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練習と観察

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 合宿二日目。予定では六時に全員起床となっているが、巧はその三十分前に携帯で設定してあった目覚まし時計のアラーム音で目を覚ました。本来であれば十人近く入れる部屋だが男子は巧だけのため、広い部屋に一人というのには少し寂しさを感じる。

 今日の日程は練習試合。各選手の登場機会を極力均一にするため野手はフル出場、投手は投球回数を決めて行うためそれ以外の交代は怪我などがなければしない予定だ。

 そのため、巧は試合を見て、後で練習の指示だけとなるので軽く体を動かしておこうと考え、早めに起床した。

 早速着替えを済ませて外に出る。春とはいえまだ四月下旬だ、今日は少し肌寒い。

「巧、早いね」

 学校周りの外周を走ろうと校門に向かうと、後ろから肩を叩かれ巧は振り向く。

「琥珀も人のこと言えないけどな」

 やはり何人かは同じことを考えているだろうと思っていたが、琥珀も体を動かすためにジャージに着替えている。ただ、他には誰かがいる様子もない。陽依や伊澄は真っ先にグラウンドに出ていると思っていたが。

「他の連中は?」

「さあ? 光陵の人たちはまだ寝てたよ。他の人たちは部屋違うからわからない」

 巧はまだ若干寝ぼけていた。一部屋には十人程度しか入らないため、各校二部屋ずつ配分されているため他校の様子は知る由もない。

「琥珀はこれから何するんだ?」

「時間までジョギングしようと思ってたけど……。巧もよかったら一緒にする」

「そうだな」

 巧自身元々走る予定だったため、琥珀と一緒に走ることになんら問題はない。それにだだっ広い部屋に一人というのが相当こたえていたのか、無性に誰かと一緒にいたい気分だった。

 まあ、走っている間は話すわけではないため、お互い無言だった。その後朝食の時間まで三十分程度走った二人は最低限の会話しかせずに食堂に行った。

 二人のランニング中は結局グラウンドには誰も出ておらず、明鈴の騒がしい組がいなかったため寂しさもあるが疲れない楽さもあった。



「じゃあスタメン発表するぞ」

 今日の試合では、二人のピッチャーで試合を投げ切り、もう一試合ではピッチャーが野手出場を半分ずつ登場する方式だ。

 しかし、明鈴の選手は十四人。瑞姫を合わせても十五人とメンバーを分けても二チームも作れない。その代わりに鳳凰寺院学園の二人、三好夜狐と白夜楓が加わった。それでも十七人のため、伊澄と鳳凰のピッチャーである三好夜狐は野手としてもフル出場することでバランスを取っている。

 一試合目のスタメンは、
一番ライト月島光
二番ショート姉崎陽依
三番セカンド大星夜空
四番ファースト諏訪亜澄
五番サード藤峰七海
六番ピッチャー三好夜狐
七番キャッチャー白夜楓
八番センター千鳥煌
九番レフト結城棗
となっており、途中で三好夜狐と伊澄、棗と黒絵が交代する。

 二試合目のスタメンは、
一番センター瀬川伊澄
二番ショート黒瀬白雪
三番ライト三好夜狐
四番ファースト本田珠姫
五番レフト佐々木梨々香
六番キャッチャー神崎司
七番サード椎名瑞歩
八番セカンド水瀬鈴里
九番ピッチャー豊川黒絵
となっており、黒絵と棗が途中で交代する形となっている。本来であれば伊澄と夜狐も交代の対象だが、人数が一人足りないためこのような形となった。

 光陵は今年度の入部人数は多かったが、旅費の関係もありちょうど十八人が今回の合宿に参加しており、水色は部員全員で十八人ちょうどとなっているため、人数の問題は起こらなかった。

「じゃあ試合始めるぞー」

 神代先生が声をかけ、一試合目に出るメンバーが集まる。

 今回は普段とは違い男子野球部がいないため、明鈴高校にある二つの球場型のグラウンドのうち一つを使っている。本来であれば二つあるグラウンドのうち一つは女子野球部のものだが、普段は広々と使えるため校庭のグラウンドを使用していた。

 試合に出ないメンバーは各々もう一つのグラウンドや校庭のグラウンド、試合観戦など自主練習となっている。

 一試合目は明鈴の一試合目のメンバーと光陵の一年生を中心としたメンバーだ。

 光陵のスタメンはこうだ。
一番センター速水輝花
二番ショート乙倉奏
三番セカンド六道咲良
四番ピッチャー立花琥珀
五番サード柳瀬実里
六番ファースト八重樫颯
七番キャッチャー君塚雫
八番ライト冴島琴乃
九番レフト高坂沙織

 サードの実里以外は一年生という布陣。輝花と琥珀は途中でポジションを代えることとなっている。

 光陵は独特な選手が集まっており、輝花は「しょうか」と読み、奏は「りずむ」と読み、名前だけでも個性的ではあるが、一番特徴的なのはセカンドに入っている咲良だ。彼女はセカンドではあるが左投両打と珍しい。内野手はファースト以外、ファースト送球を考えて右投が有利なのだが、それだけ咲良の身体能力が高いということだろうか。

 時刻は八時。少し早い時間だが、三試合行い反省点を見つけ、それを踏まえた練習をするためにこの時間からの開始となっている。ただ今回は通常の七回制ではなく、時間と投球回の兼ね合いのために六回制と特別ルールだ。

 審判は今回の試合に登場しない水色学園の佐伯先生。巧と神代先生はバックネット裏から試合を見ている。

 一回表は光陵からの攻撃。明鈴側のピッチャーは夜狐だ。夜狐はどんなピッチャーかわからない。しかし神代先生が連れてきた選手だ、侮れない。

「彼女、高校から野球を始めたらしいよ」

「え?」

 高校から野球を始める人はいないわけではないが決して多くはない。投球練習を見る限りでも初心者のような辿々しさは感じられない。

「まあ、ざっくりとしか話は聞いてないんだけど、今回参加しなかった本命の選手に憧れてキャッチャーの楓が野球を始めて、その楓に憧れて夜狐が野球を始めたって聞いてる」

 確かに事前に鳳凰寺院学園の参加者は二、三人と曖昧に聞かされていた。どういうわけか参加しなかったその人が二人の起点を作っているようだ。

「あ、巧は知ってるかな? 君の一つ上の白坂伊奈梨」

「あー、知ってますね」

 直接会話を交わしたのは一度二度あったかどうかくらいだったと思うが、巧はその人物を知っている。伊奈梨は巧が二年生の時に三年生で、一言で言うと自由人だ。野球には真摯で身体能力が高くフォークボールを扱うピッチャー兼外野手という記憶がある。

「ちなみに神代さんは鳳凰が今の状況になっている理由は知っているんですか?」

「知ってるよ。でも知りたかったら彼女たちから聞きな」

 色々とニュースになってはいるが詳細については語られていなかった。勝手に裏事情を話さないのは神代先生なりの彼女たちへの気遣いだろうか。

 その夜狐の投球はというと、ストレートとフォークを中心に組み立てられており、やはり第一印象と同じく初心者らしからぬ投球だ。しかし、一回表は咲良と琥珀に連打を浴び、一点を失う形となった。逆に言うと初心者が強豪のクリーンナップを相手に一点の失点で留めたということだ。

 一回裏は流石琥珀と言うのか、夜空にシングルヒットを打たれるものの、他は打たせて取るピッチングで難なくアウトを三つ奪い取った。

「流石琥珀ですね」

「うちのエースですから」

 中学時代より格段に成長している。バックネット裏で見ることによってストレート、変化球のキレ、琥珀の凄さを改めて実感した。
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