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空を越えて

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 ピッチャー強襲。打球は棗の足元だ。それに合わせて私は動いた。

「セカンドォ!」

 司の声が響く。私を指定する声だ。

 打球はピッチャーの棗の手前でバウンドし、横を抜けた。ただ、それを私は追っていた。

 ワンアウトランナー満塁でバックホームもゲッツーも狙える位置を守っていた。右打者のため、ショートはやや三塁寄りで、セカンドの私はやや二塁寄り、それでもギリギリの打球だった。

 二塁上を通過しようという打球、私はそれに飛びつくしかない。

 こんな状況、何度も経験している。

 小学四年生の頃、初めて砂原大地と会った。同じリトルに入ったことがきっかけだった。私はその頃、ショートを希望しており、大地も同じくショートだった。

 小学生の頃は何度も喧嘩し、何度も衝突した。

 同じショートの大地とは馬が合わなかった。どちらかといえば私が一方的に毛嫌いしていたようにも思うけど、同じポジションだからこそ負けたくない気持ちもあって嫌いだった。

 その頃、私と大地は同じリトルのチームの中でも頭一つ抜けた実力だった。強気な性格もあって、大地だけじゃなく、他のチームメイトと衝突していた。

 それでも上手くやっていた。今思えばそれは大地が裏でフォローしてくれたからだったのだろう。

 そして大地とショートのポジションを争っていた頃、一度二遊間を組むことがあった。だいたいはどちらかが出てどちらかが控えだったが、監督が一度でいいからセカンドとして出したいという理由で出場した。

 その試合で私はエラーをした。慣れないセカンドということもあったが、実力があって天狗になっていたこと、自分への甘さが原因だった。

 しかし、大地はフォローしてくれた。

 それ以外にも、ダイビングキャッチをしてから送球が間に合わないと思った時も、大地はちょうどいいところにいてくれた。

 捕球をしてから送球は任せる。プロでも名コンビがするようなプレーができることに、私の心は踊った。

 それで普通なら取れないアウトを何個も量産することができた。

 私は大地と二遊間を組むのが楽しいと思った。

 衝突し合いながらも気付かないうちにお互いに実力を高め合い、研鑽していた。チームメイトでありながら、ライバルのような存在だった。

 そしてそれから、私はセカンドへのポジションコンバートをした。中までありながら敵として見ていた大地が相棒となった。

 それからはずっと一緒にプレーしていた。

 中学の頃もチームメイトと衝突したが、大地が私を上手く諫めてくれる。だからこそ、大きな問題も起こらなかった。

 高校では男女別ということもあって、同じ高校でも別のチームとなった。

 私はずっと明鈴高校に進学がしたかった。リトルに入ったのは十歳になる歳だったが、野球を始めるきっかけとなった八歳の頃に見た甲子園が忘れられなかったからだ。そして、大地も男子野球部が強豪である明鈴高校に進学した。

 六年間一緒のチームだった。違うチームというのは初めてだが、それも大人になったということなのだろうと割り切った。実際に体格差もあって、中学の後半では実力差が目立ってきたことを実感していたから。

 それでも大地がいれば私は強くいられた。大地は私の実力以上のものを引き出してくれる。私一人なら、中学の頃に日本代表に選ばれていたかもわからない。少なくとも守備を評価してもらえたのは大地がいたから、私はそう考えている。

 高校で他の部員と衝突した時は、野球を続けていいのかわからなかった。私のせいで部員が辞めて、私だけがのうのうと野球をしていいのかわからなかったからだ。

 それでも、大地にも、珠姫にも止められた。もう少し続けてみようと思えた。

 それと同時に焦りもあった。私が部に迷惑をかけたことは変わりない。だからこそ、チームのために活躍し続けなければいけないと思っていた。

 だからこそ、何もできていない、チームメイトの方が活躍している現状が、私の焦りを加速させていた。

 チームメイトが活躍するのは嬉しい。そこに嫉妬があったわけでない。ただ、チームに迷惑をかけた上にキャプテンという立場である私は活躍しなければいけないからだ。

 その焦りがさらに迷惑をかけてしまった。

 白雪に怪我をさせて、それを気に止むあまり、私はエラーをした。

 そんな不甲斐ない私を叱責してくれたのは、監督でも同級生でもなく、中学の頃から私についてきてくれた後輩だった。

 司も止めていたし、側からみれば陽依は先輩に生意気を言っている後輩のように映っていただろう。

 しかし、私は嬉しかった。

 私のことに期待してくれて、失敗なお私を見ていてくれる。まるで大地のように。

 そして一人ではないと言ってくれた。今までは私が投げて打って守ってと完璧を追い求めていた。でも今は、チームで勝てる。みんなで勝てる。

 そう思わしてくれる陽依は私なんかよりもキャプテンかもしれない。チームのムードメーカーでどの守備位置も守れて、選手を鼓舞してくれる。今でもチームにとって欠かせない存在だ。現にもういなかったショートを埋めていてくれる。

 そして、これからもチームの中心としてチームを引っ張っていってくれるだろうと私は確信している。

 私はずっと大地に頼ってきた。高校に入ってからも結局大地に頼っている。

 でも、それも今日で終わりだ。

 私は白雪と鈴里、陽依のような後輩の目標となるべき存在だ。これからは、私のプレーで、みんなの限界値を超えさせるのだ。

 そのために、私はこの高い壁を越える。大地に頼って、巧くんに頼って、陽依にも頼っている弱い自分を越える。

 今日までの私を今日で越える。

 乗り越える。

 届くかわからないこの打球を捕る。そして今までの弱い自分を置き去りにしていく。

 他人に頼ることで自分を守ってきた。それを越える!

 私は打球に飛び込んだ。

 砂埃が目に入って何も見えない。ただ、全身の感覚がどういった状況なのかということを知らせてくれる。

 打球は私のグラブに収まって。乾いた革の音が鳴り、グラブの中のボールの重みを感じる。

 二塁ベースの位置は見えない。それでも感覚でここだというところにグラブを叩きつける。

「アウト!」

 柔らかいベースの布の感触とともにアウトのコールが耳に届く。

 しかし、このままでは送球ができない。感覚で送球するのはできるが、それは正確なものではない。それに飛び込んだ状況から立ち上がって投げても間に合うかわからない。

 そうなれば送球を託すしかない。

 陽依の位置は目には見えない。ただ、陽依は私と大地のプレーを見てきたと言っていた。大地なら……陽依ならここにいてくれる。そう信じて私はトスを上げた。

 位置はそう……自分よりもややセンター寄りで三塁寄りの方向だ。

 セカンドの私が飛びついたことでショートはそのカバーに入るだろう。そして、私が打球を捕球したことで、打球を追う速度を緩め、私の近くにいてくれる。そう信じて私は砂埃が目に入って目が見えないまま、ここだというところにトスを上げたのだ。

 それからはもう陽依に任せるしかない。結果はどうなるか信じるしかない。まだ目は見えていない。ただ、私の後方から捕球したような革を叩く音と共に、審判の「アウト!」というコールが聞こえた。

 

 
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