獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十三章 激化する呪い

これ以上、ポイントを稼がないで……

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 時間を確認するとすでに夜の七時をまわっていた。学校を出たのが六時前だったから、ここに閉じ込められてすでに約一時間が経過したようだ。
 腰を落ち着けて身体を動かさなくなったせいか、今まで感じなかった空腹感が襲ってくる。一口ずつお茶で喉を潤して、飴玉で空腹を紛らわす。

 十月になると夜も少し肌寒い日が増え、外の気温も下がる。じわじわと冷えてきて例えるなら、今のこの部屋の気温は、暖房をつけていない真冬の室内くらいの寒さだ。
 体操座りで縮こまって座っていても、スカートだとどうしても素肌が外気に触れて寒い。

「桜、大丈夫か? 足寒いんやろ? これ使い」

 そう言ってカナちゃんは来ていたブレザーを脱いで私の膝にかけてきた。
 こんな寒い中上着を脱いだら、一気に身体が冷える。私は慌ててカナちゃんの肩からそれを被せて話しかける。

「ダメだよ、カナちゃん! もっと自分のこと大事にして。こんな寒い中で上着を脱ぐなんて自殺行為だよ」
「大丈夫やて、俺暑がりやし。寒そうにしてるお前、見てられへんねや」

 カナちゃんはそう言って、ブレザーを私の方へ差し出し譲ろうとしない。
 こんな押し問答している間にも、カナちゃんの身体はみるみる冷えていくはずだ。
 口で言っても無駄だと悟った私は、カナちゃんの肩に再びそれを被せ、包み込むように腕ごとぎゅっと抱き締めた。

「だったら一緒に暖まろう。こうして身体寄せてたら暖かいから」

 案の定、冷気に触れた身体は冷たくなっていて不安が込み上げてくる。
 このまま冷たくなったら、カナちゃんが死んじゃうんじゃないかって怖くなって思わず抱き締める腕の力が強くなった。

「バカみたいな強がりは要らない。これ以上ポイント稼がないでよ。必死に我慢してるのに、気持ちが抑えられなくなっちゃうよ」
「さ、桜? お前、それって……」
「こんなに身体冷たくして、死んだら嫌だよ。あの時みたいに勝手に遠くに行ったら嫌だよ。置いていかないでよ……っ」
「どこも行かへんよ。お前が望むなら、俺はずっと桜の傍に居るから」
「カナちゃん、私……」

 今、何て言おうとした? ダメだ、これ以上カナちゃんを縛り付けるような事を言ってはいけない。

 コハクとシロを裏切りたくないよ。

 カナちゃんの手をとる勇気もないのに、無責任な事を言ってはいけない。

「ご、ごめん。身体があまりにも冷たくて動揺しちゃった。上着ちゃんと袖通して」

 カナちゃんの肩に埋めていた顔を慌てて離し、飛び退いて距離を取るとダンボールの屋根で頭を打った。
 痛くはないがせっかく作った隠れ家が壊れてしまっては困るとその場にしゃがみこむと、カナちゃんが上着に袖を通しながら尋ねてきた。

「さっき、何て言おうとしたん?」
「な、何も……」

 こちらに身体を向けたカナちゃんは真剣な顔で詰め寄ってくる。
 じわじわと距離を縮められ、広くない隠れ家の中ではそう逃げ場もない。容易に壁まで追いやられてしまい後がなくなった。

「俺の目ぇ見て答えて。さっき、何て言おうとしたん?」
「それは……っ」

 あまりにも真っ直ぐな視線を注がれ、隠している気持ちが見透かされているんじゃないかと不安になる。
 言えないよ。傍に居てほしいなんて。カナちゃんの事を友達としてみられないくらい意識してるなんて。
 目の前に居るカナちゃんは、今まで見たことないくらい男の人の顔をしていて胸が大きく高鳴った。
 心臓がバクバクとけたたましい音をたて、ものすごい速さで身体中を血液がかけめぐる。冷凍室の中だというのに熱いと感じるのは、身体が火照っているせいだろう。
 この感覚を私は知っている。初めてコハクに感じたのと同じものだ。
 もう勘違いでは済まされないほど、私はカナちゃんを男の人として意識して好きになってしまっていると、ありありと自覚させられた。
 これ以上その眼差しを見ていてはいけない。そう思って視線を逸らして横へ逃げようとするも、すかさず壁に手をつかれ退路を完璧に断たれる。

「さっきの言葉──少しは俺、期待してもええんか? お前の事、ほんまは諦めたないねん。コハッ君もシロもええ奴やて分かっても、わりきらなあかんて自分に言い聞かせても、そんな眼差し向けられると我慢出来へんくなる」

 切なげに絞り出されるカナちゃんの声に、胸がきゅうと締め付けられた。
 今すぐその胸に飛び込んで、悲しそうに歪められた顔にできた眉間のシワをとってあげたい衝動にかられる。

 だけど、最後に見たコハクの悲しそうな笑顔と、身体をはって私達を逃がしてくれたシロの不敵な笑顔が脳裏をよぎって思い止まった。
 俯いた私の顔に、カナちゃんの細い指が伸びてきて顎をとられる。くいっと持ち上げられ、強制的にカナちゃんと視線を合わせられた。
 憂いを帯びた表情はひどく色気を含んでいて息を飲むほど美しい。けれど、深い熱情のこもった瞳は獰猛な獣のようなオーラを醸し出し、油断すると食べられてしまいそうだと思った。

「嫌なら俺の事、今すぐ突き飛ばして。ほんで前みたいに、きつい冗談言うて落胆させてや。せやないと俺、自惚れてまうやろ。今のお前、コハッ君に向けとった熱のこもった眼差こっちに向けとる。何でそんな目して、俺の事見てるんや?」
「──っ」

 それはカナちゃんが好きだからだよ。胸の奥から込み上げてくる愛しさに飲み込まれそうになるのを必死に耐えてるからだよ。
 でも、言えない。中途半端に縛り付ける言葉なんて言えるわけない。
 突き放さないといけないって分かってるのに、そんな悲しそうにすがるような眼差しで見つめられたら出来ないよ。

「答えたないなら、直接身体にきいたるわ」

 カナちゃんがそっと顔をこちらに寄せてくると、ふわりとムスクの甘い香りが鼻先を掠めた。
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