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第一章 高校二年生編

第35話 青木颯太は意識しない

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「じゃあ、とりあえず遠くから攻めて、時間が来たらアシカショーともう一度イルカショー見ましょう」

「そうだな。結局力技だけど……」

 思っていたよりも時間はシビアだ。
 昼ご飯を食べ終えた今は一時を過ぎた頃。
 ちょうどアシカショーをしている頃だ。

 一時間おきに三種類のショーが交代で行われるため、二時からはシャチのトレーニング、三時からはイルカショー、四時からはアシカショーとなる。
 三時までにある程度見て回り、時間が足りなければイルカショーとアシカショーの間の約三十分や、アシカショーが終わってから回るのが良いだろう。

 こうして予定が決まり、再び水族館に戻った。
 いくら見て回りたいからといって、とりあえず見るだけでは本末転倒だ。
 時間をかけながらも手早く移動する。

 その中でも俺が楽しみにしていたペンギンコーナーは特に時間をかけて満喫した。
 直立不動のペンギンが可愛く、何度も写真に収めた。他にも泳ぐペンギンたちや、ペンギンが水中に入る瞬間、逆に水中から陸へと上がる瞬間などを動画に収め、中でも歩き方を覚えたばかりの赤ちゃんのようにトテトテと歩くペンギンがお気に入りとなった。

 十分にペンギンを満喫した後、クラゲやイワシ、ウミガメなどの人気なコーナーや、渋めではあるが深海魚も見て回る。
 他のコーナーに比べて深海魚は初めて見る魚も多く、新鮮な気持ちで見ることができた。
 ……魚だけに。

 ほとんど見て回ってから再びイルカショー……今度は水中での様子を見に行った。

「ほー……。おー……!」

 やっていることはほとんど同じだが、見る視点が違うだけでもまた違った楽しみ方ができる。
 上から見た時のような派手さはないが、着水やジャンプの瞬間など、水中からの眺めに双葉は見入っていた。

 イルカショーが終わると再び館内を回る。
 今まででほとんど見て回っていたため、これで一通り全部を見て回れたこととなる。
 ちょうど時間も良いため、アシカショーの会場に向かい、今度はアシカを堪能した。
 ボールを鼻に乗せてバランスを取りながら移動したり、尻尾を上げてV字でバランスを取ったりと、曲芸を披露していた。

 今までも何度か来たことがある水族館だが、ショーは限定的な時間で拘束時間も長いため、イルカショーばかりを見ていた。
 それもあってアシカショーは初めてだが、派手さはなくとも愛らしいアシカの動きに、『すごい!』というよりも『可愛い』といったショーだった。



 目的の場所を全て見終えた後、残すのはお土産コーナーだけだ。
 途中で通りがかった別のお土産コーナーで少しだけ中を覗いたが、出口付近にもあるためとりあえずは買わなかった。

「ちょっとトイレだけ行かせて」

「はーい」

 お土産コーナーに向かう途中にトイレを見かけ、双葉に一言断った。「先に見ててもいいぞ」と言ったが、「いえ、先輩と見たいので待ってます!」となんとも可愛いらしい返事が返ってきた。
 用を足すという理由もあるが、俺がトイレに入ったのはそれだけが理由ではない。
 ……双葉はやたらと距離が近く、意識してしまう気持ちを沈めたかったのだ。

「意識するなって方が無理だって……」

 流石は水族館だ。
 シーズン外とはいえ、人気のコーナーは人が多い。人に押されてはぐれそうになった時、双葉は俺の腕を掴んだ。
 それだけではなく、恋人のように体を寄せてくるものだから、控えめな柔らかい感触が腕から伝わってくるのだ。

 意図してなのかわからないが、そんな彼女を意識しないというのは健全な男子高校生には無理だろう。
 後輩でどちらかと言えば妹のような存在だが、血の繋がらない赤の他人だ。
 凪沙が同じことをしても「はいはい」と対応できるが、双葉に対しては無理だった。

 そのため、双葉には悪いが個室に入って少しだけ気持ちを沈めていた。
 ただ、冷静になると同時に焦りも出てきた。

「やば」

 双葉は控えめに言っても可愛い。
 仲の良い後輩というフィルターはかかっているが、学校でも男子に告白されることがあるという話も聞く。

 経験則上、そんな可愛い女の子が一人でいると、間違いなく起こることがある。
 俺は慌ててトイレから出た。
 すると案の定、三人の男に絡まれていた。
 考えることすらせず、俺は咄嗟に割って入った。

「うちの妹に何か用ですか?」

「は?」

 男たちは睨みを効かせてくる。
 そして一人が笑い出す。

「その子、彼氏と来てるって言ってたんだけど。バレバレな嘘つくなー」

 そう言うと、他の二人も笑い始めた。
 すでに双葉は『彼氏と来てる』と言ってナンパを避けようとしていた。
 そこで俺の下手な嘘が邪魔をしてしまったということだ。

 それならを別の方向に捻じ曲げればいい。

「うちの妹、ブラコンなんで」

「え?」

「愛が重過ぎて兄のことを彼氏って呼ぶくらいなんで」

「は、はぁ……」

「そのせいで他の女子が寄りつかなくて、未だに彼女いない歴イコール年齢ですが、なにか?」

 嘘をつく時は本当のことを交えると良いと聞く。
 もっとも、本当のことは『未だに彼女いない歴イコール年齢』という話だけだが。

 自分に彼女がいないのに、こういうチャラチャラした男はすぐ彼女を作る。
 なんならクリスマスだけ過ごしてすぐ別れる彼女や、彼女なのかもわからないがいたりするのだろう。

 そんなことを想像するだけで腹立たしくなる。
 ナンパ避け目的のはずが、俺は検討外れな恨みを声に乗せた。

「うちの大切な後輩に手を出すな」

 楽しく過ごした時間に水を刺されたということもあり、気が立ってしまう。
 よほど迫力があったのか、それともヤバいやつだと思われたのか……恐らく後者だが、男たちは退散していった。

 何故こんなにもナンパに遭遇する確率が高いのだろうか。
 その答えは簡単で、女友達が多くない俺だが、仲良くなる人が花音や双葉のように特殊なのだろう。
 それか男たちが軽いだけなのか。

「……ありがとうございます」

 双葉の礼に「どういたしまして」と返す。
 そして双葉の方を見ると、何故か不貞腐れたように頬を膨らませていた。

「妹はないですよー。仮にもデートですよ?」

 デートだったのか。
 ……というツッコミはさておき、今回の場合は彼女と言う方が的確だっただろう。
 ただ、そう言わなかったのには理由がある。

「普通の俺と可愛い双葉じゃ釣り合わん。妹の方がそれっぽいだろ」

 美女と野獣。
 ……と言うほどではないが、普通(虎徹や若葉、凪沙視点)の俺と誰から見ても可愛い双葉では、仮に先ほど『彼女』と言っていたとしても、ナンパしてくる男たちに『それなら俺のが良いじゃん』と言い返されると思ったのだ。

 兄妹であれば一緒にいても不自然ではない。
 そう考えた上で兄妹という設定にしたのだ。

「……先輩もカッコいいのに」

「なに?」

「最後に設定崩れてたって言っただけですよー。『妹』じゃなくて『後輩』って言ってましたよ!」

「うわ、マジか」

 そう考えてみると、『彼女』なのか『妹』なのか『後輩』なのか破茶滅茶はちゃめちゃな設定となってしまった。

 ブラコン設定の時点で無理があったのだから、これ以上はボロが出ていただろう。
 突っ込まれる前に退散してくれてよかったと、心の底から思う。

「とりあえず、お土産見ましょう!」

「ああ、そうだな」

 不貞腐れていた双葉だったが、何故か機嫌が戻っており、今まで通りくっついてくる。

 しかし俺は少しだけ距離を取った。
 とは言っても掴まれているため、体を少し離すくらいだが。
 落ち着いたはずの気持ちが再び熱を増し、頬が熱い。

 聞こえないフリをして流した言葉が、真冬の寒さを消し飛ばすほどの熱を帯びていた。
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