2 / 199
第一章 「実地訓練」(1)
しおりを挟む
「くっ、うぉっ……!!」
小鬼の持つ短剣の切っ先が、僕の肩当てを切り裂いた。
士官学校から最初に支給された布製のそれは装甲も薄く、肩口に鋭い痛みと出血が広がる熱い感触が広がっていく。
「まつおさん、減点5!」
「うるせーな……」
頭の中に響く指導教官の魔法伝達におもわず悪態をつく。
「ギュアアアアアア!!」
「お前もうるせーよ」
物語に出てくる鬼を身長145センチぐらいにしたようなゴブリンが、その醜悪な顔を引きつらせて、勝ち誇ったように挑発してきた。
どうやら、僕――「まつおさん」の物理戦闘能力は、それほど高くないようだ。
ということは、魔法に適正があるのか? それとも、弓か?
そう思って、見様見真似であれこれ試してみたが、どれも上手くいかない。
周囲を見渡すと、他の士官候補生の奮戦ぶりが伺える。
ゴブリンの攻撃を素早く回避して、背後に回り、ヤツの頸椎に致命的な一撃を放つ身軽な生徒。
斬撃を力任せに吹き飛ばし、全身の体重がこもった一撃を胸元に叩きつける大柄な生徒。
あれ、もしかして、僕って「才能」がないのか?
いや、それより……。
「キム、後ろ!」
僕は交戦中のゴブリンの二度目の斬撃をなんとかかわしながら、近くにいたキムに声をかけた。講堂にいたキムラMK2 だ。まさかクラスメートになるとは。
「っ!! ウォリャアアア!! 悪い! 助かった!!」
キムは目の前のゴブリンの斬撃を棍棒で弾いてのけぞらせると、木製の盾で後ろから飛びかかったもう一体のゴブリンの攻撃をがっしりと受け止め、そのまま弾き返した。
そのまま後ろのゴブリンの頭に渾身の一撃を叩き付けて即死させると、すぐさま振り返って、のけぞっていたゴブリンに反撃を開始する。
そうそう、ああいう戦い方がしたいんだよ僕は。
「まつおさん、ゴブリン1体倒すのにいつまでかかっている。減点1!」
「うるせー」
実地訓練初日で、僕はこの魔法伝達という大変便利な魔法が嫌いになりつつあった。
耳をふさいでも、目を閉じていても強制的に聞かされるというのは、ある意味暴力ではないだろうか。
「だが、キムラMK2の危機をよく助けたな。加点7!」
「へぇ……」
そんなのも評価対象なのか。
士官学校に入学式なんてものはなかった。
学級ごとに並ばされた僕たちは、まず布製の申し訳程度の防具と、棍棒か弓、魔法詠唱用の両手杖か片手杖を選ばされて、このゴブリンがやたらうじゃうじゃいる洞窟群に連行された。
その洞窟の一つが、僕たち「C組」の担当だ。
どうやら、ここでの実地訓練が最初の課題らしい。
入り口には休憩所があり、傷ついた場合はそこで神官の資格を持った指導教官が回復魔法をかけてくれる。また、武器が損耗した場合や、「やっぱり弓の方がいいんじゃないかな」なんていう時には、別の武器と交換もしてくれる。
でも、どの武器もしっくりこないから、とりあえず棍棒を選んでいる。
しっくりこないけど、弓やら杖やらよりは、まだこれのがマシだった。
実際、ほとんどの生徒が棍棒を選んでいる。
魔法なんてまだ誰も何も教わっていないから使える奴なんていないし、一人で弓を持ってゴブリンの大群と戦うのも非現実的だ。
それにしても……。
ゴブリン1匹にだらだらと苦戦しながら、僕は周りを見渡した。
ちょっと、ゴブリン、多すぎじゃない?
辺りには同じ学級の士官学校生たちがひしめき合っている。
洞窟の内部は広いようだが、音の反響はすさまじく、ゴブリンの短剣と僕たちの棍棒が打ち合う金属音と時折聞かされる魔法伝達で耳がおかしくなりそうだった。
「グギュアアアアッ!!! グッ、ギギッ!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
1体のゴブリンを仕留めた銀髪の美女が、荒い息を吐きながら、銀縁《シルバーフレーム》の眼鏡をずり上げた。たしかメルという名前だ。彼女も講堂で見かけた。
惚れ惚れするような華麗な剣さばき……じゃなかった、棍棒さばきでゴブリンをバッタバッタと仕留めていたが、10体を越えたあたりから疲労の色が濃くなり、動きが鈍くなっているように感じる。……合計3体しか倒せていない僕に言われては、彼女も大いに心外だろうが。
だが、彼女だけではない。
疲労困憊になったり、傷を負ったりしてキャンプに逃げ帰る生徒が多くなってきた。
戦闘能力の高い生徒ほど、顕著にその兆候が見られる。……それはそうだ。やれてしまう
分、動くわけだから。
キムことキムラMK2はその点、まだまだ余力がありそうだ。
さすが体力自慢、といったところだが……、だが、やはりゴブリンの数が多い。
彼もいつまで保つことやら……。
「なぁ、キム」
「なんだよ……、って、うわっ、お前マジかよ。まだソイツ終わってねぇの?」
キムがドン引きした顔で僕を見る。
僕の相手をしているゴブリンは完全に攻め疲れをしていて、ゼェゼェ言いながら僕に攻撃を続けていた。
「お前もうそれ、倒してやれよ。なんか逆にかわいそうだよ。こんな悲しそうに攻撃してるゴブリン見たことないよ」
「グギッ、ググッ、ゼェ、ゼェ……、グギギッ!」
「いや、うん、そうなんだけどさ、うわっ!!」
ゴブリンの必死の攻撃が頭をかすめて、僕は思わず尻もちをついた。
「お前、余裕あるんだかないんだか、どっちなんだよ……」
「余裕なんてないよ。ただ、さ。このままだと、もっと余裕がなくなると思わない?」
僕は顎をしゃくって、洞窟の奥を指した。
奥には元気の有り余ったゴブリンの大群がこちらの戦況を伺っているのが見える。
「うーん、たしかになぁ……ふんっ!!」
「グギャアアアアッ!!」
キムの渾身の一撃が、僕が交戦していたゴブリンの後頭部に命中した。
「おっ、ありがと」
「……お前のためじゃないよ。そのゴブリンのためだ」
キムは絶命したゴブリンを弔うように、少しの間だけ目を瞑った。余裕があるのはどっちだよ。
「で、なんだって?」
「こいつら、バカに見えるけどさ、ほら、ちゃんと統制が取れているんだよ。僕みたいな弱っちいのにはしつこいけど、あっちのメルなんかが相手の場合は、ほら、傷を負ったら撤退して、また別のゴブリンが攻撃してる。ああやって、メルを疲れさせてるんだ」
「おお、お前よく見てんな……、仕事してないから」
「まあな」
「褒めてねぇし」
「たぶん洞窟の奥に指揮官みたいなのがいて、そいつが指令を出してる。その一方の僕たちは、何も考えず、ただバラバラに思いのままに攻撃しているだけ」
「……」
「本当にバカなのは、どっちだと思う?」
「ふんっ、なるほどな」キムがニヤリと笑った。「で、どうするんだ?」
「キム一人で、休憩なしで一気にゴブリン何体倒せる?」
「うーん、1 体ずつが相手なら、たぶん、何匹でも」
「お前すげぇな……さすが MK2」
「……ゴブリンの前にお前倒すわ……」
キムが棍棒を僕に突き付けた。笑っているが、目が笑ってないように見える。自分の名前のくせに、MK2って呼ばれるのはものすごく恥ずかしいというのが、こいつの弱点らしい。
「そこのメルと二人なら、洞窟の奥まで突破できるか?」
僕はメルを棍棒で指さした。肩で息をしながらも、メルは必死にゴブリンと戦っている。苦しそうにしているのに妙に絵になるのだから、なんというか、ずるい。
「うーん……、厳しいんじゃないか」
「僕を入れてもか?」
「お前が入って、戦力が変わるとは思えん」
「いや、うん、そうだね」
「あっさり認めんなよ……。まぁ、そうだな、もっとこう……、なんていうか、すばしっこくて、奴らをひっかきまわしたりとか、追い打ちをかけたり、背後から攻撃したり、そういう、『かゆいところに手が届く』的な奴がいないと、数で畳みかけられると厳しいんじゃないか。わかんねぇけど」
「ほう、ほう、なるほどなるほど」
僕は左奥にいる小柄な青年を見た。さっきから目を付けていた男だ。
「……お前、楽しそうだな」
「えっ」
キムにそんなことを言われて、僕は振り返った。
「目が生き生きしてる。ゴブリンと戦っていた時とはえらい違いだ」
「そ、そうかな。そんなことより、あいつなんかどうだ?」
左奥にいる小柄な男を指して、僕は言った。
「ルクスか、おお、良さそうだな」
「ルクス、ああ、最初に名前を呼ばれてた奴か」
僕は講堂でのことを思い出した。
「いやいや、学級分けの時に紹介されてただろうが。もう忘れたのか?」
「人の名前覚えるの、苦手なんだよ」
「でも、オレやメルのことは最初から覚えてたじゃないか」
「メルは美人だし……、MK2って名前は忘れようにも忘れられん」
「…………」
僕とキムが見ている間にも、ルクスは必死に戦っている。
うわ、すごい。ゴブリンの足の間をスライディングして背後を取った。
素早さにかけてはおそらく、ウチの学級一だろう。
だが、キムのような筋力があるわけでも、メルのような剣……棍棒さばきがあるわけでもないようだ。複数相手になると一気に苦しそうだ。
「それより、あいつなんかはどうだ? ウチの学級じゃ、どうもあいつとメルがピカ一っぽいぞ。たしか、ジルベールとか言ったか」
キムが最前線にいる男を指さした。
金髪、長髪。長身で、いちいち髪をかき上げながら戦っている。
それだけならちょっとした優男なのだが、なぜか、歴史上の武将のような口ひげとアゴひげをセットにしたようなヒゲを生やしているので、おそらく同年代であろうに、まったくそうは見えない。
持っているのは棍棒なのに、半身に構え、まるで細剣でも扱うようにひたすら連続突きを放つそのスタイルは、その長身故もあってか、ゴブリン相手には効果的なようだ。
「アレは……ダメだな」
僕は即座に却下した。
「え、なんで」
「アレは集団行動に向かなそうだ。自分のスタイルが完成されすぎていて、他の人に合わせるタイプじゃないんじゃないかな」
「でも、むちゃくちゃ強いじゃないか」
「むちゃくちゃ強いからこそ、だよ。今すぐに一緒に足並みそろえてっていうのは、ちょっと厳しいと思う」
「ほう……、まぁ、言われてみればそうかもな。動きも独特だしな」
キムは神妙にうなずいた。単純そうに見えるけど、キムはなかなか、思慮深い感じがする。
「あと……」
「え、まだあるのか?」
「名前が、ちょっとイタいよね」
「いや、『まつおさん』もどうかと思うぞ」
「『キムラMK2』にだけは言われたくないな」
とりあえず、方針は決まった。
メルは話している間に最前線のゴブリンと交戦を始めたので、僕とキムはとりあえず、左奥で苦戦しているルクスと合流することにした。
「やあ、ルクス」
「あ、アンタはたしか……まつおさん」
「え、覚えててくれたんだ?」
少し感動した。
「そんな変な名前、忘れるわけないだろ。そこの MK2も」
「……」
「……」
「な、なんだよ、手伝ってくれるんじゃないのか? うわっ」
「そのつもりだったんだけど、ちょっとやる気なくした」
「オレも」
「お、おいおい、うそだろ……、待て待て、待って! 悪かったから! さすがに3体同時はちょっと、うわっぷっ!!」
「グギュアアアアアッ!!」「ゲッゲッ!!」「ギュアヴラアアア!!」
ルクスは棍棒をまるで短剣みたいに手首で器用に動かして、ゴブリンたちの複合攻撃をそらしている。
「そんなことよりさ、ここにいるまつお大軍師殿に策があるそうなんだ。ちょっと乗ってみないか?」
「そ、そんなことよりってお前ら、このゴブリン共が見えねぇのかよ! そんなことよりはそっちの方だろ!! お前らが近づいたから、コイツら寄ってきたんだからな!」
「『そんなことよりはそっちの方』って、ちょっと何いってるかわかんないよね」
「うははは! たしかに」キムが笑った。
「わかった! わかった!! 策でもなんでも乗ってやるから!! とりあえずコイツらなんとかしてくれよ!」
「よし来た! やれ、キム!」
『お前は手伝わねーのかよ!!』
二人同時にツッコまれた。
「いやいや、そんなことより僕はメルに声をかけないと」
最前線にいるメルは明らかに損耗が激しい。早く合流して下がらせないと、もう保たないだろう。
「メル? ああ、あの高飛車女か」ルクスは言った。「あの女は声を掛けるだけムダだぞ」
「え、なんで?」
僕は手伝いもせずにルクスに聞いた。
「俺もついさっき、声を掛けたんだ。『敵が多いから、ここは一緒に組まないか?』ってね」
「おー、やるねールッ君」
僕は口笛を吹こうとしたが、唇が乾いていて音が鳴らなかった。
「ルッ君ってなんだよ! とにかく、バッサリ断られたよ。『足手まといはいらない』だとさ」
「お前レベルで足手まといなんだったら、『まつおさん』はもうなんというか、ダメだな。あきらめてジルベールに声をかけよう」
キムが容赦なく切り捨てた。
「いや、まぁ、それはそうなんだけどさ。まぁでも、とりあえず、やってみるよ。ほら、ここにいてもしょうがないし」
『だから手伝えよ!!』
同時にツッコむ男二人を残して、僕はメルの方へと小走りに駆け出した。
小鬼の持つ短剣の切っ先が、僕の肩当てを切り裂いた。
士官学校から最初に支給された布製のそれは装甲も薄く、肩口に鋭い痛みと出血が広がる熱い感触が広がっていく。
「まつおさん、減点5!」
「うるせーな……」
頭の中に響く指導教官の魔法伝達におもわず悪態をつく。
「ギュアアアアアア!!」
「お前もうるせーよ」
物語に出てくる鬼を身長145センチぐらいにしたようなゴブリンが、その醜悪な顔を引きつらせて、勝ち誇ったように挑発してきた。
どうやら、僕――「まつおさん」の物理戦闘能力は、それほど高くないようだ。
ということは、魔法に適正があるのか? それとも、弓か?
そう思って、見様見真似であれこれ試してみたが、どれも上手くいかない。
周囲を見渡すと、他の士官候補生の奮戦ぶりが伺える。
ゴブリンの攻撃を素早く回避して、背後に回り、ヤツの頸椎に致命的な一撃を放つ身軽な生徒。
斬撃を力任せに吹き飛ばし、全身の体重がこもった一撃を胸元に叩きつける大柄な生徒。
あれ、もしかして、僕って「才能」がないのか?
いや、それより……。
「キム、後ろ!」
僕は交戦中のゴブリンの二度目の斬撃をなんとかかわしながら、近くにいたキムに声をかけた。講堂にいたキムラMK2 だ。まさかクラスメートになるとは。
「っ!! ウォリャアアア!! 悪い! 助かった!!」
キムは目の前のゴブリンの斬撃を棍棒で弾いてのけぞらせると、木製の盾で後ろから飛びかかったもう一体のゴブリンの攻撃をがっしりと受け止め、そのまま弾き返した。
そのまま後ろのゴブリンの頭に渾身の一撃を叩き付けて即死させると、すぐさま振り返って、のけぞっていたゴブリンに反撃を開始する。
そうそう、ああいう戦い方がしたいんだよ僕は。
「まつおさん、ゴブリン1体倒すのにいつまでかかっている。減点1!」
「うるせー」
実地訓練初日で、僕はこの魔法伝達という大変便利な魔法が嫌いになりつつあった。
耳をふさいでも、目を閉じていても強制的に聞かされるというのは、ある意味暴力ではないだろうか。
「だが、キムラMK2の危機をよく助けたな。加点7!」
「へぇ……」
そんなのも評価対象なのか。
士官学校に入学式なんてものはなかった。
学級ごとに並ばされた僕たちは、まず布製の申し訳程度の防具と、棍棒か弓、魔法詠唱用の両手杖か片手杖を選ばされて、このゴブリンがやたらうじゃうじゃいる洞窟群に連行された。
その洞窟の一つが、僕たち「C組」の担当だ。
どうやら、ここでの実地訓練が最初の課題らしい。
入り口には休憩所があり、傷ついた場合はそこで神官の資格を持った指導教官が回復魔法をかけてくれる。また、武器が損耗した場合や、「やっぱり弓の方がいいんじゃないかな」なんていう時には、別の武器と交換もしてくれる。
でも、どの武器もしっくりこないから、とりあえず棍棒を選んでいる。
しっくりこないけど、弓やら杖やらよりは、まだこれのがマシだった。
実際、ほとんどの生徒が棍棒を選んでいる。
魔法なんてまだ誰も何も教わっていないから使える奴なんていないし、一人で弓を持ってゴブリンの大群と戦うのも非現実的だ。
それにしても……。
ゴブリン1匹にだらだらと苦戦しながら、僕は周りを見渡した。
ちょっと、ゴブリン、多すぎじゃない?
辺りには同じ学級の士官学校生たちがひしめき合っている。
洞窟の内部は広いようだが、音の反響はすさまじく、ゴブリンの短剣と僕たちの棍棒が打ち合う金属音と時折聞かされる魔法伝達で耳がおかしくなりそうだった。
「グギュアアアアッ!!! グッ、ギギッ!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
1体のゴブリンを仕留めた銀髪の美女が、荒い息を吐きながら、銀縁《シルバーフレーム》の眼鏡をずり上げた。たしかメルという名前だ。彼女も講堂で見かけた。
惚れ惚れするような華麗な剣さばき……じゃなかった、棍棒さばきでゴブリンをバッタバッタと仕留めていたが、10体を越えたあたりから疲労の色が濃くなり、動きが鈍くなっているように感じる。……合計3体しか倒せていない僕に言われては、彼女も大いに心外だろうが。
だが、彼女だけではない。
疲労困憊になったり、傷を負ったりしてキャンプに逃げ帰る生徒が多くなってきた。
戦闘能力の高い生徒ほど、顕著にその兆候が見られる。……それはそうだ。やれてしまう
分、動くわけだから。
キムことキムラMK2はその点、まだまだ余力がありそうだ。
さすが体力自慢、といったところだが……、だが、やはりゴブリンの数が多い。
彼もいつまで保つことやら……。
「なぁ、キム」
「なんだよ……、って、うわっ、お前マジかよ。まだソイツ終わってねぇの?」
キムがドン引きした顔で僕を見る。
僕の相手をしているゴブリンは完全に攻め疲れをしていて、ゼェゼェ言いながら僕に攻撃を続けていた。
「お前もうそれ、倒してやれよ。なんか逆にかわいそうだよ。こんな悲しそうに攻撃してるゴブリン見たことないよ」
「グギッ、ググッ、ゼェ、ゼェ……、グギギッ!」
「いや、うん、そうなんだけどさ、うわっ!!」
ゴブリンの必死の攻撃が頭をかすめて、僕は思わず尻もちをついた。
「お前、余裕あるんだかないんだか、どっちなんだよ……」
「余裕なんてないよ。ただ、さ。このままだと、もっと余裕がなくなると思わない?」
僕は顎をしゃくって、洞窟の奥を指した。
奥には元気の有り余ったゴブリンの大群がこちらの戦況を伺っているのが見える。
「うーん、たしかになぁ……ふんっ!!」
「グギャアアアアッ!!」
キムの渾身の一撃が、僕が交戦していたゴブリンの後頭部に命中した。
「おっ、ありがと」
「……お前のためじゃないよ。そのゴブリンのためだ」
キムは絶命したゴブリンを弔うように、少しの間だけ目を瞑った。余裕があるのはどっちだよ。
「で、なんだって?」
「こいつら、バカに見えるけどさ、ほら、ちゃんと統制が取れているんだよ。僕みたいな弱っちいのにはしつこいけど、あっちのメルなんかが相手の場合は、ほら、傷を負ったら撤退して、また別のゴブリンが攻撃してる。ああやって、メルを疲れさせてるんだ」
「おお、お前よく見てんな……、仕事してないから」
「まあな」
「褒めてねぇし」
「たぶん洞窟の奥に指揮官みたいなのがいて、そいつが指令を出してる。その一方の僕たちは、何も考えず、ただバラバラに思いのままに攻撃しているだけ」
「……」
「本当にバカなのは、どっちだと思う?」
「ふんっ、なるほどな」キムがニヤリと笑った。「で、どうするんだ?」
「キム一人で、休憩なしで一気にゴブリン何体倒せる?」
「うーん、1 体ずつが相手なら、たぶん、何匹でも」
「お前すげぇな……さすが MK2」
「……ゴブリンの前にお前倒すわ……」
キムが棍棒を僕に突き付けた。笑っているが、目が笑ってないように見える。自分の名前のくせに、MK2って呼ばれるのはものすごく恥ずかしいというのが、こいつの弱点らしい。
「そこのメルと二人なら、洞窟の奥まで突破できるか?」
僕はメルを棍棒で指さした。肩で息をしながらも、メルは必死にゴブリンと戦っている。苦しそうにしているのに妙に絵になるのだから、なんというか、ずるい。
「うーん……、厳しいんじゃないか」
「僕を入れてもか?」
「お前が入って、戦力が変わるとは思えん」
「いや、うん、そうだね」
「あっさり認めんなよ……。まぁ、そうだな、もっとこう……、なんていうか、すばしっこくて、奴らをひっかきまわしたりとか、追い打ちをかけたり、背後から攻撃したり、そういう、『かゆいところに手が届く』的な奴がいないと、数で畳みかけられると厳しいんじゃないか。わかんねぇけど」
「ほう、ほう、なるほどなるほど」
僕は左奥にいる小柄な青年を見た。さっきから目を付けていた男だ。
「……お前、楽しそうだな」
「えっ」
キムにそんなことを言われて、僕は振り返った。
「目が生き生きしてる。ゴブリンと戦っていた時とはえらい違いだ」
「そ、そうかな。そんなことより、あいつなんかどうだ?」
左奥にいる小柄な男を指して、僕は言った。
「ルクスか、おお、良さそうだな」
「ルクス、ああ、最初に名前を呼ばれてた奴か」
僕は講堂でのことを思い出した。
「いやいや、学級分けの時に紹介されてただろうが。もう忘れたのか?」
「人の名前覚えるの、苦手なんだよ」
「でも、オレやメルのことは最初から覚えてたじゃないか」
「メルは美人だし……、MK2って名前は忘れようにも忘れられん」
「…………」
僕とキムが見ている間にも、ルクスは必死に戦っている。
うわ、すごい。ゴブリンの足の間をスライディングして背後を取った。
素早さにかけてはおそらく、ウチの学級一だろう。
だが、キムのような筋力があるわけでも、メルのような剣……棍棒さばきがあるわけでもないようだ。複数相手になると一気に苦しそうだ。
「それより、あいつなんかはどうだ? ウチの学級じゃ、どうもあいつとメルがピカ一っぽいぞ。たしか、ジルベールとか言ったか」
キムが最前線にいる男を指さした。
金髪、長髪。長身で、いちいち髪をかき上げながら戦っている。
それだけならちょっとした優男なのだが、なぜか、歴史上の武将のような口ひげとアゴひげをセットにしたようなヒゲを生やしているので、おそらく同年代であろうに、まったくそうは見えない。
持っているのは棍棒なのに、半身に構え、まるで細剣でも扱うようにひたすら連続突きを放つそのスタイルは、その長身故もあってか、ゴブリン相手には効果的なようだ。
「アレは……ダメだな」
僕は即座に却下した。
「え、なんで」
「アレは集団行動に向かなそうだ。自分のスタイルが完成されすぎていて、他の人に合わせるタイプじゃないんじゃないかな」
「でも、むちゃくちゃ強いじゃないか」
「むちゃくちゃ強いからこそ、だよ。今すぐに一緒に足並みそろえてっていうのは、ちょっと厳しいと思う」
「ほう……、まぁ、言われてみればそうかもな。動きも独特だしな」
キムは神妙にうなずいた。単純そうに見えるけど、キムはなかなか、思慮深い感じがする。
「あと……」
「え、まだあるのか?」
「名前が、ちょっとイタいよね」
「いや、『まつおさん』もどうかと思うぞ」
「『キムラMK2』にだけは言われたくないな」
とりあえず、方針は決まった。
メルは話している間に最前線のゴブリンと交戦を始めたので、僕とキムはとりあえず、左奥で苦戦しているルクスと合流することにした。
「やあ、ルクス」
「あ、アンタはたしか……まつおさん」
「え、覚えててくれたんだ?」
少し感動した。
「そんな変な名前、忘れるわけないだろ。そこの MK2も」
「……」
「……」
「な、なんだよ、手伝ってくれるんじゃないのか? うわっ」
「そのつもりだったんだけど、ちょっとやる気なくした」
「オレも」
「お、おいおい、うそだろ……、待て待て、待って! 悪かったから! さすがに3体同時はちょっと、うわっぷっ!!」
「グギュアアアアアッ!!」「ゲッゲッ!!」「ギュアヴラアアア!!」
ルクスは棍棒をまるで短剣みたいに手首で器用に動かして、ゴブリンたちの複合攻撃をそらしている。
「そんなことよりさ、ここにいるまつお大軍師殿に策があるそうなんだ。ちょっと乗ってみないか?」
「そ、そんなことよりってお前ら、このゴブリン共が見えねぇのかよ! そんなことよりはそっちの方だろ!! お前らが近づいたから、コイツら寄ってきたんだからな!」
「『そんなことよりはそっちの方』って、ちょっと何いってるかわかんないよね」
「うははは! たしかに」キムが笑った。
「わかった! わかった!! 策でもなんでも乗ってやるから!! とりあえずコイツらなんとかしてくれよ!」
「よし来た! やれ、キム!」
『お前は手伝わねーのかよ!!』
二人同時にツッコまれた。
「いやいや、そんなことより僕はメルに声をかけないと」
最前線にいるメルは明らかに損耗が激しい。早く合流して下がらせないと、もう保たないだろう。
「メル? ああ、あの高飛車女か」ルクスは言った。「あの女は声を掛けるだけムダだぞ」
「え、なんで?」
僕は手伝いもせずにルクスに聞いた。
「俺もついさっき、声を掛けたんだ。『敵が多いから、ここは一緒に組まないか?』ってね」
「おー、やるねールッ君」
僕は口笛を吹こうとしたが、唇が乾いていて音が鳴らなかった。
「ルッ君ってなんだよ! とにかく、バッサリ断られたよ。『足手まといはいらない』だとさ」
「お前レベルで足手まといなんだったら、『まつおさん』はもうなんというか、ダメだな。あきらめてジルベールに声をかけよう」
キムが容赦なく切り捨てた。
「いや、まぁ、それはそうなんだけどさ。まぁでも、とりあえず、やってみるよ。ほら、ここにいてもしょうがないし」
『だから手伝えよ!!』
同時にツッコむ男二人を残して、僕はメルの方へと小走りに駆け出した。
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
異世界坊主の成り上がり
峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ?
矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです?
本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。
タイトル変えてみました、
旧題異世界坊主のハーレム話
旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした
「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」
迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」
ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開
因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。
少女は石と旅に出る
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766
SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします
少女は其れでも生き足掻く
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055
中世ヨーロッパファンタジー、独立してます
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ
高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。
タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。
ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。
本編完結済み。
外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。
魔獣っ娘と王様
yahimoti
ファンタジー
魔獣っ娘と王様
魔獣達がみんな可愛い魔獣っ娘に人化しちゃう。
転生したらジョブが王様ってなに?
超強力な魔獣達がジョブの力で女の子に人化。
仕方がないので安住の地を求めて国づくり。
へんてこな魔獣っ娘達とのほのぼのコメディ。
トルサニサ
夏笆(なつは)
ファンタジー
大陸国家、トルサニサ。
科学力と軍事力で隆盛を誇るその国民は、結婚も人生の職業も個人の能力に依って国家が定める。
その場合の能力とは、瞬間移動や物体移動などのことをいい、トルサニサ軍は、その特化した能力を最大引き出す兵器を有し、隣国との争いを続けて来た。
そのトルサニサ軍、未来のエース候補が揃う士官学校はエフェ島にあり、その島の対面にはシンクタンクもあるため、エフェ島はエリートの象徴の島となっている。
士官候補生のサヤは、そんな士官学校のなかで、万年二位の成績を収めることで有名。
それを、トップのナジェルをはじめ、フレイアたち同期に嘆かれるも、自身は特に気にすることもない日々。
訓練と学習の毎日のなかで、学生たちは自分と国の未来を見つめていく。
シンクタンクの人間、テスとの出会い、街のひとを巻き込んだ収穫祭。
そのなかで、サヤとナジェルは互いに惹かれていく。
隣国との争い、そしてその秘密。
ナジェルと双璧を成すアクティスの存在。
そうして迎える、トルサニサ最大の危機。
最後に、サヤが選ぶ道は。
遺された日記【完】
静月
ファンタジー
※鬱描写あり
今では昔、巨大な地響きと共に森の中にダンジョンが出現した。
人々はなんの情報もない未知の構造物に何があるのか心を踊らせ次々にダンジョンへと探索に入った。
しかし、ダンジョンの奥地に入った者はほぼ全て二度と返ってくることはなかった。
偶に生き残って帰還を果たす者もいたがその者たちは口を揃えて『ダンジョンは人が行って良いものではない』といったという。
直に人もダンジョンには近づかなくなっていって今に至る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる