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第一章 高校二年生編

第18話 春風双葉は伝えたい

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 しばらく映画の話が弾むと、気がつけば二時間ほど話し込んでいた。
 五時半にもなれば辺りもすっかり暗くなっているが、解散するのにはやや早い時間だ。

「先輩。この後、行きたいところあるんですけど、良いですか?」

 双葉の提案に、俺は首を縦に振る。
 話しながらウインドショッピングでもしようかと考えていたが、それは特に目的のない時間でもあった。行きたいところがあるなら、そちらを優先した方がいい。

「じゃあ、行きましょうか」

 歩き始めた双葉の後ろをついていく。
 駅から離れていく道は、帰路を辿る道だ。
 それでも双葉は『行きたいところ』と言ったため、当然帰るわけではない。

 双葉は無言のまま道を進む。
 喫茶店での双葉は店内の雰囲気もあって落ち着いていたが、今はまた違った静けさだ。

 しばらく歩くと、家の近くまでやってくる。
 徒歩五分もかかるかどうかのコンビニの前まで来ると、双葉は立ち止まった。
 まさか行きたいところがコンビニというはずもない。

 目的地までの間に何かを買っていくのか?

 そう思っていたが、どうやらそうでもないらしい。双葉が口を開く。

「……ちょっとここで待っててもらえませんか?」

 俺は疑問に思いながらも、「ああ、わかった」と了承する。
 目的地はこの近くなのだろう。
 そうでなければ、駅を離れてわざわざ家の近くまで戻っては来ない。
 集合の目印や時間潰しとしていい場所のため、とりあえずコンビニに来たというところだろうか。

 双葉は「十五分くらい待っててください」と言い、どこかに向かう。
 その間、俺はコンビニに入り、時間を潰していた。



 十五分か二十分か、それくらい経った頃、コンビニ店内に双葉が入って来た。
 そして俺を見ると、すぐそばまで歩み寄ってくる。

「……お待たせしました」

 やや冷え込む気温というのに、双葉の額には僅かに汗が滲んで息を荒げている。

 服装が変わっており、上は黒色のパーカーで、下はデニムのショートパンツは変わらないものの黒タイツを履いていない。
 元々動きやすそうな服装だったが、さらに動きやすくなっている。

 そして何より、さっきまでは小さめのバッグを持っていたが、今はボールケースを持っていた。
 それでだいたいの予想はついた。

「行こうか」

 向かう先はもうわかる。
 双葉に促されずとも、俺はその『目的地』に歩を進めた。



 思い出のある……と言えば思い出のある場所なのか、俺たちは近所の公園に到着する。
 俺の家からは少し離れるが、双葉の家の近くということもあり、俺が三年生最後の大会が終わり引退した後や高校に入ってから、たまにこの公園でバスケをすることがあった。

 辺りも暗いが、街灯があるため公園内のゴールはハッキリと見え、双葉の表情も少しだけわかる。
……何かを考えている神妙な表情だ。

「……先輩。一昨年のこと覚えてますか?」

「一昨年……?」

 一昨年は俺が中学三年生の時だ。
 たまにではあるが、この公園に来てバスケをすることがあった時期でもある。

「私が先輩に話したいことがあるっていうことです」

 その言葉に、俺は記憶を呼び起こそうとするが、言葉だけでは思い出せない。
 しかし、切なそうな双葉の表情が、俺の記憶のワンシーンと一致する。

「そんなこともあったな」

 確かに『言いたいことがある』と、そのようなことを言っていた記憶はある。
 ……ただ、その内容までは覚えていなかった。

「その時、何て言ったっけ」

 覚えていないということに心が痛むが、考えても思い出せない。
 双葉は笑いながら答えた。

「何も言ってないですよ?」

「え?」

 何も言っていない。
 双葉はそう言った。

 それは俺が覚えていなくて当然のことだ。
 言ってはいないのだから。

「話したいことがあるって言いましたけど、結局私はそれを伝えませんでした」

 言われてみればそんな気がする。
 双葉はその時に『また言いますね』と言っており、それからその話題を出すことはなかった。
 しばらくは話の内容が気になっていたが、それもいつの間にか忘れてしまっていた。

「それで、その話をするためにここに来たのか?」

 その時もこの公園での出来事だったはずだ。
 それを改めて話すために来たのかと思ったが、双葉は否定する。

「いえ、今日はバスケがしたくて来ました。……それで、私に話す勇気があれば話させてください」

 関連性がまったくもってわからない。
 俺は話の内容がわからないからわからないだけで、双葉にとってはバスケとは関連していることなのだろうか。

「もうあんまり体動かしてないから鈍ってるけど、俺で良ければ相手になるよ」

「ありがとうございます。……先輩じゃないと意味ないんですけどね」
 そう微笑む双葉はケースからボールを取り出すと、感触を確かめるように一対一が始まった。



 お互いに攻撃と守備を交互に行うと、俺は自分の衰えにショックを受けていた。
 確かにもう二年は体育以外でまともに運動をしていない。
 それでも去年……双葉が入学する前まではこうやって練習をしていたが、その時はこれほど衰えてはいなかった。

 自分がしていた競技で、真剣にやっているのにも関わらず年下の女の子を止められないというのは、いささかショックが大きいものだ。

「き、きつい……。たまには……運動も……した方が……いいな……」

 息絶え絶えで膝に手をつきながら、今までの運動不足を嘆いた。
 体育であれば気楽にできるが、いくら年下の女の子とはいえ全国レベルを相手にすれば敵わない。
 体格差があるため、間合いを取りながらシュートを撃てばそれなりに入るが、守りは逆に身長差と素早さを生かされて追いつけない。

 ただ、双葉は俺を抜くところまではいいものの、あまりシュートが決まっていない。抜く時でさえ、たまにドリブルミスがある。
 ドリブルとシュートは得意分野のはずだが、シュートが決まったのは俺と同じくらいだ。

「調子悪い?」

 様子のおかしい双葉を心配し、声をかける。

「いえ、大丈夫です」

 双葉はそう答えながらも、いっぱいいっぱいな様子だ。
 ボールを一度渡され、それをすぐに双葉に返す。
 開始の合図だ。

 双葉は小さくゆっくりドリブルをしながら近づいて来る。
 俺の間合いに入ったと見るや否や、一気にスピードを上げる。
 左へとフェイクを入れながら右側へ抜けようとするが、それは容易に見破れた。

 手を伸ばせば届くだろうが、ボールを奪いに行くことを躊躇う。
 双葉は体に近い位置でドリブルをするため、色々と触ってしまいそうになるのだ。

 その躊躇した一瞬の隙を縫うように、双葉は左側を一気に抜ける。
 ……しかし、ボールはそこについてこなかった。

「本当にどうしたんだ?」

 ただのミスだ。
 ドリブルの際にボールを弾いてしまっていた。
 ミスは誰にでもあるだろう。
 プロだったとしてもミスをまったくしないなんていうことは、まずあり得ない。

 それでも双葉は明らかにいつもと違い、調子を崩していたとしてもあり得ないミスが多かった。

「なんでもないです。……なんでも」

 双葉は手を抑えながら言葉を噛み締めている。
 その手が僅かに震えていることを、俺は見逃さなかった。

「ちょっと休憩しよう」
 
 俺は双葉の頭をポンポンとすると、自分のカバンから財布を取り出し、近くの自販機でスポーツドリンクを二本買った。

「ほら」

 それを一本渡すと、「ありがとうございます……」と小さく返ってくる。

 落ち込んでいる……と言うよりも、思い詰めた表情だ。

「さっきの『話したいこと』で悩んでるのか?」

 近くのベンチに腰掛けながら尋ねると、双葉はコクリと頷いた。

「正直、俺にはなんの話かわからないから何も言えないけどさ、いつでも話は聞くし、相談とかあるなら俺でよければ聞くから」

 無理に聞き出そうとするのは後味が悪くなりそうだ。双葉が言いたいと思ったらその時に聞けばいいと思っている。

「……なんの話かわからないって、まったく心当たりとかもないんですか?」

 ノーヒントで言われてもわかるはずがない。
 一昨年の時点では思い当たるところもあったが、それは今になって話すことでもないことだ。

「えぇ……。前なら『高校受かった』とか『実は引っ越す』とかかなって思ってた気がするけど、今さら持ち出す話じゃないしなぁ……」

 改めてて話されてから、『もしかしたら告白じゃないのか?』とも考えたが、普段から好意を前面に出している双葉が今さらそこで躊躇するようにも思えない。
 それを言ってしまえば、からかわれるのが目に見えているため、口には出さなかった。

「先輩は呆れるほど鈍感ですよね?」

「何を言うんだ。俺ほど敏感なやつはいないぞ?」

 半分本気でそう言った。
 奢りすぎて双葉が申し訳なさそうにしていたり、ナンパされている花音が困っていることを気付いたりしているため、まったく鈍感だと思わない。
 ただ、他人の気持ちを察するなんてことはできないため、当然気付かないことだってあるだろう。
 だから半分は冗談だ。

「じゃあ問題です。女の子がこうしたら男の子の先輩はどうすればいいでしょうか?」

 双葉はそう言ってこちらに顔を向ける。
 そして目を閉じると顎を少し上げた。

 そのため、隙だらけなおでこに軽くデコピンを喰らわせた。

「あいたっ!」

 威力はなかったものの、双葉は大袈裟に額を抑える。

「俺じゃなかったら勘違いして襲うぞ」

「……ちょっとくらい勘違いしてくれてもいいじゃないですか」

 際どい発言に、俺は聞こえなかったフリをする。

「もうそろそろ帰ろうか」

 すでに公園の時計は七時を指している。

「えー、もうちょっといいじゃないですか」

「また今度な。予定合えば付き合うから」

 念のため「いつでもは無理だけどな」と釘を刺しておいた。
 渋々というような双葉を俺は送った後、自分の帰路につく。
 双葉の艶やかな唇を思い出してしまい、一人悶々としながら帰っていた。
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