おーばー！２〜弱小女子野球部の監督に元最強選手の男子高校生が就任してハーレムになった件〜【明鈴高校女子野球部一年生後編】

続くピンチ、繋がる打線

　途中交代で出場している護が打席に入る。
　そして光陵はこのチャンスを逃さないように動いた。先ほどヒットを放ち、ファーストランナーとなっていた実里に代え、代走として松永春海を送った。春海はチーム１の走力を誇り、背番号８を背負う光陵のレギュラーだ。この試合は打力重視の構成となっていることと琥珀がセンターに入っていることもありスタメンを外れたが、その走力は恐らくこの合宿メンバーの中で一番……由真や光に勝るとも劣らない。

　ランナー一、三塁でファーストランナーに俊足の春海が入るということは、ほぼ確実に盗塁が来るだろう。そして盗塁の間にホームスチールの可能性だってある。
　厄介なランナー。バッターも厄介だ。
　どのように対処するかということを考えているだけでは始まらない。琉華はバッターの護へ初球を投じた。
　その瞬間、ファーストランナーの春海がスタートを切った。

「走った！」

　琉華も盗塁を警戒し、速いモーションからの投球だ。その上、キャッチャーの榛名さんが送球しやすいように高めに大きく外した。
　バッターの護は盗塁を補助するようにバットを振るが、そのスイングに動じることなく榛名さんは二塁へと送球する。
　二塁に入っていた夜空が送球を受け取り、滑り込んでくる春海へとタッチする。

「……セーフ！」

　僅かに春海の方が早かった。盗塁を最大限に警戒した琉華と榛名さんだったが、春海のスタートが完璧だったため、それは及ばない。
　そして盗塁と同時にホームスチームも狙うと思われる状況ではあったが、送球が逸れることもなければ、夜空はタッチの後にすぐに送球できる体勢に入っていたため、サードランナーの魁は狙う素振りを見せながらも本塁へと突入はしなかった。
　盗塁された上に一点を奪われたとなれば、状況は苦しくなる。これだけ警戒していても春海の盗塁を防げなかったということは、アウトにできなかったことは仕方ない。そのことを考えると、魁が本塁に突入して一点とならなかっただけまだ良かったのかもしれない。

　ノーアウトランナー二、三塁と変わり、二球目。外角へのチェンジアップだが、バッターの護はこれを見送る。

「ボール」

　カウントはワンボールワンストライク。
　三球目、今度は内角を攻めるストレートだ。高めだが力強いその球に、バッターの護は手を出した。

「レフト！」

　力の乗った打球はレフト際へのライナー。レフトの秀は打球を追いかけるが、速い打球に追いつくことはできない。

「ファウルボール！」

　変な回転がかかった打球はフェアゾーンに向かっていたが、変化してファウルゾーンに落ちる。
　この打球がフェアゾーンに落ちていれば、確実にセカンドランナーまで返って二点となった上にツーベースヒットとなっただろう。命拾いした。

　そして三球目。今度はタイミングを外すようなカーブにバッターの護は泳いだようなバッティングだ。

「ライトー！」

　タイミングが外れ、それでも護のバットはカーブを引きつけて捉える。ライトほぼ定位置への打球となった。
　この位置であればタッチアップはできない。

　……普通なら。

　ライトを守るのは珠姫。右肘は問題なく動くとはいえ、元々左投げの珠姫にとってはあまり強い送球はできない。正確に言えば生まれてから約十五年使い続けた左から、あまり使わなかった右へと変えたのだから、まだ慣れていないのだ。
　珠姫は落下地点に入ると、少し後ろから助走をつけて捕球する。

「ゴー！」

「バックホーム！」

　ランナーコーチの掛け声と榛名さんの声がほぼ同時に響く。そして珠姫は助走の勢いそのままに、ホームへと送球した。
　その送球は強すぎず、かと言って弱すぎない、普通の送球だ。送球はワンバウンド、ツーバウンドしてキャッチャーの榛名さんの手元に届く。
　珠姫が捕球したのはほぼ定位置。そのため、送球が榛名さんの手元に届いたのは、サードランナーの魁が本塁に滑り込んだのとほぼ同タイミングだ。
　榛名さんは捕球すると、素早く魁をタッチしに行く。しかし魁は上手く回りながら滑り込み、そのタッチを掻い潜った。

「セーフ！」

　その間、魁がタッチアップしたのと同時にスタートを切ったセカンドランナーの春海は、当然のように三塁へと到達している。
　ワンアウトを奪ったものの、一点を返されてなおもランナー三塁という状況。ピンチということは変わらない。

　そして打順は戻って一番の咲良だ。
　琉華の放つ咲良への初球。高めに浮いた球だ。
　これは高く外れたため、ボール球となる。
　二球目、今度はタイミングを外す球、ゆったりとしたチェンジアップだ。この球に咲良は手を出すが、上手く打ち切れずに一塁側へのファウルとなった。
　タイミングを外そうとも、咲良はついてくる。
　三球目、今度も緩い球、しかし今度はカーブという変化をつけたものの、それも当てられ三塁側へのファウルとなった。
　ボール先行ながらも三球で追い込んだ。それでも四球目に放つストレートも当てられてファウルとなる。
　なかなか打ち取ることができない。それによって琉華の球は力み、五球目、六球目と、ストレートとカーブが外れてボール球となった。
　これでフルカウント。追い込んではいるが、追い込まれているカウントでもある。

　そして七球目、琉華と榛名さんはサインを交わす。セットポジションから琉華の放つ球は、渾身のストレート。その球を外角低めへと投げ込んだ。
　その球は心地の良い音を立てながら、榛名さんのミットへと吸い込まれていった。

「……ボール。フォアボール」

　今日一番の球とも思えるストレートだったが、外へと外れてボールとなった。
　咲良はその判定を聞くと、一塁へと向かう。一打席目は凡打だったものの、二打席目、三打席目とフォアボールだ。選球眼が良いということもあるだろうが、咲良が打席に立つ時の圧迫感にピッチャーは気圧されてしまうのだろう。

　そしてフォアボールで咲良の出塁を許したことで、ワンアウトランナー一、三塁となる。
　榛名さんはたまらずタイムを取ると、内野陣はマウンドに集まった。



「久世ちゃん大丈夫か？」

　榛名さんは琉華の肩を叩きながら声をかける。琉華はやや息を荒くしているが、「大丈夫です」と言いながら頷いた。
　打たれたくないという気持ちは、このチームの投手陣の中で琉華が一番強いだろう。他の秀や夜空、晴からすると光陵は同年代の選手たちだが、琉華だけは上のステージに立っていた。公式戦での登板経験はないとはいえ、そのプライドが琉華にプレッシャーをかけている。
　その気持ちは巧もわからなくはない。それは榛名さんも同じだろう。
　巧も中学時代の男子野球とはいえ、世界と戦っていたのだ。その記憶も新しく、やはり負けたくないという気持ちはあった。
　ただ、そんな気持ちも今では軽いものだ。それはたった四ヶ月近くとはいえ、女子野球を同じ目線で見てきたから。
　巧は琉華の気持ちが少しでも軽くなるように、声をかける。

「打たせてください。そして後ろに任せてくださいよ」

　笑いながら巧はそう言い、続けて口を開く。

「ここにいる選手たちは、引退して練習の機会も少ないんで、守備練習をさせるつもりで打たせてください」

　一人でフォアボールを出すくらいなら、打たれた方が守備練習になる。引退した三年生たちも野球を続けていくのであれば、急造チームだろうと守備連携するのは練習になる。どんな選手とでも組めるというのはそれだけで力になるのだ。

「ま、そうだね。私も明鈴の子らしか知らんけど、見た限りやと夜空の守備は県内でもトップクラスやと思うし、珠ちゃんの外野守備はわからんけどファーストに置いとくんがもったいないくらい上手いしな。あと佐久間ちゃん……由真ちゃんは前の県大会しか見てないけど、足速くて守備範囲広いからプロでもおるくらいの守備はすんで」

　言い方としては語弊があるかもしれないが、由真の守備はプロと比較すれば普通にいてもおかしくないくらいのレベルではある。ただそれはあくまでも普通レベルということのため、高校女子野球の中では上手くともプロで通用するわけではないが。
　夜空と珠姫に関しては榛名さんの言う通り、かなり上手い方だ。巧としては晴も高校女子野球で考えると県内上位クラス守備をしており、智佳はメインポジションではない外野も無難にこなせる力を持っている。秀に関してはメインポジションがピッチャーである分、守備力は心許ないが、肩が強いため送球面は安心できる力はあった。

「藤崎くんの言うように、守備練習させるつもりで楽にやってこか。うちも空振り奪うの考えすぎてたし、低め意識してやってこか」

　榛名さんの言葉でタイムが締まり、各々守備位置に戻る。

　五対一でワンアウトランナー一、三塁。
　このままズルズルと追加点を許すのか、それともこれ以上リードを縮められることを許さないのか、分岐点となる正念場でもあった。