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第二十八章「新学期」(1)
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「はぁ……、そこ……そこですっ……はぁぅっ……」
「すっごく硬くなっていますね……。もう少し、リラックスしてくださいね」
「は、はい……はぁぅっ!」
「ちょっと、さっきから変な声出さないでくれる?」
昼休み。
ユキがげんなりした顔でこっちを見た。
「だいたい、学校に出張マッサージを呼ぶ生徒がどこにいるのよ……」
僕は食事に行ったキムとメルの椅子を借りて横になって、二人のマッサージ師さんの施術を受けていた。
特に指定したわけじゃないのに、お綺麗なお姉様二人だったことが、ユキの心象を悪くしているような気がする。
「だってこれ……、絶対このままにしたら明日動けなくなってるもん……」
ロドリゲス教官がクラン戦で僕に言い放った、グラウンド15000周。
……まさか本当にやらされそうになるとは思わなかった。
僕は朝っぱらから250周走ったところでぶっ倒れて、さっきの時間まで保健室にいた。
士官学校のグラウンド1周が200メートルだから、5周で1キロ。
250周は50キロだ。
3000キロなんて走ったら死んでしまうから、泣いて許しを請うて、クラン戦での勝利を鑑みて250周で「とりあえずは」許してもらった。
とりあえず残り14750周の負債が僕にはあって、教官の気分次第でいつでも走らされるらしい。
……むちゃくちゃだ。
ミスティ先輩はこの40倍を走らされたっていうんだから、やっぱり僕なんかとは基礎の鍛え方が全然違うんだろうな。
「だいたいさ、動物ってのは狩りの時とか、必要な時しか走らないわけ。エネルギーの無駄遣いなわけ。こんな不要不急の時にアホみたいに走るアホな動物は人間だけなんだよ……」
「くす、そんなこと言ってると、また教官に走らされちゃうわよ?」
「いだだだだっ、ア、アリサ、そこ触っちゃだめぇっ!!」
僕の反応を面白がって、アリサが僕のふくらはぎをつんつんとつついた。
「あああ、来るっ、来ちゃう!! つ、つりそう! つりそう! マッサージ師さんヘルプ!!」
「ぷっ、楽しいかも」
「こ、こら! 僕の背中に座るな! 今は僕のささやかなリラックスタイムなんだ! いだだだだ」
「私もやろっと」
「ユ、ユキ、やめろ! 男子の背中に軽々しくケツを乗せるな! お、重っ、重っ……」
「なによう! アリサとそんなに変わらないでしょう?!」
「アリサの座り方には遠慮があるんだよう!」
「あら、じゃ、私も!」
「無理無理無理!!!!本当に無理!!ぎゃあああああっ!!!」
僕がのたうちまわる姿を、ルッ君が死んだ魚のような目で眺めていた。
「なぁ、あれ、どんな感じなんだろう」
「何がだ」
ジルベールが本を読みながら、めんどくさそうにルッ君に答える。
こう言うと、ジルベールがすごく冷たい反応をしているみたいだけど、以前は絶対無視してたと思うから、反応を返すだけの友情関係が構築されていることに、僕は少し感動した。
「何かって、きれいなお姉さんにマッサージされながら、女子二人のお尻が背中に乗る感じだよ」
「だから、なぜお前はそれを私に尋ねるのだ」
「ジルベールだって、アデールにあんな風にされてたりするのかなって」
「ふむ……」
ジルベールは本を置いて、真顔で僕の方をじっと見てから、ルッ君の方を向いた。
「アデールは私の膝に頭を乗せて本を読むのが好きだ。お互い会話せず、そうして何時間も一緒に本を読む」
「……ごちそうさまでした。やっぱ聞くんじゃなかった」
ルッ君がそそくさと筆記用具類をカバンにしまい始めた。
「お前は妄想の世界に生きるのではなかったのか?」
「こないださ、オレ、召喚体でずっとクラン城のてっぺんで待機してただろ?」
「ああ」
「あの時さ、まつおさんが気を利かせて、リザーディアンのおっさんに差し入れを持ってこさせてくれたんだよ。ほら、あいつらってめちゃくちゃ木登りが上手いから」
「ああ」
ジルベールは本の続きを読みながら、適当に相槌を打った。
自分から話を振っておきながら、あんまりな対応だと思うが、ルッ君は気にせず話を続ける。
「でさ、焼きたての肉を食べたわけ。でもさ、美味くもなんともないんだよ! ちっとも腹いっぱいにもならない」
「まぁ、召喚体だからな」
「そう! でも見た目はめちゃくちゃ美味そうなんだよ! なんなら匂いもするし、味もわかる。でもちっとも美味くないんだ。わかるか? この感覚」
「まったくわからんが、少々興味深い話だ。後学のために、少し食べてみればよかったな」
「あのな、地獄だぞ!? すげぇ美味そうで、腹も減ってて、匂いも味もするし、理屈では美味いってわかってんのに、全然美味くないし、腹も膨れない」
ルッ君が両手を使って地獄っぷりをジェスチャーをしながら、ジルベールに熱弁を振るった。
「ふむ……。もしかすると、肉も召喚してから食えば口に合うのかもしれんな……」
「いや、あのな、肉の話はそこまで掘り下げなくていいんだよ」
「……回りくどいな。妄想の女もそうだと言いたいのだろう?」
「そう! そういうこと! オレは、妄想は地獄だと気付いたんだ。いつまで経っても、触れたくても触れられないんだなって気付いたんだよ」
「貴公はどのみち、現実世界でも触れられておらんではないか」
「……お前はオレの心をえぐるために地上に遣わされた悪魔か何かなのか?」
そんなくだらないことをルッ君とジルベールが話している時に、C組教室の扉がビターン!!と勢いよく開いた。
(ああ、またこのパターンか……)
僕はげんなりした。
だいたい、この教室の扉が勢いよく開く時は、ロクなことがない。
「押忍!!!! 一年生諸君!!!! シャキシャキやっとるかー!!!!!」
「……」
教室中に響かせるには十分すぎる音量で、誰かがノシノシと入ってきて、教室がシーンとなった。
「アリサ、見上げるのがしんどいから、僕の代わりに、今見たものを教えて」
「ものすごくゴッツいおっさんが入ってきた」
「あ、そう」
「ちょっとアリサ、おっさんとか言っちゃダメよ! あの人は三年生の毒島先輩よ。士官学校の応援団長よ」
「応援団長って……、いったい何を応援するんだ……」
「そこ……何をゴソゴソ話して……、って、なんじゃお前はーッッッ!!!!!」
毒島先輩というおっさんが大声で叫んだ。
声の方向からして、僕に言っているらしい。
「勉学の場である教室で女共をはべらせて、あまつさえ!! 按摩をさせるとは何事か!!! たるんでおるッッ!!!」
「あ、あんまって……」
ユキが力なくツッコんだ。
いや、そんなことより、ユキもアリサも、空気を読んで僕の背中からどいてくれると助かるんだけど。
このまんまの姿勢だと、この人、どんどん沸点に近付いていくような。
しかも、僕は250周でヘロヘロな上に、二人の下敷きになってピクリとも動けない。
「毎年、新学期に戻ってくると、上級生がいなくて羽根を伸ばした一年生が調子に乗っておるものだが、今年の1年生はひどい体たらくであるな!! 特にお前はひどすぎるっ!!!」
「毎年って……、ブス先輩は何年この学校にいるんですか……」
「ブスではなくて毒島だ!! だがよく聞いた!! 応援団長として三年生を努めて、かれこれ五年目である!!!」
「おっさんじゃねぇか!」
僕は思わずツッコんでしまった。
「ほう……。この毒島力道山をおっさん呼ばわりとは……、なかなか活きのいい一年生ではないか!!!」
むちゃくちゃな名前だ……。もうついていけない。
っていうか、もうこういう人はロドリゲス教官でおなかいっぱいなんだよ。
それでなくても僕は朝から、体育会系のエキスを1000倍濃縮したようなおっさんに死ぬ気でグラウンドを走らされていたんだぞ。
「おい! 毒島団長が直々に話しかけとられるっちゅうのにその態度はなんや!! 一年生!!」
「上級生と話す時は起立して直立不動が基本だろうが!!」
「アリサ、なんか右と左から違う声が聞こえるんだけど」
「なんかリョーマの子分みたいな雰囲気の人が二人、毒島先輩の後ろに立ってる」
「はぁ……」
僕は深い溜息をつきながら、お姉様方のマッサージに身を委ねる。
さすがプロの方だけあって、こんな状況でも手を止めたりしないのは大変にありがたい。
「今日はちょっと色々あって疲れてるんで、ブス先輩、また後日お越しください」
「毒島だ!! 貴様に用があったわけではないが、ちぃとばかり根性を叩き直してやらにゃならんようだのう!!」
毒島先輩が近付いてくる気配がしたので、僕はユキのケツをちょっとどかして、左手だけ自由になるようにしておいた。
ちなみに、アリサのケツはやわらかい感じで、ユキのケツはプリっとした感じがする。
最初は重くて死ぬかと思ったけど、いい感じに腰と背骨のコリがほぐれて、じんわりと温かくなってきて、ずいぶん気持ちよくなってきた。
もう一生このままでもいいかもしれない。
「今すぐ立ち上がれば、一発ぶん殴るだけで許してやってもよい!!」
「おおっ、さすが団長や!! 寛大な心をお持ちや!!!」
「その価値観がまったくわからない……。なんで僕が殴られなくちゃいけないんだ」
「その腐りきった性根を叩き直すために決まっとるだろうが!!」
「無理だと思いますよ。毒島先輩」
「ナニぃ?!」
ユキが僕に座ったまま、毒島先輩に言った。
「まっちゃんの性根が腐りきってるのは、ロドリゲス教官でも直せないんですから」
「ガハハハ!! 生意気な新入生を仕込むのは、教師ではなく我ら応援団の仕事だ!! ワシに任せておけぇい!!」
「あと、一応、その人、伯爵です」
アリサがぽつり、と言った。
「げぇっ、伯爵?!」
子分の一人の声が聞こえる。
「ははぁ、なるほど。だが、お前のような奴は毎年いるのだ。伯爵家の小倅だから自分は特別だと思っているボンボン坊っちゃんがなぁ!!」
「いえ、小倅とかじゃありません」
アリサがさらに言った。
「伯爵の子息とかじゃなくて、この人が伯爵です。この人、功績を上げて、伯爵位をエリオット国王陛下から賜ったんです」
「ぬははははは!!! 作り話をするなら、もう少しそれっぽい嘘を付かんか!! こんなアホみたいな奴にそのようなな功績あるわけなかろう!!!」
「そんなの魔法情報票を見れば……」
「ええーい問答無用じゃー!! 貴族がなんぼのもんじゃーい!!!」
毒島先輩の鉄拳制裁が顔に飛んでくる気配がしたので、僕は寝た姿勢のまま左手を上げた。
ごぃぃぃぃぃぃぃん……、という鈍い音と、手首がぐにゃっと曲がる嫌な感触が、水晶龍の盾を通して伝わってきた。
「っくっ……くぅぉぉぉっ……!!! ぬくっ……!! ふぬおおおおおっ!!!」
あまりにもの苦痛に悲鳴を上げそうになるのを必死に堪え、毒島先輩はその場で唸り声を上げる。
なるほど、なかなかの根性である。
「だ、団長ぉぉぉッッ!!!」
「た、大変や!!! 団長の手が!!! 手が!!変な方向に曲がっとる!!!」
「お前らもいい加減帰れよ……」
僕は少し気になってルッ君たちの方を見た。
ルッ君は床で腹を抱えて笑い転げていて、ジルベールは本を持つ手が小刻みに震えている。
「く、くくっ、くふぅっくっくっく!!!」
笑っているんだか泣いているんだかよくわからない感じで、毒島先輩が声を上げた。
「滾りよるわぁ!! 今年の一年坊は仕込み甲斐がありそうじゃのう!!!」
「ブス先輩、僕よりもっと仕込み甲斐のある奴らがいますよ。F組のリョーマとA組のギルサナスっていうんですけど……」
「何を言っとるか! 先程そいつらにも会ってきたが、どちらも上級生に礼儀正しい、なかなかの好青年ではないか!! 女をはべらせたまま、ワシに挨拶すらまともにせんのはお前だけであったわ!!」
「あいつらめ……、猫かぶりやがったな……」
ギルサナスはともかく、リョーマまで猫をかぶったのは納得がいかない。
ヤンキーキャラを貫けよ!
きっと、めんどくさかったんだろうな……。
「リョーマって、意外と頭がキレるタイプよね」
「……別の意味でもすぐキレるけどね」
ユキとアリサがしょうもないことを言っていた。
「まったく……、ベルゲングリューン伯という傑物がおると言うから覗いてみれば、妙に肝の据わったアホ貴族しかおらんとは……」
「えっと、そのアホ貴族がベルゲ……」
(しーっ!!!)
僕はアリサに必死にジェスチャーを送った。
「ベルゲングリューン伯は先日大きなケガをされて、長期療養中です。しばらく学校には来ないと思いますよ」
僕はしれっと嘘をついた。
「なぁにぃぃ!? それを早く言わんか!! バカモンが!!!」
軽くイラッときたけど、我慢我慢……。
もうこれ以上話がややこしくなるのはごめんだった。
「団長!! そうとわかれば、こんなしょうもないトコ、さっさと帰りましょうや!!」
「そうです。早くその手を冷やさないと……」
(そうだ、帰れ帰れ!!)
「くぅぅっ、ベルゲングリューン伯ほどの傑物なら、きっと立派な応援団員になれたものを……!! 長期療養中とあれば致し方あるまい!!」
(応援団員にするつもりだったのか!!! あぶねぇ!!!)
毒島先輩とその取り巻き二人は、来たときと同じようにビターン!!と勢いよく扉を閉めて帰っていった。
「なんだったんだ、アレは……」
さらに100周ぐらいグラウンドを走らされたような疲労感に、僕はうつ伏せになったまま、ぐったりと身体を落とした。
「押忍!!!! 一年生諸君!!!! シャキシャキやっとるかー!!!!!」
今度はBクラスに入っていったらしく、毒島先輩の大声が聞こえてきた。
でも、その日にCクラスを訪れたのは毒島先輩たちだけではなかった。
身の危険を感じて、休憩時間の度に僕はカフェテラスに退避していたのだけれど、その後も「ヴァイリスの野鳥を見守る会」の会長だとか、「冒険者以外の人生を模索する会」の会長だとか、「漫画研究会」の会長だとか、「貴族の在り方を追求する会」だとか、「すごろく部」だとか、さまざまな団体や会のリーダーがC組にやってきては、ベルゲングリューン伯の所在を確認しにやってきたらしい。
特にイグニアで絶賛大ヒット中の漫画「爆笑伯爵ベルゲンくん」のせいで、漫画研究会のアプローチはかなりしつこかったらしい。
『えー、まだ帰ってないの?! もう授業始まったんでしょ!?』
『ああ。教室の外を複数のサークルの連中がウロウロしている。さっきは拳闘部と古流剣術部の部長が廊下でいがみ合いになって、ボイド教官に連行されていったところだ』
ヴェンツェルが教室から飛ばしてくれた魔法伝達に、僕はカフェテラスのテーブルに突っ伏した。
お姉様方のマッサージのおかげでずいぶん身体は楽になったけど、全身のだるさはどうしても取れない。
アリサに相談してみたけど、筋組織の損傷の修復というのは、回復魔法では治せないらしい。
明日の筋肉痛はどうやら不可避のようだ。
『新学期は一年生をサークルに勧誘するチャンスだからな。有名な生徒はどこも取り合いになるんだそうだ。毎年、強引な取り合いで問題にもなるらしいが。今年一番の有名人と言えば、間違いなくベルだろうからな』
『迷惑な話だよ、まったく……』
それでなくても僕はベルゲングリューン城に、新しく手に入れてしまったクラン城の管理に、ベルゲングリューン市の開拓に、リザーディアンたちの生活圏の確保に、色々とやらなくちゃいけないことが山積みなんだ。
『何が悲しくてこんなクソ忙しい時にヴァイリスの野鳥を見守ったり応援団に入ったりしなくちゃいけないんだ! むしろ僕を応援してくれよ! ……あ、いや、やっぱいいや』
あの毒島先輩達が大声で「フレー!! フレー!! べ・ル・ゲ・ンッッ!!!」とか校舎で叫んでる姿を想像して、胃が痛くなってきた。
「はぁ……、今日はもう帰ろっかな……」
「フッ、随分、お疲れのようだな」
「そうなんだよー。士官学校でサークルってなんだよ、サークルって。授業が終わったら野鳥なんて観察してないで家に帰れよ……」
「意外だな。貴様もおとなしく家に帰るタイプには見えぬが」
……ん?
貴様?
つい、ノリがちょっと似てるからアウローラと話しているつもりで返事をしたけど、よく考えてみると声も雰囲気も、僕に対する呼び方も全然違う。
そもそも、アウローラは僕以外の身体で現出することはない。
僕はおそるおそる顔を上げた。
「うおっ!!」
キリッとした目鼻立ちに、艶のあるダークグレーアッシュの髪をやわらかなウェーブのロングヘアーにしたものすごい美人が、いつの間にかテーブルの向かいに座っていた。
すっげぇぇぇぇ大人っぽい。
シンプルながらものすごく高級そうな黒いマントが似合っているけど、このマントの感じ、どこかで見覚えがあるような……。
「あなたは……もしかして……」
僕がそう言うと、すげぇ大人っぽい美人のお姉さんがキリッとした目を細めて微笑んだ。
おおお、なんか笑った感じもオトナっぺぇ……。
「ほう、貴様に知られていたとは光栄だ。そう、私は……」
「筋肉痛の妖精ですか?」
「違うわ!!阿呆!!」
クールビューティのお姉様から鋭く的確なツッコミが飛んだ。
「……やれやれ、どうやら貴様は父の話どうりの男のようだな」
柔らかく巻かれた長髪を揺らし、前髪をかきわけながら、お姉さんが言った。
「私の名前はヒルデガルド・フォン・アイヒベルガー。士官学校の三年生だ」
「アイヒベルガー……って……、もしかして、宰相閣下の?!」
僕の問いに、ヒルデガルド先輩は小首を軽く傾けるようにしてうなずいた。
その仕草がまた、なんというか、大人っぽいというか、色っぺぇ。
とにかく、この先輩はむちゃくちゃ色っぺぇ。
首を傾けた時に、ダークグレーのふわりとしたナチュラルなウェーブヘアーが涼しげな目元にかかるのがとにかく色っぺぇ。
「私は、ヴァイリス士官学校の生徒会長をしている」
「生徒会長……」
この学校って、そんなものがあったのか。
生徒会って、何をするんだろう。
よくわからないけど、この人がヴァイリス士官学校の生徒を代表する人ということなんだろう。
「ベルゲングリューン伯」
「は、はい?」
「貴様の言う通りだ。貴様のような男は、学生のくだらんサークル活動などにうつつを抜かしている場合ではない」
「えへへ、そうですよね」
僕はへらへら笑いながら答えた。
そうだ、サークル活動なんてまっぴらごめんだ。
「そう思ったからこそ、私はこうして、貴様に会いに来たのだ」
「毒島応援団から守ってくれるんですか?」
「……ちょっと貴様が何を言っているのかよくわからんが……、まぁいい。要件を話そう」
ヒルデガルド先輩は、そのキリッとした瞳で、僕の目をまっすぐに見つめながら言った。
「我が生徒会に入れ。ベルゲングリューン伯」
「はぁ……、そこ……そこですっ……はぁぅっ……」
「すっごく硬くなっていますね……。もう少し、リラックスしてくださいね」
「は、はい……はぁぅっ!」
「ちょっと、さっきから変な声出さないでくれる?」
昼休み。
ユキがげんなりした顔でこっちを見た。
「だいたい、学校に出張マッサージを呼ぶ生徒がどこにいるのよ……」
僕は食事に行ったキムとメルの椅子を借りて横になって、二人のマッサージ師さんの施術を受けていた。
特に指定したわけじゃないのに、お綺麗なお姉様二人だったことが、ユキの心象を悪くしているような気がする。
「だってこれ……、絶対このままにしたら明日動けなくなってるもん……」
ロドリゲス教官がクラン戦で僕に言い放った、グラウンド15000周。
……まさか本当にやらされそうになるとは思わなかった。
僕は朝っぱらから250周走ったところでぶっ倒れて、さっきの時間まで保健室にいた。
士官学校のグラウンド1周が200メートルだから、5周で1キロ。
250周は50キロだ。
3000キロなんて走ったら死んでしまうから、泣いて許しを請うて、クラン戦での勝利を鑑みて250周で「とりあえずは」許してもらった。
とりあえず残り14750周の負債が僕にはあって、教官の気分次第でいつでも走らされるらしい。
……むちゃくちゃだ。
ミスティ先輩はこの40倍を走らされたっていうんだから、やっぱり僕なんかとは基礎の鍛え方が全然違うんだろうな。
「だいたいさ、動物ってのは狩りの時とか、必要な時しか走らないわけ。エネルギーの無駄遣いなわけ。こんな不要不急の時にアホみたいに走るアホな動物は人間だけなんだよ……」
「くす、そんなこと言ってると、また教官に走らされちゃうわよ?」
「いだだだだっ、ア、アリサ、そこ触っちゃだめぇっ!!」
僕の反応を面白がって、アリサが僕のふくらはぎをつんつんとつついた。
「あああ、来るっ、来ちゃう!! つ、つりそう! つりそう! マッサージ師さんヘルプ!!」
「ぷっ、楽しいかも」
「こ、こら! 僕の背中に座るな! 今は僕のささやかなリラックスタイムなんだ! いだだだだ」
「私もやろっと」
「ユ、ユキ、やめろ! 男子の背中に軽々しくケツを乗せるな! お、重っ、重っ……」
「なによう! アリサとそんなに変わらないでしょう?!」
「アリサの座り方には遠慮があるんだよう!」
「あら、じゃ、私も!」
「無理無理無理!!!!本当に無理!!ぎゃあああああっ!!!」
僕がのたうちまわる姿を、ルッ君が死んだ魚のような目で眺めていた。
「なぁ、あれ、どんな感じなんだろう」
「何がだ」
ジルベールが本を読みながら、めんどくさそうにルッ君に答える。
こう言うと、ジルベールがすごく冷たい反応をしているみたいだけど、以前は絶対無視してたと思うから、反応を返すだけの友情関係が構築されていることに、僕は少し感動した。
「何かって、きれいなお姉さんにマッサージされながら、女子二人のお尻が背中に乗る感じだよ」
「だから、なぜお前はそれを私に尋ねるのだ」
「ジルベールだって、アデールにあんな風にされてたりするのかなって」
「ふむ……」
ジルベールは本を置いて、真顔で僕の方をじっと見てから、ルッ君の方を向いた。
「アデールは私の膝に頭を乗せて本を読むのが好きだ。お互い会話せず、そうして何時間も一緒に本を読む」
「……ごちそうさまでした。やっぱ聞くんじゃなかった」
ルッ君がそそくさと筆記用具類をカバンにしまい始めた。
「お前は妄想の世界に生きるのではなかったのか?」
「こないださ、オレ、召喚体でずっとクラン城のてっぺんで待機してただろ?」
「ああ」
「あの時さ、まつおさんが気を利かせて、リザーディアンのおっさんに差し入れを持ってこさせてくれたんだよ。ほら、あいつらってめちゃくちゃ木登りが上手いから」
「ああ」
ジルベールは本の続きを読みながら、適当に相槌を打った。
自分から話を振っておきながら、あんまりな対応だと思うが、ルッ君は気にせず話を続ける。
「でさ、焼きたての肉を食べたわけ。でもさ、美味くもなんともないんだよ! ちっとも腹いっぱいにもならない」
「まぁ、召喚体だからな」
「そう! でも見た目はめちゃくちゃ美味そうなんだよ! なんなら匂いもするし、味もわかる。でもちっとも美味くないんだ。わかるか? この感覚」
「まったくわからんが、少々興味深い話だ。後学のために、少し食べてみればよかったな」
「あのな、地獄だぞ!? すげぇ美味そうで、腹も減ってて、匂いも味もするし、理屈では美味いってわかってんのに、全然美味くないし、腹も膨れない」
ルッ君が両手を使って地獄っぷりをジェスチャーをしながら、ジルベールに熱弁を振るった。
「ふむ……。もしかすると、肉も召喚してから食えば口に合うのかもしれんな……」
「いや、あのな、肉の話はそこまで掘り下げなくていいんだよ」
「……回りくどいな。妄想の女もそうだと言いたいのだろう?」
「そう! そういうこと! オレは、妄想は地獄だと気付いたんだ。いつまで経っても、触れたくても触れられないんだなって気付いたんだよ」
「貴公はどのみち、現実世界でも触れられておらんではないか」
「……お前はオレの心をえぐるために地上に遣わされた悪魔か何かなのか?」
そんなくだらないことをルッ君とジルベールが話している時に、C組教室の扉がビターン!!と勢いよく開いた。
(ああ、またこのパターンか……)
僕はげんなりした。
だいたい、この教室の扉が勢いよく開く時は、ロクなことがない。
「押忍!!!! 一年生諸君!!!! シャキシャキやっとるかー!!!!!」
「……」
教室中に響かせるには十分すぎる音量で、誰かがノシノシと入ってきて、教室がシーンとなった。
「アリサ、見上げるのがしんどいから、僕の代わりに、今見たものを教えて」
「ものすごくゴッツいおっさんが入ってきた」
「あ、そう」
「ちょっとアリサ、おっさんとか言っちゃダメよ! あの人は三年生の毒島先輩よ。士官学校の応援団長よ」
「応援団長って……、いったい何を応援するんだ……」
「そこ……何をゴソゴソ話して……、って、なんじゃお前はーッッッ!!!!!」
毒島先輩というおっさんが大声で叫んだ。
声の方向からして、僕に言っているらしい。
「勉学の場である教室で女共をはべらせて、あまつさえ!! 按摩をさせるとは何事か!!! たるんでおるッッ!!!」
「あ、あんまって……」
ユキが力なくツッコんだ。
いや、そんなことより、ユキもアリサも、空気を読んで僕の背中からどいてくれると助かるんだけど。
このまんまの姿勢だと、この人、どんどん沸点に近付いていくような。
しかも、僕は250周でヘロヘロな上に、二人の下敷きになってピクリとも動けない。
「毎年、新学期に戻ってくると、上級生がいなくて羽根を伸ばした一年生が調子に乗っておるものだが、今年の1年生はひどい体たらくであるな!! 特にお前はひどすぎるっ!!!」
「毎年って……、ブス先輩は何年この学校にいるんですか……」
「ブスではなくて毒島だ!! だがよく聞いた!! 応援団長として三年生を努めて、かれこれ五年目である!!!」
「おっさんじゃねぇか!」
僕は思わずツッコんでしまった。
「ほう……。この毒島力道山をおっさん呼ばわりとは……、なかなか活きのいい一年生ではないか!!!」
むちゃくちゃな名前だ……。もうついていけない。
っていうか、もうこういう人はロドリゲス教官でおなかいっぱいなんだよ。
それでなくても僕は朝から、体育会系のエキスを1000倍濃縮したようなおっさんに死ぬ気でグラウンドを走らされていたんだぞ。
「おい! 毒島団長が直々に話しかけとられるっちゅうのにその態度はなんや!! 一年生!!」
「上級生と話す時は起立して直立不動が基本だろうが!!」
「アリサ、なんか右と左から違う声が聞こえるんだけど」
「なんかリョーマの子分みたいな雰囲気の人が二人、毒島先輩の後ろに立ってる」
「はぁ……」
僕は深い溜息をつきながら、お姉様方のマッサージに身を委ねる。
さすがプロの方だけあって、こんな状況でも手を止めたりしないのは大変にありがたい。
「今日はちょっと色々あって疲れてるんで、ブス先輩、また後日お越しください」
「毒島だ!! 貴様に用があったわけではないが、ちぃとばかり根性を叩き直してやらにゃならんようだのう!!」
毒島先輩が近付いてくる気配がしたので、僕はユキのケツをちょっとどかして、左手だけ自由になるようにしておいた。
ちなみに、アリサのケツはやわらかい感じで、ユキのケツはプリっとした感じがする。
最初は重くて死ぬかと思ったけど、いい感じに腰と背骨のコリがほぐれて、じんわりと温かくなってきて、ずいぶん気持ちよくなってきた。
もう一生このままでもいいかもしれない。
「今すぐ立ち上がれば、一発ぶん殴るだけで許してやってもよい!!」
「おおっ、さすが団長や!! 寛大な心をお持ちや!!!」
「その価値観がまったくわからない……。なんで僕が殴られなくちゃいけないんだ」
「その腐りきった性根を叩き直すために決まっとるだろうが!!」
「無理だと思いますよ。毒島先輩」
「ナニぃ?!」
ユキが僕に座ったまま、毒島先輩に言った。
「まっちゃんの性根が腐りきってるのは、ロドリゲス教官でも直せないんですから」
「ガハハハ!! 生意気な新入生を仕込むのは、教師ではなく我ら応援団の仕事だ!! ワシに任せておけぇい!!」
「あと、一応、その人、伯爵です」
アリサがぽつり、と言った。
「げぇっ、伯爵?!」
子分の一人の声が聞こえる。
「ははぁ、なるほど。だが、お前のような奴は毎年いるのだ。伯爵家の小倅だから自分は特別だと思っているボンボン坊っちゃんがなぁ!!」
「いえ、小倅とかじゃありません」
アリサがさらに言った。
「伯爵の子息とかじゃなくて、この人が伯爵です。この人、功績を上げて、伯爵位をエリオット国王陛下から賜ったんです」
「ぬははははは!!! 作り話をするなら、もう少しそれっぽい嘘を付かんか!! こんなアホみたいな奴にそのようなな功績あるわけなかろう!!!」
「そんなの魔法情報票を見れば……」
「ええーい問答無用じゃー!! 貴族がなんぼのもんじゃーい!!!」
毒島先輩の鉄拳制裁が顔に飛んでくる気配がしたので、僕は寝た姿勢のまま左手を上げた。
ごぃぃぃぃぃぃぃん……、という鈍い音と、手首がぐにゃっと曲がる嫌な感触が、水晶龍の盾を通して伝わってきた。
「っくっ……くぅぉぉぉっ……!!! ぬくっ……!! ふぬおおおおおっ!!!」
あまりにもの苦痛に悲鳴を上げそうになるのを必死に堪え、毒島先輩はその場で唸り声を上げる。
なるほど、なかなかの根性である。
「だ、団長ぉぉぉッッ!!!」
「た、大変や!!! 団長の手が!!! 手が!!変な方向に曲がっとる!!!」
「お前らもいい加減帰れよ……」
僕は少し気になってルッ君たちの方を見た。
ルッ君は床で腹を抱えて笑い転げていて、ジルベールは本を持つ手が小刻みに震えている。
「く、くくっ、くふぅっくっくっく!!!」
笑っているんだか泣いているんだかよくわからない感じで、毒島先輩が声を上げた。
「滾りよるわぁ!! 今年の一年坊は仕込み甲斐がありそうじゃのう!!!」
「ブス先輩、僕よりもっと仕込み甲斐のある奴らがいますよ。F組のリョーマとA組のギルサナスっていうんですけど……」
「何を言っとるか! 先程そいつらにも会ってきたが、どちらも上級生に礼儀正しい、なかなかの好青年ではないか!! 女をはべらせたまま、ワシに挨拶すらまともにせんのはお前だけであったわ!!」
「あいつらめ……、猫かぶりやがったな……」
ギルサナスはともかく、リョーマまで猫をかぶったのは納得がいかない。
ヤンキーキャラを貫けよ!
きっと、めんどくさかったんだろうな……。
「リョーマって、意外と頭がキレるタイプよね」
「……別の意味でもすぐキレるけどね」
ユキとアリサがしょうもないことを言っていた。
「まったく……、ベルゲングリューン伯という傑物がおると言うから覗いてみれば、妙に肝の据わったアホ貴族しかおらんとは……」
「えっと、そのアホ貴族がベルゲ……」
(しーっ!!!)
僕はアリサに必死にジェスチャーを送った。
「ベルゲングリューン伯は先日大きなケガをされて、長期療養中です。しばらく学校には来ないと思いますよ」
僕はしれっと嘘をついた。
「なぁにぃぃ!? それを早く言わんか!! バカモンが!!!」
軽くイラッときたけど、我慢我慢……。
もうこれ以上話がややこしくなるのはごめんだった。
「団長!! そうとわかれば、こんなしょうもないトコ、さっさと帰りましょうや!!」
「そうです。早くその手を冷やさないと……」
(そうだ、帰れ帰れ!!)
「くぅぅっ、ベルゲングリューン伯ほどの傑物なら、きっと立派な応援団員になれたものを……!! 長期療養中とあれば致し方あるまい!!」
(応援団員にするつもりだったのか!!! あぶねぇ!!!)
毒島先輩とその取り巻き二人は、来たときと同じようにビターン!!と勢いよく扉を閉めて帰っていった。
「なんだったんだ、アレは……」
さらに100周ぐらいグラウンドを走らされたような疲労感に、僕はうつ伏せになったまま、ぐったりと身体を落とした。
「押忍!!!! 一年生諸君!!!! シャキシャキやっとるかー!!!!!」
今度はBクラスに入っていったらしく、毒島先輩の大声が聞こえてきた。
でも、その日にCクラスを訪れたのは毒島先輩たちだけではなかった。
身の危険を感じて、休憩時間の度に僕はカフェテラスに退避していたのだけれど、その後も「ヴァイリスの野鳥を見守る会」の会長だとか、「冒険者以外の人生を模索する会」の会長だとか、「漫画研究会」の会長だとか、「貴族の在り方を追求する会」だとか、「すごろく部」だとか、さまざまな団体や会のリーダーがC組にやってきては、ベルゲングリューン伯の所在を確認しにやってきたらしい。
特にイグニアで絶賛大ヒット中の漫画「爆笑伯爵ベルゲンくん」のせいで、漫画研究会のアプローチはかなりしつこかったらしい。
『えー、まだ帰ってないの?! もう授業始まったんでしょ!?』
『ああ。教室の外を複数のサークルの連中がウロウロしている。さっきは拳闘部と古流剣術部の部長が廊下でいがみ合いになって、ボイド教官に連行されていったところだ』
ヴェンツェルが教室から飛ばしてくれた魔法伝達に、僕はカフェテラスのテーブルに突っ伏した。
お姉様方のマッサージのおかげでずいぶん身体は楽になったけど、全身のだるさはどうしても取れない。
アリサに相談してみたけど、筋組織の損傷の修復というのは、回復魔法では治せないらしい。
明日の筋肉痛はどうやら不可避のようだ。
『新学期は一年生をサークルに勧誘するチャンスだからな。有名な生徒はどこも取り合いになるんだそうだ。毎年、強引な取り合いで問題にもなるらしいが。今年一番の有名人と言えば、間違いなくベルだろうからな』
『迷惑な話だよ、まったく……』
それでなくても僕はベルゲングリューン城に、新しく手に入れてしまったクラン城の管理に、ベルゲングリューン市の開拓に、リザーディアンたちの生活圏の確保に、色々とやらなくちゃいけないことが山積みなんだ。
『何が悲しくてこんなクソ忙しい時にヴァイリスの野鳥を見守ったり応援団に入ったりしなくちゃいけないんだ! むしろ僕を応援してくれよ! ……あ、いや、やっぱいいや』
あの毒島先輩達が大声で「フレー!! フレー!! べ・ル・ゲ・ンッッ!!!」とか校舎で叫んでる姿を想像して、胃が痛くなってきた。
「はぁ……、今日はもう帰ろっかな……」
「フッ、随分、お疲れのようだな」
「そうなんだよー。士官学校でサークルってなんだよ、サークルって。授業が終わったら野鳥なんて観察してないで家に帰れよ……」
「意外だな。貴様もおとなしく家に帰るタイプには見えぬが」
……ん?
貴様?
つい、ノリがちょっと似てるからアウローラと話しているつもりで返事をしたけど、よく考えてみると声も雰囲気も、僕に対する呼び方も全然違う。
そもそも、アウローラは僕以外の身体で現出することはない。
僕はおそるおそる顔を上げた。
「うおっ!!」
キリッとした目鼻立ちに、艶のあるダークグレーアッシュの髪をやわらかなウェーブのロングヘアーにしたものすごい美人が、いつの間にかテーブルの向かいに座っていた。
すっげぇぇぇぇ大人っぽい。
シンプルながらものすごく高級そうな黒いマントが似合っているけど、このマントの感じ、どこかで見覚えがあるような……。
「あなたは……もしかして……」
僕がそう言うと、すげぇ大人っぽい美人のお姉さんがキリッとした目を細めて微笑んだ。
おおお、なんか笑った感じもオトナっぺぇ……。
「ほう、貴様に知られていたとは光栄だ。そう、私は……」
「筋肉痛の妖精ですか?」
「違うわ!!阿呆!!」
クールビューティのお姉様から鋭く的確なツッコミが飛んだ。
「……やれやれ、どうやら貴様は父の話どうりの男のようだな」
柔らかく巻かれた長髪を揺らし、前髪をかきわけながら、お姉さんが言った。
「私の名前はヒルデガルド・フォン・アイヒベルガー。士官学校の三年生だ」
「アイヒベルガー……って……、もしかして、宰相閣下の?!」
僕の問いに、ヒルデガルド先輩は小首を軽く傾けるようにしてうなずいた。
その仕草がまた、なんというか、大人っぽいというか、色っぺぇ。
とにかく、この先輩はむちゃくちゃ色っぺぇ。
首を傾けた時に、ダークグレーのふわりとしたナチュラルなウェーブヘアーが涼しげな目元にかかるのがとにかく色っぺぇ。
「私は、ヴァイリス士官学校の生徒会長をしている」
「生徒会長……」
この学校って、そんなものがあったのか。
生徒会って、何をするんだろう。
よくわからないけど、この人がヴァイリス士官学校の生徒を代表する人ということなんだろう。
「ベルゲングリューン伯」
「は、はい?」
「貴様の言う通りだ。貴様のような男は、学生のくだらんサークル活動などにうつつを抜かしている場合ではない」
「えへへ、そうですよね」
僕はへらへら笑いながら答えた。
そうだ、サークル活動なんてまっぴらごめんだ。
「そう思ったからこそ、私はこうして、貴様に会いに来たのだ」
「毒島応援団から守ってくれるんですか?」
「……ちょっと貴様が何を言っているのかよくわからんが……、まぁいい。要件を話そう」
ヒルデガルド先輩は、そのキリッとした瞳で、僕の目をまっすぐに見つめながら言った。
「我が生徒会に入れ。ベルゲングリューン伯」
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