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「シティーホテル」

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「シティーホテル」

 リサイクルショップニコニコに戻った夏子と陽菜は大樹の身の上話につきあった。父親は商社マンで長期単身赴任中でそれなりに裕福な家だった。母親が友人の誘いで数年前に「魂の解放」教団に出入りするようになり、日曜日の集会や布教と信者募集の奉仕活動に付き添うようになり二年前に入信した。半年前に、母親が父親に無断で家の預貯金を全て教団にお布施として寄付していたことが発覚し、現在は離婚協議中であるとのことだった。
 妹の花音は、現在高校3年生。進学希望だった花音は、日曜ごとに集会と奉仕で丸一日、母親につきあわされるのを非常に嫌がっておりとても自ら進んで入信するはずはないと大樹は声を荒げた。
 父親は母親に愛想をつかし、大樹に「お母さんはもう「あちら側」に行ってしもたんや。じきに離婚するから放っておきなさい。」と言い放任している中、大樹は花音だけは奪還して教団と縁を切らせるために一人で動いてるという事だった。

 陽菜は、「魂の解放」教団に興味を持ち、タブレットで元信者や二世信者のSNSを拾い上げながら「信者はほとんど女の人やねんなぁ?」、「元はDV妻や家族の駆け込み寺っていう事やったんや…。」、「ふーん、本部はお隣の国やけど実質日本でのお布施で成り立ってるんやね。」、「ぎょへー、一億円以上寄付してる人もおるんや!」と読み上げる都度、大樹の生々しい話に相槌を打っている。
「ふーん、相当「カルト」な教団みたいやな…。被害者の数と金額の大きさから政府も法的規制を考えてるって話やから、こりゃ妹さんのこと心配やわなぁ…。ところで、なっちゃん、さっきから何も言えへんけど大樹さんに聞くことあれへんの?」
 聞きたいことを一通り聞き終わった陽菜が夏子に尋ねると夏子は大樹の目を見て一つ尋ねた。
「ところで大樹さん、「彼女」おんの?」

 「いません…。」と大樹が答えると、夏子の表情が一気に明るくなった。
「さよか、まあ「袖触れ合うが縁の始まり」、「義を見て為さざりは勇無きなり」や。私は、大樹さんが言うてることを信じるわ。悪の教団に捕らえられたかわいそうな妹の救出を手伝わんとおるのは、私の「正義」が許せへん!いっちょ、ここは手を貸すで!一緒に妹さんを取り返そう!こうなったら、仲間やから「大樹ひろき」って呼ばせてもろてええかな?」
の問いに大樹が頷くと「じゃあ、「仲間の誓い」の乾杯や!」と夏子は手元の麦茶のグラスを大樹のグラスに「チン」とあてた。

 早速、三人で「花音奪還作戦」の会議が始まった。
「教団施設内から連れ出すのは至難の業やから、やっぱり外出時に奪還するのが基本やろな。なっちゃん、なんか思いつくことあんの?」
「せやな、あの高い壁に多数の監視カメラじゃ忍び込むのも逃げるのも大変や。あのごっつい門も人力で開く感じはないからなぁ…。まずは、花音ちゃんが施設外に出ることがあるんか。そして、どこに行くんかってことの調査からやな。
 張り込みするには大樹の面は割れとるし、私らの顔もカメラで撮られてるから、こっちもカメラで監視やな。となれば…。」
「うん、良太郎に頼もうか。どうせ、GPSや隠しマイクやドローンも使うことになるやろうし、いざとなったら「武器」もいるやろうから来てもらうよう電話入れるわな。」
 大樹は(いったいこの二人って何者なんや?普通に「武器」とか言うてるけど…。大丈夫かな?)と不安を感じながらも二人の会話を黙って聞くだけだった。

 30分もすると良太郎がやってきた。顔を合わせてすぐに「陽菜ちゃん、なっちゃんの腐れ縁の東大阪工業大学3年の上坊良太郎じょうぼう・りょうたろうといいます。「会」の中では「メカ担当」です。よろしくお願いします。」と大樹に挨拶した。
 大樹は「日南田大樹ひなた・ひろきです。北河内大学の4年生です。ご面倒おかけしますがよろしくお願いします。ところで「会」って何ですか」と丁寧に頭を下げた後質問をした。
 「やろうぜ会」については夏子が大樹に説明をした。いささか夏子自身を美化して説明をしている部分が陽菜は少し気になったが、(あぁ、「仮仮彼」くらいで大樹さんの事を考えてるんやろな。満君があの状況やからここはなっちゃんの為にも黙っておくか。)と気を効かせた。さっきの警察官の弘道もメンバーだと説明をして、近いうちに他のメンバーも紹介すると約束をした。
 
 施設の内部状況を大樹に確認をした良太郎が監視および追跡機材選択に入るために四人で良太郎の四輪駆動車に乗り込んだ。教団施設の2ブロック先の空き地に車を停めると、カメラ付きの小型ドローンを飛ばし車内のモニターに注視した。
 教団敷地は約550坪。全周は高さ2メートル半以上のブロック塀に囲われ、正門と通用門以外にも壁上の監視カメラだけでも15か所設置されている。施設内は、教会と集会所を中心に居住棟らしき3階建てのアパートが4棟あり、部屋数を考えると100名近い信者がそこで生活をしていると想像できた。
 敷地内にビニールハウスとプレハブ小屋があり、農産物用のプラ箱が積まれていることから、なにがしらの農作物を栽培をしている様子が見て取れた。
 教団施設の奥にある駐車スペースには、おそらく教祖のものと思われる白いマイバッハの他、マイクロバス、幌付きの2トントラック、1トンのバンが停まっている。それらを確認して良太郎が三人にプランを説明した。
「ふーん、普通の自動車や自転車が一台も無いところを見ると、信者の単独外出の機会はあれへんねやろな。とりあえず、正門と通用門が写せる場所に監視カメラを設置しょうか。後、駐車場に近い出入り口にもカメラつけて顔認証で妹さんが車に乗り込んだらわかるようにしておくわな。そんでもって、トラックとマイクロバスとバンは天井にマグネット式のGPSつけときゃ、各車がどこに行ったかはわかるやろ。そのデータは陽菜ちゃんのパソコンで24時間みられるようにしといたらええやろ。」

 車につけるGPSはトラック、マイクロバス、バンの色に合わせ塗装し、夜間にドローンで設置する準備を済ませ、施設内の監視カメラもドローンで同時に設置することにした。大樹のスマホにある花音の写真で顔認証のプログラムが組まれ、正門と通用門は向かいの電柱に黄色いヘルメットにグレーの作業ツナギを着た良太郎と陽菜がカモフラージュした小型カメラを直接設置しに行った。
 その日の夜にはすべての装置が設置され、夏子、陽菜、大樹の三人による教団監視が始まった。教団建物には、一日1便か2便の郵便配達以外、ほとんど外部の者は接触しないことが分かった。教祖のマイバッハの他にもう一台のベンツSクラスの出入りがあることも判明した。
 毎日、トラックとバスとバンは朝出かけ、夕方に戻ってくる。トラックは野菜の移動販売車で主として三人組で動いている。バスは毎回10名を乗せ東大阪の金属加工の中小企業が多数入る鉄工所街に出入りしている。バンは決まったルートは無く、夜間に移動することが多いとわかった。
 花音は二度、夜間にバンで移動していることが分かったが行先は梅田のシティーホテルだった。

 一週間の行動チェックを経て四人で打ち合わせを行った。
「うーん、なんか怪しいもんを感じるよな…。花音ちゃんを奪還するなら、バンでの移動中しかないな!良太郎、バンごと拉致るような装置あるんか?」
「良太郎、花音ちゃんの会話を盗聴できるような道具あれへんの?」
と無理難題を言う夏子と陽菜に
「無茶言うなや。そんな都合のええもんあるわけないやろ。せいぜい、バンの屋根に引っ付ける吸着型マイクくらいやな。ただ、FMマイクやから、距離は飛べへんから追跡せなあかんで。」
良太郎が言い返すと、大樹が申し訳なさそうに良太郎に頼んだ。
「すみません。それだけでもしてもらえませんか。追跡は自分でやりますから…。いったい、花音に限って「夜」の「シティーホテル」で何をしてるのか…。移動販売や工場ならまだいいんですけど、ホテルって言うのが少し気になってしもて…。」

 その日の夜のうちに「魂の解放」集団のバンの屋根に盗聴器を設置した。その二日後に花音の外出を把握した。急遽、夏子はワゴンRを出し、その助手席に大樹が飛び乗った。車内にいるのは中年の女性信者と花音の二人のようだった。GPS信号をモニターしながら、門真から国道163号線を大阪市内方面にむかうバンの位置情報を追いかけ、バンの二台後ろに位置付けた。
 助手席でカーステレオのFMをつけると思いもよらない言葉がスピーカーから響いてきた。少し落ち着いた女性の声で
「日南田さん、今日は司祭様に大切な御奉仕の日です。あなたのような新人が司祭様の御寵愛を受ける役に何度も選ばれることはめったにない名誉なお仕事です。あなたのお母様は、もうお布施ができない状況ですので教祖様および司祭様の為にあなたが変わって奉仕活動により教団に寄与しなければなりません。
 今日は撮影も入りますが、そこは教団の為ですのでしっかりと奉仕活動を務めてくるのですよ。これは非常に名誉なことなのですからね。」
と言われた後に花音の声が続いた。
「はい…、教祖様、司祭様…、そして教団の為にこの身は捧げるためにありますんで頑張らせてもらいます…。」

 「ちょ、ちょっと大樹、今の会話聞いた?「御奉仕」とか「寵愛」って言うてへんかったか?それに「撮影」ってなんや?女の子はそれを受け入れとったけど…。ちなみに今返事してた女の子の方の声は花音ちゃんで間違いないんか?」
ハンドルを握る夏子が「信じられない」といった顔をして大樹に尋ねた。
「はい。本来はもっとはきはきしたしゃべり方やねんけど、自信がない時に語尾が下がる癖も含めて花音で間違いあれへん。それにしても司祭ってだれや?教団ホームページではそんな奴あがってへんかったですよね。奉仕や寵愛って言うてたし、「男」やなかったらええねんけど…。とりあえず、なっちゃんこのまま追跡頼むわ。状況によっては現場で無理やり奪還するつもりや。その時はなっちゃんにはこれ以上迷惑かけられへんから先にお礼言うとくわな。単なる通りすがりの僕たち兄妹の為にありがとう。陽菜ちゃんと良太郎君と弘道君にもお礼を伝えといてな。」
 覚悟を決めた表情で言う大樹に夏子は尋ねた。
「いったいどないするつもりなん?今日はスタンガンもクマ撃退スプレーも持ってきてへんねんけどどないするつもり?」

 大樹はホテルの駐車場でバンを運転している女性信者に攻撃をかけ、そのままバンを奪って花音を連れ去るつもりだと話した。とりあえず高速に乗り、新神戸に出て車を乗り捨て新幹線で西へ逃げようと思うという案だった。
「うーん、短絡的やな…。大樹一人で大丈夫なんか?まず相手は女一人といえど、騒がれたりしたら大樹が捕まるで。大樹が「意識を刈り取る系」の締め技ができるとか「スタンガン」持ってりゃまだ可能性はあるけどな。ましてや、車や新幹線で花音ちゃんが言うこと聞かへんかったらどないすんねん。なんやったら応援呼ぶけど?」
と夏子が諭すと少し冷静になったようで黙り込んだ。
 夏子は陽菜に電話をすると状況を説明し、良太郎の応援と一瞬で意識を失わせることができる良太郎特製の150万ボルトのスタンガンの準備を頼んだ。稀世か直の応援を頼もうかという陽菜の提案には、即時返答した
「ニコニコ商店街の事件やったら頼む所やけど、今回はそういう訳やない。せやから、私らだけでやるで。」

 良太郎に連絡を入れるため陽菜が電話を切ると、教団のバンは梅田に入り外資系ホテルの駐車場に入った。夏子もついていったのだがドアマンの制服の男性スタッフに止められた。ドアマンは黒いバインダーに挟まれたチェックリストとワゴンRのナンバーを交互に見て「ご宿泊予約のお客様ですか?お名前をお伺いさせてください。こちらは予約のお客様専用の駐車場ですので一般のお客様は市営の駐車場にお回りください。」と言われている間に教団のバンは別のドアマンに誘導され、地下駐車場に降りて行った。大樹はワゴンRの助手席を飛び降り、バンを追いかけたがドアマンに止められてしまい、それ以上追いかけることはできなかった。
「大樹、とりあえず乗って。ここで騒ぎを起こしたらあかん!」
夏子の声に、肩を落として大樹は従った。

 大樹を乗せた夏子はホテルの正面口から車を出し、ホテルを一周回り駐車場出口に向かい、路肩でハザードランプを点灯させ再び陽菜に連絡を入れた。
「もしもし、陽菜ちゃん、今、梅田の外資の「背の高い方」の金持ちホテルの駐車場出口やねん。花音ちゃん積んだバンが出てくるようやったら、再度追尾するわ。そのまま、バンも「お泊り」ちゅうことやったら長いことここには停車できへんから、ホテルの中から駐車場に降りて、バンに「仕掛け」したいから「鍵のウルトラマン」のセットと私のつなぎも持って来てくれへんかな?じゃあ待ってるんでよろしく。」
と言って電話を切った。
「なっちゃん、何するつもりなん?」
と大樹が不思議そうに夏子に尋ねた。
「うーん、種明かしは後でな。少なくとも、私は大樹の奪還作戦みたいなことはせえへんよ。「勇敢」と「無謀」は違うってな!まあ、場数だけは踏んできてるからここは夏子様に任せてな。」

 20分経っても教団のバンは駐車場から出てこなかった。良太郎の運転する四駆で陽菜が夏子に頼まれていた道具とツナギを一式持ってきた。「良太郎、絶対に覗くなよ!」と言い、後部座席で「鍵のウルトラマン」の作業ツナギに着替え始める夏子に「なっちゃんの裸には全く興味ないから心配せんといて。基本二次元の「初芽クミちゃん」と「ミカンちゃん」と「ハルナちゃん」にしか興味ないから。まあ、三次元では陽菜ちゃんが一番好きやけどな。」
と軽く言うのを聞いて、
「ゴルア、それやったらちゃっちゃと陽菜ちゃんの「処女」食ってもたれや!」
と夏子が怒気を含めて言うと良太郎は黙り込んでしまった。

 「じゃあ、30分程で戻るから駐禁に引っかからんように、大樹は私の車の運転席におってな。 
着替え終わった夏子は工具箱と電子機器が入ったショルダーバッグと良太郎が気を利かせて持ってきた機材を持って業者用通用口に向かった。
「すんませーん、宿泊客の地下駐車場はどっから行かせてもろたらええんですかねぇ?カギをインロックしてしもたって連絡もろた「鍵のウルトラマン」ですけどー。」
と警備員にぬけしゃあしゃあと声をかけると、警備員に指示され廊下を奥に入っていった。

 翌朝午前6時、夏子が大あくびしながらリビングキッチンに出ると大樹がパソコンの前で目を真っ赤にして座っていた。テーブルには缶コーヒーの空き缶が4缶並んでいることから、大樹が徹夜で「魂の解放」教団のバンのGPS情報をモニターしていたことは明らかだった。(うーん、この様子やと花音ちゃんは「お泊り」やったってことやろな…。そりゃ兄の立場としたら心配で寝てる場合やなかったんやろな…。まあ、ここは努めて明るく声をかけるかな。)と思い、夏子は
「大樹、おっはー!徹夜したんか?えらいクマが出てイケメンが台無しやがな。車が動いたらアラームが鳴るようにしてきたって言うたやろ。いくら一生懸命モニター見てても動けへんもんはしゃあないで。熱いシャワーで朝シャンでもしてちょっと寝たら?なんかあったらすぐに知らせるからさ。それとも朝がゆでも作ろか?」
と優しく語り掛けた。

 大樹は、深くクマの出た充血した目を夏子に向けふたつ年下の夏子に情けない声で言った。
「なっちゃん…、昨日、花音は「司祭」ってやつにやられてしもたんやろか?「奉仕」、「寵愛」って言うたらそういう事やろ。「司祭」が男でも嫌やし、女でもあかんよな…。僕、どないしたらええんやろか…?」
と涙目で訴えかけてくる。思わず抱きしめてやりたくなったが、そこは「軽い女」と思われたくない気持ちが前に出てぐっとガマンした。
「ホームページで調べて出てないから、別のチャネルで調べるしかあれへんわな。昨日、ホテルの地下駐車場でバッテリー直結で私の携帯キャリアと同じ電話会社のスマホをセットして助手席のシートの隙間に仕込んできてるから車内の会話で何か情報はつかめるやろ。それに、マスコミ関係でジャーナリスト目指してる仲間にも連絡を入れるつもりやから何かわかるかもしれへん。
 いずれにしても、今、打てる手は精一杯打ってるからくれぐれも短気は起こさんようにしてや。弘道も言うてたけど、強引な奪還は下手すりゃ大樹が逮捕されてしまうんやからな。とりあえずシャワーでも浴びて頭をすっきりさせておいで。」
 夏子は大樹を諫めると、「わかった…、なっちゃん、ありがとな…。」と言い、浴室に向かった。




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