ALS・筋萎縮性側索硬化症でもプロレスラーになれますか？新人レスラー安江の五倫五常

ALS・筋萎縮性側索硬化症でもプロレスラーになれますか？新人レスラー安江の五倫五常

「プロローグ」

「ALS側索硬化症でもプロレスラーになれますか？～安江の五倫五常～」

「プロローグ」
　天の上まで抜けるような青空の５月５日のこどもの日。大阪府門真市の京阪電車「門真市駅」の東にある「門真市駅東商店街」、通称「ニコニコ商店街」は、子供から年寄りまでたくさんの人出で賑わっていた。特に商店街中央にある西沢米穀店横の「西沢米穀特設リング会場」にひときわ多くの人が集まっていた。
　三年前、大阪ニコニコプロレスの人気レスラーだった「安稀世（やすきよ）」が試合中の事故でよもやの「余命半年」の告知を受けた。その翌日、ニコニコ商店街役員会会長で、地元では皆から「女黄門様」と呼ばれる「菅野直（かんのなお）」の強引な仲介により、稀世とニコニコ商店街青年部部長で向日葵寿司三代目の「長井三朗（ながいさぶろう）」が即日結納、そしてその六日後、「三十歳童貞」と「二十五歳処女」カップルの奇跡の結婚へと一気に進んだ。
　「稀世ちゃんがニコニコ商店街に来てから、大きく街が変わった。」と商店街の仲間も利用者も、皆が皆、口をそろえて言う。稀世と三朗の間に一昨年生まれた長女の「ひまわり」も、みんなの人気者でかわいがられている。
　稀世が所属していた「大阪ニコニコプロレス」は前社長の急逝に伴い、破綻解散の危機にあったため、西沢米穀店主の西沢広義（にしざわひろよし）の所有する空き倉庫になっていた米蔵に移転してきた。
　西沢米穀の元米蔵はニコニコプロレスメンバーにより掃除され、リングが設置された。その周りに商店街の空き店舗から引っ張ってきたカラオケ設備とスピーカー、そしてテーブルや椅子が入れられ、多目的イベント会場として、カラオケやライブや演芸の会場として市民の憩いの場になった。ニコニコプロレスメンバーの若い女の子も商店街に移り住み、しょぼくれていたニコニコ商店街は一気に若返った。
　稀世の持ち前の明るさと誰にでも優しい人懐っこさから、稀世を中心に商店街の仲間が次々に増え、「こども食堂」、「市民サロン」が商店街で開設された。それまでには無かった、老若男女を問わない、人々の交流が始まった。
　
　今日は、こどもの日ということで商店街あげての「こどもの日祭り」のイベントが開かれている。賑わう会場前で「ちょっとしたトラブル」がありバタバタとした後、にぎやかに盛り上がる西沢米穀特設リング会場に大柄で金髪美人の白人が大きな紙袋を持って入ってきた。
　金髪美女は、「トラブル」でケガをした小さな女の子の膝のケガを消毒し、治療を済ませると、「つまらないものですが…。」と大きな紙袋を稀世に渡した。
「なになに？食べもん？」
と稀世の後輩でニコニコプロレス、そしてニコニコ商店街の問題娘の夏子（なつこ）と陽菜（ひな）がしゃしゃり出てきて紙袋の中に顔を突っ込んだ。
「こら、なっちゃん、陽菜ちゃん、お客さんの前で失礼やで。」
と稀世がふたりを叱るが、気にせずお土産の紙包みをバリバリと引きちぎった。中身は、東京名物の「雷おこし」だった。
「げろげろげー、「雷おこし」ってなんやねん。大阪で、手土産言うたら「５５１」か「茜丸」か「たこ昌」やろ。なあ陽菜ちゃん。」
「せやせや、なっちゃん。百歩譲っても「岩おこし」やで。「雷おこし」はないわな。まあ、言うても外人さんには分からへんか。」
　稀世は、来客者を前に、真っ赤になって、
「雷おこしかて、美味しいやん。いただきもんに何文句いってんねん。」
と夏子と陽菜に拳骨を落とした。夏子と陽菜の傍若無人な態度にも嫌な顔一つせずにいる金髪美女に、先ほどの「トラブル」に巻き込まれたリカーショップ武藤の店員の杉田庄一（すぎたしょういち）と店主の武藤金義（むとうかねよし）がお礼を言いに来た。
　稀世は、商店街メンバーで一番若いが人一倍優しくて気が利くイケメンの杉田を助けてもらったことと、話の中で金髪美女が、今日が二十歳の誕生日と言う事を知り、
「お礼と誕生日のお祝いで希望があれば「何でも」言ってな。」
とリップサービスした。

　「失礼を承知でお願いしますが、どうか私を「安稀世選手」の弟子にしてください。」
と金髪美女は言いきった。それを聞き、夏子と陽菜が
「自分たちこそが稀世姉さんの一番弟子や。」
「プロレスの世界は甘くないで！」
と、金髪美女に言い捨てた。来場した子供たちや大学プロレスサークルのレスラーとリングでゲームを行うチャレンジカップのイベントがあるので「そこで実力を見てやるわ。」と息巻いた。
　「はい、喜んで！」とばかりに、金髪美女はカバンから自前の柔道着を取り出し、着替えた。チャレンジャーをニコニコプロレスのメンバーが相手するイベントが行われているリングに上がった金髪美女は、鼻息荒くリングに上がった夏子と陽菜を「払い腰」と「一本背負い」で瞬殺した。
「まりあさん！瓢箪から駒の大物や！」
「タイトル狙える器の選手登場や！なぁ稀世！」
と興奮する稀世とまりあに直が加わった四人でリング裏の事務所で金髪美女の話を聞くこととなった。
　あらたまって、金髪美女は稀世とまりあに正対し、真剣なまなざしで強く語った。
「私、「ＡＬＳ側索硬化症」なんですけどプロレスラーになれますか？ずっと安稀世選手のファンでした。どうか弟子入りさせていただきたいのですが。」
「エロエムエッサイム、創作校歌賞？なにそれ、宗教学校の歌でも作ってんの？あんた、シンガーソングライター？」
稀世は首をひねって聞き直した。