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第二十五章「水晶の龍」(8)

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「ミスティ先輩……」
「は、はい……」
「これが『歓待』……?」
「あはは……、どうしたのかしらね……」

 僕たちは、鋼鉄製の牢屋に入れられていた。
 集落に入るなりリザーディアンに包囲された僕たちは、抵抗せず、彼らに捕縛されるまま、ここに連行されたのだった。

(っていうか、抵抗できるわけがないよね。手練てだれのリザーディアンの軍勢が、ざっと1000体ぐらいはいたもんな……)

 三段に構えた槍兵が、いつでも応戦できるゾフィア、メル、ジルベールの三騎兵の動きを止め、木の上には多数の弓兵が馬車に狙いを付けていた。
 各国の精鋭兵団に匹敵する、恐ろしく統制の取れた動き。
 とてもじゃないけど、交戦なんて選択肢にはなかったし、撤退も不可能だった。

「でも、妙に居心地いいよな、ここ」
「ちょっと花京院、変なこと言わないでくれる?」

 花京院がさっさと諦めて牢屋にごろん、と横になると、ユキがたしなめた。
 
「いや、でも、花京院が言う通りだ」
「ほらー! やっぱまつおさんはわかってんなー!」

 石畳には分厚い絨毯が敷かれ、囚人が寒い思いをしないように配慮されていて、壁は頑丈ながら清潔で、衛生面にも配慮がされている。
 そして、この鉄格子……。

「ヴェンツェル、この鉄格子、鋼鉄で出来てるよ……」
「ああ、私も驚いた。彼らの鍛造技術は我々に匹敵しているということだな……」
「閣下の本に書いてあったよね、『その国の文化水準は監獄を見ればわかる』って」
「卿よ。私も同じことを考えていた」
「士官学校で教わった僕たちの『リザードマン』の知識は、相当時代遅れってことだね。リザーディアンたちは、決して未開の異種族なんかじゃない」
「ちょ、ちょっとあんたたち、そんな呑気なこと言ってる場合なの? 私たちはそんな連中に牢屋に入れられてるのよ?!」

 リザーディアンたちに感心する僕たち男子に、ユキが抗議した。

「アンナリーザも何か言ってやってよ。……あれ、アンナリーザ……?」

 ユキがアリサの方を向くと、アリサは顔を紅くして頬を押さえている。
 僕の方をちらっと見上げて目が合うと、ささっと顔をそむけてしまった。 

「アンナリーザ、朝からずっとこう。たぶん、昨日。思い出してる」

 エレインが言うと、ユキが「そ、そう」とだけ答える。

「あれはひどい抜け駆けでしたね……。『聖女』の名が聞いて呆れます』

 テレサがぼそっと言った言葉に、アリサがふらふらとよろめいた。

「で、でも、どうしてなのかしら……、知り合いの金星ゴールドスター冒険者たちは大歓迎を受けたって言っていたのに……」
「何かあったと考えるべきでしょうね……」

 あわてて話題を変えたミスティ先輩に僕が答える。

「彼らって、我々の言葉は話せるんですか?」
「長老の側近だけヴァイリス語が話せるみたい。でも、どの側近かはわからないから……」
「……ということは、彼らに言語という概念自体はあるんですね?」
「まっちー君? どういうこと?」

 僕は怪訝な顔をするミスティ先輩に答えた。

「言葉の概念があるなら、いちいち側近を探さなくても、魔法伝達テレパシーで長老と直接コミュニケーションが取れますよね?」
「へ? なんで?」
魔法伝達テレパシーって、たとえば僕はヴァイリスの言葉で話しているように感じているけど、受け手には自国の言葉として聞こえるんですよね」

 僕がそう言うと、ミスティ先輩がきょとん、とした顔をした。

「へ、ナニソレ。そんな話、初耳なんだけど……」
「えっ?」
「……君はたしか、魔法学院の授業の時にもそんなことを言っていたな」

 そう、言った。
 僕の「ウン・コー」はその時に発明したのだ。

「あの時はおかしなことを言っているものだと思ったが……」
「えっ?」
「我々の魔法伝達テレパシーは普段の言葉と変わらない。ヴァイリス語の通じない相手にヴァイリス語の魔法伝達テレパシーを送っても、異国のよくわからない言葉に聞こえるだけだ」
「は?」

 ヴェンツェルの言葉に、僕は呆然とした。

「ちょ、ちょっと待って。僕はエレインと魔法伝達テレパシーで普通におしゃべりできるんだけど……」
「それができるのはたぶん、君だけだ。少なくとも私の魔法伝達テレパシーではエルフ語の知識無しにそんな芸当はできない」
「そ、それ、早く言ってよー!!!」

 なんということだ……。
 僕は根本的な魔法伝達テレパシーの概念を勘違いしていたようだ。
 魔法学院の先生も生徒もきっと、ヴェンツェルみたいに「何言ってるんだコイツ」ってずっと思っていたに違いない。

「よくわからないんだけど……、まっちー君なら、リザーディアンたちにコンタクトが取れるってこと?」

 ミスティ先輩が尋ねた。

「ええ。たぶん、そうだと思います」

 それだけ言って、僕はしばらく牢屋の絨毯に寝転んで考えた。
 僕たちの包囲を指示していた、一番鶏冠とさかが大きなリザーディアンがおそらく彼らの長、長老なのだろう。
 問題は、彼に伝えるべき内容だ。
 僕は慎重に内容を吟味しながら、彼をイメージして魔法伝達テレパシーを送った。
 一応、会話の流れを共有するために、他のみんなにも魔法伝達テレパシーを同時送信する。
 向こうの言うことがわからなくても、僕が言っている内容を聞くだけで、みんなにもニュアンスは伝わるだろう。

『偉大なるリザーディアンの長よ。私の名はまつおさん・フォン・ベルゲングリューンという者です』
『……』

 長老は何も言わないが、わずかな息遣いのようなものを感じる。
 おそらく、無言なだけで、長老も魔法伝達テレパシーを使えるのだ。

『突然の捕縛、監禁に動揺しておりますが、まずは一定水準以上の牢屋に入れてくださったことに感謝します』
『……』
『恥ずかしながら、私はこの年までリザーディアンという種族に対して詳しく知りませんでしたが、この牢屋の作りと、衛生状態を見れば、あなた方がどれだけ理性的な種族であるかということがよくわかりました』
『……』
『だからこそ、私はあなた方と理性的な対話を望みたい。何らかの行き違いや誤解があるのであれば、まずは話し合って、相互理解に努めたいのです』

「ふふ、さすがに交渉上手ね」
「タダで馬車をゲットしただけのことはあるな……」

 ミスティ先輩とキムがつぶやくが、雲行きは怪しかった。

『誤解……だと?』

 初めて、長老が言葉を発する。
 だが、その言葉の響きからは、敵意と憎悪以外の感情が一切感じられない。

『我々が誤解するようなことは何もない。貴様ら人間は、我ら一族に対し、決して許されざる裏切りを行ったのだからな』
『裏切り?』
『貴様ごときに説明しても詮無きこと。だが、もはや人間と我らに融和の道はない。この集落に訪れた人間を生きては返さぬ』
『我々を殺すということですか?』

「「「えっ!?」」」

 ユキとミヤザワくん、ルッ君が思わず声を上げた。

『安心しろ、貴様らだけではない。我らはすべての人間を、根絶やしにする』
『……』

 ……そうきたか、まいったな。

「僕らだけじゃなくて、すべての人間を根絶やしにするそうです」
「えっ……、ど、どういうこと……」

 ミスティ先輩が呆然とした顔でこちらを見る。

「よくわかりませんが、どうやら簡単に解決するような問題ではなさそうですね」

 僕は答えた。

「ね、根絶やしって……、マジかよ……、リザーディアンが人間と戦争するってことか?」
「いくらここの集落のリザーディアンが精強といっても、現実的ではあるまい。おそらく、それだけ決死の覚悟で人間と敵対するということなのだろうな」

 ルッ君の問いに、ジルベールが答えた。

「いずれにしても、これは、普通の対話ではどうにもならないでしょうね。方針を変えます」
「方針って?」

 怪訝そうな顔をするミスティ先輩をとりあえずそのままにして、僕は長老に語りかけた。

『……なるほど、どうやら私はあなた方を買いかぶりすぎていたようだ』
『……何?』
『何の説明もないまま不当な扱いを受けたにも関わらず、我々は抵抗せず、私は貴方に対して礼を尽くした。にも関わらず、貴方は説明もなく、ただ殺すという』
『……』
『所詮、知能の低い、野蛮なトカゲもどきだったということだ。鋼鉄の牢屋を作るだけで脳みその容量を使い切ったと見える』

「ま、ままま、まっちー君?」
「うわぁ……」
「はじまった……」
「くすっ」

 動揺するミスティ先輩に、ドン引きするキム、あきらめの境地のユキと、なぜか笑うメル。

『き、貴様……我ら誇り高きリザーディアンを愚弄するか!』
『蛮族がッ!! 誇り高いとほざくなら礼節をわきまえよ!!』
『ッ――!!』

 僕の一喝に、長老の息を飲む音が聞こえる。

「ま、まっちー君って、何者なの……どこでこんな啖呵たんかの切り方を覚えるの……」
「ミスティ殿、シビれると思わないか? 私はたぶん、今夜幾度も殿のセリフを口ずさんでしまうだろうな。『誇り高いとほざくなら礼節をわきまえよ!!』だぞ? くぅー!!」
「今夜まで生きていたらね……」

 ミスティ先輩、ゾフィア、ユキが騒いでいる。
 自分たちの命がかかっているのに、呑気なものだと思うけど、その呑気さが今はありがたい。

『殺したくばさっさと殺せ。貴様らが我ら人間の何をそれほど憎悪しているのかは知らんが、それを知らせることもないまま、友好的に訪れた我らを殺すのが貴様らの誇りだとほざくのならな!』
『い、言わせておけば……』
『黙れ!!』
『ッ……』

「ちょ、ちょ、ベル……、さすがにやりすぎではないだろうか……」
 
 ヴェンツェルが心配そうに見上げてきたので、僕は頭をごしごしなでてあげながら、言葉を続ける。

『もう私は貴様らを見限った。トカゲほどの知能も矜持きょうじも度量も持たぬ未開の部族とこれ以上話すことなど何もない。恥知らずの蛮族よ、さっさと我らの首をねよ!!!』
『き、きさ』

 僕は長老にそれ以上何も言わせず、通信を切った。

「ふぅ……」
「「ふぅ、じゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」」「「ふぅ、じゃないでしょっっっっ!!!」」

 キムとルッ君、ユキとミスティ先輩が僕に掴みかかった。

「ど、ど、どどどーすんのよ!! もう完全に取り返しつかないじゃないあれ!! 死ぬわよ、私たちホントに死ぬわよ!?」
「あんなこと言われてブチ切れない奴がいると思うか?! もう詰みじゃんコレ!!」
「お、おしまいだぁ……、俺は想像の世界ですら彼女ができないまま死ぬのか……」

 動揺する三人。
 アリサはまだ現実世界に戻ってきてない。
 ヴェンツェルは「はわわわわっ」って言ってるミヤザワくんを落ち着かせている。
 一方、メル、ジルベール、花京院、ジョセフィーヌ、エレイン、ゾフィア、テレサは落ち着いていた。

「ベルの判断を信じる」
「メル女史に同意だ」
「オレは難しいことはわかんねぇけど、オレとジョセフィーヌがビビったらしまいだかんな!」
「あ~ら花京院、タマには良いこと言うじゃなぁい~!」
「たまには、の発音が、違うたまに聞こえるんだけど……」
「殿の武人としての矜持きょうじに、私は今、猛烈に感動している……ッ!!」
「いえ、お姉様、お兄様は矜持きょうじとかではなく、きっと何か考えがおありなのです。馬車の件で思い知りましたもの。……お兄様が腹芸はらげいの天才だって」
「いや、テレーゼ、殿は武人としてのようをだな……」
「くすくす。みんなにぎやか。おもしろい」

 それぞれがそれぞれの反応を示している中、こちらに向かう慌ただしい足音が聞こえてきて、僕たちは言葉を止めた。
 武装したリザーディアンの兵士たちが、牢屋の前にやってきたのだ。

「ああ……処刑だ……。まつおさんがあんなこと言うから……」

 ルッ君がうめいた。

「化けて出てやる……、童貞の呪いだ……。童貞の呪いなめんなよ……」
「あのねルッ君、ルッ君が死ぬってことは、僕も死んでるんだけど……」

「グゲガガ!!」
「アイツ、なんて言ってるんだ?」

 リザーディアンの兵士の叫び声に、キムが僕に尋ねた。

「わかるわけないでしょ。魔法伝達テレパシーじゃないんだから」
「そ、そっか。そうだよな」
「ついてこい。言ってる。たぶん」

 エレインが言った。
 エレインの言う通り、リザーディアンの兵士は牢屋の鍵を開けて、僕たちに退室を促した。
 
「ちゃんと行くから! 押すんじゃねぇよ!」
「キム、やめとこう。ここはおとなしく従っておこう」

 リザーディアンの兵士に小突かれたキムに、小声で言った。

「わかった。……もし暴れる時は合図してくれよな」
「もちろん」

 僕はキムに笑った。
 
 僕たちはそのまま集落の広場まで連れてこられた。
 周囲には殺意に満ちたリザーディアンたちが槍を高々とかざしながら、雄叫びをあげている。

「グギギギ!!」
「グギギギ!!」
「たぶん、殺せ、殺せ、言ってる」
「エレイン、たぶんそれは、みんなわかってると思う……」

 ユキがしみじみと言った。
 僕たちが連行された広場の中央には長老が立っていて、憤怒の表情でこちらを睨みつけ、牙をむき出しにしている。
 その長老が、巨大な槍で地面をドン、と力強く叩くと、周囲で興奮していたリザーディアンたちの怒号が一斉に止んだ。
 長老がその隣に立つ側近のリザーディアンに目配せすると、側近は僕たちに向かって驚くほど流暢りゅうちょうなヴァイリス語で話しかけた。

「貴様らの望み通り、偉大なる長老はエルフを除く貴様ら全員の処刑をただちに行うご決定をなされた」
「……」
「だが、その前に、偉大なる長老は貴様らに対し、かつて人間が行った、許されざる罪状について知らしめるよう仰せになった。貴様らの祖先が行った恥ずべき行い、その欺瞞ぎまんの大なるを知り、恥辱にまみれて死んでいくがいい!!」

 側近はそう言うと、リザーディアンの兵士に命じ、棺のような大きな箱を持ってこさせた。

「この集落から見える美しい山があるだろう。あれはかつて我らが祖先たる神龍、水晶の龍が住まう霊峰であったのだ」

 側近が槍の先で示した先に、雄大にそびえる白い山がある。
 馬車で移動していた時からずっと見えていたんだけど、あの山が夢で見た霊峰だったのか。
 
「先日、冒険者の一団が古代迷宮の魔物モンスターを掃討した。魔物の心配がなくなった我らは神事のため、霊峰の中腹までの山道を整備した。その時、我らは偶然にも発見したのだ……。人間どもの裏切りの証をな!!!」

 側近はそう言い放つと、僕たちの目の前まで運んだ棺のような箱を、リザーディアンの兵士たちに開けさせた。

「こ、これは……」

 ミスティ先輩がうめいた。
 箱の中に入っていたのは、驚くほど大きな水晶の塊と、何らかの魔法金属の破片。

「聖剣……、まちがいないわ。この魔法金属はオリハルコン……、これは聖剣の破片よ……!」
「せ、聖剣……、これが……」

 ヴェンツェルが息を飲んだ。

「そうだ、人間よ。これは『はじまりの勇者』が使っていたとされる聖剣。そして、この水晶は……、我らが神龍のあぎとだ!!! この水晶についた刃傷を見ろ!!!」
「っ――!?」

 側近の言葉に、その光景を夢で目にしていた僕以外の全員が立ち尽くした。
 
「これが何を意味するか、わかるか? 『はじまりの勇者』は神龍から盾を賜ったのではない。奴は卑劣にも我らが祖先たる神龍を弑逆しいぎゃくし、略奪したのだ!!」
「な、なんですって……!?」
「考えてみればおかしいではないか。神龍の祝福の証たる龍玉もなく、聖剣も持たざる勇者。そう、奴が300年も魔王を倒すことができなかったのは、神龍の助けを得ることができず、それを無理やり奪ったからなのだ――ッッ!!」

 呆然とするミスティ先輩に、側近が怒鳴りつけるように言った。

「我々リザーディアンは数千年もの間、人間共が作った都合のよいおとぎ話に騙されておったのだ……。この怒り、この憎悪、この屈辱……、貴様らを根絶やしにせずして、どのように晴らせと言うのか!!!」

 なるほどね。
 そういうことだったのか。
 ……さて、どうしようかな。
 
 いや、違うじゃないか。
 これは

 この問題を解決できるのは、しかいないじゃないか。

(アウローラ、聞こえてるんでしょ。責任とって)

『……かまわないが、私の勝手にやってもいいのか?』

(仕方ないじゃん。このままだと全員殺されちゃうし)

『ふふ、心得た……』

(でも、リザーディアン全員殺すとか、そういうのはナシね。この場にいる全員を納得させて、過去の問題を君自身で全部ケリをつけるんだ)

『やれやれ、我が伴侶は注文の多いことよ』

(だ、誰が伴侶だ……、とにかく、頼んだから)

『ふふ、任せておくがよい。そなたの悪いようにはせぬ。世界に絵を描くことが、私が私である所以ゆえんなのだから……』

「ふっ、ふふふっ……」

 僕は、突然笑い始めた。

「何がおかしいッ!!」

「いや、貴様らはそれで本当に神龍を信仰しておるのかと思ってな」
「ま、まっちー君……?」

 明らかに雰囲気が変わった僕に、ミスティ先輩が話しかける。

「貴様……我らが信仰を愚弄しているのか……」
「愚弄しておるのは貴様らよ。いと小さき蜥蜴とかげの一族」
「かまわんっ、まずは見せしめにお前から殺してやろう!! やれ!!」
「ま、まっちゃん!!」

 リザーディアンの兵士たちが一斉に僕に向かって槍を突き出した。
 だが、僕の姿はすでにそこにはいない。

「なっ……、宙を浮いている……?」
「お、おい……、あいつ、いつの間にあんな魔法を……」
「い、いや、あれは魔法なのか……? 詠唱すらしてなかったぞ……」

 リザーディアンがどよめき、ルッ君とキムが顔を見合わせる。

「不忠者どもが!!!!」

 バリバリと空気が割れるような音を立てて、僕の一喝がリザーディアン全体に響き渡る。
 
「ふ、不忠者……だと……?」

 その圧倒的な雰囲気と、不可解な言葉に側近が、いや、リザーディアン全体が狼狽している。
 すでに僕の言葉はヴァイリス語ではなく、あらゆる生命体に通じる言葉になっていた。

「こ、これは……、も、もしかして……竜語……?」

 ミスティ先輩が虚空に浮かぶ僕を見て絶句する。

「あ、あなたは……、も、もしやあなた様は……っ!!」
「ちょ、長老?!」

 長老が手に持った槍を地に落とし、身を震わせながらこちらを見上げて膝を付いた。

「リザーディアンの長よ……、貴様らに問う……」

 虚空に浮かぶ僕の姿がどんどん実体を失っていき、別の何かに変化していく。
 それはあまりにも巨大で、美しく……、無色透明の鱗が、陽光を浴びて虹色の光を放っている……。

「貴様らは誇り高き我が眷属とうたっておきながら、我が聖剣ごときで滅ぼせされたと思うたか!!」
「は、ははぁ――!!!」

 長老は涙を流しながら平服した。

(いやいやいやいやいや、勝手にやっていいとは言ったけど!! いくらなんでもやりすぎでしょ!!)

「す、水晶の龍?! ま、まっちー君が……、す、水晶の龍……」
「ジョセフィーヌ、意味がまったくわからんのは……オレだけか……?」
「ワタシもわかんないわよぉ~、まつおちゃんってば、どうしちゃったのぉ?!」
「ちょ、ちょっと待って、ど、どういうこと? まっちゃんが、まっちゃんが……」
「そ、そんな……ベルが……、遠いところに……」
「卿……、ただ者ではないとは思っていたが……まさか……」
「イヴァ……きれい……とてもきれい……」
「お、お姉様……、お、お兄様が……」
「と、殿が……龍に……」
「ベルくん……、嘘でしょ……」
「ヴェンツェルくん、も、もしかして、あれ……」
「ミヤザワくん、お、おそらくは……そうだろう。し、しかし……」
「お、俺……、水晶の龍にモテない相談とかしてたのか……」
「へへ……、まつおさん、そりゃヒキョーだろ。それじゃどうやっても追いつけないじゃねぇかよ……」

 みんなが呆然とした顔で、こちらを見上げている。

(ま、待ってくれ……、みんな、そんな最終回みたいな反応しないでくれ……。めちゃくちゃ恥ずかしいから……)

「し、神龍……、神龍が光臨された……!!!」
「おおおおっ……、な、なんと神々しい輝き……」

 長老に続いて、集落にいるリザーディアンたちが一斉に平服した。

「たしかに、『はじまりの勇者』パトリックは龍玉の授与を拒まれ、我に聖剣の刃を向けた。だがそれは、彼奴きゃつが彼奴なりに、純粋に人類と亜人達の平和な未来を願ってのことだ」

 僕はリザーディアンたちに語りかけた。

「彼奴は聖剣も龍玉も持たぬまま、我から与えられた盾とエルフの王から与えられた長寿の薬のみを頼りに、実に300年間もの間、魔王と戦い続けたのだ……」

 リザーディアンたちは静かに聞いている。

「その一方で、我の子孫を僭称せんしょうする貴様らはどうだ? 一度は闇に堕ち、魔王の尖兵にまで成り下がった貴様らが、彼奴のことをざまに言う資格がどこにある!! ましてや、勝手に我が名を騙り、勇者の子孫を根絶やしにしようなどとは笑止千万!!!」
「ッ――!!!!」

 水晶の龍の一喝に、長老が天雷に打たれたようによろめいた。

「かの勇者が、おのが平和のために我に刃を向けたように、貴様らが魔王の尖兵となったように、善き心を持つ者も時には悪事を働き、悪しき心を持つ者が善行を施すこともあろう。そのことを忘れ、正義の名の元に鉄槌を下さば、やがてその鉄槌はおのが頭上にも降りかかると思え!!」
「は、ははーっ!!!!」

 すべてのリザーディアンが槍を捨て、水晶の龍にひざまづいた。

(ふぅ……、一時はどうなることかと思ったけど……、とりあえず、これで一件落着、かな)

 僕が水晶龍の心の中でほっと胸を撫で下ろしたのも束の間……。
 アウローラはとんでもないことを口にした。

「末裔を名乗り、我が麾下きかとなることを許す。古代迷宮より我が盾を持参せよ!!」
「っ――!? あ、あ、あ、ありがたき幸せ!!!!!」

(は、はぁぁぁぁぁぁっ?! き、麾下って……)

 僕の姿が人間の姿に戻り、ふわっとした風の抵抗と共に地面に舞い降りる。
 そんな僕の前に、リザーディアンたちが次々と立ち上がり、一糸乱れぬ隊列を組んで敬礼した。

「偉大なる我らが神龍に敬礼ッ!!!」
「う、嘘でしょ……」

 ベルゲングリューン騎士団に、1000人余りものリザーディアンの精鋭が加わった瞬間だった。
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