り込んできて、ミホの胸の辺りという身体の中心部分に突っ込んだのにもかかわらずである。なのに、後方に吹き飛ばされたのはワタルだけである。

 「どうしたのじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!!! おまえに吹き飛ばされたんだろーがぁぁぁぁ!!!!」

 追いついたミツルとコータの前で、手を使わずに脚力だけで跳ね起きながら、叫ぶワタル。吹き飛ばされて気が立っているのか、ミホに対してぞんざいな口調で言う。
そして、ワタルが自分の失態に気付く前に、ミホが不吉な声音でワタルを見据える。

 「…………おまえ? ワタル、あんた誰に向かって口を聞いてるの?」

 「うわぁぁぁあああ!!?? ご、ご、ゴメンなさいゴメンなさい。 つい、口が滑って!!」

 「へぇ? ワタルは口が滑ったら、で、彼女に対して、おまえって言うんだ?」

 「い、いや、そういうわけじゃなく…………」

 「いいから、そこに座りなさい!」

 「――っ!! は、はいぃぃぃぃ!!」

 蛇に睨まれたカエルよろしく身をすくませるワタルと、威圧たっぷりに睨みつけるミホという力関係がよくわかる痴話喧嘩をはじめる二人。
 そんな二人を残った3人は白い目で見る。普段なら、そのまま放っておくのだが、今は戦闘中なので、コータがやむなく声をかける。

 「あの~、ミホさん。今はまだ戦闘中なんだけど? というか、早く逃げなくちゃいけないんだけど」

 「ちっ、そうだったわね。じゃあ、早く倒しちゃってよ」

 コータの言葉には従ったが、聞こえるように舌打ちまでされて、なんとも複雑な顔になるコータ。逃げると言ったのに、倒してときたものだから、そりゃ、こんな顔もしたくなる。

 (うん、今のは僕に対してじゃないよね。そう考えよう)

 自分の中で勝手に解釈し、無理にでも自分を励ますコータ。
 なんだかんだ言って、ポジティブなのがこのコータという人物である。《意志をつぐ者》たちにとって、それはとてもいいことだった。悲観的になったところで現実は変わらないのだから、それを受け入れるためにも。

 「そういえば、そっちの用事は終わったの?」

 心をポジティブ路線に切り替えたコータが声を明るくして、誠二に聞く。
 ワタルが今は意気消沈しているので、まともに答えられないと思ったからである。それに、ワタルにまともな説明を求めたところで結果はわかりきっているので。

 「あぁ、そうだ! さっきアポロンに会ってきたんだった!」

 「アポロン?」
 「えぇ、嘘っ!!」
 「マジか!?」

 コータの問いに声を張り上げながら言う誠二に、目を細めるミツル、驚くミホとコータ。ミホはさっきの怒りはどこへやらというほどの驚きようだった。

 「ホントホント。それで、なんか色々もらったからコレを使おう」

 3人の反応に対し、真面目な声で返す誠二。しかし、詳しい説明はせずに話を進める。
 そして、背中に背負っていた弓と矢筒を手に取り、眼前に掲げる。

 「ほら、この弓と矢と、あとワタルが持ってる…………」

 「野球のボール。しかも、軟球」

 「ほう」
「「???」」

 ワタルも、自分がもらった野球ボールをポケットから取り出し、3人に見せるが、ミツルは頷いたのみで、あとの二人は不思議そうにしている。
 そりゃ、そうだろう。なんで、野球ボール?ということだろう。

 「オイ、その野球ボールを俺に渡せ」

 「あ? まぁ、別にいいケドよ」

 命令口調で言うミツルに、不快感を露わにしながらワタルが答えるが、一応は素直に野球ボールを投げ渡す。
 パシッと、片手で受け取ったミツルは値踏みするような目で、野球ボールを握ったり、自分の手で包んだりと色々なことを試してから、今でてきた教室にまた入っていった。

 「お、おい、そんな野球ボールで何をする気だ?」

 「いいから、そこで見てろ」

 明らかな動揺を見せた誠二がミツルを止めようとしたが、ミツルはそれを振り払う。

 そして、ボールを握りしめたまま、不敵な顔でニヤッと笑う。

 またもや珍しいミツルの笑顔が見れた。だが、この笑い方をする時は大抵が危ない行為に走るときだというのを、コータチームのメンバーは理解している。ミホだけは何度も笑顔を見せたミツルに、ただただ驚いているが。
なので、他の面子が一人残らず複雑な顔をしているのに気付かない。そんなのはお構いナシに、ミツルはウェンティへと近付いていく。

 「かっかっかっ。逃げ出したかと思えば、今更戻ってきてどうしたんだぁ? このままこの校舎ごと破壊してやろうかと思っていたのになぁ」

 自らの命を削った攻撃を繰り出そうとしているので、余裕の笑みを浮かべ高らかに笑うウェンティ。だが、その顔にはさきほどよりも元気が無さそうに感じられる。元々、顔色は良くなかったと思うが。
 そんな相手に、全く臆することなく堂々と正面に立つミツル。

 その距離、約30メートル。

 「面白いモン見せてやるよ」

 そう言って振りかぶり、ボールを投げる構えを見せる。

 「そんな、ただのボールで何をしようってんだぁ?」

 「ただのボールじゃないんだな、それが」

 ミツルの手の中にあるボールを確認してから、馬鹿にしたように言うウェンティに即答で返し、ボールを教科書に載っているようなキレイなフォームで投げるミツル。
 ドアのところでは、4人が訝しげな目で見守る中、そのボールがミツルの手から離される。

 すると、ボールは真紅のオーラを纏い、とんでもない速度で敵に向かっていく。
 ミツル自身は軽く投げたように見えたので、コータでも一瞬目で追えず、ボールを見失うほどだ。
 そのボールは敵を貫かんとして、敵に向かうが、済んでのところで避けられてしまう。
 そして、ボールはそのまま虚空を飛んでいき、見えなくなる。

 「――かっ!? なんだ、あのボールは!?」

 ウェンティが驚きで目を見開きながら絶叫口調で言う。
 そんな様子を見ていた皆だが、ワタルが一番先に口を開いた。

 「って、外してるじゃねぇかァァァァ!!!!」

 「そうだよっ! なにしてくれんの、おまえ!?」

 怒りの篭った声でワタルが弾劾するように叫び、誠二もミツルに非難の声を浴びせる。

 コータとミホは、さっきミツルの笑顔を見たときのように、呆れ顔になり、マジマジと下手人を見つめる。

 「あぁ、外したな」

 ミツルが実に軽いカンジで、たいしたことでもないだろ?とでも言いたげに一言。

 「あぁ、外したな。じゃ、ねぇだろォォォォ!!!! ちょっと、せっかくアポロンからもらった魔法の道具なのになんてことしてくれてるんだよォォォォ!!??」

 自分がもらった魔法の道具をいきなりどっかに飛ばされたので、鼻息荒くミツルに詰め寄り、掴みかかるワタル。

 道具がなくなり、嘆いている割には、アポロンのことを呼び捨てにしたりと、罰当たりなコトを言っているのだが、それにも気付かないくらい動揺しているのだろう。
 神々を侮辱したりすると、たまにとんでもないトバッチリを喰らったりするので、普通は避けるのだ。

 ワタルは以前、天空の神ゼウスを侮辱して、家に雷を何度か落とされたことがあるので、身に染みて恐怖トバッチリを体験したハズなのだが。

 「なんとかなるだろ…………それに、戻ってきたし」

 ワタルがなにかを言おうとするのを目で抑え、ちょうど視界に入ったボールを見ながら勝ち誇ったように言う。
 戻ってきたボール(真紅のオーラは既に消えており普通のボールになっている)を片手で危なげなくキャッチし、間髪入れずにもう一度振りかぶり、投球する。

 さっき避けられたのを気にしているのか、今度は誰の目にも明らかなほど力を込め、全力で。
 先程とは違い、教室のタイルがみしりと軋むほどの豪快なフォームで投げるミツル。禍々しいほどの真紅のオーラを溢れ出しながら比べ物にならない速度で向かっていく。
ウェンティは魔法を発動させるために意識を集中していたため満足に回避行動が取れず、野球ボールは見事に腹部に命中する。

 「ぐはっ! き、傷が修復しない……」

 「今のは純粋な魔力だから、治らんぞ」

 腹部に大穴を開けたウェンティが呻いたが、ミツルは冷たく言い放つ。

 「く、くそ……ならばっ! これでも喰らえっ!!」

 自分の体の限界を感じたのか、半ばヤケ気味になって魔法を発動するウェンティ。

 「ダークネストルネード!!」

 自らの命を削って生み出された攻撃だとわかる、その黒い無数の刃からなる竜巻が一直線にこちらに向かってくる。
 だが、即座にミツルが自分でシールドを張る。

 「そんな攻撃が通るかっ!」

 竜巻が虹色に輝くシールドに直撃したが、そのシールドはびくともせずに竜巻を跳ね返す。
 誠二も慌てて自前でシールドを張っていたが、そっちは全く使われることもなく全ての刃を無効化してしまったので、本人は不満そうな顔をしていた。

 「くっ、ここまで力の差があるとはなぁ」

 疲れたように言うウェンティ。
 その体はすでに消滅しかけており、意識を保つのも辛そうだ。

 「さらばだ、ウェンティ。最高のルーンマスターに倒されるのだ、タルタロスでも誉れになるだろう」

 そう言い、ミツルは自分の魔力を高め、何もせずとも消滅するであろうウェンティに対し、敬意を払い自らの手で引導を渡そうとする。

 「フレイムファイア!」
 手を前に振りかざし、その手から周囲を焼き尽くさんと豪炎が迸る。
 辺りに熱気が溢れ、敵に向かい炎の柱が沸きあがり、ウェンティが浮いていた空間を薙ぐ。後ろでじっとしていた4人にも、その豪炎がミツルの放つ手加減ナシの魔法だとわかる。
どんな怪物相手でも、たとえ何もしなくても滅ぶような相手であっても、自分の全力を持って戦うというミツルなりの罪滅ぼしである。
 燃え盛る炎が消えたとき、そこには何もなくただ灰が舞っていた。

 「終わったな」

 「…………僕、出番なかったな」
 「…………私も」
 「…………この弓まったく使ってないぞ」
 「出落ち感ハンパねーな…………ってか、俺のボールは!?」

 普段通りの声音で告げたミツルの言葉に、残念そうな声音でコータ、ミホ、誠 二が言い、一人だけ自分のもらった魔道具を心配するワタル。

 そして、あらぬ方向を見て、ミツルが言う。

 「来たぞ、ボール」

 「ん? うがっ!?」

 ミツルの声に反応して、ミツルの見ていた方向を向いたら、そこにちょうどボールが飛んできており、ワタルの顔面に直撃する。まるで狙ったかのようにクリーンヒットだった。

 「ちょっ、ボールが!」

 「アブねぇ、落とすトコだったぜ」

 彼氏の心配よりも、神からもらった道具の心配をするミホと、慌ててボールを落とさずにキャッチする誠二。
 戦闘に一応の収束がついたので張り詰めていた緊張が解けるのを感じる。こうゆう油断したときが一番危ないのだが、どうしても怪物を倒すとこれで大丈夫だと思わずにはいられないのだ。
 早くも、ミホと誠二、そして最初から緊張感などなかったワタルが戦勝ムードに浸る。

 

 ミツルとともに油断を全く解いていなかったコータは一人黙考する。ならば、絶対にあり得ない学校への襲撃について。
 《意志をつぐ者》として生きているなら、『絶対』や『あり得ない』という言葉なんて存在しないということはイヤでもわからされるのだが、少なくとも周到な準備の上に成り立っているものが崩れたとなれば、何かしらの理由があるはずなのだ。
 そして、この本来ならばあり得ない状況に対しての疑問点は一つしかない。

「この学校には結界が張られていたと思うんだけど?」

誰とも無く呟いたコータの声に、教室のドアのほうからこたえる声がする。

 「ええ、そうですね。しかし、その結界がなくなったんですよ」

 皆が気配をまるで感じ取れていなかったので、驚きで目を丸くするが、全員すぐに抜剣して戦闘態勢を整え、フォーメーションを組む。
その応えた男、白いスーツを着込んだ、まるで貴族のような男を見る。気配を悟らせなかった割には敵意の感じられない相手を困惑気味で見ながら、

 「あ、あなたは?」

 代表してコータが男に向かい、どもりながら名を問う。
 男はその様を見て、優しく微笑みながら、悠然と話し出す。

 「ふふっ、あなた達の先輩ですよ」

 その言葉に、首を傾げる一同だった。

 ミツルだけは目を細めて男を見つめていたが。
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