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第十四章 最終決戦
届け! この思い!
しおりを挟む「コハク、歩いたら喉渇いちゃった」
「じゃあそこのベンチに座って待ってて。桜が好きなのはメロンソーダだよね?」
「ううん。今そんな気分じゃない。コンビニのキャラメルフラペチーノが飲みたい」
「分かった。ちょっと行ってくるね」
な、なんということだ……コハクがパシリに使われている。酷い、酷すぎる!
でも、偽物から離れるならこれはチャンスだ。急いでコハクの後をおいかけよう。
しかし、足が速すぎて追いつけず、見事に見失ってしまった。
あんな酷い偽物のために、そんな走って買いに行くなんてコハクは優しすぎるよ。ほんとに。
コンビニの場所は分かっているんだ。太陽が夕日に変わろうとしている今、時間の猶予はあまりない。とりあえず急ごう。
公園から出て歩道を歩いていると、後ろから来た自転車に轢かれそうになった。
怖くなってぴったり壁側を歩いていると突如上から植木鉢が落ちてきた。
間一髪よけられたものの、まとも当たっていたら……想像すると全身にゾワリと鳥肌が立った。
この世界は容赦なく私を排除しようとしている。迂闊に出歩くのは危険だったかもしれない。
その時、前方の塀の上に私と同じくらいの大きさの野良猫が居た。
威嚇している先には小さな鳥のヒナが居て、猫が今にも食べようとしている。
巣立ちの最中なのだろう。その上空を親鳥と思われるツバメが心配そうに飛びまわっていた。
はやくコハクを目覚めさせないといけない。
時間がないのは分かっている、分かってはいるが──このまま放っておけない!
「ワンワン!」
(止めて! その子に手を出さないで!)
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「シャー!」
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『ああもう、だから君は馬鹿なんだ。この世界は、あらゆる手段を使って君を排除しようとしている。それは悪意だけじゃない。君の善意をも利用しようとしてね』
『善意をも、利用して?』
『目の前でか弱き者が虐げられている、もしくは助けなければ死ぬ。そんな状況で足止めを食らう間にも……』
「シャー!」
『ほら、言わん事じゃない。敵が集まってきた』
え……何で猫が集まってくるの?!
ギラギラとした目つきで、飢えた野良猫が五匹。私を囲むようにしてを牙をむいている。
ここは、やるしかない。
でもこの子を庇いながら五匹の猫を相手にするのは……流石にこの身体では無理だ。
そうこう考えている間にも野良猫達は襲いかかってくる。
(いたっ!)
四面楚歌の状態で動くことも出来ず、引っかかれた背中や噛みつかれた足……あらゆる箇所から激痛がほとばしる。でも私が退いたらヒナ鳥が……くっ。
なんとか諦めてくれないだろうか。ここは比較的人通りがある通りだ。人が通りかかれば野良猫達は逃げ出すかもしれない。そう思ってしばらく攻撃に耐えていると──
「コラ! やめるんだ!」
突如怒鳴り声が聞こえ、猫達の攻撃が止んだ。どうやら誰かが止めてくれた様で、怯んだ猫達は一目散に逃げ出した。
よかった、助かった。
どこのどなたか存じませんが本当にありがとう。
ヒナ鳥の無事を確認してほっと胸を撫で下ろしていると、上空から話しかけられた。
「君はさっきの……酷い怪我じゃないか……!」
降り注ぐ透き通るようなその低い声は、まごうことなきあのお方の声で……嬉しい反面、この傷だらけの姿は見られたくなかったと複雑な思いが胸中を駆け巡る。
「ピーピー」
何となく顔を上げ辛くて俯いていると、私の前足の間からヒナ鳥がよちよちとした歩きでコハクの前に出てしまった。
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そう言って、コハクは私の頭を撫でてくれた。
その手つきがあまりにも優しくて、よくこうやってコハクに頭をポンポンと撫でられていたのを思い出す。
感慨深くて不意に涙がこみ上げそうになり、ますます顔を上げることが出来なくなった。
コハクはヒナ鳥を大事に両手ですくい上げると、私に呼びかけてきた。
「ほら、顔を上げてごらん。君が守った小さな命が今、羽ばたこうとしているよ」
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「ワオーン!」
(頑張れ! その自由の翼があれば、次はきっと飛べるから!)
意を決したのか、ヒナ鳥はそこから見事に羽ばたいて、親鳥と一緒に上空を飛び回り始めた。
まるでお礼でも言うかのように私達の上空を何度かグルグルと旋回した後、夕日の方へ向かって飛び去っていった。
無事で良かった。
だけど、時間の猶予が本当にあまり無くなってしまった。
コハクはすぐ傍に居るのに、どうしたら気付いてもらえるのかその策が全く思い浮かばない。
沈みゆく夕日を眺めていたら、「君は病院へ行くよ。ごめんね、少し痛いだろうけど……」と言って、コハクが壊れ物を扱うかのようにそっと私の身体を抱き上げた。
コハクの洋服に私の血がついてしまう。そう思って抵抗すると、思っていたより怪我が酷かったらしい。引っかかれた傷が痛み、「キャン!」(いたっ!)と思わず声が漏れた。
「ごめんね。痛いよね。でも暴れないで。僕は君の味方だよ」
私が怖がって抵抗していると思ったようで、コハクはそう言って何度も優しく頭を撫でながら微笑みかけてくれた。
「クゥーン……」
(コハク、お願い気付いて。一緒に元の世界へ帰ろう。もう時間がないんだよ。このままじゃ……)
「痛いんだね、可哀想に……今連れて行ってあげるから、もう少しだけ我慢してね」
訴えかけるも、やはり私の言葉では伝わらない。どうしたら、コハクに分かってもらえるのか。
心の中で呼びかけても伝わっている気配すらない。元々それもシロの力の領分になるから、今のコハクには伝わらないのかもしれない。
「あんまり遅いから見に来てみれば……私を置いてどこに行くの? コハク」
その時、すごく怒った様子で偽物の私がこちらに近付いてきた。
「桜……この子が怪我をしているから病院へ……」
「コハクは、私よりその子をとるの?」
「……っ。僕が愛しているのは桜、君だけだよ。でも今は、この子を放ってはおけないんだ」
「そんな怪我、放っておけば治るよ」
偽物の私の言葉に、コハクは悲しそうに顔を歪めた。心なしか私を抱える手が少しだけ震えている。
「それ、本気で言っているの?」
まるで一縷の望みを賭けるかのように、コハクは少し強張った声で静かに問いかけた。
「折角のコハクとの時間を、そんな薄汚い犬に邪魔される事が私は許せないだけ!」
「君は僕に……優しさを教えてくれた。でも今の君を見ていると、僕は心が痛くて仕方ないよ」
そう言って、コハクは瞳から一筋の涙を流した。その表情が、私が最後に見た姿と重なってみえて胸が苦しくなった。
(お願いコハク、気付いて。その子は偽物なんだよ。私はここに居る。最初からずっと貴方の腕の中に、居るんだよ。お願い気付いて!)
そう強く心の中で呼びかけながら、前足でコハクの手をギュッと包み込むと、驚いた様な顔で彼がこちらを見てきた。
「ああ、やっぱりそうか。そうなんだね……」
私を抱きしめる手の力を少しだけ強めて、コハクは少し自嘲めいた笑いをもらした。
「……コハク?」
その様子を見て少し焦ったように呼びかけてくる偽物の私に、コハクはハッキリとした口調でこう告げた。
「僕が好きになったのは、君じゃない。この子から奪った髪飾り、返してもらえないかな? あれは紛れもなく、この子のものだ」
「何を言っているの? 私が桜なのに! もうコハクなんて嫌い! 大嫌い! こんなもの、欲しいならくれてやるわよ!」
そう言い捨てて偽物のわたしは髪飾りをコハクに投げつけると、走り去ってしまった。
コハクはそれを器用に右手でキャッチして、何かを確認するかのように、花の真ん中にある純白に輝く玉にそっと触れる。
すると何かを確信したようで、ほっと安堵のため息をもらした。
「今まで気付かなくてごめんね。でも、ありがとう。こんな所にまで迎えに来てくれて……」
そう言って、コハクは私の右耳の根元に元通りに髪飾りをつけてくれた。
「帰ろう、桜……現実の世界へ」
夕日が沈むのとほぼ同時刻、コハクが私の存在に気付いてくれた。
喜んだのも束の間、突如地面がバラバラに崩れだす。抗う術もなく、コハクに抱えられたまま、真っ暗な地の底へとただ落ちていった。
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