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緊迫とチャンス vs伊賀皇桜学園
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打球はバックスクリーンをも超える特大のツーランホームラン。
中堅までが120メートルのため、130メートルは優に超えているだろう。
女子プロ野球どころか、男子プロ野球でもここまでの飛距離はあまり多くはない。
もちろん、飛びやすい金属バットということもあるが、それでも飛距離は完全にプロの域どころかそれ以上だ。
まさに怪物とも言える一発だった。
……珠姫はできるならプロになりたいと言っていた。
本来、ここまでの選手であれば間違いなくプロ候補、上位指名どころか一位指名で競合されるほどだ。
ただ、懸念材料があるとするならば、イップスを患ったという過去と、それによって実績がないこと。
いくら成績を残したところで、この夏の偶然と捉えられてしまえば、指名されたとしても評価は低い。
試合中の今はそんなことを考える余裕もないが、ふとその不安がよぎった。
不安はあるものの、すぐに集中は試合へと戻る。
夜空はクールにダイヤモンドを回っていたが、本塁を踏み、遅れてダイヤモンドを一周した珠姫が本塁を踏むと、その顔から笑顔が溢れた。
ランナーはいなくなったが、これで二点を追加し、一点差。
そして、本来打ちにくいはずの縦スライダーを夜空が封じ、珠姫がストレートを完璧に捉えた。打ち取るイメージが湧かなくなっただろう。
これで完全に試合がわからなくなった。
ただ、ここからは一発で同点もあり、ランナーを溜めることもできるバッターが打席に入る。
『五番、千鳥煌さんに代わりまして、バッターは佐々木梨々香さん。背番号11』
明鈴がベンチに残していた最後の選手。それでありながら、代打として最も信頼のおける選手、梨々香だ。
「行ってこい!」
巧はそう言って梨々香の背中を押し、打席に送った。
「はーい」
梨々香はのほほんと返事をしながら打席に向かうが、その背中には闘志がみなぎっていた。
先ほど珠姫に打たれた柳生は戦意喪失……するはずもなく、ランナーがいなくなったことで切り替えたように見える。
難しい顔をしていた様子はもうない。
球数を投げた末に夜空を出塁させたため、それが堪えていたのだろう。点差が一点に縮まったにも関わらず、スッキリとした顔をしている。
そして梨々香が打席に立つ。
この状況で梨々香に求めるバッティングは、可能であれば長打、少なくとも出塁だ。ヒットでもフォアボールでもデッドボールでも、エラーでもいい。
出塁することで、ワンアウトのまま次に繋げられる。
後ろに控える伊澄はこの試合でヒットを放っており、司に至っては二打数二安打一四球と三打席で三回の出塁をしている。陽依も一本ヒットを放っているため、梨々香が後ろに繋げばチャンスはある。ツーアウトとなってしまえば心許ないため、出塁するのが一番だ。
ただ、可能性としては一点差のままツーアウト満塁、もしくは同点となれぼワンアウトかツーアウトのランナーが溜まった状態で九番の鈴里に回る可能性がある。鈴里はバッティングがあまり良くないため、できればそれまでに決着をつけたいところだ。
とにかく出塁をしたいところ、初球を迎える。
まずは様子見というつもりか、内角低めにワンバウンドするボール球だ。
スッキリとした表情を見せたため、縦スライダーの調子が戻っているか確認したかったのだろうが、調子が戻っている様子はない。
付け入る隙は十分にある。
ボール先行で始まったこの打席、調子が戻らない縦スライダーは早々に捨て、二球目は他の球種で来る。
内角高めの甘いコース。
そこからゆるりと曲がり、外角低めへと決まる。
「ストライク!」
唯一、遅い球であるカーブだ。
緩い球である故に、初球の縦スライダーを見た後のカーブはどうしても待ちきれないほど遅く感じる。
そしてゆっくりと曲がることで、追いかけたくなってしまう球だ。
その球を、梨々香は我慢して見送った。
追い込まれる前に積極的に打っていきたいところではあるが、無理な球を打つ必要はない。
この我慢ができるというだけで、余裕を持って自分のバッティングができる。
もちろん、手が出ずに見送るというわけではなく、我慢して打てない球を見送るという話だが。
打席の梨々香は気合が入っているように見えて、落ち着いているように見える。打つ気を感じるが、気負い過ぎずにリラックスできている。
良い状態だ。
三球目、柳生の放つのは梨々香の膝下を抉るような球だ。
まだカウントはワンボールワンストライク。
カウントに余裕があるとはいえ、悠長に待っていれば不利になる梨々香はその球に反応した。
内角低めの打ちづらい球。それでも梨々香のバットはボールを捉えようとしている。
良いスイング。
しかし、その球は手元でさらに食い込むように変化する。
内角低めいっぱいからボールゾーンへと逃げる球。
それでも梨々香はその球を逃さないように食らいつく。
そしてバットはボールを掠める。
「ファウルボール」
掠っただけのボールは、軌道を変えて真後ろに転がるファウルとなった。
芯を外すためのシュート。ただ、内角となれば外角に比べてバットはやや縦になり、空振りもしやすくなる。
それでも梨々香はバットに当てて見せた。十分に対応できている証拠だ。
戦えない相手ではない。
梨々香は調子にムラがあり、代打として起用した時は打てているのだが、スタメンとして起用した時にはその打棒が見る影もない。
そのために代打で起用したのだが、やはり梨々香もスタメンとして出たい気持ちはあるのだろう。
この打席の集中力は今まで以上で、実力は一枚も二枚も上手の柳生に対して一歩も引く様子はない。
そして四球目、今度はタイミングを外すボール、カーブだ。
その球に梨々香はタイミングを外され、体勢を崩したが、かろうじて当てて三塁側真横へ転がるファウルとなった。
ここで空振りしなかったのは大きい。次は速い球が来ると予想できるから。
今までストレートで押しながら、縦スライダーで空振りを奪ったり、カットボールやシュートで芯を外したりしつつ、たまにカーブを混ぜてタイミングを外すスタイルだったが、今は緩急をつけることを中心にしたスタイルになっている。
これは縦スライダーが使い物にならないからで、それは夜空の功績が大きい。
そして、緩急をつけるにしても、梨々香はカーブに対応できている。
速い球を待って勝負するだけでも十分に戦えた。
続く五球目、予想とは反して緩いカーブだ。
しかしそれは、カウント有利な相手がさらに速い球を有効に活用するためのもので、厳しいコースに柳生は投げ込んだ。
ただ、若干指に引っかかったのか、吉高の構えるミットから外れて明らかなボール球となり、梨々香はこれを見送った。
カウントツーボールツーストライク。
追い込まれているが、悲観するほどのものでもない。
流石にカーブの三連投はないはず。元々カーブは他の変化球に比べて投げる回数が少ない。それは柳生か吉高のどちらか、もしくは両方がカーブに不安を抱えている証拠だ。
そしてカーブを投げないということは、速い球だけを狙えば、芯を外されたとしても、タイミングを外されることはないということだ。
この六球目、これは決めにくる球だろう。
振りかぶり、柳生が放つ球は遠いところ、外角高めへの球だ。
来た。
私はこれを待っていた。
これは恐らく勝負球。柳生さんが一番自信のある球で、緩いカーブから一番球速がかけ離れた速い球、ストレートだ。
私は腕をめいっぱい伸ばし、その球をバットで叩いた。
ボールは手元で変化……しない。バットに素直に当たる。
しかし、カーブを二球も見せられて、緩い球に慣れた私の目は反応が遅れた。
それでもライト線の際どいところに上がった打球。フェアかファウルかわからない。
どちらかわからないからこそ、私は全力で一塁へと向かう。
フェアかファウルか。問題はそれだけではない。
ライトの溝脇さんが打球に向かって突っ込んでいる。
フェアだろうがファウルだろうが、捕られてしまえばそれで終わりだ。
打球の勢いが徐々になくなっていく。
その落下地点に向けて、溝脇さんは一気に押し寄せる。
タイミングは際どい。
落ちるか。落ちないか。
「落ちろ!」
溝脇さんは頭から滑り込み、落下地点と重なる。
そして、砂埃が舞い上がった。
「……フェア! フェア!」
打球は溝脇さんのグローブを掠めていない。落ちた勢いがそのままに、後ろに転がっている。打球の勢いはまだ死んでいない。
一塁手前にいた私はそれを見て、一気に一塁を蹴った。
打球はそのまま転がり続ける。そして外野フェンスまで到達した。
まだ誰も打球に追い付いていない。
私はそれを見て、そのまま加速する。二塁を蹴った。
二塁を回ってすぐ、俊足の早瀬さんが打球を処理し、すぐに中継へと送球した。
……私は走るのが苦手だ。野球は小学生の頃から素振りをしたり、バッティングセンターに行ったりしていたから、バッティングは得意な方だと思う。していたのはそれだけで、走るのが好きじゃなかった私は、走り込みをほとんどしてこなかった。
中学生になってからは野球部に入部していて、走り込みもしているから全く走れないわけじゃない。
それでも多分、足の速さは運動部の中では平均よりも遅い方だと思うし、今になっても苦手だ。
ただ、今は得意だからとか、苦手だからとか言っていられない。
目の前の塁を掴まなくてはいけない。
このチームで勝ちたい。
まだ、先輩たちと一緒に野球がしたい。
普段はやる気がないように見られやすい性格だっていう自覚はある。中学生の頃もそうだったから。
実際に、走り込みはやる気がなかったから、そう見られる原因もわかっている。
それでも、野球は好きだ。
好きだからこそ、今になって走り込みを適当に流していたことに後悔している。
足が重たい。足が上がらない。前に進まない。
それでも、絶対に私は前に進む。
私が三塁に頭から滑り込むと、同時に中継から三塁への送球が来る。
そして、滑り込んだ私と送球を受け取った本堂とが交錯する。
ほぼ同時。判定は……、
「セーフ!」
判定はセーフ。私は喜びのあまり、ベースを手放さないように右手だけでベースを叩いた。
やった。やった!
これで後ろに繋ぐことができた。しかもまだワンアウトの良い形で、だ。
たった一点差。ワンアウトランナー三塁。その三塁にいるのが私。
次に繋がる希望が見えた。
チャンスで伊澄ちゃんに繋がった。
中堅までが120メートルのため、130メートルは優に超えているだろう。
女子プロ野球どころか、男子プロ野球でもここまでの飛距離はあまり多くはない。
もちろん、飛びやすい金属バットということもあるが、それでも飛距離は完全にプロの域どころかそれ以上だ。
まさに怪物とも言える一発だった。
……珠姫はできるならプロになりたいと言っていた。
本来、ここまでの選手であれば間違いなくプロ候補、上位指名どころか一位指名で競合されるほどだ。
ただ、懸念材料があるとするならば、イップスを患ったという過去と、それによって実績がないこと。
いくら成績を残したところで、この夏の偶然と捉えられてしまえば、指名されたとしても評価は低い。
試合中の今はそんなことを考える余裕もないが、ふとその不安がよぎった。
不安はあるものの、すぐに集中は試合へと戻る。
夜空はクールにダイヤモンドを回っていたが、本塁を踏み、遅れてダイヤモンドを一周した珠姫が本塁を踏むと、その顔から笑顔が溢れた。
ランナーはいなくなったが、これで二点を追加し、一点差。
そして、本来打ちにくいはずの縦スライダーを夜空が封じ、珠姫がストレートを完璧に捉えた。打ち取るイメージが湧かなくなっただろう。
これで完全に試合がわからなくなった。
ただ、ここからは一発で同点もあり、ランナーを溜めることもできるバッターが打席に入る。
『五番、千鳥煌さんに代わりまして、バッターは佐々木梨々香さん。背番号11』
明鈴がベンチに残していた最後の選手。それでありながら、代打として最も信頼のおける選手、梨々香だ。
「行ってこい!」
巧はそう言って梨々香の背中を押し、打席に送った。
「はーい」
梨々香はのほほんと返事をしながら打席に向かうが、その背中には闘志がみなぎっていた。
先ほど珠姫に打たれた柳生は戦意喪失……するはずもなく、ランナーがいなくなったことで切り替えたように見える。
難しい顔をしていた様子はもうない。
球数を投げた末に夜空を出塁させたため、それが堪えていたのだろう。点差が一点に縮まったにも関わらず、スッキリとした顔をしている。
そして梨々香が打席に立つ。
この状況で梨々香に求めるバッティングは、可能であれば長打、少なくとも出塁だ。ヒットでもフォアボールでもデッドボールでも、エラーでもいい。
出塁することで、ワンアウトのまま次に繋げられる。
後ろに控える伊澄はこの試合でヒットを放っており、司に至っては二打数二安打一四球と三打席で三回の出塁をしている。陽依も一本ヒットを放っているため、梨々香が後ろに繋げばチャンスはある。ツーアウトとなってしまえば心許ないため、出塁するのが一番だ。
ただ、可能性としては一点差のままツーアウト満塁、もしくは同点となれぼワンアウトかツーアウトのランナーが溜まった状態で九番の鈴里に回る可能性がある。鈴里はバッティングがあまり良くないため、できればそれまでに決着をつけたいところだ。
とにかく出塁をしたいところ、初球を迎える。
まずは様子見というつもりか、内角低めにワンバウンドするボール球だ。
スッキリとした表情を見せたため、縦スライダーの調子が戻っているか確認したかったのだろうが、調子が戻っている様子はない。
付け入る隙は十分にある。
ボール先行で始まったこの打席、調子が戻らない縦スライダーは早々に捨て、二球目は他の球種で来る。
内角高めの甘いコース。
そこからゆるりと曲がり、外角低めへと決まる。
「ストライク!」
唯一、遅い球であるカーブだ。
緩い球である故に、初球の縦スライダーを見た後のカーブはどうしても待ちきれないほど遅く感じる。
そしてゆっくりと曲がることで、追いかけたくなってしまう球だ。
その球を、梨々香は我慢して見送った。
追い込まれる前に積極的に打っていきたいところではあるが、無理な球を打つ必要はない。
この我慢ができるというだけで、余裕を持って自分のバッティングができる。
もちろん、手が出ずに見送るというわけではなく、我慢して打てない球を見送るという話だが。
打席の梨々香は気合が入っているように見えて、落ち着いているように見える。打つ気を感じるが、気負い過ぎずにリラックスできている。
良い状態だ。
三球目、柳生の放つのは梨々香の膝下を抉るような球だ。
まだカウントはワンボールワンストライク。
カウントに余裕があるとはいえ、悠長に待っていれば不利になる梨々香はその球に反応した。
内角低めの打ちづらい球。それでも梨々香のバットはボールを捉えようとしている。
良いスイング。
しかし、その球は手元でさらに食い込むように変化する。
内角低めいっぱいからボールゾーンへと逃げる球。
それでも梨々香はその球を逃さないように食らいつく。
そしてバットはボールを掠める。
「ファウルボール」
掠っただけのボールは、軌道を変えて真後ろに転がるファウルとなった。
芯を外すためのシュート。ただ、内角となれば外角に比べてバットはやや縦になり、空振りもしやすくなる。
それでも梨々香はバットに当てて見せた。十分に対応できている証拠だ。
戦えない相手ではない。
梨々香は調子にムラがあり、代打として起用した時は打てているのだが、スタメンとして起用した時にはその打棒が見る影もない。
そのために代打で起用したのだが、やはり梨々香もスタメンとして出たい気持ちはあるのだろう。
この打席の集中力は今まで以上で、実力は一枚も二枚も上手の柳生に対して一歩も引く様子はない。
そして四球目、今度はタイミングを外すボール、カーブだ。
その球に梨々香はタイミングを外され、体勢を崩したが、かろうじて当てて三塁側真横へ転がるファウルとなった。
ここで空振りしなかったのは大きい。次は速い球が来ると予想できるから。
今までストレートで押しながら、縦スライダーで空振りを奪ったり、カットボールやシュートで芯を外したりしつつ、たまにカーブを混ぜてタイミングを外すスタイルだったが、今は緩急をつけることを中心にしたスタイルになっている。
これは縦スライダーが使い物にならないからで、それは夜空の功績が大きい。
そして、緩急をつけるにしても、梨々香はカーブに対応できている。
速い球を待って勝負するだけでも十分に戦えた。
続く五球目、予想とは反して緩いカーブだ。
しかしそれは、カウント有利な相手がさらに速い球を有効に活用するためのもので、厳しいコースに柳生は投げ込んだ。
ただ、若干指に引っかかったのか、吉高の構えるミットから外れて明らかなボール球となり、梨々香はこれを見送った。
カウントツーボールツーストライク。
追い込まれているが、悲観するほどのものでもない。
流石にカーブの三連投はないはず。元々カーブは他の変化球に比べて投げる回数が少ない。それは柳生か吉高のどちらか、もしくは両方がカーブに不安を抱えている証拠だ。
そしてカーブを投げないということは、速い球だけを狙えば、芯を外されたとしても、タイミングを外されることはないということだ。
この六球目、これは決めにくる球だろう。
振りかぶり、柳生が放つ球は遠いところ、外角高めへの球だ。
来た。
私はこれを待っていた。
これは恐らく勝負球。柳生さんが一番自信のある球で、緩いカーブから一番球速がかけ離れた速い球、ストレートだ。
私は腕をめいっぱい伸ばし、その球をバットで叩いた。
ボールは手元で変化……しない。バットに素直に当たる。
しかし、カーブを二球も見せられて、緩い球に慣れた私の目は反応が遅れた。
それでもライト線の際どいところに上がった打球。フェアかファウルかわからない。
どちらかわからないからこそ、私は全力で一塁へと向かう。
フェアかファウルか。問題はそれだけではない。
ライトの溝脇さんが打球に向かって突っ込んでいる。
フェアだろうがファウルだろうが、捕られてしまえばそれで終わりだ。
打球の勢いが徐々になくなっていく。
その落下地点に向けて、溝脇さんは一気に押し寄せる。
タイミングは際どい。
落ちるか。落ちないか。
「落ちろ!」
溝脇さんは頭から滑り込み、落下地点と重なる。
そして、砂埃が舞い上がった。
「……フェア! フェア!」
打球は溝脇さんのグローブを掠めていない。落ちた勢いがそのままに、後ろに転がっている。打球の勢いはまだ死んでいない。
一塁手前にいた私はそれを見て、一気に一塁を蹴った。
打球はそのまま転がり続ける。そして外野フェンスまで到達した。
まだ誰も打球に追い付いていない。
私はそれを見て、そのまま加速する。二塁を蹴った。
二塁を回ってすぐ、俊足の早瀬さんが打球を処理し、すぐに中継へと送球した。
……私は走るのが苦手だ。野球は小学生の頃から素振りをしたり、バッティングセンターに行ったりしていたから、バッティングは得意な方だと思う。していたのはそれだけで、走るのが好きじゃなかった私は、走り込みをほとんどしてこなかった。
中学生になってからは野球部に入部していて、走り込みもしているから全く走れないわけじゃない。
それでも多分、足の速さは運動部の中では平均よりも遅い方だと思うし、今になっても苦手だ。
ただ、今は得意だからとか、苦手だからとか言っていられない。
目の前の塁を掴まなくてはいけない。
このチームで勝ちたい。
まだ、先輩たちと一緒に野球がしたい。
普段はやる気がないように見られやすい性格だっていう自覚はある。中学生の頃もそうだったから。
実際に、走り込みはやる気がなかったから、そう見られる原因もわかっている。
それでも、野球は好きだ。
好きだからこそ、今になって走り込みを適当に流していたことに後悔している。
足が重たい。足が上がらない。前に進まない。
それでも、絶対に私は前に進む。
私が三塁に頭から滑り込むと、同時に中継から三塁への送球が来る。
そして、滑り込んだ私と送球を受け取った本堂とが交錯する。
ほぼ同時。判定は……、
「セーフ!」
判定はセーフ。私は喜びのあまり、ベースを手放さないように右手だけでベースを叩いた。
やった。やった!
これで後ろに繋ぐことができた。しかもまだワンアウトの良い形で、だ。
たった一点差。ワンアウトランナー三塁。その三塁にいるのが私。
次に繋がる希望が見えた。
チャンスで伊澄ちゃんに繋がった。
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