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「魂の解放教団」

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「魂の解放教団」

 「ふーん、なっちゃんと陽菜ちゃんの高校時代ってそんなことがあったんや。まあ、「正義感」は今も変わらへんよな。「キリン幼稚園」に手をかけた悪い奴やっつけて、かつての敵の「フォアローゼス」を助けて、前回は「ハッカー集団」と「首相襲撃犯」を「成敗」やもんな。すっかり、「門真の守護神」やもんな。」
 稀世が「あがり」を入れながら二人を褒めた。
「そうやな、この1年で大きな事件を解決して、弘道君は「大手柄」、智君は「スクープ連発」、良太郎君はマイペースなんやろうけど大活躍やもんな。これで二人の「恋」が実ったら言うこと無しやな。頑張りや!そんな二人の幸せを願って、サービスで「中トロ」つけたげるわな。」
三朗も機嫌よく追加で寿司を握った。

 すると夏子のスマホが鳴った。夏子は「ちょっと失礼」と断って、カウンター席で電話に出た。難しい顔をして電話を持って頷き続けている。電話を切った夏子に陽菜が「なんやったん?良くない話?」と尋ねた。
 電話の主は、近所で借りている季節ものの店の在庫や仕入れて整理ができていない在庫商品を置いている倉庫が耐震基準を満たしていないという事で消防局の指摘を受け解体が必要になるとのことだった。引っ越し費用は家主持ちにするので2週間以内に別の倉庫に移ってほしいという内容だった。
「まあ、ちょっと遠くなるけど同じ家賃で少し広くなるみたいやから「吉報」かな?とりあえず、引っ越しの手配があるんで内容物の写真を送ってくれって。陽菜ちゃん、食べ終わったら、散歩がてら倉庫に行こか。もしかしたら、仕入れて忘れてたお宝が出てくるかもしれへんでな。カラカラカラ。」
夏子は笑いながら、中トロをほおばった。
「まあ、期待せんと倉浚くらざらえやな。ついでに夏物家電と衣料に入れ替えもしてしまおうか。」
陽菜も微笑んで「いただきます」と中トロを口に運んだ。

 「ふーん、なっちゃんと陽菜ちゃんの借りてる倉庫街って結構広いやろ。次は何が建つんかな?500坪から600坪はあるわな。マンションでもできるかな?」
稀世が興味深げに呟くと。
「まあ、それは私らには関係ないこっちゃ。ごちそうさまでした。じゃあ、稀世姉さん、三朗兄さん、次のやろうぜ会は7人でお願いしますねー。」
と二人は「ごちそうさま」と勘定を済ますと向日葵寿司を後にした。

 三週間後、倉庫街の解体工事が終わった。その後、すぐに敷地全体がフェンスに囲われ、たくさんの建材が積まれたトラックや、作業車が多数出入りしだした。
 一月後の午前中、工事現場の前を散歩してた夏子と陽菜は一つの事に気がついた。
「はー、陽菜ちゃん、いったい何が建つんやろな?えらい早い工事の進捗やなぁ。それにしても高いブロック塀やな…。」
「せやな、なっちゃん…。おそらく両サイドはアパートかハイツみたいな集合住宅なんやろうけど、中央の金ぴかのハイカラな建物が異様やなぁ。」
「そうやね、異常に高い壁や監視カメラもようさんついてるし、やくざの事務所やろか?」
「ゲロゲロ、それは嫌やなぁ…。ちょっと施工元の案内見てみよか?」

 二人が見た工事施工主の欄には「Liberation of the soul」と記載されていた。陽菜が、スマホの翻訳アプリで調べると「魂の解放」という意味だった。
「うーん、やくざではなさそうやけど、なんなんか全然想像がつけへんな?陽菜ちゃんどない思う?」
「せやね。なんか聞いたことがあるような気がするんやけど…。うーん、あんまりいい話やなかったような…。」
 二人が門の横で話していると純白の大型のベンツが入ってきた。電動の門が「ガーっ」と開くと、中から白い工事用のヘルメットをかぶった白装束の女性グループが列をなして迎えに出る様子が表から見て取れた。
「はー、あの怪しい制服を見てたら、やくざやなくて新興宗教やな?まあ、やくざやなくてよかったけど、さっきのベンツはSクラスの上の最上級クラスのマイバッハやで。新車で三千万ってやつやな。宗教ってやっぱり儲かるんやなぁ…。」
「あー、思い出した海外の新興宗教で結婚相手を教祖が決める「合同結婚式」や「高額なお布施」での信者の破産や「子供の強制入信」で問題になってるって言う新興宗教団体や!この間、テレビの特集で見たわ!」

 陽菜がテレビで見たという「魂の解放」教団についての知識を夏子に説明をしてる間に門は閉じられ中の様子はわからなくなった。「ウイーン」というモーター音に気がついて陽菜が顔を上げると、監視カメラの向きが変わりレンズと目が合った。
「なっちゃん、あのカメラで撮られてるわ。気持ち悪いから、もう行こか…。」
足早にその場を去る陽菜に夏子もついていった。
 向日葵寿司に着くとニコニコ商店街の「女黄門様」と呼ばれる商店街会長の菅野直かんの・なおが先にカウンター席でランチとビールを味わっていた。
「おー、あほの夏子と陽菜やないか。儲かってるか?「ヤングエグゼクティブガールとして真っ赤なベンツに乗るって言うてたやないかい!」って聞くまでも無いわな。20年落ちの軽自動車乗ってたら儲かってるはずあれへんわな。カラカラカラ。」
 おちょくるように夏子と陽菜に声をかけ、席を詰めた。
「気に入って乗ってるんやからええやろ。排ガス規制前のエンジンとマフラーやから馬力もあって燃費もええからな。それに、令和の時代に「ヤングエグゼクティブ」なんて言葉は「昭和」の死語やで。」
「そうそう、ベンツと言えば先月、稀世姉さんと三朗兄さんに話してたうちの店の倉庫やった場所に「魂の解放」教団が入ったみたいで、三千万のベンツのマイバッハがおったわ。」
夏子と陽菜がカウンター席で話すと直が眉間に皴を寄せた。

 「直さん、どないしはりました?えらい難しい顔して…。「わさび」きかせ過ぎましたか?」
三朗が直に問いかけると、直の知り合いの家族が「魂の解放」教団に入信し、トラブルに巻き込まれているという事だった。友達に誘われて入信した嫁が私財をなげうって教団に寄付を続け、破産寸前になっていることに加えて嫁の実子であるまだ学生の娘も無理やり入信させてしまい連絡も取れなくなってしまい、夫と息子が困っているという話だった。東大阪にあった教団が地域住民の反対運動で移設されるという話までは聞いていたが、それが門真であることは知らなかったと語られた。
「まあ、直さんも相談うけても何もしようが無いわな…。宗教だけはどうしようもないわ…。明らかに犯罪を犯してるんやったら警察も動けるんやろうけどな…。「洗脳」されての寄付は、「恐喝」や「強盗」という扱いにはなれへんもんな。」
 稀世が夏子と陽菜のあがりを出しながら会話に加わった。
「せやねん。わしの知り合いもそれで困ってしもてるんや。わしが教祖を居合術でぶん投げて終わりって訳にはいけへんわな。
 嫁さんを精神病院に連れて行っても「薬物反応でも出れば入院させられますけど、奥さんはすっかり教団の教えを信じ切ってはりますからねぇ…」って言われておしまい。当然、警察も一緒で「子供さんが中学生であれば、義務教育中という事で指導はできますけど、もう高校生という事なんで民事不介入の原則があるのでご家庭内で解決してください。」やとさ。」
と投げやりに言うとグラスのビールを一気にあおった。最後に夏子と陽菜に忠告して店を出て行った。
「夏子と陽菜も変な宗教にはハマるなよ。あと、夏子は「ホスト」もあかんぞ。」
 
 稀世は直の食べた寿司下駄とグラスを片付けながら、
「直さんはいろんな相談を受けるから大変やな。直さんの時代には「オウム真理教」の「地下鉄サリン事件」なんて大きな事件があったし、宗教の教えの為に事故に遭った子供が輸血治療を受けられへんで亡くなったなんていう問題や教祖が女性信者を「性奴隷」にするような事件は直さんは大嫌いやからなぁ…。」
とため息をついた。

 その後、一週間で「魂の解放」教団の建物は完成した。信者になった家族の団体が施設前に集まって騒ぐことがあったが、住宅街で無くトラックが行き交う道路際であり路上での抗議活動はできず、高いフェンスがあることで信者の家族の声が教団に届くことはなかった。
 再び夏子と陽菜が教団施設の前を散歩しているときに事件は起こった。
「きゃー、誰か捕まえてー!」
突然教団施設の中から女の叫びが響いた。
 その直後高さ2.5メートルはあるブロック塀の上から若い男が夏子と陽菜の前に落ちてきた。着地に失敗し、アスファルトの歩道に腰を打ちつけ痛がる男はイケメンだった。 
「助けてください。怪しいものではないんです。ただ、妹を取り返しに来ただけなんです!」
イケメンの男は夏子の目を見て言った。(嘘をついてる感じはないな。)と直感で思った夏子はイケメンに尋ねた。
「いったい何があったんや?」

 イケメンが答える前に大きな鉄の扉の正門が開き、白装束の宗教着に身を包んだ八人の女が飛び出してきた。夏子が視線を向けると手にはスタンガンや手錠を持っている。中には捕縛ネット発射機を持っている者もいる。
「その男を引き渡せ!」
「うちの施設に忍び込んだ「でばがめ(※のぞき犯の意)」か「下着泥棒」や!」
と荒々しく夏子と陽菜に叫んだ。
「おうおう、お姉ちゃんにおばちゃんら、スタンガンに捕縛ネットってえらい仰々しいもん持ってるやん!その装備は普通やあれへんぞ。」
夏子は一歩も引かずに白装束の女たちと正対した。

 数秒の沈黙が流れ緊張感が一気に高まったその時、「おー、なっちゃんに陽菜ちゃんやん!」と巡回中の弘道が交番のバイクで走ってきた。そこに、一目で格が違うと感じられる派手な装飾をつけた女が現れ「もうええ。みんな中に入って作業に戻ってちょうだい。」とだけ言うと、その別格なオーラをかもし出す女と八人の宗教着の女たちは逃げるように施設内に戻り、正門は固く閉ざされた。

 弘道が教団施設のインターホンを押し、「すいませーん、駅前交番の巡回なんですけど、いったい何があったんですか?」と尋ねると「ただの覗きです。しっかりと注意しておいてください。」と言われた。取り付く島もなく切られた会話の後、二度インターホンを押し直したが返事はなく、カメラが門の前の四人に向いていた。弘道は「まあ、ここではゆっくり話もできへんから交番で聞こうか。」とバイクを押して夏子、陽菜と若いイケメン男性と一緒に門真市駅前交番に移動した。
 交番に着くと若いイケメン男性は調書を取る弘道に早口で説明した。
「僕は、日南田大樹ひなた・ひろき、22歳の大学生です。妹の花音かのんがさっきの教団に拉致されてるんです。教団に何度連絡しても取り次いでもらえないんで助け出そうと忍び込んだんですけど連れ出しを拒否された挙句に大声を出されて、他の信者に追いかけられて逃げるところだったんです。」

 その後の大樹の話から、妹の花音は先に入信した母親に週末ごとに無理やり連れられて集会と奉仕活動に通わされ、とても嫌がっていたそうなのだが今の施設に移ってから家には戻っていないとのことだった。先日、妹が屋外での奉仕活動に出ているときに話をしたのだがおかしいものを感じたという。今日、教団に面談を申し入れて拒否された時、施設3階の窓に妹の姿を目にして、妹を連れ出そうとブロック塀を乗り越え侵入し、妹を捕まえ説得しようとして失敗したという事だった。
「絶対に花音が拒否することは無いんや。あれだけ信者になるのを嫌がってたのにおかしいねん!きっと、洗脳されてしもたんや。取り返しがつけへんようになる前に助けたって下さい!お巡りさん、お願いします!」
と大樹の言葉は最初の標準語から気持ちが入ったのかこてこての関西弁になっていた。弘道は少し困った顔をして大樹に返答した。
「申し訳ないけど、完全な営利誘拐や暴行事件やないから警察で動くんは無理やな。ましてや、今の話やとお兄さんの方が不法侵入やし、妹さんが拒否されたんやから誘拐未遂扱いになってしまいますよ。幸い向こうさんは「のぞき」扱いで注意でええって言うてるんですから、それ以上突っ込まへん方が得やと思いますよ。」

 ため息をつき、意気消沈して交番の机に突っ伏してしまった大樹に夏子が声をかけた。
「じゃあ、私らが代わりに話を聞いたろか。私らは、この先でリサイクルショップをやってる坂川夏子。こっちは陽菜ちゃん。二人とも二十歳でお兄さんより年下やからなっちゃん、陽菜ちゃんって呼んでくれたらええで。お兄さん22歳の大学生って言うてたけどどこ住んでんの?」
「以前は、近くのマンションに住んでたんですけど、父親は単身赴任中で、先月に母親が預金通帳も全部持って出てしまって、家賃が払えてなくてマンションも出ないといけないんです。僕の手持ちもあと1万円くらいしかないんで…。」
 大樹は正直に答えると夏子はカラッと大樹に言った。
「じゃあ、とりあえず身の回り品を持ってうちに来る?」



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