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「第1部「漫画ジェネシス」編」

「羅須斗の作風」

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「羅須斗の作風」

 2日の午後8時、礼が分亜里わけありマンション427号室に壁を通り抜けて戻ると羅須斗の右わきの袖机に2冊の大学ノートが置かれていた。作業用デスクの上では別の大学ノートに鉛筆でラフ画と多数の吹き出しが書き込まれているのが見える。
 「ただいま…。」と礼が声をかけると、「おっ、礼ちゃん帰ってきたんか?あと、3ページ程で3本目のネームがあがるから先に書きあがった2本を読んでみるか?」とノートを手渡そうとする。
「ごめん、私、三次元世界のものには触れることができへんから…。羅須斗君の手が空いたら見させてもらうから先に、今、描いてるのを仕上げてしもて。」
と断りを入れ、羅須斗の後ろにつき、背中越しに描いてるネームに目を落とした。

 (一日で3本って凄いペースやな。頭の中に作品は仕上がってたんかな?それやったら凄いねんけどなぁ。)と礼は思ったが、その期待は、15分後にものの見事に裏切られた。
「さーて、描き終わったでー。さすがに1日で3本はきつかったな!けど、このパソコンチェアのおかげで腰は痛くないしこの調子やったら1日12時間描いても大丈夫やろな。さて、礼ちゃんに俺の渾身作を見てもろて感想を聞かせてもらおうか!」
とソファーに移り、リビングテーブルに大学ノートを広げた。最初のページ見開きに登場人物のラフスケッチと名前が並んでいる。
 (あぁ、これ、朝にちょっと聞かせてもらった「女潜入捜査員」の話やね。きちんとまとまったんやろか?朝聞いた時はどうしようもないぶれ方やったもんな…。)と礼は不安を覚えた。
 
 「女潜入捜査員は、礼ちゃんがちょっと大人びたイメージで描いてんで。結構美人に描けてるやろ。」
羅須斗は見開きで4ページにわたるヒロインのキャラデザインを指さしながら鼻息荒く解説を加えていく。(あー、やっぱり…)と礼は思った。羅須斗の描くイメージショットは女性キャラクターにも関わらず全てパンツルックだった。
「羅須斗君、ヒロインのスカート姿とかドレス姿ってないの?」
「へ?だって潜入捜査員やで?スカートでアクションはできへんやろ!」
「…、組長か若頭を色仕掛けで落とすシーンとかあるんやろ?男の人はもうちょっと「色気」がある女性キャラの方がええんとちゃうの?」
「いや、俺は「しゅっ」としたパンツスーツの女の人好きやけどな。なんかおかしいか?」

 「そんなん絶対おかしいよ。せっかく美人なキャラクター描いてるのに、それが活かせてへんやん。」と言いたい気持ちを抑えて、そこは指摘せず「じゃあ、ストーリを追いかけさせてくれる?」と話を進めた。
 最初に美少女がビルから飛び降り自殺するシーンで始まり、見開きの扉絵。拳銃を構えるヒロインを中心に複数のキャラが描かれている。人物像のデザインは悪くないし、ラフに描かれてはいるが、夜の街の雰囲気も伝わり羅須斗の「画力」は十分魅力的に感じられる。
「私、ページめくられへんから、羅須斗君がめくってな。セリフも含めて状況や羅須斗君の考えをゆっくりと説明してな。」
と礼が頼むと、羅須斗は解説を加えながら50ページをゆっくりと読み進めていった。
最後のページを読み終わるとノートを閉じ、「どやった?おもろかったやろ?」と笑顔を向ける羅須斗に返す言葉に礼は詰まった。

 オープニングで出ていたキャラが途中で消え、ラストまで出てこないものが3名いた。脇キャラの名前や肩書が変わっているものが2名。「ナイフの名手」と出てきた殺し屋は最後までナイフを持つことなく、ラストシーンでヒロインに向けて「拳銃」を撃ちまくる。東京を舞台としているにもかかわらず、登場人物の殆どが「大阪弁」を話し、その点に関して何の説明もない。
 新木場の夢の島北の東京湾マリーナを舞台にしていると思うが、その風景描写は、どう見てものんびりとした日生ひなせの神戸ハーバーマリーナの情景になっている。クルーザーに対する知識は何を元にしているのかわからないほど「雑」だった。
 爆薬や拳銃に関するギミックも素人レベル。刑法、国際法に関する記載も全く事実に即していない。
(うーん、何から指摘していいのかわかんないレベル…。でも、せっかくやる気になってるんだからその勢いを削いでしまうようなことは言えないわよね。)と言葉を選んでいると、
「まあ、女の子の礼ちゃんにはちょっと難しい「ハードボイルド」な世界やからな。俺がお世話になってる大御所先生の「やくざ漫画」を筆頭に「漫画ジェネシス」はこういった作風がウケる読者層なんやで。これは、俺なりに「漫画ジェネシス」でヒットする要素を分析して、整理して、詰め込んだんがこの作品や。5日に大御所先生の担当さんにも読んでもらおうと思ってるんや。
 もしかして「こりゃおもろいわ!早速、3月から連載や!」ってなったりしてな。カラカラカラ。」
能天気に子供の様な笑顔を礼に向けてくるので何も言えなくなってしまった。

 続けて見せられた2本も同じだった。とにかく、思いつきで進めていくストーリーに深みは無く、途中の伏線と思われた「ネタ」は未回収で終わるパターンで、最後は「ドッカーン」と大爆発で締めくくる「羅須斗パターン」が「悪い作風」として完全に出来上がっている。(「作画」はいいだけに、もったいないよね…。ここは、心を鬼にして「私」が注意してあげないと…。)と思った瞬間、羅須斗が大きなあくびをした。
「ふわぁぁぁ。さすがに、朝5時から気合入れて3本描いたから一気に疲れが出てしもたな。明日、明後日も頑張らなあかんから今日はこれくらいにしておこか。」

 「羅須斗君、明日、明後日でこの3本見直して、加筆修正して担当さんに見せるんやろ?」
礼がようやくの思いで言葉にすると
「いや、明日、明後日も新しいネームを起こすわ。俺がいろんな引き出しを持ってるところを見せておいた方がええやろうからな。じゃあ、今日は軽く飲んで寝ようと思うから、礼ちゃんもちょっと飲むのに付き合ってや。昨日は、お互いの「身の上話」で終わってしもたから、今日は「礼ちゃん」の歓迎会や。礼ちゃんは飲むのは「何派」やった?香りは感じられるってことやったよな。安もんやけど、ブランデーやったらあるで。それとも芋焼酎のお湯割りの方がええか?」
とさっさと「できの悪いネーム」のノートを片付けて、2リットルのペットボトルのブランデーと芋焼酎をテーブルに置くと3つのグラスを取り出し、
「俺がデビューして売れっ子になったら「レミーマルタン」でも「コニャック」でも「ヘネシー」でも「魔王」でも「銀座芋人」でも香りを楽しませてあげるからな。今はこれで我慢してや。」
と礼の前に2つのグラスを置き注いだ。美味しそうに安物の芋焼酎のお湯割りを飲む羅須斗の姿を見た礼は(まあ、注意するのは明日でもいいか…。)と羅須斗が注いでくれたグラスの上で掌を顔に向け扇ぎ、久しぶりにアルコールの香りを楽しんだ。

 ご機嫌にグラスを空ける羅須斗の話を笑顔で聞きながら、ふと羅須斗が思い出したように自分の両掌をまじまじと見て礼に尋ねた。
「礼ちゃんは、壁を通り抜けられるってことは、3次元世界の物質とは触れ合えへんってことやろ。昨日、俺が幽体離脱した時、俺の身体に押し戻そうとしてくれたし、いやなこと思い出させて悪いけど、あの時、確かに礼ちゃんの「おっぱい」の感触が残ってんねん。これってどういうこと?」
 酒の酔いと自ら発した「おっぱい」の言葉に真っ赤になった羅須斗に礼は答えた。
「あの時は、羅須斗君も「幽体」やったからね。私が触れられるのは「幽界」世界のものだけやからね…。」



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