上 下
134 / 135
第二章 高校三年生編

第130話 城ヶ崎美咲は回りたい

しおりを挟む
「暑い……」

「同感だ……」

 俺と虎徹は教室の端……しかも衝立ついたてが立てられている狭っ苦しい場所でパンケーキをひたすら焼いていた。



 今日から二日間は文化祭だ。
 俺たち四組は和装喫茶となっており、目玉メニューとして用意された抹茶のパンケーキを焼いている。……パンケーキが洋菓子というツッコミはなしだ。
 やはりこういう喫茶店で集客するには女子の力は絶大で、元々理系ということもあって女子が少なめの四組は、ほとんどの女子が接客をしている。男子は一部以外は裏方が多めとなっていた。
 俺と虎徹ももれなく裏方で、花音と若葉は接客。唯一の救いは四人で文化祭を回れるように、一日目も二日目もある程度シフトの時間を被らせることができたことだ。

「颯太くん、藤川くん。パンケーキ四枚追加でっ!」

「よ、四枚!? 了解!」

 次から次へと注文が入ってくる。
 席数を確保するために調理場は教室の端で、調理器具やアイスやドリンクを保管する冷蔵庫が置いてあるため四人で手一杯なのだ。

「青木ー、藤川ー、がんばー」

「……後で覚えとけよ」

「藤川が言うとシャレになんねぇよ」

 一緒に裏方になっている山村と中田はアイスとドリンク担当のため、出すだけでいいこともあって余裕の表情だ。
 ……後で交代した時に痛い目を見ればいい。

「颯太ー、虎徹ー、二枚追加ね!」

「マジかよ」

「文句言わないのー。裏方はシフト短めだからまだいいじゃん」

「仕事量が半端ないんだって」

 俺と虎徹は絶望しかなかった。
 接客に比べて短めのシフトだが、休む暇もなく二人でパンケーキを焼くというのは苦行でしかないのだ。



 ようやく一段落して俺たちは仕事を終える。

「……いつものバイトのがマシだった」

「……マジでな」

 解放されたところで動く気にはなれないが、やはり文化祭は楽しみたいと思ってしまう。

「とりあえずどっか回る?」

「いや、俺は休憩するよ。颯太は凪沙のところに行くのか?」

「そうだなー。縁日やってるらしい」

「そうか。……本当に兄妹仲良いよな」

「そうなのかなぁ……」

「兄弟いないから知らんけど、普通なら来るなって言われるだろ?」

 確かに年頃の女の子のように毛嫌いされることはない。
 アホなことをすれば冷たい目で見られるが、基本的には慕ってくれる。

「大切な妹だしなぁ……」

「シスコンかよ」

「これでシスコンとか、笑わせてくれるな」

「いや、まごうことなきシスコンだぞ」

 何故か俺はシスコン認定されてしまう。
 ……確かに凪沙に彼氏ができたら心を痛めそうだ。それでも幸せならいいとは思っているが。

「まあ、俺はちょっとだけ回っとくよ。四人で行ってもいいけど、せっかくだから一人で見てもいいかもだし」

「そうだな。また若葉と本宮が終わったら待ち合わせするか」

 虎徹は疲れ切っているため、どうしても動きたくないらしい。
 短い時間だが、俺は一人で文化祭を回ることになった。



「あ、おにい。来てくれたんだー」

 凪沙はクラスTシャツの上に法被を着て、頭には鉢巻をしている。完全に祭りムードの装いだ。

「おう、お疲れ。あんまり時間はないけどな」

「いいよいいよー」

 花音と若葉のシフトが終わるまでだ。だいたい三十分と少しくらいだろう。

 ただ、四人で回る時にも時間があればまた来てもいいかもしれない。簡易的なものだが、結構祭りの雰囲気が出ているため、結構楽しめそうだ。

「凪沙は何をしてるんだ?」

「私? 総監督みたいな感じ」

 ――よくわからん。

「まあ、売り上げ管理とか忙しい時のヘルプだね。見ての通り平和だからそんなにやることないけど」

 祭りと言うにはあまり賑わっていない。完成度が高いだけにもったいない気もする。

「あっ、そういえば夏海ちゃんは輪投げの当番してるよ」

 言われる前から気付いていた。
 夏海ちゃんは「へい、らっしゃいー」とのんびりとした口調で普段は言わないような言葉を言っている。祭りではあるが、普段の話し方の癖が抜けないのだろう。

 そして俺の視線に気がついたのか、満面の笑みで手を振ってくる。

 せっかくだ。凪沙も仕事に戻らないといけないため、俺は夏海ちゃんが当番をしている輪投げのところに向かう。

「お兄さん、来てくれたんですねー」

「凪沙の様子を見にだけどね」

「なるほどー。私たちはなぎの下っ端でありやすー」

「なんだその話し方」

 なんと言うか、時代劇で日本語を覚えた外国人のような話し方だ。

「そんなことよりお兄さんー」

「お、おう?」

 とてつもない急カーブのような話の切り替わり方だ。

「このあと暇ですか?」

「ええと……、二十分くらいなら」

 早めに戻ることを見越して、俺はあえてゆとりを持って時間を申告する。実際には三十分近くあるが、念のためだ。

 何故か夏海ちゃんは、俺に時間があると知ると満足そうな表情を浮かべていた。

「それならー、一緒に文化祭回りませんかー? もうすぐ交代の時間なのでー」

「……時間までなら」

 拒否する理由は特にない。俺は夏海ちゃんの提案を受け入れた。

 ……ある意味良い機会でもあったから。

「とりあえず、輪投げ一回やっていい?」

「まいどー」

 俺がお金を渡すと、眠たくなるような声で夏海ちゃんは言う。

 輪投げは一回百円。一見安く思えるが、ハズレの場合は数十円の駄菓子のため、なかなかに高い買い物になりそうだ。中には高価な景品もあるが、十回投げて九個ある棒に全て入れなくてはいけない。
 あくまでも遊戯代と考えておいた方がいいだろう。

 ビンゴをしたらちょっといいお菓子のため、せめてそれくらいは狙いたいところ。

 しかし一投目、二投目と外してしまう。三投目でようやく入ると、そこからは入ったり外したりの繰り返し。
 結果的にはビンゴを二つ作れて、なんとも言えない景品をもらえた。

「ポテトチップスか……」

 好きだが、スーパーで買ったら百円はしないだろう。
 ただ、絶妙に難易度がある輪投げ自体は楽しかったため、これはこれでアリかもしれない。

「そろそろ時間なので、ちょっと待ってて下さいー」

「了解。外で待ってるよ」

 他ももう少し見たいところだが、それはまた四人できた時でもいいだろう。

 そう思った俺は、ポテトチップスが入ったビニール袋を片手に、教室の前で待っていた。

 数分もしないうちに夏海ちゃんはやってくる。
 法被は脱いでいたが、クラスTシャツを着ている。……それは俺も同じだが。

「じゃあ、行きましょー」

 俺たちは、夏海ちゃんが行きたい希望通りに文化祭を回り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

俺達は愛し合ってるんだよ!再婚夫が娘とベッドで抱き合っていたので離婚してやると・・・

白崎アイド
大衆娯楽
20歳の娘を連れて、10歳年下の男性と再婚した。 その娘が、再婚相手とベッドの上で抱き合っている姿を目撃。 そこで、娘に再婚相手を託し、私は離婚してやることにした。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

処理中です...