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第三部 第三章「ベルゲングリューンの光と闇」(11)

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11


「大統領!!」
「……統領!!」
「……ッ!!」
「ベルくんッ!!」

 誰かが呼ぶ声で、僕の意識が再び現実世界に呼び戻される。
 現実世界……?

 この声は……。

「ミスティ先輩?」
「あ、起きた! こんなとこで寝てちゃダメよ! 死ぬわよ!」
「先輩って、フランスっていう国の大女優だったりしました?」
「……大丈夫? 頭でも打った?」

 たぶん、ミスティ先輩はきょとんとした顔をしているのだろうけど。
 上を向いた顔を、動かすことができない。

「頭っていうか……、全身がバラバラになったみたいな感じ……。あ、でも、しゃべれてる」
「アリサがさっき回復魔法ヒールをかけてくれたからね。でも、無理しちゃダメだって。肋骨、何本か折れているみたいよ。肺に突き刺さって危なかったって」

 そうだ。
 脳が覚醒していくと共に、これまでの状況をすべて思い出した。
 たしかに、寝ている場合じゃない。

火竜ファイアードレイクは……?」
「今、みんなで大苦戦中よ」
「大苦戦? 両眼をやられているのに?」

 僕が聞き返すよりも早く、仲間たちの声が聞こえた。

「くっ、あぶねぇぇぇっ!!」

 今の声はキムだ。
 火竜ファイアードレイクの突進する轟音に混じって、カァァァン!!と高い金属音が聞こえてくる。

 おそらく、火竜ファイアードレイクの突進をギリギリで避けたせいで、盾が翼か何かにかすって、弾かれてしまったのだろう。

火炎の息ファイアーブレス、来るぞ!!」
「くっ、なぜ眼をやられているのに、こちらの方向がわかるんだ!!」 
「ブッチャー、お願い!」
「ぐえぐえ!!」

 ミヤザワくんの声にブッチャーが返事をする。
 おそらく火竜ファイアードレイクのブレス攻撃を相殺するための、氷の息アイスブレスの準備に入ってくれているのだろう。

「オールバック君! ベルとミスティ先輩の方にアイスウォールを張って!」
「了解だ!」

 今のはメルの声だな。
 なるほど、だいたいの状況はわかった。

 ドラゴンも人間も、感覚器官は同じだ。
 視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚。

 眼が見えなければ、他に頼りになるのは、嗅覚と聴覚。
 嗅覚と聴覚、どちらかが鋭敏なら、場所を特定することも可能だろう。

 かつてゾフィアが、僕の呼吸音を正確に察知して斬り込んできたように。
 でも、ドラゴンには咆哮ほうこうがある。

 あれだけのすさまじい咆哮を出すドラゴンの聴覚が、人間より飛び抜けて鋭敏だとは、ちょっと考えにくい。

 ……となると、嗅覚。

『あーあー、ルッ君、聞こえますかー』

 お、どうやら、少し休んだおかげで魔法伝達テレパシーはなんとか使えるようだ。

「おわっ、なんだよ!! びっくりするだろ! 起きたんなら普通に話せよ!」
『それがさ、ちょっとまだ大声出すとヤバそうなんだ。……そんなことより、手、洗った?」
「それどころじゃねぇよ!! 臭くて悪かったな!!」
『あ、いや、ちょうどよかった。さっきの火竜ファイアードレイクのうんこをさ、ちょっともらってきてさ、アイツの鼻の穴にぶちこんじゃってよ』
「……なぁ、オレの役割ってさ、なんでいつもそんなんばっかりなの?」
ウェット・ワーク汚れ仕事盗賊シーフやニンジャの専売特許じゃないか』
「意味がちげーんだよ!!! ただの汚い仕事だろ!! ウェットすぎんだよ!!」
『わはは!! 肺をやられてるんだから、あんまり笑かさないでよ。……それでみんな助かるんだから、頼むよ、ルッ君』

 僕がルッ君に伝え終わると、誰かがプッと笑う声が聞こえた。
 どうやら、うまくコントロールができず、全員に通達しちゃってるみたいだ。

 まぁいいや、今はその方が都合がいい。 

『キムたち盾組、その音だとだいぶ火竜ファイアードレイクから距離を開けてるね。もっと前進してくれない?』
「お、おいおい、無茶言うなよ! 死んじまうよ!! もうケガだらけなんだぞ!」

 キムが言った。

『そこは『このぐらいの傷、どうということはありませんよ。チャップリン』って言ってくれないと』
「はぁ? おまえ、頭ダイジョブか?」

 なんの話だったっけ。
 夢を思い出そうとすると逆にどんどん忘れていってしまうように、さっきまで覚えていた記憶がどんどんあやふやになっていく。

 アウローラが記憶を操作しているのだろうか?
 ……いや、そんな感じもしないなぁ。
 きっと、今の時空に最適化されていってるんだと思う。

『なんで前進しなきゃいけないんだ? もう尻尾もこねぇってのに』
『ルッ君が火竜ファイアードレイクの鼻の穴にうんこを詰めてみんなの居場所がわからなくなったら、あいつはたぶん、大暴れしちゃうでしょ? そうなってからでは、ノーム達の鎖で拘束できない』
「へっ!? お、親分、それ、ワシらがやるんでっか!?」
『申し訳ないんだけど、君たちの王国に来た火竜ファイアードレイクなんだから、そこは頑張ってもらわないと。……ほら、装備のおかげで、君たちって思ったよりしぶといみたいだし』
「お、鬼や!! やっぱこの親分、鬼ヤクザや!!」
『大丈夫、キムたちが今から前に出て引きつけてくれるから』
「鬼だわ……マジで……」

 キムがうめいた。

「盾組ってことは、私も行ったほうがいい?」
「ううん、ミスティ先輩はここにいて、僕を守ってください」
「やったー。膝枕しちゃおっかな」
「い、いや、ちゃんと守って……」
「ふむ……、ベルの護衛は、ミスティより盾のない私が引き受けたほうが良いのではないか?」
「しっしっし!! ヒルダ先輩はあっち行ってくださいー!」
「くっ……生徒会長である私を害虫のように……。この扱いは高く付くぞ、ミスティ……」『ヒルダせんぱ……ヒルダは属性攻撃ができる貴重な戦力ですから。火竜ファイアードレイクを拘束した時のために、スタンバイしておいてください』

 僕がそう言うと、ヒルダ先輩はあっさり快諾した。
 ……どうやら、わかってて言っていたらしい。

「ミスティ先輩、僕の見た目って、どうなってます?」
「男の子の姿に戻ってるわよ。あと、私も『先輩』ってつけなくていいから」

 やっぱりそうか……。
 ということは、もうアウローラの意識は、僕の中に戻っている。

『そんなことを確認せずとも、私に話しかければいいだろう?』
(ちょっと、照れくさくて)

 すかさず話しかけてきたアウローラに答えた。

火竜ファイアードレイクの突進、来るぞ!!」

 ヴェンツェルが叫んだ。

『ルッ君、うんこだ! うんこ作戦を実行するんだ!』
「ちょ、ま、待って!! まだうんこを回収できてないんだよ!!」
『急いでうんこを回収して!!』
「どのぐらいのうんこが必要だと思う?」
『両手に持てるぐらいのうんこでいいと思う』
「両手って……、うんこで両手がふさがったらどうやってアイツにしがみつくんだよ!」
『道具袋に入るだけうんこ入れちゃって!!』
「えー、やだよー!! 買ったばっかの道具袋をうんこまみれにすんのかよ!! 革製なんだぞ!?」
「あんたたち、どれだけうんこ連呼すれば気が済むのよ!」

 ユキがツッコんだ。

 なんだか、懐かしい感じだ。
 帰ってきたって感じがするなぁ。

『イングリド、いる?』
「はい、ベル様。インリドでよろしいですのに……」
『突進してくる火竜ファイアードレイクの足場を、土魔法で崩せる?』
「前衛の方が足止めしてくださるのでしたら、可能ですわ」
『だってさ。キム、メル、ギルサナス、お願い』

「あいよ!」「わかったわ」「承知した」

『ジョセフィーヌ議員……じゃなかった、ジョセフィーヌと花京院は、それぞれノームたちを連れて、火竜ファイアードレイクの左右側面に回って。火竜ファイアードレイクが足止めされたら、ノームたちと奴の前脚に鎖を付けるんだ』

「えー、ちょっと怖いー! ノームさんたち、ちゃんと守ってねん」
「姐さん、むしろワシらが守って欲しいねんけど……」
「そしたら、ムキムキ姐さんの方は右側頼んますわ。ムキムキ兄さんの方は左側にしまひょ」
「なぁ、ちょっとだけ確認なんだけど、左ってこっち側であってるよな?」
「……あかん、ムキムキ兄さんの方、めっちゃアホや……こっちに付いたら死んでまうど」
『花京院はたしかにアホだけど、素の頭の良さがあるから、ここぞの時には信頼できるよ』

 不安を募らせたノームたちにフォローを入れた。

「なぁ、今って、オレ、褒められたのか? それともめちゃくちゃバカにされたのか?」
「……いいから早く支度しなさいよ。もう来るわよ!」

 ユキに言われて、花京院がノームたちと配置に付いた。

『後衛は突撃を食らわないように気をつけてね。テレサ、援護をお願い。それと、アリサ、エレイン、ゾフィア、さっきは良かったよ! 特にゾフィア、ナイス判断!』
「殿ぉぉ!!!」

 後方からゾフィアの歓喜の声が聞こえてきた。

 
 さぁ、そろそろカタを付けようか。
 いつまでも火竜ファイアードレイクに遅れを取っていては、彼女に笑われてしまうから。
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