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第二章 高校三年生編
第110話 井上若葉は。
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目の前で失恋の音を聞いてしまった俺は、様々な思考が頭をよぎる。
夏海ちゃんは俺に意識させる告白と言っていたためここまでではないだろうが、美咲先輩や綾瀬も今の若葉と同じ……もしくは似たような気持ちだったのだろつか?
ただ、今は目の前にいる若葉のことが最優先だ。
「……花音」
俺が花音に視線を向けると、何も言わずにわかったような顔をしている。
「うん、颯太くん」
「頼む」
「颯太くんもね」
それだけ会話を交わすと俺は人混みをかき分けて、この場から離れた。
双葉は「えっ? えっ?」と困惑しているが、今はそれどころではない。
人の恋路に首を突っ込むのは趣味ではない。
だからと言って、親友たちが微妙な空気のままでいることを許容できるほど、俺は人間ができていなかった。
もしかしたらありがた迷惑なのかもしれない。
俺が……俺たちが首を突っ込まなくても、別の何かが解決してくれるかもしれない。
しかし、明らかに虎徹も若葉も様子がおかしい。
このままでいたくはなかった。
……そう、俺が思ったのだ。
「おい、虎徹」
「……なんだ、颯太か」
「なんだってなんだよ」
俺は笑い飛ばしながらそう言った。
虎徹はどこまでいっても虎徹だ。
それに俺だって高校生という限られた期間とはいえ、伊達に長く付き合ってきたわけではない。
若葉たちが見えるかどうかギリギリだが、動向は確認できるくらいすぐ近くに……しかし見つかりにくいところに虎徹はいた。
そんな虎徹の性格を知っている俺はすぐに見つけることができた。
「いや、若葉に聞いた……ってのはないか。聞こえてたのか」
「だいたいはな。ただ、若葉が納得した形じゃないから来たんだ。……虎徹も納得してるわけじゃないだろ」
「……流石は颯太だ」
虎徹と若葉が付き合わないこと自体はなんら問題ではない。
当然だ。いくら付き合いが長いと言っても、虎徹が若葉の気持ちを受け入れないといけないという理由はないのだ。
一方が好きでも、一方にその気持ちがないのであれば仕方ない。
いい感じの二人が付き合わないというのを批判する人もいるだろう。
しかし気持ちがないのにそれを受け入れろというのは、周囲の自己満足だ。
ただのエゴだ。
虎徹の気持ちは尊重する。
それが当然のことだから。
ただ、気持ちを尊重しているからこそ、何か言わずにはいられなかった。
「……今日はそっとしておいてくれないか?」
申し訳なさそうに……そして苦しそうに虎徹はそう言った。
「……俺は虎徹の気持ちがわからないけど、何か悩んでるのか?」
「ああ、そうだ」
「話してスッキリする話……じゃないから言えないのか」
「いや、そういうわけじゃないが……。話すなら話すで、一度頭の中を整理させてほしいだけだ」
今の気持ちで感情的に行動をしたくない、ということだろう。
虎徹がそう言うのだから、これ以上食い下がるわけにもいかない。
「わかった。とりあえず今日は帰るか」
「ああ。……このまま一緒にってのは無理だし、俺は一人で帰る」
「いいのか?」
「むしろそうしてくれ。……勝手かもしれないが、若葉のことを頼む」
遠回しなのか率直なのか、俺に対する虎徹なりのお願いだ。
今ここで俺が若葉の方に行くということは、『若葉のフォローをしてほしい』と捉えられる。
それに加えて改めて話すというのだから、俺が二人の間に入ることとなるのは確実だ。
ただ、あまり人を頼ろうとしない……頼らずとも器用にこなす虎徹がそう言ってくれているのだ。
俺だって、できることなら力になりたいと考えている。
「明日の夜、時間あるか?」
「バイトが九時まであるから、それ以降なら」
「わかった。……せっかくだ、泊まりに来ないか?」
「いいぞ」
久しぶり……というほどでもないが、夏休み序盤に一度泊まっている。
長期休暇の際は、時折泊まっているため慣れたものだ。
「じゃあ俺は先に帰るとするよ。被らないようにゆっくり目で頼む」
「流石に今顔合わせるわけにいかないしな」
「そうだ。……あと、俺のことは悪く言ってくれてもいいから」
「了解」
俺が返事をすると、虎徹は駅の方へと歩き始めた。
「……虎徹のことは責めないで。責めるなら、私にしてほしい」
花音と双葉を説得するように、若葉はそう言った。
「大丈夫。どっちも責めるつもりはないから」
「そうですよ」
二人はそう言い、若葉を安心させている。
「……ちょっとは落ち着いたか?」
「……うん、ごめん」
「謝ることじゃないよ」
虎徹が悪いわけでもないが、若葉が悪いわけでもない。
気持ちを伝えること自体、何も罪ではないのだから。
「もうちょっとゆっくりしてから帰ろうか? こんな状況だし、虎徹にはとりあえず帰ってもらったよ」
「……うん」
落ち込む若葉は見ていて痛々しい。
しかし、フラれたことでここまで落ち込むなんて、普段の若葉からは想像ができない。
幼馴染ということもあって、長年の想いが崩れたからなのだろうか。
「……ねえ、颯太くん。ちょっといい?」
「ん? ……うぉっ!」
まばらになってきた河川敷。
若葉を慰める双葉。その二人から距離を取るように、花音に袖を引っ張られた。
「……藤川くん、なんて?」
若葉には聞こえないように……様子を窺うように花音は小声で尋ねてくる。
「まだ何も。改めて明日聞くことにはなってる」
「そっか。何があったんだろ」
悩ましい表情をしている花音。
確かに気になることではあるが、俺は釘を刺しておく。
「虎徹が若葉、どっちかから話すまで、俺が花音に勝手に教えることはしないから」
「え? でも……」
「本来なら二人の問題だ。周りが勝手に噂をしていいものじゃない。……そういうこと、花音が一番よくわかってるだろ?」
俺がそう言うと花音は目を見開いた。
中学生の頃、花音は周囲の噂に振り回されていて、まさしく恋愛関係のことだった。
今回の虎徹も、俺のことを信頼して話してくれようとしているのだ。
それを裏切るわけにはいかない。
それに形は違えど、もしかしたら花音を孤立させた黒川たちと同じことをしてしまうという結果になる可能性だってあり得る。
「虎徹がいいって言ったら話すよ。ただ、勝手には話さない」
「……そっか。そうだよね、ごめん」
自分を責めるように謝る花音。
記憶が花音を痛めつけている。
「まあ、安心して。これくらいは言っていいと思うから言うけど、虎徹も若葉と同じこと言ってたから」
「同じこと?」
「責めるなら自分を責めてって」
どっちだって悪くない。
それに、フったフラれたで、普通に考えれば保身に走って相手を責めるだろう。
しかし、二人とも相手を責めないどころか、自分が悪いことにしようとしているのだ。
少しでも悪感情があれば、そんなことはできない。
「ちょっと読めたかも」
「何を?」
「藤川くん、若葉ちゃんのことを考えて一人で帰ったよね? さっき颯太くん、『俺が帰らせた』って言ったけど」
「……バレたか」
もし虎徹が自ら帰ったと言えば、若葉を遠ざけたという事実で悪く思われることを俺は危惧したのだ。
花音や双葉がそう思うとは思わないが、念のためということと、今弱っている若葉を傷つけないためにという理由もあった。
「颯太くんって、しょうもない嘘つく時と優しい嘘つく時あるよね」
「それ、花音が言う?」
「……なにさ」
花音は不服そうな表情をしている。
ただ、今でも頭に残っているほどインパクトがある大嘘を、花音がつこうとしていたのを思い出した俺は笑ってしまう。
「今持ち出す話じゃないからいいや」
「言ってよ」
「花音の素を見た時の告白冤罪」
もし俺が花音の素をバラしたら、『俺がフラれた腹いせで悪評を流そうとした』という嘘をつこうとしていたのが花音だ。
「パニックになってたんだもん」
「だもんって……。まあ、もし俺が誰かに言ったとしても、花音はそんなことしないってのはわかってる」
実際、パニックになっていた。
だからこそ咄嗟に出た、俺を牽制するための言葉だったのだろう。
「この話は終わりにして、そろそろ帰るとするか」
花火を終えて客足が減ったこともあり、周りの出店はチラホラと片付け始めている。
混んでいるため、まだ人はそれなりに残っているが、もう帰ろうとしている人たちばかりだ。
早めに帰った虎徹とは、電車一本くらいは違うだろう。
だいぶ落ち着いてきた若葉を連れて、俺たちは駅の方に歩き始めた。
夏海ちゃんは俺に意識させる告白と言っていたためここまでではないだろうが、美咲先輩や綾瀬も今の若葉と同じ……もしくは似たような気持ちだったのだろつか?
ただ、今は目の前にいる若葉のことが最優先だ。
「……花音」
俺が花音に視線を向けると、何も言わずにわかったような顔をしている。
「うん、颯太くん」
「頼む」
「颯太くんもね」
それだけ会話を交わすと俺は人混みをかき分けて、この場から離れた。
双葉は「えっ? えっ?」と困惑しているが、今はそれどころではない。
人の恋路に首を突っ込むのは趣味ではない。
だからと言って、親友たちが微妙な空気のままでいることを許容できるほど、俺は人間ができていなかった。
もしかしたらありがた迷惑なのかもしれない。
俺が……俺たちが首を突っ込まなくても、別の何かが解決してくれるかもしれない。
しかし、明らかに虎徹も若葉も様子がおかしい。
このままでいたくはなかった。
……そう、俺が思ったのだ。
「おい、虎徹」
「……なんだ、颯太か」
「なんだってなんだよ」
俺は笑い飛ばしながらそう言った。
虎徹はどこまでいっても虎徹だ。
それに俺だって高校生という限られた期間とはいえ、伊達に長く付き合ってきたわけではない。
若葉たちが見えるかどうかギリギリだが、動向は確認できるくらいすぐ近くに……しかし見つかりにくいところに虎徹はいた。
そんな虎徹の性格を知っている俺はすぐに見つけることができた。
「いや、若葉に聞いた……ってのはないか。聞こえてたのか」
「だいたいはな。ただ、若葉が納得した形じゃないから来たんだ。……虎徹も納得してるわけじゃないだろ」
「……流石は颯太だ」
虎徹と若葉が付き合わないこと自体はなんら問題ではない。
当然だ。いくら付き合いが長いと言っても、虎徹が若葉の気持ちを受け入れないといけないという理由はないのだ。
一方が好きでも、一方にその気持ちがないのであれば仕方ない。
いい感じの二人が付き合わないというのを批判する人もいるだろう。
しかし気持ちがないのにそれを受け入れろというのは、周囲の自己満足だ。
ただのエゴだ。
虎徹の気持ちは尊重する。
それが当然のことだから。
ただ、気持ちを尊重しているからこそ、何か言わずにはいられなかった。
「……今日はそっとしておいてくれないか?」
申し訳なさそうに……そして苦しそうに虎徹はそう言った。
「……俺は虎徹の気持ちがわからないけど、何か悩んでるのか?」
「ああ、そうだ」
「話してスッキリする話……じゃないから言えないのか」
「いや、そういうわけじゃないが……。話すなら話すで、一度頭の中を整理させてほしいだけだ」
今の気持ちで感情的に行動をしたくない、ということだろう。
虎徹がそう言うのだから、これ以上食い下がるわけにもいかない。
「わかった。とりあえず今日は帰るか」
「ああ。……このまま一緒にってのは無理だし、俺は一人で帰る」
「いいのか?」
「むしろそうしてくれ。……勝手かもしれないが、若葉のことを頼む」
遠回しなのか率直なのか、俺に対する虎徹なりのお願いだ。
今ここで俺が若葉の方に行くということは、『若葉のフォローをしてほしい』と捉えられる。
それに加えて改めて話すというのだから、俺が二人の間に入ることとなるのは確実だ。
ただ、あまり人を頼ろうとしない……頼らずとも器用にこなす虎徹がそう言ってくれているのだ。
俺だって、できることなら力になりたいと考えている。
「明日の夜、時間あるか?」
「バイトが九時まであるから、それ以降なら」
「わかった。……せっかくだ、泊まりに来ないか?」
「いいぞ」
久しぶり……というほどでもないが、夏休み序盤に一度泊まっている。
長期休暇の際は、時折泊まっているため慣れたものだ。
「じゃあ俺は先に帰るとするよ。被らないようにゆっくり目で頼む」
「流石に今顔合わせるわけにいかないしな」
「そうだ。……あと、俺のことは悪く言ってくれてもいいから」
「了解」
俺が返事をすると、虎徹は駅の方へと歩き始めた。
「……虎徹のことは責めないで。責めるなら、私にしてほしい」
花音と双葉を説得するように、若葉はそう言った。
「大丈夫。どっちも責めるつもりはないから」
「そうですよ」
二人はそう言い、若葉を安心させている。
「……ちょっとは落ち着いたか?」
「……うん、ごめん」
「謝ることじゃないよ」
虎徹が悪いわけでもないが、若葉が悪いわけでもない。
気持ちを伝えること自体、何も罪ではないのだから。
「もうちょっとゆっくりしてから帰ろうか? こんな状況だし、虎徹にはとりあえず帰ってもらったよ」
「……うん」
落ち込む若葉は見ていて痛々しい。
しかし、フラれたことでここまで落ち込むなんて、普段の若葉からは想像ができない。
幼馴染ということもあって、長年の想いが崩れたからなのだろうか。
「……ねえ、颯太くん。ちょっといい?」
「ん? ……うぉっ!」
まばらになってきた河川敷。
若葉を慰める双葉。その二人から距離を取るように、花音に袖を引っ張られた。
「……藤川くん、なんて?」
若葉には聞こえないように……様子を窺うように花音は小声で尋ねてくる。
「まだ何も。改めて明日聞くことにはなってる」
「そっか。何があったんだろ」
悩ましい表情をしている花音。
確かに気になることではあるが、俺は釘を刺しておく。
「虎徹が若葉、どっちかから話すまで、俺が花音に勝手に教えることはしないから」
「え? でも……」
「本来なら二人の問題だ。周りが勝手に噂をしていいものじゃない。……そういうこと、花音が一番よくわかってるだろ?」
俺がそう言うと花音は目を見開いた。
中学生の頃、花音は周囲の噂に振り回されていて、まさしく恋愛関係のことだった。
今回の虎徹も、俺のことを信頼して話してくれようとしているのだ。
それを裏切るわけにはいかない。
それに形は違えど、もしかしたら花音を孤立させた黒川たちと同じことをしてしまうという結果になる可能性だってあり得る。
「虎徹がいいって言ったら話すよ。ただ、勝手には話さない」
「……そっか。そうだよね、ごめん」
自分を責めるように謝る花音。
記憶が花音を痛めつけている。
「まあ、安心して。これくらいは言っていいと思うから言うけど、虎徹も若葉と同じこと言ってたから」
「同じこと?」
「責めるなら自分を責めてって」
どっちだって悪くない。
それに、フったフラれたで、普通に考えれば保身に走って相手を責めるだろう。
しかし、二人とも相手を責めないどころか、自分が悪いことにしようとしているのだ。
少しでも悪感情があれば、そんなことはできない。
「ちょっと読めたかも」
「何を?」
「藤川くん、若葉ちゃんのことを考えて一人で帰ったよね? さっき颯太くん、『俺が帰らせた』って言ったけど」
「……バレたか」
もし虎徹が自ら帰ったと言えば、若葉を遠ざけたという事実で悪く思われることを俺は危惧したのだ。
花音や双葉がそう思うとは思わないが、念のためということと、今弱っている若葉を傷つけないためにという理由もあった。
「颯太くんって、しょうもない嘘つく時と優しい嘘つく時あるよね」
「それ、花音が言う?」
「……なにさ」
花音は不服そうな表情をしている。
ただ、今でも頭に残っているほどインパクトがある大嘘を、花音がつこうとしていたのを思い出した俺は笑ってしまう。
「今持ち出す話じゃないからいいや」
「言ってよ」
「花音の素を見た時の告白冤罪」
もし俺が花音の素をバラしたら、『俺がフラれた腹いせで悪評を流そうとした』という嘘をつこうとしていたのが花音だ。
「パニックになってたんだもん」
「だもんって……。まあ、もし俺が誰かに言ったとしても、花音はそんなことしないってのはわかってる」
実際、パニックになっていた。
だからこそ咄嗟に出た、俺を牽制するための言葉だったのだろう。
「この話は終わりにして、そろそろ帰るとするか」
花火を終えて客足が減ったこともあり、周りの出店はチラホラと片付け始めている。
混んでいるため、まだ人はそれなりに残っているが、もう帰ろうとしている人たちばかりだ。
早めに帰った虎徹とは、電車一本くらいは違うだろう。
だいぶ落ち着いてきた若葉を連れて、俺たちは駅の方に歩き始めた。
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