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突然の警告

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『明鈴高校、選手の交代をお知らせします。先ほど代打いたしました佐々木梨々香さんに代わりまして、ショートに黒瀬白雪さんが入ります。九番ショート黒瀬白雪さん背番号6』

 交代は代打に送った梨々香に代えて、白雪をそのままショートに送っただけだった。

「棗と黒絵は準備中と……」

 棗に関してはいつ投げてもいいように初回から準備を始めさせていた。もう五回表だが、この回を陽依が投げれば、六回と七回で棗、黒絵で投げ切れる。少しでも休ませるためにも伊澄を下げてもいいが、もし棗か黒絵が打たれれば投手は伊澄か夜空だ。守備力を考えれば伊澄に投げさせたいところだ。

 そのため、伊澄はこの試合、フルイニングでの出場だ。

「まあ、次は序盤は少なくとも休ませるつもりだから大丈夫か」

 この試合に勝った時のスタメンの構想はある程度立ててある。ただ、休み休み使おうと考えていても、明鈴は選手層が厚いとも言えないため、夜空、珠姫、由真、司には負担を強いることとなりそうだ。

「どこかで休ませれればいいんだけどなぁ……」

 一回戦のように大差で勝っていれば主力をある程度下げる決断も出来る。しかし、同点という僅差、ましてや打力のある鳥田が相手だ。迂闊に代えてしまえばもし勝ち越したとしても逆転が難しくなる。

 勝つためには妥協できない。



 五回表が始まる。鳥田高校の攻撃は八番の中川原から始まる。

 その俊足には警戒が必要だ。後続ともちろん警戒は必要だが、陽依を前に当たりが出ていない。予想以上に打力も投手力も拮抗していた。

「落ち着いていけよ!」

 巧は陽依に声をかける。陽依自身が一番よくわかっているだろう。しかし、声をかけずにはいられなかった。

 同点に追いついてすぐの守備、ここで流れが変わるかもしれない場面だ。

 初球、陽依と司のバッテリーは低めを意識する丁寧な配球だった。それでいて勝負を仕掛ける。

 詰まった当たりを打たせようという、内角低めを丁寧に突いた変化球だ。際どいコースに打者も手を出さない。

「ストライクッ!」

 コースいっぱい、ギリギリの食い込むようなシュートだった。

 そして二球目、今度は初球とは反対に外角低めだ。逃げるようなスライダーをコースいっぱいに決めようとするが、外れてボール球となる。

 打ちたい。打たれたくない。お互いに慎重に探り合うような打席だ。

 三球目……。

「あっ……!」

 巧は声を漏らした。同時に、投げた陽依の表情も険しいものだった。

 カーブかチェンジアップのような緩い軌道。しかし、ボールは曲がらず、甘いコースへと一直線だ。

 中川原もその球を見逃さない。

 力強いスイングから繰り出されるバットに、ボールは反発した。

 高く大きなフライだ。

「レフトー!」

 司は叫ぶ。しかし、その打球の行先はレフトの光の手に届かないことは一目瞭然だ。

 上がった打球は落ちてこない。レフトポール際ギリギリのところを通過し、大きな音を立ててスタンドに直撃した。

「まさか……」

 巧は落胆を隠せない。同点に追いついた直後に負け越しのホームラン。最悪の展開とも言える。

 しかし、打球を確認していた三塁審判は慌てたように大きく身振り手振りをした。

「ファール! ファール!」

 その声を聞いて巧は安堵した。それと同時に、失投を確実に狙う相手打者に恐怖を覚えた。

 俊足な選手と長打力のある選手が多い鳥田打線。そう分類していたが、水戸のこともあってハッキリした。バランス型と称した水戸は長打を狙える選手だった。つまり、下位打線だろうが長打を狙える選手であってもおかしくはない。

 ミーティングで得た知識だけでも足りなかった。

 そして、失投を確実に狙い打ってくる。

 陽依の失投が多いわけではない。伊澄も黒絵も棗も、失投はある。ただ、ボール球に外れたり、ヒットを打たれたり、見逃したりする場合もある。ただ、鳥田打線は確実に狙ってくる。

 失投は許さない。そう言うかのような打撃だった。

 ただ、これで追い込んだ形にもなった。大きな当たりを打たれていても陽依は萎縮していない。まだ戦える。

 打席に意識は戻り、四球目。今度は丁寧に突いた外角低めへのストレートだ。

 ギリギリのコース。それを打者は見送った。

「ボール!」

 惜しい。ただ、まだツーボールツーストライクだ。不利なカウントではない。

 五球目、陽依の投じたシンカーに中川原は食らいつき、バックネットに当たるファウルだ。

 そして六球目。内角低めへ糸を通すようなストレートだ。波田もスイングする。

 鈍い金属音が響いた。

 詰まった当たり。しかし、打球は一、二塁間だ。

 届くのかどうかという当たり。セカンドの夜空が打球に食らいつこうとする。

 そして打球に……夜空のグラブは届かなかった。

「ライトー!」

 由真が前進して捕球する。ファーストはもちろん間に合わない。冷静に二塁へと送球した。

 ギリギリ届かない、残念だ。

「あーっ、おっしい」

 ベンチの選手たちは落胆していた。ギリギリ届かない打球、しかし夜空が捕球できないのであれば鈴里が入っていてもどうかわからない打球だった。これはもう仕方がない。

 打ち取った当たりではあった。そこまで悲観的になるものでもない。確かに大きな当たりもあったが、ギリギリ負けたという結果だった。

「大丈夫大丈夫。落ち着いていけ」

 巧はベンチから声をかける。

 ノーアウトランナー一塁。九番センターの久川を迎えるが、当たりは出ていない。これから上位打線に入って行く打線ではあるが、水戸と波田以外を抑え込んでいる陽依が不利とは言い難い状況だ。

 ただ、陽依も疲れが見えている。もしこのままアウトを取れずにピンチを招いたり、点を取られたりすれば交代も考えなければいけない。

 どう采配していくか、そのことを考えながら、試合のいく末を巧は見守っていた。

 九番の久川が打席に入る。陽依も、中川原に打たれたといっても打ち取った当たりだったため、冷静だ。

 相手ベンチも「振ってけー!」「打てよー!」と言ったように檄を飛ばす。明鈴も勝つことに必死だ。鳥田も当然同じなのだ。

 陽依は初球、逃げるようなスライダーを投じた。しかし、これは外れてボールだ。二球目も内側へ食い込むシンカー、これもボールとなった。

 なかなか入らないが、勝負しにいく良いボールだ。逃げるためではなく、ランナーがいることで一層警戒したような投球だった。

 そして三球目、今度は内角高めへのストレートだ。変化球を立て続けに投げたことでより一層速く見える球に、打者は振り遅れて一塁への強い当たりのファウルとなる。

 しっかりと当ててくる。しかし、陽依も負けない。

 ツーボールワンストライクから投じた四球目、外角低めへの緩いボール、カーブだ。

 打者の久川もこれを捉える。強い当たりは二遊間へ……。

「セカンド!」

 二遊間、やや二塁寄りだ。夜空は回り込みながら横っ飛びする。際どい打球。

 その打球は……夜空のグラブに収まった。

「ボールセカンド!」

 ゲッツーコース。

「よし!」

 巧はゲッツーを確信した。横っ飛びをして横たわった難しい体勢の夜空だが、夜空であれば問題ないだろう。

 グラブトスでは届かない距離に、夜空は難しい体勢ながら鋭い送球を繰り出す。巧の予想通りだ。

 そして、それと同時に鈍い音が響いた。まるで、なにかを石に打ち付けたような鈍い音だ。

 それはグラブにボールが収まった乾いた皮の音ではなかった。

「…………え?」

 巧は瞬時になにが起こったのか理解できなかった。

 ただ、白雪が倒れ、グラウンドに白球が転々と転がる様だけが視界に入っていた。
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