おーばー！〜弱小女子野球部の監督に元最強選手の男子高校生が就任してハーレムになった件〜【明鈴高校女子野球部一年生前編】

三年生と一年生⑥

　巧が出塁し、続くのは上位打線の攻撃だ。一番の夏海の打席、ノーアウトランナー二塁の状況だ、この回に一点はモノにしたい。

「まずは見ていきましょう」

　巧は塁上から声をかける。焦らずとも夏海の後に続くのは晴、夜空、智佳だ、巧が走塁ミスをしなければなんとでもなる。

　ただ一つ問題があるとすれば、すでに一年生チームは四人も投球練習を始めているところだ。伊澄と陽依、そして水色学園の久遠恋と東山燐だ。ここであえて他のピッチャー、例えば琥珀などを投入してくる可能性も大いにある。それでも打って点を取るということは変わりないため、今は今の最善を尽くすのみだ。

　夏海の初球。まずは外角低めのストレートに反応するものの、一塁線を切れてファウルとなる。スピードにやや遅れ気味ではあるが、二巡目となるとだいぶ合ってきてはいる。

　二球目、黒絵の勢いのあるフォームから気の抜けるような投球、チェンジアップだ。だがこれはまだコントロールが定まらずにボールとなった。

「ナイスボールナイスボール」

　琥珀は返球をしながらミットを叩く。「大丈夫、落ち着いて」と言うようにジェスチャーを黒絵に向ける。黒絵はロジンバッグ……滑り止めを手に付けると息を吹きかけて粉を払う。

　三球目、黒絵の指先から放たれたのは指にかかった外角低めのストレートだ。夏海はピクリと反応するが、バットは動かずに見逃した。ボールはピクリとも動かなかったが琥珀のミットに吸い込まれている。

「……ボール」

　審判の佐伯先生は少し悩んだような間を持たせ、ボールを宣言する。

　琥珀はボールを返球すると、マスクを外し、口パクで「ごめんね」と言うと再びマスクを被り直す。先ほどのボールはストライクと取ってもおかしくないボールだった。しかし、琥珀はそのボールをビタどめして捕球していた。際どいコースのボールをストライクと判断させるように捕球時にミットをずらしたりするフレーミング技術というものがあるが、それができなかったための謝罪ということだろう。

　琥珀は有能でも万能でもあるが、完璧ではない。全てにおいて優れているが全く付け入る隙がないわけではない。今後、明鈴が光陵と対戦する際の参考になればいい。もっとも、対戦するとなればそれは全国大会、甲子園での話だ。

　四球目、まだ夏海には有利なカウントだ。しかしそれで打ち気に焦ったのか甘いとは言えない高めのストレートに手を出し、打球は右中間を漂っている。

　巧は戻れる範囲で二三塁間の中間までハーフウェーを取る。もし落球した際に次の塁を狙うためだ。

　しかし、センターの白雪は難なく打球を処理し、巧は二塁に帰塁した。残念だが仕方ない。

　次の打者は二番に入っている晴だ。その晴に対して黒絵は深呼吸に目を向ける。巧に打たれたことで少しでも動揺するかと思っていたがその様子はなさそうだ。

　それでも落ち着き投球内容は一致しない。初球、晴はボール球のチェンジアップをうまくすくい上げるとライト前に運んだ。ライトの未紗は打球反応が良く、二塁にいた巧はホームに帰れなかったが、これでワンアウトランナー一、三塁だ。

「選手交代」

　ここで神代先生は動く。陽依をピッチャーに投入し、ピッチャーの黒絵がレフト、レフトの明音はセカンド、セカンドの柚葉がベンチに退く。

「ボクの華麗なプレーがこれ以上披露できないのは残念ですね」

　柚葉はベンチに戻りながらそう言っているが、一塁にいる晴はそれを聞いて苦笑いしている。

　三番には夜空が座っている。陽依は投球練習を終えると打席に入る夜空に向き直る。二人は中学時代のシニアでも高校もチームが一緒と対戦機会は少ないだろう。しかし、それ以上にお互いの力は熟知している。特に今回は陽依はメインのポジションではないピッチャーで、夜空は得意分野の一つである打撃、バッターだ。分があるのは明らかに夜空だ。

　そう思ったが、巧は陽依を過小評価しすぎていたのかもしれない。

　陽依の投球は初球から勝負の一手だ。四隅のコースを突いて行き、ストレートと変化球を織り混ぜる。七球投げてツーボールツーストライクと夜空を追い込んでいる。

　八球目、器用な陽依には選択肢が多い。スライダー、カーブ、フォーク、シンカー、シュート、いずれも変化量は小さいがそれによって打たせて取るのが陽依のスタイルだ。

　何が来るのか直前までわからない。陽依の指先から放たれた後に軌道で予測はできるが、それは一秒もないコンマ数秒の世界だ、判断する時間としては不十分だ。

　夜空なら或いは……そう思いながら巧は三塁上からただボールを見ている。ボールは回転がない、そして落ちる。フォークか。

　ちょうど落ちるであろうポイントに合わせて夜空はバットを振り抜く。完璧だった……これがフォークであれば。

　陽依の放ったボールは見えない空気の流れに従うように曲がる。予想された変化ではない、バットの芯から外れた金属音だ。

　打球は上がるが芯から外れているため、勢いはない。左中間にフワッと上がった打球は、芯を外れているにも関わらずに伸びていく。レフトの黒絵が捕球体制に入るが、巧も三塁上でタッチアップの体制に入る。先程は投手と打者として対戦したが、今度は野手と走者だ。

　黒絵のグラブに打球が収まるのを確認して巧は三塁を蹴る。百キロを超える球速のストレートを持つ黒絵の肩が弱いはずがない。深い位置だが侮れない。

　巧は油断せずに全力疾走でホームに突入する。タイミング的にもやや余裕があり、なおかつ送球は逸れたため、巧は楽々生還した。そして一塁ランナーの晴もその間に二塁を陥れていた。

　陽依はガックリと肩を落としていたが、ランナーがいなければただのレフトフライだ。ピンチから受け継いだ後にヒットによって得点を許したわけでもないため、最高とは言えないがまずまずの結果だろう。もちろんこのピンチを無失点で切り抜けるに越したことはない。

　陽依自身もそのことを理解しているようで、右手で自分の頬を叩き喝を入れ直す。ツーアウト二塁となおもヒットで一点が入る可能性がある状況で、四番の智佳を凡打に打ち取った。