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「イレギュラー発生」

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「イレギュラー発生」

 作戦当日の午後6時。作戦開始まで5時間を残し事態は突然一転した。「魂の解放」教団の本部に黒塗りのベンツが4台乗りつけたのを監視カメラ画面でモニターしていた智が大きな声を出した。教団本部正門から本部建物正面につけたベンツから黒いスーツのサングラス姿で明らかに「素人ではない」ごつい男が次々と11人が降り、一番大型のベンツの後部座席に二列に整列した。その11人の男に囲まれて真っ白なスーツ姿の男がゆっくりとベンツを降りて来た。そこに派手な宗教着の司祭が両手を広げてその男たちを迎えた。
「なんや、こいつら?やーさんが来るのは明日やなかったんかいな。」
智が呟くと、次に彼らがモニターに映ったのは応接室の映像だった。
 良太郎が応接の盗聴器のスイッチを入れると白いスーツの男と司祭の会話がパソコンのスピーカーから響いた。
「組長さん、いったいどうなされました?お約束は明日のはずでは?」
「せやねんけど、一日も早く花音ちゃんの顔が見たくて来てしもたんや。まあ、一日早よなっても変わらへんやろ?」

 「なんやとー!やーさんの都合で予定前倒しかよ!良太郎、どないしたらええねん!今日の夜11時作戦開始の予定がめちゃくちゃやぞ!」
夏子がモニターの前でパニクった。
「なっちゃん、慌てたらあかん。こんな時こそ、落ち着くんや。何もこの場で花音ちゃんとやーさんが「こと」を始める訳やあれへんやろ。様子を見て作戦を練り直すから、冷静になってや。」
良太郎が夏子を諫めるが大樹と陽菜も明らかに動揺している。
 そこに、病院勤務を終えた彩雲が部屋に入ってきた。彩雲と入れ違いで満が部屋を出ていった。
「なんや、えらいにぎやかやな。なんかあったんか?」
彩雲が声をかけると状況を智が説明を入れた。良太郎は、とりあえずパソコンを操作して花音が保護されている救護室の電子ロックをかけた。

 「組長さん、そうは言われましても信者日南田花音は、現在薬が効いていて休んでおります。ですので明日、出直していただけませんでしょうか…。」
と言う司祭の声は明らかに困っていた。
「そんなイケズ言わんとってくれや。わし、もうやる気満々やねんで!何やったら、花音ちゃんが寝てる状態でもわしはかまへんで。」
と下品に腰をふる仕草をする組長と呼ばれる男の声が続いた。
「し、しばらくお待ちください。様子を見てまいりますので…。」
と12人の反社の男を残し、カメラのモニターは応接を出る司祭の姿を映し出した。
 そこに満が戻ってきた。良太郎に耳打ちをすると
「救出作戦を従来の「奇襲型」から、「交戦型」のパターン2に切り替える。一応、花音ちゃんの救護室の電子ロックはむこうでは解除できへんようにしてるから、ドアをぶち破られへん限りは今しばらく時間は稼げるはずや。
 みんな、僕が用意した戦闘服にアーマー装着してスタンガンとクマよけのカプサイシンスプレーは装備してすぐ出られるように待機してくれ。彩雲と満君は車で待機。僕から合図があったら、元の作戦通り、ドローンを飛ばして、門のロックを外したら予定通りミッションを進めてくれ!なっちゃんは僕と一緒に鍵のウルトラマンのつなぎに着替えて待機や。」
良太郎が指示を出した。
「えっ?なんで私は「鍵のウルトラマン」なん?戦闘服とちゃうの?」
夏子は意味が分からず頭をひねった。

 良太郎はモニターを見ながら、つなぎの作業着に着替えた。夏子は着替えるとかつらを取り出し変装の準備をしてると、モニタ―に花音のいる部屋のロックが開かない旨が幹部信者から司祭のスマホに連絡が入ったことが司祭のクローンスマホによって分かった。
「電子ロックの解除は事務室のコンピューターやったな。親分さん達を怒らせると後が面倒や。とりあえず顔だけ見せて帰ってもらうようにするから、とにかくすぐにロックを解除しろ!私もすぐに事務所に向かう!」
と焦った司祭の声が響いた。
 事務室の監視カメラの映像と音声にモニターを切りかえた。いらだつ司祭を前に夏子と良太郎が以前「鍵のウルトラマン」として潜入した時に対応した教祖のお付きの運転手役の幹部信者がパソコンを操作するが良太郎のハッキングによりロックは解除できない様子が映し出されている。
 良太郎は、「鍵のウルトラマン」の仕事用のスマホを夏子から受け取ると、教団本部のダイヤルをアドレス帳から呼び出し発信ボタンを押した。
 4度のコールの後、幹部信者がパソコン作業を中断して電話に出た。良太郎は電話で謝った。
「すんません。先日お伺いしました「鍵のウルトラマン門真市駅前店」ですけど、先日お送りした請求書に誤りがありまして…。」

 良太郎の狙い通り、困り切っていた幹部信者から花音のいる救護室の電子ロックの解錠の依頼を受けた。「10分でお伺いします。」と電話を切ると、大きめのギアバッグを取り出すと夏子の装備もその中に放り込んだ。今後の段取りを聞きたそうにする夏子を制してスマホのグループ通信アプリの発信ボタンを押した。
「状況が変わったんで、まずは先遣隊として僕となっちゃんが「鍵のウルトラマン」として教団本部に侵入するわな。反社の連中が帰ってくれれば、従来通りの作戦に戻す。仮に「交戦」モードに入って僕に何かがあった場合は、指揮権を満君に移譲するんで「継戦」にしても「撤収」にしても満君の指示に従うようにしてな。10分後、なっちゃんと施設内の状況を確認して連絡するんでグループ通信アプリとラインは常にオンにして着信を確認できるようにしとってくれ。」
 良太郎は手際よくメンバー全員に指示を出し、「なっちゃん、行くで。ホットハート&クールマインドで頼むで。熱くなり過ぎたら負けやからな…。流れは車の中で説明するから。」と夏子を連れてワゴンRに乗り込んだ。

 10分後、教団本部に着き良太郎がインターホンを鳴らした。教祖の運転手役の女性幹部が出て「この間来てもろた事務室に来てくれるか。」と言われ、正門が開いた。4台の黒塗りのベンツは停まったままだった。
「良太郎、どないすんの?やーさん残ったままやで…。さすがに私らだけで12人のやーさんの相手はできへんやろ?」
夏子が少し弱気な発言をした。
「大丈夫や!善良な市民のピンチには「騎兵隊」が駆けつけるやろ。「鉄人28号」と「アンパンマン」かもしれへんけどな。まあ、そんなもんや。」
良太郎は夏子を煙に巻き、つかつかと事務室に入っていく。

 「あー、よう来てくれはったな。コンピュータで管理してる部屋の電子ロックが解除できへんようになってしもたんよ。早速、みたってくれへんか。」
女性幹部信者が良太郎の手を引いてパソコンの前に連れて行く。明らかに司祭はいらついていて、夏子の顔に気が付いた様子はない。
 白々しく良太郎はパソコンを操作しながら
「あー、ウイルスにやられてしもてますねぇ…。これは、時間かかりますよ。ところで、表にようさんベンツが停まってましたけどお客さんですか?」
と尋ねると女性幹部が良太郎の耳元で司祭に聞こえないように囁いた。
「せやねん。やーさんが来ててな、それで早よロックを開けなあかんねん。ちなみにどれくらい時間かかんの?」
「うーん、最低1時間はかかりますねぇ…。」
良太郎は司祭にも聞こえるように言うと、白いスーツの男が11人の黒スーツの男を引き連れて事務室にどかどかと入ってきて叫んだ。
「おいおい、司祭はん、いったいどんだけ客を待たすねん。ちょっと礼儀が足らんのとちゃうか?」 

 (わっ、こてこての「やーさん」やん。どないすんの…。明らかに怒ってるし、このままロックを開けたら花音ちゃん連れて行かれてしまうし、「前門の狼、後門の虎」で私ら二人は「丸腰のウサギ」やん。)夏子は、変装用にかけたWEBカメラ付きの眼鏡で事務室内の映像を待機中の満のパソコンに送った。
 白スーツの組長と呼ばれる男に司祭が状況を説明し、「まだ時間がかかりそうですので、予定通り明日にお越しください。」ととりなしているが
「せらったら、うちの若いもんに「拳銃チャカ」で鍵ぶっ飛ばさせたってもええで。鍵代はこっちで持つさかいな。せやないとわしの「いちもつチャカ」が暴発してしまうで。」
と自分の股間を下品さ満開で指さしている。再度、司祭が詫びを入れるが組長は聞く耳を持たない。

 「もうええ!わしらで鍵は開けて、花音ちゃんは連れて行く。選択は「イエス」か「はい」のどっちかや。カラカラカラ。花音ちゃんの部屋に連れて行かんかい!わしのこのほんまもんの拳銃チャカは「早漏」やぞ。イライラさせん方が得やぞ!」
と激高した組長は38口径のリボルバー式拳銃を抜くと司祭の顎下に突きつけた。
 驚いた司祭はその場にへたり込んでしまった。尻もちをついた司祭に軽く蹴りを入れ拳銃を改めて突きつけた。「ひゃい、しゅみましぇん。撃たないでくだひゃい。」と司祭は立ち上がり、12人のやくざの前で半泣きになっていた。
 良太郎は、左耳に付けたブルートゥースのスイッチを入れると
「電子ロックは解除するのにプログラムから見んとあかんのですけど、鍵の本体やったら早よ開けられるかもしれませんよって、一度診ましょか?何やったら、うちの「スペシャリスト」を「呼ぶこと」もできますから。何でもできることはやらせてもらいますよ。何やったらすぐに「スタート」かけましょか?」
と司祭にむかって言った。
 (ん、「うちのスペシャリスト」って私がここに居るのに誰が鍵を開けるっちゅうねん!それに「スタートかけましょか」ってどういう意味?単なる時間稼ぎして、やーさんキレさせてしもたら、どうしようもあれへんで。)夏子は良太郎の理解不能な言動に焦りから、背筋に冷たいものを感じた。白スーツの組長は「鍵のウルトラマン」の作業ツナギを着た良太郎と夏子に視線を向けた。

 「なんや、鍵屋が来てるんかい。よっしゃ、10分やるわ。それで開けへんかったらわしらで開ける。それでええな!」
と組長は司祭に言い放つと「さあ、花音ちゃんがお寝んねしてる部屋に行こか!」と司祭の尻を蹴飛ばした。
「良太郎、どないすんの?普通の鍵穴やったらピッキングで開けられるけど、電子ロックやったら私には無理やで。」
と小さな声で夏子は良太郎に言ったが良太郎は動じることなく「10分後に作戦開始や。混乱のどさくさの中で救助するんや。」とだけ返した。(えー、12人のやーさん居る中でどないして連れ出すんよ。まあ、火事騒ぎを起こせば何人かは表に行きよるか知らんけど、この組長は何が何でも花音ちゃん連れて帰りよるつもりやろうからなぁ。拳銃も持ってるから、そこに陽菜ちゃん、智と大樹が来たところで戦力にならへんやろ…。うーん、不安しかあれへん…。)夏子はパニックを起こさないようにするだけで精いっぱいだった。

 司祭の先導で花音が閉じ込められている救護室の前に来た。「さあ、鍵屋、とっとと開けろや。タイムリミットは10分やからな。」と組長が言うと黒スーツの一人が懐から45口径のコルトガバメントを取り出すと、黒い竹輪の様なサイレンサーをくるくると銃口にはめる様子が夏子の視野に入った。
「さあ、なっちゃん、鍵を開けるふりだけでええからな。あと8分でスタートや。大丈夫や。僕を信じて。」と良太郎に耳元で囁かれ、夏子はピッキング道具を取り出した。(「ふり」だけでええって言われても…。下手したらサイレンサー付きの銃で私らも撃たれるかもしれへんねんで。この至近距離やったら、クマ撃退スプレーをギアバックから取り出す前にやられてしまうやん…。い、いや、ここは陽菜ちゃんを見習わんとな。良太郎が「大丈夫」って言うんやったら「大丈夫」なんやろ。ここは、覚悟決めるで!)

 そこからの8分間は夏子には数時間に感じられた。開くはずもない電子ロックの鍵穴をライト付きスコープで覗き込み「ピック」と「テンション」を差し込み作業するふりをする夏子の横で良太郎は左耳のブルートゥースのイヤホンマイクに手を当て、スマホでラインを打っている。
 白いスーツの男が、「残り8分」、「あと6分」、「ラスト3分」とカウントダウンをしていく。「さあ、最後の2分やぞ!」と言った瞬間、教団建物の四方から女たちの悲鳴が上がった。館内の非常ベルが鳴り「火災発生、火災発生」と電子音声が廊下に響いた。廊下の奥の窓から煙が立ち上るのが見える。
 白スーツの組長は慌てる様子も無く、「ちょっと、お前ら様子を見てこんかい。」と明らかに「平っぽ」の組員8人に声をかけると、その8人は踵を返して玄関に向かった。(あかん、作戦失敗や。全員逃げると良太郎は踏んでたんやろうけど4人も残ってしもた。万事休すや!)

 一気に館内は女性信者の慌てた声や子供の泣き声が溢れパニックになった。作戦では、施設4か所で発煙弾が落とされ、彩雲が信者服を奪って信者たちを施設外に誘導し始め、陽菜と智と大樹がここに突入してくる予定だった。
 しかし、そのシミュレーションには拳銃を持った「やくざ」の存在は含まれていない。陽菜、智と大樹の持つカプサイシンスプレーを噴射されれば防護面を持たない、夏子と良太郎も被害を受けるため、拳銃を持つ男たちにスタンガンのみで戦うしかない。
 過去に使用実績のある陽菜と智はともかく、初参戦の大樹にそれを望むのは難しいことは明白だった。焦る気持ちを抑えてくれたのは余裕を持った良太郎の表情だけだった。
 1分後、8人出ていった「平っぽ」組員のうち2人だけが戻ってきた。
「組長、火事のようです。えらい煙が立ち上ってるんですぐに退避してください。」
と一人が言った。
「ちっ!タイミング悪いこっちゃ!おい、鍵屋、どけ!」
と夏子のお尻を蹴り上げると、ガバメントを持った男に「やれ」と指示を出した。



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