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「メディアクリエイト」

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「メディアクリエイト」

 7月1日午後10時。鶴見署の取調室での聴取が終わり、ようやく解放された稀世をメディアクリエイトの所長デスクの「太田敏夫《おおた・としお》」が社有車のバンで迎えに来てくれた。
 鶴見署の玄関で坂井は稀世に「今日はお疲れさん。スマホの機種替え代は太田に経費で落としてもらうんやで。」と太田に聞こえるように言うと、目配せをして署内に戻って行った。
「稀世ちゃん、もしかして「でかい魚」なんか?もしかしたら「文秋」をぶち抜けるようなネタの「臭い」がしてるんか?」
 先走った太田が機関銃のように質問を浴びせかけてきた。
「まあ、ここや車の中でする話でもないやろうから、「BARまりあ」でも行って話を聞かせてもらおか?それともお腹空いてるんやったら「飯」の方がええか?」
の問いに「ご飯は坂井さんが「カツ丼・・・」取ってくれましたから済んでます。久しぶりにまりあさんの顔を見たいですから、会社の「経費」でいけるならまりあさんのお店に行きましょう。」と稀世も同意した。その話を聞いて太田は腹を抱えて笑い出した。
「そうか、稀世ちゃんも鶴見署の取調室で坂井に「カツ丼・・・」食べさせてもろたか!そりゃええ経験したな!カラカラカラ。」

 メディアクリエイトは、稀世が所属していた門真市をベースに活動する「ニコニコプロレス」の大口スポンサーの取引先であり、大手メディアのテレビ番組の制作や、記事作成の下請けを行う大阪の中小メディア制作会社で、22歳の人気絶頂期に膝を壊し、引退をせざるを得なかった人気レスラー「キャンディー稀世」こと「安稀世やす・きよ」の第2の就職先である。
 可愛らしい童顔に似合わない「バスト100」のGカップに鍛え上げられ、しまったボディーの稀世を「レポーター」や「タレント」として使わず、「記者」として採用したデスクの太田の目に間違いはなく、稀世は入社半年で「半愚連」グループと地元「やくざの」関係性と「地上げ事業」に関わる闇を暴き出したスクープで会社に大きな利益をもたらしたことがある。
 稀世は「ビギナーズラックってやつですよ。二匹目のドジョウはそうそういないですよ。」と謙遜するが、京橋で太田と飲んだ帰りに偶然通りかかった「占い通り」で、「京橋の母」と呼ばれる稀代の水晶占い師に「お姉ちゃん、あんたは「波乱万丈」を巻き込む「気」の持ち主やね…。これからも「いろいろ」とあるよ。せいぜい気をつけな。ケラケラケラ。」と言われたことがあり、太田が稀世に何かを期待しているのがビンビンと伝わる。

 鶴見署から門真市駅東商店街に向かい、24時間止め放題500円のコインパーキングに車を入れると、二人で「BARまりあ」にむかって歩いた。
 「BARまりあ」は、稀世が所属していたインディーズ女子プロレス団体の「ニコニコプロレス」の社長兼レスラーで元「全日本女子プロレス」の実力派スーパーヒール「デンジャラスまりあ」こと「岩井まりあ」がレスラー一本では食べていけないメンバーの為の働き口として経営している通称ニコニコ商店街と言われる門真市駅東商店街の中にあるバーである。
 全盛期、「無冠の帝王」と呼ばれたプロレスラー「カール・ゴッチ」を「師」と仰ぐまりあのファイトスタイルは、「ヒール」役をこなしつつ、正統派ストロングスタイルを身に着けた「基本に忠実」なものだった。
 稀世も入門時は、毎日のリング練習前に行われるスクワット、ブリッジ、腹筋に縄上りの基礎トレーニングについていけず何度も「泣き」が入ったが、しっかりと半年の間「基礎」を鍛え上げられたおかげでデビュー1年でローカルタイトルを奪取し、引退までの3年でWWEの日本大会に参加するところまで到達したのは、全て「師匠」である「まりあ」のおかげだと思っていて、引退後もその「尊敬の念」をもった付き合いに変化はない。

 「カランコロン」とカウベルを鳴らしドアを開けるとカウンターの中のまりあが嬉しそうに「太田さん、ご無沙汰さん!稀世も元気そうやな!たまには練習場の方にも顔出したってや。みんな、稀世が来ると気合が入るからな!まずは二人ともビールでええかな?」とカウンター席に二人を呼び寄せた。
 まりあは、カウンターに付けたビアサーバーの注ぎ口のタップ(※コック)を前に倒し、斜めに寝かせたビアグラスにビールを注ぎ、徐々にグラスを起こしていく。7分目までビールを入れると、タップを奥に倒しクリーミーな泡をグラスの淵から上1センチの盛り上がりまで満たしていく。
 一杯目を太田に差し出すと、まりあは「唯ちゃん、こっちおいで!今日は、去年までのうちの「スーパーエース」でWWEに参戦したこともある「スーパーディーバ」の稀世が来たんや。あんた、ずっと会いたがってたやろ。稀世に一杯「生」入れて、挨拶しいや。」とカウンターの一番奥の席でグラスを磨いていた女の子に声をかけた。

 「えっ、まりあさん本当ですか?きゃー、本物の安選手なんですね!何度もDVD見させてもらいましたよ!変幻自在の華麗な技のムーブに力強いストロングスタイル!しかもアイドル顔!もう、どれをとっても最高で最強の女子レスラーですよねー!」
と稀世の顔を見て、踊るように近づいてきた。
 まりあは稀世に顔を寄せて耳打ちした。
「この、あんたが前にスクープで挙げてた「ハッピーハウス」出身の16歳。住み込み希望ってことやったから、ニコニコプロレスの「研修生」として、うちのメンバーのシェアハウスで暮らしてるねん。昼は「門真工科高校」でコンピュータのプログラミングを勉強してる努力家さんや。まあ、そういう苦労人やから大事にしたってな。」

 唯は、稀世の手を両手で取ってはしゃいだ。
「初めまして。北浜唯です。16歳です。まだ高校生なのでお酒は飲めませんが今後ともよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく。安稀世です。今は、メディア記者をやってんねん。学校とプロレスとお店で大変やろうけど頑張ってな。私も身寄り無しの状況でまりあさんに拾ってもろたんやで。まあ、残念ながら「プロレス」は引退してしもたけどお付き合いは一生続くからな。唯ちゃんもまりあさんのいう事を聞いてたら絶対に大丈夫やから頑張って!」
 ぎゅっと握る手に力を入れてじっと目を見て励ます稀世の言葉に感激した唯は真っ赤になって「お、おビールお入れさせていただきます!」と言い、緊張で震える右手でサーバーのタップを引いた。グラスの寝かし方が足りなかったのとタップの引きの勢いが強かったので泡8割のグラスが出来上がった。「すみません。すみません。」とビアグラスからスプーンマドラーで泡をかき出し、三度やりなおしてビールを継ぎ終わった。
 その頃には太田のグラスは既に開いており、再度「すみません。すみません。」と二人に頭を下げる唯の姿はかわいかった。

 まりあが注ぎ役を代わり、太田の2杯目を出してようやく「乾杯」ができた。稀世が一杯目を飲み終わるのを待って、太田は
「まりあちゃん、ちょっと内緒の話をしたいんで奥のボックス席借りてええかな?俺の麦焼酎のボトルでロックセットと稀世ちゃん用に「レモンサワーの元」を出してもろたらしばらく二人で話させてほしいねんけど。」
とまりあに呟くと、「ピン」ときたまりあは気を利かしつつも、前回のスクープで刃物どすや拳銃を持ったやくざにパイプ椅子ひとつで戦いを挑んだという稀世の話を思い出し、太田に釘を刺した。
「あいよ。また「スクープ」か?稀世は「持ってる」女やからな。ただ、前みたいに危険な目には遭わさんように注意したってや!もし、稀世になんかあったら、私は太田さんを許せへんで!」

 奥のボックス席に二人で移動すると、太田が「大事な話になるかもしれへんから「薄目」にしとくわな。」と言って稀世に作ってくれたレモンサワーはただの「レモンジュース」に感じられる薄さだった。太田はボイスレコーダーをテーブルに置くと
「さあ、稀世ちゃん、今日の会議をぶっち切った経緯と坂井からの話を聞かせてもらおうか。「関目大介」は民自党の政治資金パーティーで集めた金を帳面に載せんと議員にキャッシュバックしたり、「派閥」や「党」の裏金を一秘書が党幹部や派閥の会計責任者に何も言わんと「記帳の必要なし」って一人で判断してたっていうにわかには信じられへんことをやらかした、今、世間を賑わせてる「本人」そのもんや。
その渦中の秘書「張本人」の自殺を防いだ稀世ちゃんのおかげで「隠されそうになった真実」を暴き出せるかもしれへん大事な話やぞ。坂井から「証人保護的プログラム」で「関目大介」の身柄はしばらくの間、内密に保護されるみたいやから、今日の事件を把握してるのは「うち」だけのはずや。今回も「文秋」や「大手メディア」を俺らで出し抜いてやろうやないかい!」
鼻息の荒い太田に稀世は、頭をかきながら「すみません、私その事件の事よくわかってないんで、最初に教えてもらえませんか?」と恥ずかしそうに尋ねた。「あぁ、せやったな…。この事件は…。」と太田は焼酎の水割りを飲みながら、「民自党政治資金パーティー収入裏金事件」についてわかりやすく稀世に説明した。

政治家が活動するにあたり、その活動費は大きく分けて2つに分かれる。一つは国の予算から支払われる「議員報酬」と活動に関わる「経費」である。国会議員に支払われる「給与」は「歳費」と呼ばれる。国会議員一人に対して国から月額130万1千円の歳費に加えて年間約635万円の賞与が支出されている。さらに月間100万円の「領収書のいらない」第2の給与と呼ばれる「ブラックボックス」と世間での悪評高い「文書通信交通滞在費・・・・・・・・・(※現在は「調査研究広報滞在費」に改称)」が払われる。「立法事務費」と呼ばれる年間780万円も使用用途非公開である。更にJRのグリーン車や航空会社のファーストクラスの無料クーポンが支給される。さらに「政策秘書」、「第1秘書」、「第2秘書」の3人の「公設秘書」の給与も歳費によって賄われる。
ざっくりと計算しても議員一人に対して年間約7500万円がかかっていることになる。しかもその「個人歳費」と「賞与」以外の収入は「非課税」経費収入である。

もう一つは、政党や政治家個人あての収入である。議員の立場により違うが政党から1千万ほどの支給金がある。さらに「立場」によっては「黒塗りの車」があてがわれたり、事務所となる議員会館の賃料は「無料」、東京での生活の拠点となる議員宿舎は一般賃料の「約2割」と「8割棒引き」の賃料であり、一般人とはかけ離れた待遇がマスコミによって取り上げられることが多い。
政党支給金以外に議員の「活動費・・・」としての収入が「献金」である。「癒着」の温床と評される「企業献金」と「個人献金」がある。「政治家個人への献金」は禁止されているので各議員の「政治団体」への献金となる。一政治家に一つだけ「資金管理団体」もしくは「後援会」と呼ばれる「政治団体・・・・」を指定できる。
個人献金は一政治団体に対し年間150万円までと縛りはあるものの、親族、知人を巻き込めばその制限枠は無いに等しい。
さらに「政治資金パーティー」による「活動費」収入もある。「資金管理団体」は「個人献金」、「政治資金パーティー」による収益、「政党支部」は企業献金」が入る流れとなっている。大手新聞社の発表によると議員一人当たりの政治資金収入は公表分だけで3000万円を超える。

 「まあ、ざっくりとした説明やけど、政治家と金についてはわかってもらえたかな?」
「ぎょへー、すごいですやん。上場会社の社長や役員以上に議員はもろてるんですね。私も将来は国会議員目指そうかな!」
太田の解説に稀世は薄いレモンサワーを飲みながら感嘆の声を上げた。太田は、「せやな。真面目に「政治」をせんと「金儲け」の為と思って「政治家」やってるやつらにしたら、「ぼろい」仕事やわな。俺らが汗水流して稼いだ金から引かれた税金でそれらが賄われてると思ったらやり切れへんけどな。」
と、グラスに焼酎を多めに注ぎ足した。
「ところで太田さん、政治家の給料や政治資金の仕組みはわかりましたけど、今、話題になってる「裏金疑惑」って何が問題なんですか?」
稀世が再質問をした。

 太田は昨年末からの国会での顛末について稀世に説明した。最初は、政治資金パーティーでの収入に記載漏れがある議員に対する追求だったのが、民自党の巨大派閥により「組織的」に意図的な「記載漏れ」を指示していたのではないかとの流れになった。更に、政治資金パーティー収入の一部またはそのほとんどがパーティーを主催した議員にキャッシュバックされていることが問題となった。
 「党」、「派閥」の会計責任者が「この「金」は帳簿に記載する必要はない」との説明が「あった」とか「無かった」とかいうレベルのものから、それを言ったのが「誰」なのかに国会の話題は移っていった。
 民自党の最大派閥の「個人テロ」による凶弾に倒れた元首相が「非計上」や「政治資金パーティー収入のキャッシュバック廃止」を訴えたにもかかわらず、誰がその制度を「維持」させたのかという、亡くなった元首相が何も言えないことを良いことに「隠ぺい」しているのは「誰」だと野党は紛糾している。
「まあ、野党も「ある一つの赤い党・・・・・・・・」を除いては、「献金」は受けてるし、金額は小さいにしても帳簿はええ加減なもんやけどな。」
と太田はさらに焼酎を注ぎ足した。
 最終的に問題となったのは、政治資金団体の会計内容を「政治家」が知らずに「会計責任者」である議員の「秘書」に任せっきりで、「裏金作り」といわれる「帳簿不記載」については「代議士」自身は何ら関与していないという事だった。

 「ふーん、そんなことってあるんかな?まあ、経理担当に会計をすべて任せてて、社長が知らん間に経理部長が何億円も横領してたって事件もあるから、あながち「絶対ない」とも言われへんけど…。うちは、100円の「領収書」まで太田さんがチェック入れるからそんなことはできませんけどね。ケラケラケラ。」
 稀世が笑いながら、太田の焼酎のボトルを手に取り、自分のレモンサワーに注ぎ足そうとすると太田に止められた。
「稀世ちゃん、飲むのはもう少し後やで。今日、京橋駅で稀世ちゃんが止めた「森小路雄太」の「第一秘書」の「関目大介」の自殺未遂事件とその後の交番での事件…。そして鶴見署に移ってからの坂井の関目への尋問内容について稀世ちゃんが掴んだ情報全部を聞かせてもらったら、思いっきり飲ませたるから、まずは稀世ちゃんの知るところを全部話してもらおうか…。稀世ちゃんの「遅刻ペナルティー」から大幅な「冬のボーナス」増額に大きくかかわってくるから、大事なところやぞ。カラカラカラ。」





※登場人物紹介で「まりあ」さんが抜けてました。(。-人-。) ゴメンネ

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