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ALS・筋萎縮性側索硬化症でもプロレスラーになれますか?新人レスラー安江の五倫五常
「三朗と安江」
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「三朗と安江」
午後九時半、向日葵寿司のカウンターで三朗の握る寿司を楽しんでいる安江。今日の練習中に稀世の「前向きさ」の背景に何があるのか、「稀世姉さんの話をもっと聞かせてもらいたい。」と訴えたところ、稀世に「お泊り」を誘われた。夜の仕事先の「BARまりあ」を九時にあがらせてもらい、自宅の部屋を貸してもらっている直に連絡して、一晩の着替えを用意して向日葵寿司に遊びに来たのだった。
その日は、会社員の大型プロジェクトの打ち上げのグループが一組入っていて、テーブル席は、「寿司屋」というより「海鮮居酒屋」化しており、稀世は、ビールと熱燗の配膳に右往左往していた。三朗は、船盛を出すと一息ついて、
「安江ちゃん、江戸前寿司と大阪寿司の違いってわかる?」
と聞いてきた。上握りを食べながら、昔、父親に食べに連れて行ってもらった寿司屋を思い出して考えてみた。
「うーん、ご飯が三朗兄さんの店の方が甘い?あとは、白身魚のネタが多い?くらいですかねぇ。あと、東京にいたときは、この四角いお寿司は食べたことはなかったです。」
と答え、押し寿司を指さした。
「せやね、いいとこついてるで。うんちくを語っておくと、今まで安江ちゃんが食べてきた「江戸前寿司」は、江戸時代に普及した立ち食い寿司の屋台で出される握りずしが中心のお寿司で、東京湾でとれる魚と必ず「マグロ」が入ってるっていうのが基本形かな?まあ、当時のマグロは、冷蔵庫なんかあれへんから「漬けマグロ」やけどね。
せっかちな「江戸っ子」気質に合わせて、立ち食いで一気に食べられるスタイルで、僕の東京での修業時代の元師匠に言わすと「せっかち者のためのお寿司」なんやて。
それに対して大阪寿司というか関西寿司は、平安時代に起源は遡るんやけど、発酵寿司が起源やねん。」
「「ハッコウ」ってどういう意味ですか?「光る」?ですか?」
「ぷぷっ、安江ちゃんおもろいなぁ。確かに「光物」と呼ばれる「大衆魚」を用いたネタは多いかな。ただ、ここでいう「ハッコウ」は「熟成」の意味の「発酵」やね。江戸前寿司が、「立ち食い」の屋台をベースにメニューが組まれているのに対して、大阪寿司は「お弁当」起源やねんな。
アジやサンマ、サバっていう大衆魚がメインで、後に巻き寿司やバッテラや棒寿司が出てきて、それらを総称して「大阪寿司」っていうんです。お弁当用の「箱寿司」が発祥やから、握ってすぐ食べる「江戸前寿司」と違って、「お弁当」が起源の「大阪寿司」は、しゃりが乾燥せえへんように、砂糖を多めに入れてんねん。江戸前寿司は、漬けにしたり酢じめにしてネタに味をつけることが多いから、しゃりはさっぱり目の味付けやねんな。
だから、安江ちゃんが答えた、「白身が多い」、「しゃりが甘い」、「四角い」はほぼ正解やな。はい、クイズ正解に江戸前寿司の特攻隊長「中トロの握り」プレゼント。」
「わー、ありがとうございます。よくわかりました。でも、なんで「特攻隊長」なんですか?」
「それは、僕の修行してた寿司屋の先輩の受け売りやねんけど、江戸前寿司で「好きなネタ」と「よく食べるネタ」と「食べたいネタ」ってアンケート取ると、「好きなネタ」の一位が「中トロ」やねんて。「よく食べるネタ」は「マグロの赤身」、食べたいネタは「大トロ」ってマグロ尽くしやねん。で「一番テンションが上がる」のが「中トロ」ってな。先輩は「大トロ」は「総長」、「赤身」は「兵隊」って言ってたわ。プチ暴走族上がりのヤンキーやったから、例えが変やねんけどな。ちなみに大阪では「好きなネタ」は「サーモン」、「よく食べるネタ」は「こはだ」、「食べたいネタ」は「ウニ」らしいわ。マグロはその中に入ってへんねん。関西人独特の「東京」に対する対抗意識かもしれへんけどな。」
「えー、私ら「大阪」ってそう意識しませんけどねぇ?」
「だから、意識してるんはこっちだけやねん。「東京コンプレックス」っちゅう奴やな。まあ対抗心とは別で、東京への憧れも強いから、大阪の男は女の子に告白するときは、50%以上が「お前の事、好きやねん」やなくて「君のことが好きだ」って標準語で言うらしいで。」
「三朗さんはどうだったんですか?」
「んー、僕も50%強の方。」
ふたりで笑った。「大将ー、ごちそうさーん。お勘定してんかー!」テーブル席から「勘定」の声がかかった。「はーい、ありがとうございまーす。しばらくお待ちくださーい。」三朗が電卓をたたいた。以前は、稀世に「勘定」は任せていたのだが、おっちょこちょいの性格が災いして「計算間違え」が多いので、グループや宴会の大口客は三朗が計算するようにしていると小さな声で安江に説明した。安江は「ぷぷっ」っと小さな声で笑った。
三朗が書いた勘定書きを持って、稀世が精算を済ませにいった。「ごちそうさーん」、「大将、美味しかったでー。」とグループ客が出ていくと、店は静まり返った。稀世が、
「安江ちゃん、サブちゃんと何しゃべってたん?えらい楽しそうやったやん。」
「えぇ、三朗さんが、稀世姉さんには標準語が半分入るって話。」
「えー、なにそれ?でもそうかな?広君や徹っちゃんには、バリバリに関西弁やのに、私に対しては、確かに標準語使うときあるなぁ。」
「稀世姉さん、その時は稀世姉さんに「愛」を語ってるときらしいですよ。」
「ええーっ、サブちゃん、そんな恥ずかしい話してたん。いややわー。」
「いや、稀世さん、告白の時、標準語を使ったって話をしただけで…。」
「だから、三朗兄さんは、いまでも稀世姉さんに標準語を使うときは、「愛」を語ってるってことですよ。うーん、うらやましい熱々ぶりですよねー。初対面から、五年の純愛を経て、結婚三年たってもこの熱々ぶり。ひまちゃんもいて、本当にうらやましいですね。」
稀世も三朗も真っ赤になってうつむいた。「さあ、ちゃちゃっと片付けちゃいましょう!」、「うん、サブちゃん、どんどん下膳するわな。」と照れ隠しで作業に向かった。(ふーん、稀世姉さんも三朗兄さんの前では今も「乙女」のままなんだ。なんか、私の方がキュンキュンしてしまうわ。)安江は、ふたりの作業を目で追いながら、押し寿司を頬張った。
片付けの作業が終わると、稀世もカウンター席についた。「はい、稀世さんお疲れさまでした。生ビール飲まはりますよね?」と生ビールをカウンターに出した。
「あー、仕事の後の一杯は、五臓六腑に染みわたんな―。はい、サブちゃんも!」
と半分飲んだジョッキを三朗に渡した。
「はい、いただきます。今日は、団体さん居ったから、稀世さん、せっかく安江ちゃん来てくれてたのに話せずじまいだったですもんねぇ。」
「まあ、お客さんは神さんやから、そこは文句言われへんよ。まあ、これから一晩ゆっくりと話するもんなあー、安江ちゃん。」
「はい、色々と聞かせてください。今晩は寝させませんよ。」
「おう、任さんかい!明日は、休みやから受けて立つで!ところで直さんもこの後来るんやろ?」
「はい、十時に来るって言ってましたけど。一緒にスーパー銭湯行こうっておっしゃってましたよ。」
「ふーん、じゃあ、私、先に着替えてきてええかな?」
と稀世は、二階に上がっていった。稀世を見送り、安江が三朗に聞いた。
「三朗兄さんって、ずっと稀世姉さんのファンだったんですって?」
「はい、稀世さんの二十歳の誕生日のデビュー戦を偶然見に行って、一目惚れでした。でも、告白する勇気がなくて、「五年間」ただのファンのひとりでした。その五年目に、稀世さんから聞いてるかもしれへんけど、試合中の事故に遭って、僕が付き添いに行って「例の」宣告を受けたんです。
そんで、ここの二階で稀世さんに一晩付き合って、次の日に直さんが来て、婚約、結納。一週間後に結婚でした。」
「うーん、何回聞いてもすごい話ですよねぇ。今日は、稀世姉さんにそこの話と、その後のいろんな事件について聞かせてもらおうと思ってるんです。…知り合ってから、結婚まで五年か…。稀世姉さんは二十歳で三朗兄さんと知り合ったんですね…。私、今、好きな人もいないのに…、厳しいですね。」
「いや、安江ちゃんなら大丈夫ですよ。その気になれば、すぐいい人見つかりますよ。」
「でも、早くて二年、良くても五年…。私、迷惑かけるだけの人になっちゃうんですよね…。やっぱり、恋愛は無理かなぁ…。」
「安江ちゃん、「迷惑かけるだけ」って考えはやめた方がええですよ。」
「えっ、でも、ひとりじゃ出かけられない体になっちゃうんですよ。そこから十年、そんな状態が続くんですよ。好きな人ができたとして、そんな面倒かけられないですよ。」
三朗は、腕を組んで考え込んだ。言葉に詰まったのではなく、言葉を選んでいると安江は感じ、三朗の次の言葉を待った。暫しの沈黙ののち、三朗の唇がゆっくりと開いた。
「安江ちゃん、昼の市民サロンと夕方のこども食堂の手伝いしてくれてはりますけど、「やらされてる」とか「やってあげてる」と思ってやってはるんですか?サービスを受けている子供達やお年寄りはみんな「申し訳ない。」って思ってはるんでしょうか?
上手に言葉にできませんけど、僕はそうは思いません。みんなができることをやって、お互いに足りない部分を少しづつ助け合ってるんやと思います。子供たちが、市民サロンのおじいちゃん、おばあちゃんのところにお弁当持って行ったり、車いすで広君とこのサロンまで送迎をして、サロンでおじいちゃん、おばあちゃんがこども食堂の子供たちに歌や折り紙を教えたり、宿題を手伝ってあげたりって、お互いに遠慮があったらできないと思うんです。
変な例えになりますが、ここにお寿司を食べに来る人って、自分で「お寿司が握れない」から来るわけですよね。でも家族で来て「ごめんな、お父さんがお寿司握られへんで。」って誰も思わないですし、僕も「できへんあなたのため」に「握ってやってる」とは思いません。
僕は、お好み焼きは上手に焼かれへんから、がんちゃんとこに食べに行きますし、エアコンの修理はできへんから、直さんとこの日高さんに直してもらいます。うまく言えませんけど、世の中、誰ひとりとして、不必要な人なんてあらへんのとちゃいますかねぇ…。上手に言われへんですみません。」
「あっ!今、なんとなく、三朗兄さんと稀世姉さんが言ってた言葉の意味が分かったような気がしました。いや、わかったような気がします。うん、わかりました。ありがとうございます。うん、うん、本当にありがとうございます。三朗兄さん!」
とカウンター越しに三朗の両手をしっかりと握った。
ちょうど、稀世が着替えを終えて降りてきた。安江は、「はっ」っと気づき、慌てて三朗の手を離した。
「見―たーでー!サブちゃんに「手」出してたやろー。杉田君に言いつけたるぞー。」
「えっ?安江ちゃんって杉田君とそんな関係なんですか?稀世さん、それって、まじですか?安江ちゃん、それほんまなん?」
安江は真っ赤になり、
「それは…。」
と言いかけたとき、
「おう、待たせたな!スーパー銭湯行くぞー!ひまちゃんも連れてこいや。」
と直が入ってきて、その話題は中断した。
午後九時半、向日葵寿司のカウンターで三朗の握る寿司を楽しんでいる安江。今日の練習中に稀世の「前向きさ」の背景に何があるのか、「稀世姉さんの話をもっと聞かせてもらいたい。」と訴えたところ、稀世に「お泊り」を誘われた。夜の仕事先の「BARまりあ」を九時にあがらせてもらい、自宅の部屋を貸してもらっている直に連絡して、一晩の着替えを用意して向日葵寿司に遊びに来たのだった。
その日は、会社員の大型プロジェクトの打ち上げのグループが一組入っていて、テーブル席は、「寿司屋」というより「海鮮居酒屋」化しており、稀世は、ビールと熱燗の配膳に右往左往していた。三朗は、船盛を出すと一息ついて、
「安江ちゃん、江戸前寿司と大阪寿司の違いってわかる?」
と聞いてきた。上握りを食べながら、昔、父親に食べに連れて行ってもらった寿司屋を思い出して考えてみた。
「うーん、ご飯が三朗兄さんの店の方が甘い?あとは、白身魚のネタが多い?くらいですかねぇ。あと、東京にいたときは、この四角いお寿司は食べたことはなかったです。」
と答え、押し寿司を指さした。
「せやね、いいとこついてるで。うんちくを語っておくと、今まで安江ちゃんが食べてきた「江戸前寿司」は、江戸時代に普及した立ち食い寿司の屋台で出される握りずしが中心のお寿司で、東京湾でとれる魚と必ず「マグロ」が入ってるっていうのが基本形かな?まあ、当時のマグロは、冷蔵庫なんかあれへんから「漬けマグロ」やけどね。
せっかちな「江戸っ子」気質に合わせて、立ち食いで一気に食べられるスタイルで、僕の東京での修業時代の元師匠に言わすと「せっかち者のためのお寿司」なんやて。
それに対して大阪寿司というか関西寿司は、平安時代に起源は遡るんやけど、発酵寿司が起源やねん。」
「「ハッコウ」ってどういう意味ですか?「光る」?ですか?」
「ぷぷっ、安江ちゃんおもろいなぁ。確かに「光物」と呼ばれる「大衆魚」を用いたネタは多いかな。ただ、ここでいう「ハッコウ」は「熟成」の意味の「発酵」やね。江戸前寿司が、「立ち食い」の屋台をベースにメニューが組まれているのに対して、大阪寿司は「お弁当」起源やねんな。
アジやサンマ、サバっていう大衆魚がメインで、後に巻き寿司やバッテラや棒寿司が出てきて、それらを総称して「大阪寿司」っていうんです。お弁当用の「箱寿司」が発祥やから、握ってすぐ食べる「江戸前寿司」と違って、「お弁当」が起源の「大阪寿司」は、しゃりが乾燥せえへんように、砂糖を多めに入れてんねん。江戸前寿司は、漬けにしたり酢じめにしてネタに味をつけることが多いから、しゃりはさっぱり目の味付けやねんな。
だから、安江ちゃんが答えた、「白身が多い」、「しゃりが甘い」、「四角い」はほぼ正解やな。はい、クイズ正解に江戸前寿司の特攻隊長「中トロの握り」プレゼント。」
「わー、ありがとうございます。よくわかりました。でも、なんで「特攻隊長」なんですか?」
「それは、僕の修行してた寿司屋の先輩の受け売りやねんけど、江戸前寿司で「好きなネタ」と「よく食べるネタ」と「食べたいネタ」ってアンケート取ると、「好きなネタ」の一位が「中トロ」やねんて。「よく食べるネタ」は「マグロの赤身」、食べたいネタは「大トロ」ってマグロ尽くしやねん。で「一番テンションが上がる」のが「中トロ」ってな。先輩は「大トロ」は「総長」、「赤身」は「兵隊」って言ってたわ。プチ暴走族上がりのヤンキーやったから、例えが変やねんけどな。ちなみに大阪では「好きなネタ」は「サーモン」、「よく食べるネタ」は「こはだ」、「食べたいネタ」は「ウニ」らしいわ。マグロはその中に入ってへんねん。関西人独特の「東京」に対する対抗意識かもしれへんけどな。」
「えー、私ら「大阪」ってそう意識しませんけどねぇ?」
「だから、意識してるんはこっちだけやねん。「東京コンプレックス」っちゅう奴やな。まあ対抗心とは別で、東京への憧れも強いから、大阪の男は女の子に告白するときは、50%以上が「お前の事、好きやねん」やなくて「君のことが好きだ」って標準語で言うらしいで。」
「三朗さんはどうだったんですか?」
「んー、僕も50%強の方。」
ふたりで笑った。「大将ー、ごちそうさーん。お勘定してんかー!」テーブル席から「勘定」の声がかかった。「はーい、ありがとうございまーす。しばらくお待ちくださーい。」三朗が電卓をたたいた。以前は、稀世に「勘定」は任せていたのだが、おっちょこちょいの性格が災いして「計算間違え」が多いので、グループや宴会の大口客は三朗が計算するようにしていると小さな声で安江に説明した。安江は「ぷぷっ」っと小さな声で笑った。
三朗が書いた勘定書きを持って、稀世が精算を済ませにいった。「ごちそうさーん」、「大将、美味しかったでー。」とグループ客が出ていくと、店は静まり返った。稀世が、
「安江ちゃん、サブちゃんと何しゃべってたん?えらい楽しそうやったやん。」
「えぇ、三朗さんが、稀世姉さんには標準語が半分入るって話。」
「えー、なにそれ?でもそうかな?広君や徹っちゃんには、バリバリに関西弁やのに、私に対しては、確かに標準語使うときあるなぁ。」
「稀世姉さん、その時は稀世姉さんに「愛」を語ってるときらしいですよ。」
「ええーっ、サブちゃん、そんな恥ずかしい話してたん。いややわー。」
「いや、稀世さん、告白の時、標準語を使ったって話をしただけで…。」
「だから、三朗兄さんは、いまでも稀世姉さんに標準語を使うときは、「愛」を語ってるってことですよ。うーん、うらやましい熱々ぶりですよねー。初対面から、五年の純愛を経て、結婚三年たってもこの熱々ぶり。ひまちゃんもいて、本当にうらやましいですね。」
稀世も三朗も真っ赤になってうつむいた。「さあ、ちゃちゃっと片付けちゃいましょう!」、「うん、サブちゃん、どんどん下膳するわな。」と照れ隠しで作業に向かった。(ふーん、稀世姉さんも三朗兄さんの前では今も「乙女」のままなんだ。なんか、私の方がキュンキュンしてしまうわ。)安江は、ふたりの作業を目で追いながら、押し寿司を頬張った。
片付けの作業が終わると、稀世もカウンター席についた。「はい、稀世さんお疲れさまでした。生ビール飲まはりますよね?」と生ビールをカウンターに出した。
「あー、仕事の後の一杯は、五臓六腑に染みわたんな―。はい、サブちゃんも!」
と半分飲んだジョッキを三朗に渡した。
「はい、いただきます。今日は、団体さん居ったから、稀世さん、せっかく安江ちゃん来てくれてたのに話せずじまいだったですもんねぇ。」
「まあ、お客さんは神さんやから、そこは文句言われへんよ。まあ、これから一晩ゆっくりと話するもんなあー、安江ちゃん。」
「はい、色々と聞かせてください。今晩は寝させませんよ。」
「おう、任さんかい!明日は、休みやから受けて立つで!ところで直さんもこの後来るんやろ?」
「はい、十時に来るって言ってましたけど。一緒にスーパー銭湯行こうっておっしゃってましたよ。」
「ふーん、じゃあ、私、先に着替えてきてええかな?」
と稀世は、二階に上がっていった。稀世を見送り、安江が三朗に聞いた。
「三朗兄さんって、ずっと稀世姉さんのファンだったんですって?」
「はい、稀世さんの二十歳の誕生日のデビュー戦を偶然見に行って、一目惚れでした。でも、告白する勇気がなくて、「五年間」ただのファンのひとりでした。その五年目に、稀世さんから聞いてるかもしれへんけど、試合中の事故に遭って、僕が付き添いに行って「例の」宣告を受けたんです。
そんで、ここの二階で稀世さんに一晩付き合って、次の日に直さんが来て、婚約、結納。一週間後に結婚でした。」
「うーん、何回聞いてもすごい話ですよねぇ。今日は、稀世姉さんにそこの話と、その後のいろんな事件について聞かせてもらおうと思ってるんです。…知り合ってから、結婚まで五年か…。稀世姉さんは二十歳で三朗兄さんと知り合ったんですね…。私、今、好きな人もいないのに…、厳しいですね。」
「いや、安江ちゃんなら大丈夫ですよ。その気になれば、すぐいい人見つかりますよ。」
「でも、早くて二年、良くても五年…。私、迷惑かけるだけの人になっちゃうんですよね…。やっぱり、恋愛は無理かなぁ…。」
「安江ちゃん、「迷惑かけるだけ」って考えはやめた方がええですよ。」
「えっ、でも、ひとりじゃ出かけられない体になっちゃうんですよ。そこから十年、そんな状態が続くんですよ。好きな人ができたとして、そんな面倒かけられないですよ。」
三朗は、腕を組んで考え込んだ。言葉に詰まったのではなく、言葉を選んでいると安江は感じ、三朗の次の言葉を待った。暫しの沈黙ののち、三朗の唇がゆっくりと開いた。
「安江ちゃん、昼の市民サロンと夕方のこども食堂の手伝いしてくれてはりますけど、「やらされてる」とか「やってあげてる」と思ってやってはるんですか?サービスを受けている子供達やお年寄りはみんな「申し訳ない。」って思ってはるんでしょうか?
上手に言葉にできませんけど、僕はそうは思いません。みんなができることをやって、お互いに足りない部分を少しづつ助け合ってるんやと思います。子供たちが、市民サロンのおじいちゃん、おばあちゃんのところにお弁当持って行ったり、車いすで広君とこのサロンまで送迎をして、サロンでおじいちゃん、おばあちゃんがこども食堂の子供たちに歌や折り紙を教えたり、宿題を手伝ってあげたりって、お互いに遠慮があったらできないと思うんです。
変な例えになりますが、ここにお寿司を食べに来る人って、自分で「お寿司が握れない」から来るわけですよね。でも家族で来て「ごめんな、お父さんがお寿司握られへんで。」って誰も思わないですし、僕も「できへんあなたのため」に「握ってやってる」とは思いません。
僕は、お好み焼きは上手に焼かれへんから、がんちゃんとこに食べに行きますし、エアコンの修理はできへんから、直さんとこの日高さんに直してもらいます。うまく言えませんけど、世の中、誰ひとりとして、不必要な人なんてあらへんのとちゃいますかねぇ…。上手に言われへんですみません。」
「あっ!今、なんとなく、三朗兄さんと稀世姉さんが言ってた言葉の意味が分かったような気がしました。いや、わかったような気がします。うん、わかりました。ありがとうございます。うん、うん、本当にありがとうございます。三朗兄さん!」
とカウンター越しに三朗の両手をしっかりと握った。
ちょうど、稀世が着替えを終えて降りてきた。安江は、「はっ」っと気づき、慌てて三朗の手を離した。
「見―たーでー!サブちゃんに「手」出してたやろー。杉田君に言いつけたるぞー。」
「えっ?安江ちゃんって杉田君とそんな関係なんですか?稀世さん、それって、まじですか?安江ちゃん、それほんまなん?」
安江は真っ赤になり、
「それは…。」
と言いかけたとき、
「おう、待たせたな!スーパー銭湯行くぞー!ひまちゃんも連れてこいや。」
と直が入ってきて、その話題は中断した。
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