上 下
65 / 150

進化と理由

しおりを挟む
 ついに珠姫からホームランが生まれた。

 それも合宿の時とは違う、ボールを見ずにコースを予測するという奇跡のような打ち方ではない。正真正銘、ボールを見て実力で打ち勝ったホームランだった。

「勝ちに行くぞ」

 一点差、そしてまだワンアウトから五番の亜澄の打席だ。このままでは終われない。

「伊澄、打席入れるか?」

「当然」

 夜空が予定外の交代ということで代打の要員である梨々香を使ってしまった。

 本来であれば伊澄に打席が回れば代打を出し、その後に棗の登板、もしくは伊澄に打席が回らなければ交代した後の棗に代打を出し、次のピッチャー、黒絵へと交代を考えていた。

 ただ、構想上で代打として起用することを考えているのはあとは瑞歩だけだ。もし伊澄の打席でこの瑞歩を代打に送れば、九回裏に回ってくるピッチャーの打席はそのまま黒絵が入るか、守備要員として残してある煌、鈴里のどちらかという選択肢しか残らなくなってしまう。

 せめて八回、ある程度打席が回る選手が確定してから瑞歩を使いたい。そうなれば伊澄の打席で代打を出すわけにはいかなかった。

 続く六回裏、亜澄が打席に入る。

 皇桜は控えのピッチャーも準備している。交代する前になんとか決着をつけなければいけない。

 相手ピッチャーの狩野は打たれたことで少なからず動揺している。叩くならここだ。

「亜澄、デカいの頼んだ!」

「え、うん。……無茶言うなぁ」

 亜澄が出塁し、繋いで一点でも取れれば、もしピッチャーが代わっても三回のうちに攻略していけばいい。ただ、願わくば狩野が投げているうちに逆転しておきたい。

 亜澄への初球、緩い球が亜澄へと向かう。

 カーブで際どいところを狙ってきたか。

 踏み込んだ亜澄はそのまま打つか見極めるか、ギリギリまで引きつける。

 しかし、ボールは変化しなかった。

「ヒットバイピッチ!」

 審判がデッドボールのコールをし、一塁への進塁を促す。

 相手ピッチャーは動揺が隠せていない。良かった制球が乱れ始めている。

 ただ、そのことについて声を出せば挑発行為にもなりかねないため、口を噤む。しかし、これでまた走者が出塁した。

 続く打者は伊澄、このままチャンスを作っていけば、この回で一気に同点、逆転の可能性もある。

「伊澄! 任せたでー!」

 ネクストバッターズサークルに入る陽依が檄を飛ばす。

 伊澄は打席に入る前、陽依に向かって握った拳を出した。それに応えるかのように、陽依も拳を差し出した。

 実際にグータッチをしているわけではない。しかし、二人にとってはそれだけで心が通じたように思える。

 伊澄の打席、右足から打席に入り、バッターボックスの中を整えると左足もバッターボックスに入れる。左足でも軽い整え、その後バットを構える。

 ただ、脱力していい状態で打席に入っていることが窺える。その脱力感が威圧感にもにた雰囲気を放っていた。

 初球、またもや亜澄と同じく、伊澄に向かっていくような緩い球だ。

 しかし、今度は変化する。

 伊澄はそれを見逃さなかった。

 自分の横からストライクゾーンへと滑るスライダーを遮るようにバットを振り、ボールを引っ張った。

 打球はサードの頭を越えて……。

「フェア!」

 レフト線、フェアゾーンへと落ちる。

「レフトォ!」

 レフト線ギリギリフェアゾーンに落ちた打球は転がり、ファウルゾーン奥まで届く。

 そしてその間、ファーストランナーの亜澄は二塁を蹴った。

「ボールサード!」

 相手レフトの大町もボールを処理する。そのまま中継へと送球し、ボールをカットした中継はサードへと送球した。

 亜澄は滑り込む。そしてその先にはボールを待ち、捕球しようとしているサードの湯浅。

 二人が交錯する。際どいタイミングだ。

「……セーフ! セーフ!」

 ボールはこぼれ落ちている。タイミング的にはアウトだったかもしれない。しかし、ボールを落としていればタッチされたところでアウトにもならない。

「ナイスラン!」

 滑り込んで三塁を勝ち取った亜澄にベンチも盛り上がる。しかし、その間に二塁を陥れている伊澄も良いプレーだということは間違いなかった。

 そして次は当たりはないがムードメーカーの陽依、狩野からヒットを放っている白雪と続く。

 絶好のチャンスだ!

 そう思ったところで皇桜の監督が立ち上がる。

 選手交代だ。伝令の控え選手が審判へと伝え、そこから審判がベンチへとやってくる。

「ピッチャー交代」

 交代は予想通りだ。ブルペンで準備をしていたピッチャーがマウンドへ向かう。

 その選手は一年生、入りたての選手だが、夏の大会を見据えて選手を出場させるというのが前提の試合のため、ベンチ入りすることも考えられている選手なのだろう。

 この交代がどのように転ぶのか。

 球速はそこそこだ。変化球は見れていないが、球質は悪くない。速球派の投手というのが窺える。

「巧くん、ちょっといいかな?」

 司に声をかけられ、声のする方向を向く。

「どうした?」

 少し言いづらそうな表情を浮かべながら、司は口を開いた。

「竜崎流花、あのピッチャー、私と同じシニアだったんだ」

 そうか。司は明音ともう一人ピッチャーがいて、その三人で仲が良かったと聞いていた。このピッチャーはその中の一人というわけだ。

「それなら、特徴とかもわかってるってことか?」

「うん、そうだね」

 元よりそれを話そうとしていたというようで、司は竜崎流花の特徴を話し始める。

 ストレートの球威があるということ、あとはカーブがキレるというものだ。変化球で言うとあとはチェンジアップくらいで、コントロールはそこそことよくいるような速球派投手だ。

 ただ、それだけでは強豪校で一年生ながらベンチ入りできる程ではない。つまり、シニアを引退してからか高校入学後にさらに武器を身につけた可能性が高いというわけだ。

 司からの情報を元に、どのように攻略していくか、だ。

 とりあえず陽依には司から聞いている情報を伝える。突然、次の白雪にもだ。

 司は新しく身につけた武器はわからないとはいえ、既存の球種には対応できる可能性がある。打順が回れば一番チャンスのある打者だ。

 ピッチャー交代から投球練習が終わり、陽依が打席に入る。

 初球から外角低めに速いストレートを見せる。

「ストライクッ!」

 球速は百十キロ手前か。黒絵よりも劣る球速だが、球質は黒絵よりも上に見える。

 二球目、内角へ変化していくカーブに空振りをする。変化球のキレもいい。しかし、それは伊澄程ではない。

 三球目はストレートを外角高めに外す。外を意識させたいのだろうか。そうなると決め球は内角か。

 四球目、流花の放ったボールは内角高めへ一直線だ。

 予想通りか。

 陽依も読んでいたのだろう、迷うことなくスイングする。

 しかし、バットは空を切った。

「ストライク! バッターアウト!」

 空振り三振。決め球は……。

「スプリットか」

 司が言っていたのはストレート、カーブ、チェンジアップのみ。となればこの空振りを奪えるスプリットでのし上がったということに予想がつく。

 しかし、巧はどことなく違和感を覚えていた。

「白雪! まだチャンスだ、繋いでいけ!」

 ツーアウトとなったが、ランナー二、三塁は変わらない。ヒットが一本出れば少なくとも同点、上手くいけば逆転のチャンスだった。

 しかし、白雪は翻弄される。

 初球のチェンジアップにタイミングが合わずにバットを引きストライク。

 二球目は緩急をつけるようにストレートを選択し、空振り。

 三球目はスプリットだが、低めからさらに落ちるボールでバットを出さない。

 スプリットでもあわよくば三振を狙っていただろうが、次が勝負球か。

 何が来る? 二球連続のスプリットか、はたまたストレートか。三球種でも翻弄されており、予想がつかない。

 そして四球目、流花の放つ球は遠い。外角へ外れたボール球だ。

 失投か。そう思い、白雪はバットを出さず、巧もボールカウントが一つ増えると考えたその時だ、投球が一気に食い込んできた。

 ボールはミットに収まる。白雪はバットを出せずにボールを見ていた。

「ストライク! バッターアウト!」

 二者連続の三振。ワンアウトランナー二、三塁のピンチだった皇桜は二者連続の三振でピンチを脱した。

 明鈴からすれば手も足も出ずにチャンスを潰した形となった。

 そして、最後のボールは……。

「スライダー……か」

 スライダー、それも高速スライダーだ。ストレートとほぼ変わらないスピードでキレ良く外から内に切れ込むスライダーだった。

 スプリットを投げたことで安心し切っていた。

 流花がシニア時代から身につけた変化球はスプリットだけではない。スプリットと高速スライダー、どちらも完成度の高い、実戦でも通用するような変化球を身につけたことが、一年生ながら強豪校のベンチ入りの候補へと挙がっている要因だということだ。

「違和感はこれか……」

 スプリットも確かに良い球だった。ストレート、チェンジアップ、カーブに加えてスライダーでも厄介な投手であることには変わらない。それでも同レベルの投手は皇桜学園には二、三年生でもいそうなものだ。

 しかし、それに加えて高速スライダーも持っているとなれば、その辺にゴロゴロいるようなレベルの選手ではない。

「キツイな……」

 ストレートの質、変化球、どちらをとってもエースには届かないが、将来のエースの資質を持っている。

 紛れもなく、今後三年間脅威となる存在だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

都合のいい女は卒業です。

火野村志紀
恋愛
伯爵令嬢サラサは、王太子ライオットと婚約していた。 しかしライオットが神官の娘であるオフィーリアと恋に落ちたことで、事態は急転する。 治癒魔法の使い手で聖女と呼ばれるオフィーリアと、魔力を一切持たない『非保持者』のサラサ。 どちらが王家に必要とされているかは明白だった。 「すまない。オフィーリアに正妃の座を譲ってくれないだろうか」 だから、そう言われてもサラサは大人しく引き下がることにした。 しかし「君は側妃にでもなればいい」と言われた瞬間、何かがプツンと切れる音がした。 この男には今まで散々苦労をかけられてきたし、屈辱も味わってきた。 それでも必死に尽くしてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。 だからサラサは満面の笑みを浮かべながら、はっきりと告げた。 「ご遠慮しますわ、ライオット殿下」

殿下、もう終わったので心配いりません。

鴨南蛮そば
恋愛
殿下、許しますからもうお気になさらずに。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢呼ばわりされる彼女には、溺愛してくれる従兄がいた。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 ざまぁは添えるだけ。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!

をち。
BL
公爵家の3男として生まれた俺は、家族からうとまれていた。 母が俺を産んだせいで命を落としたからだそうだ。 生を受けた俺を待っていたのは、精神的な虐待。 最低限の食事や世話のみで、物置のような部屋に放置されていた。 だれでもいいから、 暖かな目で、優しい声で俺に話しかけて欲しい。 ただそれだけを願って毎日を過ごした。 そして言葉が分かるようになって、遂に自分の状況を理解してしまった。 (ぼくはかあさまをころしてうまれた。 だから、みんなぼくのことがきらい。 ぼくがあいされることはないんだ) わずかに縋っていた希望が打ち砕かれ、絶望した。 そしてそんな俺を救うため、前世の俺「須藤卓也」の記憶が蘇ったんだ。 「いやいや、サフィが悪いんじゃなくね?」 公爵や兄たちが後悔した時にはもう遅い。 俺には新たな家族ができた。俺の叔父ゲイルだ。優しくてかっこいい最高のお父様! 俺は血のつながった家族を捨て、新たな家族と幸せになる! ★注意★ ご都合主義。基本的にチート溺愛です。ざまぁは軽め。 ひたすら主人公かわいいです。苦手な方はそっ閉じを! 感想などコメント頂ければ作者モチベが上がりますw

そんな事も分からないから婚約破棄になるんです。仕方無いですよね?

ノ木瀬 優
恋愛
事あるごとに人前で私を追及するリチャード殿下。 「私は何もしておりません! 信じてください!」 婚約者を信じられなかった者の末路は……

処理中です...